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トラウマに追いうちをかける

 もう生きていけない、とセオは枕に突っ伏してう、うと半泣きで呻いていた。 勿論あの後トイレに(抜くために)直行したけれど、心配したラヴィーナがトイレの前にいられたのは何の拷問かと思った。マンマには「男の子ですからそう言うこともありますよ」と…

Il scudo

1 これでも自分は大きいほうだと自負している己の隣に立つ、さらに体格の良い青年。 セオはジーモの方へと目を向けることもなく、静かにその顎と唇、それから肺他、声を発するための器官を動かして声を紡ぎ出した。その声がジーモの耳へと届いても、ジーモ…

脱童貞の話

 ず、と林檎の写真が貼られた四角い、長方形の、直方体の、中に内容物が液体が入っているものがぺほんとへこんだ。その頭頂部には細く白い筒状の、一般的にストローと呼ばれるものが突き刺されている。そしてセオは、それに口をつけていた。その手元には薄い…

Como e Lavinia

1 今日も死体の解体をする。跡形も残さず、まるで牛を捌くかのごとく包丁を滑らせ肉と骨を断絶する。筋肉の部位、神経の位置、臓器の在り方。それら全ては、死体を捌いている人間の頭の中に入っていた。どの神経を切断すればどの筋肉が動かなくなるのか、ど…

La madre mia

1 アルコール中毒の父親。薬物中毒の母親。どうして生きてこれたのか、それは自分が一番聞きたい。あの劣悪極まる環境で自分の命が持っていたのは奇跡に近い。尤も最終的には、捨てられた。ゴミのように。 雪の中吹雪が皮膚を突き刺して、ああもう死ぬのか…

La bugiarda

「おーい、セオ!先生が呼んでる!」 金色の髪でずんぐりむっくりな少年が教室の入り口で手を振っている。中学生にしては随分と高い背は、もう少しで入口の上部にくっつきそうな勢いである。 セオはすっくと立ち上がって、教師に呼ばれたとその場を離れた。…

それは簡単なこと

 少年は馬鹿だったが、愚かではなかった。 少年は馬鹿だったが、頭が足りないわけではなかった。 少年は馬鹿だったが、残忍ではなかった。 少年は馬鹿だったが、自分のことしか考えないわけではなかった。 少年は馬鹿だったが、  お兄ちゃん…

Buon Compleanno!

 自分が産まれた日を喜ばしいと思ったことは一度もない。産まれてきてよかった、だとか、産んでくれて良かったと感謝したこともなかった。ただ今生きているのは自分がそうありたいと望んだだけの結果であり、それについて感謝も何もない。 ドン・バルディは…

男の話

 全身の力を抜く。しかし一本だけ頭頂部から背骨を通るその一本の筋だけは折らないようにまっすぐと力を込めて、姿勢を正す。瞳を閉じて耳を澄ませ、肌で風を感じる。遠くから流れてくる音と近くでそよぐ波に意識を散らしながら、ラジュは静かに、どこまでも…