引き留める、あり
1 ゲート目前で小さな体が倒れ臥す。麦わら帽子が一瞬、宙に舞い上げられ、大きく空気をはらんで地に落ちる。 軍手をはめた手には椅子を壊し尽くした工具が一つ。嗅ぎ慣れた血の臭いが鼻腔に充満し、滴る液体は新雪を染めあげた。 エマ、掠れる声で伏した…
おもてなし
子供染みた、大人気ないことをした自覚は十分すぎるほどにあった。 サバイバーには写真家と称されるハンターは、失血死寸前で雪面を這う医師の姿を映しだした写真を手の中で弄びながら紅茶を嗜む。 しかし彼女にも非がある。非が、ある。 ジョゼフは嵐の…
悪化
必安が、気にしていたからだ。 范無咎はそう思っている。 一つ。嵐の日に必安がソファで眠ってしまった後、医生は一枚では足りない毛布をもう一枚必安の膝にかけ、そのまま舟をこいで寝てしまった。だから、姿を現し、すっかり冷めてしまったホットミルク…
目には目を
通電した。 ジョゼフは溜息を落とす。 ホワイトサンド精神病院に、祭司、占い師、機械技師はどうにも分が悪い。最後の一人は、医師だった。祭司と機械技師に翻弄されている間に気づけば、全ての暗号機を解読してしまっていた。 壁を震わせる様な通電の轟…
後知恵
ずうずうしいという単語は彼のためにあるのかもしれない。 傘をさしたままベッドの上にちょこんと、その長い脚を折りたたんでにこやかに座っている白黒無常の、謝必安の姿を扉を開けるや否や見つけてしまい、エミリーは額を押さえて、開けたはずの扉を閉じ…
独占欲
1 どこまでいっても自分はハンターで、彼女はサバイバーなのだと思い知らされる。 高揚する気持ちを抑えきれず、謝必安は胸を押さえた。 傘で、その柔らかな肢体を突き飛ばし、肉を抉った感触が掌に残っている。それは忌避すべきものなどでは決してなく、…
閉鎖空間
穏やかな笑みをハンターはその顔に浮かべていた。 一見菩薩のようなその笑みの下には、持てる術をすべてを使い切ったサバイバーが転がっている。「すみません、エミリー」 謝必安は、失血に喘ぐ医師にそう微笑みかけた。 壁の影からナワーブが救助に走る…
後遺症
1 珍しいこともあるものだ。 エミリーは、月の河公園でジェットコースターに乗って遊んでいるジョセフとサバイバーの姿を眺めながら、暗号機の解読を一人進めていた。エミリーも一緒に遊ぼうとエマに手を引かれたものの、暗号機の解読が進まなければ荘園に…
指名手配
のりがよくきき、ぱりっとした、透けるほどに白いシャツを丁寧に畳む。 エミリーはあれやこれやで今だ返却に至っていなかったジョゼフのシャツを紙袋に入れた。昼食前には返してしまいたいところで、時計の針は間もなく十一時を指す。 今日の午前中のゲー…
生還者なし
めそり、めそり。 その泣き声に弱いのだと荘園で唯一の医師であるエミリー・ダイアーはそう告げた。その話を聞くのは、宝石のごとき翡翠の瞳を持つハンターである。「君の脳味噌はまともに機能しているのかい」「仕方ないじゃない。あんな風に泣かれたら部…
幽閉の恐怖
兎角、必安はもてた。 パウンドケーキを口に放り込み、リスのように頬を膨らませながら范無咎はそう言った。 それを飲み込もうとして喉に詰まらせたのか、胸を二三度叩いて無理矢理嚥下すると、通りをよくするため、アイスティーをあおって最後まで飲み下…
裏向きカード
※R18(pass:ok)
傲慢
※R18(pass:ok)
枯死
今日も今日もでイソップ・カールは手当てを受ける。 納棺師のスキル上、ハンターに失血放置されることも少なくはない。最後の一人になれば、納棺の意味を果たさなくなるため、その際は椅子に座らされるが、それ以外であれば、座らせて一カウントとるハンタ…
崩壊
後一歩が足りなかった。最果ての暗号機から救助に来るには、遠すぎた。 エミリーの目の前で、エマが座った椅子が飛ぶ。爆風が顔をなぜ、焼け跡だけが残った眼前の光景にエミリーは呆然自失となり、膝をついた。 暗号機は残り四個。 ジョゼフは写真世界か…
慣性
ワインの色と香りを楽しむ。 ジョゼフはワイングラスを傾け、口元を綻ばせた。グラスの縁に唇をつけ、舌の上でその味と香りを転がしながら存分に楽しむ。「今、何時だと思っているの」「つまらないことを言わないで、君もどうだい」 太陽は真上からさんさ…
凶暴
※R18(pass:ok)
アナウンス
※R18(pass:ok)
カーニバル
※R18(pass:ok)
抑制
※R18(pass:ok)
破壊欲
※R18(pass:ok)
愚弄
彼らの髪は長く美しい。 だから、その頸が無防備にさらされているのは意外であったし、理由も無くそわそわとした。それが理由というわけではない。わけではないが、確かにそこに視線を注いでしまっていたのは揺るがしようのない事実であった。「お嬢さん。…
掃除屋
多分それはただの気まぐれだったのだと、誰かが言った。 兎角、二つの魂を一つの傘に宿らせているハンターは面白くなかった。面白くないという表現は些か寛容に過ぎず、正直に言えば不愉快だった。本日の試合戦績に、完全勝利、それも四吊りを五連続ベスト…
怒り
顔の前で手が勢いよく合わせられる。診療所代わりの自室には、ゲーム後の利用常習者、見慣れた顔ぶれが揃っていた。「頼むよ、先生!」「嫌よ」「せんせー!」 ナワーブは懇願を繰り返し、合わせた手のひらの向こうから、上目遣い気味にエミリーへと視線を…
反面教師
それを奇妙だと思い始めたのはいつの頃からだったか。切っ掛けはほんの些細なことだったように思う。 謝必安は、エミリーが部屋に訪れた際にかけられた名前に、紫煙を燻らせていた煙管を持つ指が僅かに強張った。「范無咎」 ひょこりと顔を覗かせた人に、…
生存者の本能
懇親会とでも言えば、聞こえはいい。 狩り狩られる側がゲームを介してではなく、顔を突き合わせ、豪奢な部屋に並べられた食事を楽しむ。乾杯の合図はジョゼフが取り仕切った。非常に様になっている。 エミリーを探せば、女性ハンターやサバイバーに囲まれ…
雲の中で散歩
梟が鳴く。月は空に浮かび、静寂の中煌々と輝いている。澄み切った夜空に浮かぶ星の線を辿るのは容易い。 ほう。 梟が、また、鳴いた。 エミリーは開いていた医学書を閉じた。時計を見ればすでに一番上の時刻を回ってしまっている。もうそんな時間だった…
かすかな音
艶やかな黒髪を払う。 謝将軍は本日の狩場を確認する。会場は湖景村。平地で障害物も少なく、獲物の動きがよく見える。水が近くにあるのはいただけないが、狩場としては申し分なかった。獲物の面子を見渡せば、傭兵、心眼、医師、呪術師。比較的バランスは…
尻に火
人目を憚る。その言葉を覚えて欲しいと切に願う。 エミリーは、明日のゲームに向けての作戦会議に参加していた。メンバーはマーサ、ノートン、イライの三人である。テーブルに置かれた地図には、幾度となく走り回り、いい加減に頭に入ってしまった暗号機の…
鬼ごっこ
※R18(pass:ok)
獲物を追う
傘の代わりの木剣が、朝のひんやりとした空気を鋭い音を立てて引き裂く。 広い庭園に他に人影はなく、サバイバーからはハンターと呼ばれ恐れられる男は、錫を溶かし込んだような色の肌にうっすらと浮かんだ汗を手の甲で拭い取り一息つく。 生前は幾度とな…
引き留める、なし
しんしん。雪が降り積もる。 音は厚みをもった雪に吸われ、もはやそこは無音の世界であった。 ただ一人残されたサバイバーの呼吸音だけが雪原の遠くから流れては、降り続ける雪に音を食われてハンターの耳に届くことなく消えていく。 医療のための手袋は…
令和2年2月29日発行