思春期だから―誰が来たのか確認しましょう―

 一人の少年の部屋。もう少年と呼ぶには随分と大きくなっている。一つのベッドと、一つの机、それからテレビに本棚。本棚には幼児用の本から辞書まで様々なものが分類別に整理されて入っていた。
 ジーモはへぇ、と嬉しそうに声を出して、あれと外に開かれた窓を眺めて、セオと声をかける。のんびりとした笑顔で外を指差す。その指の先には小ぢんまりとした家庭菜園があった。
「セオ、あれは?」
「あれ?マンマが趣味でやってるやつ。興味あるんだったら見てきていいよ」
「Grazie」
 じゃぁ、とジーモはくるりと方向を転換して、部屋の扉からその大柄の体を廊下へと向かわせる。そしてセオのベッドに我が物顔で座っているドンは鞄をあさる。その鞄の中から、不透明の袋を取り出してセオに見せた。
「じゃーん。これ無修正」
「マジ?ジーモ…は、放っておいた方がいいかな。ぶっ倒れそう」
 Grazie、とセオはドンからその袋を受け取って、ガサガサと探る。そして一枚のDVDを取り出した。そのカバーには所謂ポルノ、と呼ばれる分野の写真が貼られていた。
「おーすっげ。どうやって手に入れたんだ?しかも無修正だろ?てか、ドンって未成年だよな?」
「年齢詐称くらい訳ないよ。それにそっち系のものなら簡単に手に入るし。しっかしセオもこう言うの興味あったんだ。意外だね」
「そっか?」
 ドンの質問にセオはそうでもないと返しながらレコーダーにDVDを差し込む。中に飲み込まれて、そして再生ボタンを押した。テレビのボタンをつける。
「いや、本物で全部解決してそう」
「お前、俺をなんだと思ってるわけ?」
「誰かれ構わず美味しく頂く無節操野郎?」
 謝れ、とセオは笑顔でドンを肘で小突いた。それにドンはまぁそう言わない、と笑ってテレビを指差す。
「だから持って来てやったじゃんか」
「即物的な奴め」
 からからと笑いながら、二人は少し薄暗くした部屋で再生された映像を眺める。ああん、となまめかしく揺らぐ女性の体と、色々と刺激的な光景が目の前で再生されていく。ちなみに言うまでもなく画面の男女は見事に素っ裸である。豊かな乳房が上下し、男の上で女が躍る。男が腰を振るたびに女の甘ったるい嬌声が上がった。
 二人の少年はほとんど食い入るようにしてそれを観賞する。セオはと言えば、とんとんと膝を叩く。そしてドンは一つ欠伸をした。
「無修正だけど、ヤってるだけか…もっとこう刺激的なプレイとか想像してたんだけどね」
「例えば?」
「アナルプレイとか?」
「そんなのに興味あったのかよ…俺ちょっとお前の性癖を疑った」
 すぱんと言い切ったドンにセオは僅かに頬を引きつらせて、ベッドの横に背を凭れかけさせて、足を放り投げる。
 画面の中ではまだ男女がベッドの上で踊っていた。金色のブロンドが揺れると、女の白い喉がくいと持ちあがる。男の手は女の腰に添えられて、自身の腰を打ちつけるようにして叩きつけている。
 セオはそんな画面を飽きたような目で眺めつつ、これってナマ?とそんな話に変更する。その質問にドンはきゅるきゅると巻き戻して、男と女が交わる一歩手前、口でいたしている場面まで戻した。
「ナマじゃない?」
「っぽいなー。つーかさ、こういうの見てると、絶対苦いって思うんだよな…。やってもらいたいって思うか?自分のヤツ」
「フェラ?勘弁してよ。ちょっと興味はあるけど、実際にやってもらいたいかどうかって言うと微妙…」
 あんとまたテレビのスピーカーから声がこぼれる。
 二人の年頃の少年はひどくつまらなさそうな、期待はずれの視線をそれに向けている。ここまで冷めた目で見られると、画面の中の二人がある意味非常に気の毒なくらいである。
「歯とか当たると痛いよな…絶対。食いちぎられるって考えたら絶対できない。俺無理」
「食いちぎられるって…あー想像したらしぼむ」
「膨らんですらなかったくせに、ドン」
「セオだって勃ってないだろ」
「だって今一。ある意味無修正よりも修正入ってた方がクるかな」
 手の上に顎を乗せ、肘を立てている腿に乗せて、セオは溜息を一つつく。それにドンはごろんとベッドの上に背中をつけて、白い天井を見上げた。
「本とかないの?ベッドの下とかさー。そこの本棚の後ろとか。本日のおかずは?」
「俺、即物的だから」
「うっわ、最低」
 はは、とドンはベッドに寝転がったまま笑う。それにセオはまぁと溜息をついた。オナニーくらいはする、と付け加えておく。
「ジーモってそう言うことしてると思う?セオ」
「ジーモ?どうだろうな…いや、してるんじゃないの?俺だったら死ぬよ」
「そのまま死んでればいいよ」
「性格悪いよな、お前。ドンは?」
 セオの質問に、おかずは彼女でと笑う。へぇとセオは返答して、今どれくらいと続けて質問をする。深い緑の瞳でドンはベッドの上で移動をしつつ肘をついて未だ、繋がっている男女の映像を眺める。一月、とそれに返した。
「セオも特定の彼女作ればいいのに。恋愛って楽しいよ、相手の観察が」
「それは恋愛とは言わない。ドンのそれって相手に失礼だと思うけどな、俺は」
「とっかえひっかえ楽しんでる男に言われたくないね」
「とっかえひっかえとは失礼だな。俺はちゃんと確認取ってるからいいんだよ」
 は、とセオは首を後ろに倒して、ニヤと笑いドンを見やる。その笑みにドンはは、と口元を僅かに歪めて、やっぱ最低だよ、と続けた。
 丁度その時、扉がこつこつとノックされる音が響く。
 セオはリモコンを操作して、一度流れているポルノビデオを止めた。ジーモか、と思いつく。それに一旦動きを止めて、何を思いついたのか、非常に楽しそうににやぁと口端を持ち上げた。そんな友人の表情の変化に、ドンはまた何か悪いこと考えてるとくつくつと喉で笑った。セオはすっくと立ち上がって、ちょっと待って、とドアの向こうの人物、恐らくジーモに声をかけた。そして台の上に置かれているテレビをくく、と位置を台を動かしつつ変える。丁度、扉を開けた先にテレビが来るように。ドンはドンでベッドから立ち上がると、ドアノブを外側から握った。そして、リモコンを片手にテレビに向けて置く。
 テレビの動きが止まり、完全にぴったりとして、セオが大丈夫とばかりに親指を立てたのを見て、ドンは扉を開ける。リモコンの再生ボタンが押され、ああん、とまた艶ある喘ぎ声がテレビから零れ落ちる。セオはにや、と笑って真赤になって背後にぶっ倒れる友人の姿を想定しながら、どうだよジーモ、と声をかけようとした。だが、

「、」

 かちゃん、とそこに陶器が落ちる音がする。セオは完全に固まった。扉の向こうにいたのは、ふさふさの髪の毛が特徴的な、他の誰でもない、ああ、そうそれは。
「…ラ、ラヴィーナ…」
「あれ、ラーダ?」
 さぁ、とセオの顔から一気に血の気が引く。
 ラヴィーナの足元には、お菓子にともってきてくれたのであろうか、りんごジュースとグラス、それからクッキーが落ちていた。セオは慌ててテレビを支柱にくんと体を持ち上げて、テレビの前に立ち、ラヴィーナから隠すように両手を広げた。しかし喘ぎ声は零れているままである。
「い、いや、ラヴィーナ!ここ、ここれは、ち、違うんだ!ドンが、その」
「セオ、往生際悪い。後、人のせいにしないでよ。俺持ってきただけだし。喜んで受け取ったのセオだし。それに無修正って聞いて楽しそうに笑ってたの誰?」
「ちち、違う!違うからな、ラヴィーナ!」
 違うんだ、とセオは全く誤魔化しのきかない現状で必死に言い訳をする。言い逃れ、という方が正しいのかもしれない。
 ラヴィーナ、とセオは一歩二歩とラヴィーナに近づく。だが、セオの手が伸びる前に、ラヴィーナの手は開かれていた取っ手に掛けられて、凄い勢いで扉を閉じる。勿論閉じられた扉の端に側頭部をぶつけて、セオは横によろめく。だが、それどころではない。
「ラヴィーナ!ま、待って!」
 慌てて追いかけようとしたが、心底慌てていたのか、閉められていた扉に突進する様な形で一度額を堅いドアにぶつける。痛さでうめきつつ、セオは今度は扉を開いてラヴィーナの後を追った。
 ドンは去ってしまった友人を眺めながら、恐らく訪れるであろう余計な被害をこうむらないように、セオのベッドの上に寝っ転がった。しかしすぐに上半身を起こして、詰まらないテレビをぷつんと切る。と、その時窓がノックされる。窓の外には金色の髪をきらきらとさせて、その手にそう多くはないが、トマトを抱えたジーモが立っていた。ドンは窓へと歩み寄り、開ける。
「あれ、セオは?」
「自業自得。それは?」
「ああ、セオのマンマと会って。折角だからどうぞって。優しいマンマだな、セオのマンマ」
「へー。あ、俺にも一つ頂戴」
「いいよ、はい」
「Grazie」
 そう言って、ドンはジーモが渡した赤いトマトを噛む。口内に広がった、甘い味に、Buono(美味しい)と素直に感想を述べた。そしてジーモも一つ食べて、同じ感想を述べた。

 

 逃げてしまったラヴィーナをセオは必死に追いかける。兎も角いらない誤解を(誤解ではないのだが)といておこうと思う。だが、角まで来てふとその大きな黒い影に衝突しそうになり、慌ててブレーキをかける。そして、その影の、黒いブーツの後ろ長いマントの下に隠れているラヴィーナを見つけた。
「ラヴィーナ!」
「おい」
「…あ…バ、バッビーノ…」
 XANXUSはセオから逃げるように自分のマントに隠れてしまった小さな毛玉の盾のように、セオを見下ろした。もとい睨みつけた。それにセオはあは、と口元をどうにか誤魔化すようにして笑わせる。無論それが父に通じるのかといえば、答えはNoである。
「何しやがった」
「え、あ、そ、その――――あの、ポ、ポルノ映画を見てて、ラヴィーナもうっかり見ちゃったと言うか、なんとい゛っ!!」
 たぁ、とセオは頭に落ちた凄まじい衝撃にしゃがみこむ。脳天から足先まで一気に駆け抜けた痛みに目尻に視線と涙が浮かんだ。
「この糞餓鬼が!チビに何見せてやがる!!」
「い、意図的に見せたんじゃないよ!た、ただちょっとしたハプニングって言うか」
 銀朱の目が泳ぐ。XANXUSはさらにもう一撃頭に拳を落とした。セオはもう涙目どころではない痛みにおおと伏せった。こうまで殴られて、少し悔しい。
「バ、バッビーノだって、それくらい見たことあるでしょ!」
「あぁ?てめぇと一緒にするんじゃねぇ!」
 ぎんっと赤い目で睨まれて、セオも一瞬ひるんだものの、妹の誤解を解かねばならないため、必死になる。ぐと堪えて、ぼそっと批難するようにして呟く。
「…そ、それに俺がい、いるってことは、バッビーノだって、ああいうポルノ映画みたいなことしてるわけじゃん…」
「…うるせぇ」
「兎も角、お
 れは、といいかけて、セオとXANXUSはふと一つの影が少し距離を取っているのを目にする。見れば、先程まで、父のマントの下にいたはずの毛玉は、二人から距離をとっていた。
「おい」
 そうXANXUSがラヴィーナに手を伸ばしたが、毛玉はその手から逃れるように、ひょいとさらに後ろに下がった。まるで怯える獣のように。そして、さっと髪の毛が一回転し、あっという間に毛玉はその場から逃げ去ってしまった。
 セオはそこまでして、はっと自分の失態に気付く。ふつふつと隣で沸点が最高潮に達しているのは、一体誰か。セオは、恐怖におののきながら、一歩下がった。だが、それは少しばかり遅く、首根っこが凄まじい力で掴まれる。

「――――――――――この、糞餓鬼が!!」
「うわぁあああ!!マンマ!マンマ!マンマ――――――!!!」

そしてセオは母に助けを求めた。