狗に飽く

狗に厭く

 先日の一件以来、心なしか謝必安に乱暴に抱かれるようになった。乱暴に、というよりは執拗に、というべきか。今までが執拗でなかったかと言われれば答えに詰まるところだが、明確な意図を持って抱き潰されている。 エミリーは腰の痛みを和らげるように摩り…

好奇心

 水の礫が窓を叩く。 久しく聞いていない音にエミリーは顔を上げた。 暗がりの中の礫を視認することは難しく、窓ガラスに当たっては滴り落ちていく道に雨が激しく降っていることを知る。机の上に広げていたカルテの端を乱雑に揃えて、下を板に軽く叩き落と…

危機一髪

 燦々たる、思わず目を背けたくなる結果の並ぶ戦績を眺め、一人溜息を吐く背中にナワーブは重たいブーツの音を響かせて近付いた。前屈みに落ち込むその背が、男の接近により伸びることも振り返ることもなく、鬱々としたまま近付くことを許す。「どうしたよ、…

救世主妄想

 衣装によって人格が入れ替わることがある。 特にその背景や名残が衣装に深く関わっている場合などは、それが顕著に現れる。反対に、意識が引っ張られるだけで、例えばより残虐な思考に偏るなど、自身の人格が入れ替わらない衣装や、衣装だけが変わり、人格…

うたた寝

 ひょんな仕草に目を引かれる。 連日の診察で疲労が溜まっているのか、栗色の睫毛を瞬かせて落ちかけた瞼を手の甲で擦り持ち上げる。荒れた手の甲で眠気を覚ますかのように、エミリーは顔を拭い、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。苦味が喉…

記念日

 記念日は通知される。 故に、エミリーは本日である九月二日が白黒無常の記念日であることを知っていた。 会う面々に、今日は白黒無常の記念日であることを告げられ、やはり皆知っているのだとそんなことを思いながら、ゲームに及んだ。記念日というくらい…

自らを欺く

 宴もたけなわ。 そういうには、少しばかり時を失していた。 ナワーブ・サベダーは眼前の燦々たるとまでは言わないまでも、酒にべろんべろんに呑まれた連中が参加者の半分近い状態を見て、肩を落とした。はあ、と溜息を溢し後頭部をしっかりと切った爪先で…

戦後後遺症

 それは不幸中の幸いと言えた。 敗戦濃厚の中、二人のうち一人のハンターが退出した。残されたサバイバーは四人。うち一人は今椅子に座らされて飛んだ。残り、三人。敗北は確定。しかし幸いなことに暗号機は残り一台。 ナワーブは後僅かで飛びかけたイライ…

狗に拘泥る

 静かな夜である。 范無咎は寝台に腰掛け、犬の遠吠えを聞く。それは夜の闇に溶け込むように、細く長く、幾重にも反響して澄み切った夜空に消えた。蝋燭の灯りが空気の流れに合わせてゆらゆらと揺れ、自身の長い影もそれにともなって左右に触れる。 丁寧に…