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気が散る

 追ってしまう。 目が、追ってしまう。 ああ嫌だ。 エミリー・ダイアーはそう一人ごち、額に手を当てて呻いた。きっちりとまとめた前髪が指の間に絡まり、すぐに解けていく。 着いた両肘の間に置かれたカルテには、きめ細やかな診察の経過が書き込まれて…

一蓮托生

 刈り上げた後頭部にエミリーは体を一瞬強張らせた。 あまり良い思い出がない背中である。あまり、というよりは、人様には到底言えない痴態を晒した関係上、あまり顔を合わせたくないというべきである。 三人がけのソファに収まりきらない脚が左右対称に放…

Bambino stranza

※セオを中心とした子世代部屋※⬛︎Sucola Media(中学校/11-14) ⬛︎Liceo(高等学校/14-19) ⬛︎子世代VARIA(19-) ⬛︎+Bambino(28-) 

過去に追われる

 世界は驚くほど不平等で、そして驚くほど平等である。 足元で神に祈りを捧げ許しを乞う男を見下ろす。 圧迫的な個室。手を思いっきり伸ばし、少し背伸びすれば天井には手が届き、換気のための窓はなく、鉄製の扉が一枚、その部屋と外界を分けているだけで…

La mia terra

 腕が重い。体が重い。瞼が重い。脚が重い。全身が、重い。 鬱屈した精神構造の中で、セオは只一人転がっていた。動くのが億劫で堪らなく面倒臭いとそう感じていた。別にそれは重ねた年の所為などではなく、心の問題である。 三十二、口にすればするほど、…

椅子の色

 なんて面倒臭いんだろう、とセオはその会話を右から左に聞き流しながら椅子に座っていた。きっちりと固められた黒の服装はいっそ億劫にすら思える。黒、と言うよりも漆黒のスーツは漂わせた表情をより陰鬱に見せていた。珍しく上まで締められたネクタイは獰…

La perdita

1 携帯電話をポケットに押し込む。浅い色をした瞳を瞼の奥に隠した。 灰色の髪の男は、その体勢から微動だにしない男をじぃと二つの眼で見つめ、そして、行くのと問うた。問われた男は止めていた時間を動かして、その瞳を瞼から覗かせる。そして、答えた。…

Corvo del malaugurio

1 鐘の音が三回。それが幾度も幾度も鳴り響く。良く晴れ上がった、全く憎々しい程に青い空にそれは溶け込むようにして響いた。教会から棺が運び出され、それに続くようにして人が参列する。黒、と言うわけではなく、その服装は非常にカジュアルであり、各々…

殺戮者

1 コレ映ってんのか、と目の前に置かれた機械の前で数度画面が揺れた。髭を蓄えた男がそこには映っている。にたにたと勝ち誇った、まるで勝者のような笑みを浮かべていた。セオはそれを机の上に置かれた機械の向こうで眺めていた。その顔には、感情を伴った…