燦々たる、思わず目を背けたくなる結果の並ぶ戦績を眺め、一人溜息を吐く背中にナワーブは重たいブーツの音を響かせて近付いた。前屈みに落ち込むその背が、男の接近により伸びることも振り返ることもなく、鬱々としたまま近付くことを許す。
「どうしたよ、先生」
かけられた声に、どんよりとした目をそのままにエミリーは視線を億劫そうに持ち上げる。落ち込むところまで落ち込んだその表情に、ナワーブは口をへの字に曲げ、空いている隣の席を引いて腰を下ろした。
横からエミリーの手に開かれた戦績を覗き見るように顔を寄せる。眼下に広がるは、真っ赤な、正確に言えば、お情けのbot戦の勝利を除けば、連戦連敗の気の毒な結果。詳細を開けば、二十秒と持っていないチェイス持続時間である。あまりの結果に慰めの言葉は思いつかない。
ナワーブはエミリーの手にあった戦績を上からひょいと取り上げ、しっかりとその内容を確認する。チェイス時間も目が当てられたものではないが、かと言って、暗号機をきちんと回しているわけでもない。救助もパッとせず、肝心の治療も褒められた結果ではない。
「こりゃひどい」
端的に。分かりやすくナワーブはそう口にした。それ以外に口にできる言葉は思いつかなかった。
チェイスもだめ。救助もだめ。解読もだめ。治療もだめ。何もかもがだめ。救いようがない。
良好な戦績を残す男にそう言われ、エミリーは呻きながら、テーブルクロスの引かれた机に突っ伏した。最近は連敗が過ぎ、もはや何をすれば最良なのか分からなくなってしまっていた。少し硬めの素材で編まれたテーブルクロスに頬を潰し、どうすればいいのか分からないと泣き言を漏らす。
「ファーストチェイスを引くともう駄目だから隠密をと思うと監視者だったり、見つからなければ見つからないで解読は回らないし」
「まあ」
「救助は恐怖で倒れてしまうし」
「そりゃハンターが上手かったんだろうよ」
「治療に行こうにも何故か治療の場所がバレるし」
「治療音がしたんだろうな」
「ファーストチェイスでなくて、遠くで暗号機を回していても、ハンターが瞬間移動とかで飛んでくるし」
「焼き入れ効果だな」
分かっている。
エミリー・ダイアーは、自分の発言に全て的確な返答をするナワーブへと恨みがましげな視線を向けた。
分かっていてなお対策が思いつかないのである。情けないことに、もはやエミリーには劇的な効果が認められるだけの対策を得ることができなかった。だから、と続ける。
「基礎から鍛え直そうと思って」
「基礎」
「腹筋とか腕立てとか」
基礎の意味を履き違えているのではないかと、ナワーブは若干呆れつつ、一応確認として尋ねた。勿論、とエミリーは続ける。
「医師としてやってきた上での体力はあるのよ。重たいものだって持てるし、二、三日寝ていなくても平気とは言わないけれど、頑張れるわ。でも、この戦績が証明するところは、それじゃ足りないってことでしょう?だから、まず筋力を付けようかと」
検討違いも甚だしい言葉にナワーブは眉間に縦皺を刻み、米神を親指で強めに押さえた。
「走れ」
それは傭兵稼業を長らくしてきた、数多の過酷な戦地を経て生き延び、そしてこの荘園においても勝利を重ねてきた男の経験から発された、ただ一つの真実であった。
いいか、とナワーブは続ける。
「走って体力をつけろ。腕立てや腹筋みたいな筋力トレーニングは二の次だ。先生はまず走れ。一に走って二に走って三四に走って兎に角持久力をつけろ」
「でも体力は」
「あんたが言う体力は持久力じゃねえ。二、三日の徹夜と運動し続けることは意味合いが違う。あと重たい物を持ち上げる力と板倒したり窓を乗り越えるための筋肉も違う」
「じゃあやっぱり筋力トレーニングは必要」
「その前に走れ」
食い気味に言われて会話は終了した。そしてその日の戦績も悲しいかな、例に漏れず赤を刻んだ。
故に走った。エミリー・ダイアーは走った。ひたすらに走った。
朝晩、朝起きてからと夜ご飯を食べる前に、決まったコースを狂ったように周回する。速度調整は隣でナワーブが並走しながら行い、少し息が上がる程度の速さでひたすら、ただひたすらに走り続けた。板を倒すこともなく、決まった経路をもはや目を閉じても走れると理由もなく信じられるほどに、エミリーは走った。
手を振れ、足を上げろと指示が毎日のように飛び、呼吸の仕方や姿勢を直され、そしてまた走る。時に階段を上がり、時に窓を乗り越え、ただひたすらに、走る以外のことはせずにただただ走り続ける。走り続けてどれほど経ったか、気持ち体のラインがスッキリとして、走ることに慣れが出てきた頃、ナワーブは一息ついたエミリーに声をかけた。
「先生。今度試合、一緒に行こうぜ」
「ええと、でも、私試合結果は相変わらずよ
真っ赤な戦歴に引き分けが少しずつ挟まれるようにはなったが、それでもまだ勝利の数は数えるほどしかない。
いいよ、とナワーブは試合の予定表を確認しながら、エミリーの予定と自身の試合予定を合わせる。三日後の昼一の試合に、エミリーとナワーブの名前が掲載される。後の二人はまだ埋まっていない。
不安げな顔つきのエミリーの背をナワーブは少し強めに叩く。
「ハンターに見つかったら、いつも通りのコースを走りゃいいんだよ」
「それだけ?」
「それだけさ。まあ、そうだな。後は」
顎に手を添え、いくつもの戦場を駆け抜けた男は歯を見せて笑う。
「俺に任せとけ」
にこやかな顔で訪問した白黒無常にエミリーは絶望を隠しきれなかった。
謝必安がハンターとなれば、間違いなくファーストチェイスは確定である。パーティは、傭兵、冒険家それから玩具職人。マップは聖心病院。二階建て、高低差があるマップであることが唯一の救いと言える。エミリーは最初の位置が院内二階の暗号機前であることを切に願った。
けれど、淡い願いは露と消える。
願いというものは裏切られるまでがセットであると言わんばかりに、エミリーは自分の目の前に小屋があることに絶望した。まごうことなき、ファーストチェイスを引く位置。
せめてファーストチェイスは避けようと、次第に大きくなる心音に周囲を見渡しつつ忍足で小屋の裏に身を隠す。両手を祈るように組み合わせ、草葉の影にしゃがみ込む。重なった手のひらを口元へ寄せて、吐き出す吐息すらこぼれ落ちぬよう両肩を寄せた。
ど、と心臓が一際大きく飛び跳ねる。
諸行無常で謝必安と范無咎が入れ替わった音は、開幕から一度もマップ内に響いておらず、サバイバーを探すのが謝必安であることが分かる。
細く息を吐き出し、一秒でも早く謝必安が小屋から立ち去るように願う。しかし、その淡い願いを裏切るかのように、強烈な視線を肌が感じ取る。監視者である。居場所がバレたのだと気づくのと同時にエミリーは足に力を込めて、立ち上がった。
軽やかに歌うように、囁くように、けれども残忍な響きを伴った声が木製の壁ごしに届く。
「こんにちは、エミリー。残念ですが隠れ鬼は失敗のようですね。いやはや、とても残念です」
残念など心にも思っていないことを、まるで本心のようにハンターは語る。
一瞬、頭がパニックで真っ白になるが、板ごしにのぞく赤い光に頭をふり、冷静さをどうにか引戻す。
ハンターはまだ壁の向こうであり、白黒無常は壁越しに攻撃はできない。諸行無常で壁を越えることも可能であるが、彼らが貴重なスキルを無意味に使うことがないことを、エミリーは誰よりよく知っていた。とりわけ謝必安は計算高く、十分に一撃が入れられる、板一枚倒されていないこの小屋でそのようなことをするとは到底考えられなかった。
素足を草の葉がかすって音を立てる。病院内に逃げ込みたいところであるが、小屋の中に謝必安がいる上、病院の暗号機が解読中であることを考えると、そちらに行くことは憚られる。ファーストチェイスは巻き込んでもいいとナワーブは言っていたが、極力避けたいところではある。
エミリーは小屋の向こう側にある、入り組んだ壁へ向かうことへ決めた。
目を瞑っていても走れると思うほどに走り込んだコースでもある。
まずは謝必安がたどり着く前に小屋の入り口の板を倒す。追いかけてきたところで、窓枠を乗り越え、入り組んだ壁へと逃げ込む。そこからは、覚えたコースを走る。
そこに考え至るまで、わずか数秒。
監視者の視線を肌に纏わり付かせたまま、エミリーは一度板のない方向へと揺さぶりのために走り、すぐに踵を返す。ど、ど、と跳ねる心音の大きさは変わっておらず、横目で板が置かれている入り口へと視線を向ける。板に手を伸ばし、勢いよく引き倒す。そのまま小屋の中を確認しないまま、エミリーは真っ直ぐに壁へと走る。だが、窓枠を丁寧に越え終わった謝必安を視界の端に捉えた。
視線がパチリと火花が散ったように合う。
「板倒し、お疲れ様です」
ああもう。
馬鹿にされ、一撃ももらっていないにも関わらず、エミリーは泣きそうになった。入り組んだ壁までに一撃は間違いなく受けることを察する。案の定、必死に走る背中に振りかぶられた傘が勢いよく当てられる。
痛みで転げそうになるが、速度を上げて、繰り返し走ったコースに逃げ込む。
毎日、飽きるほどに走った。腕を上げて、姿勢を正して、ひたすらに走った。今日はハンターという狩人がいるだけである。ナワーブは言った。走れと。教えられたコースは、その長い射程距離からも逃げおおせる。エミリーは先に板を倒して、その赤い光が自分の影を踏む前に注射針を乱暴に腕に刺す。けれども、一段階の回復が終わるには時間が後少しばかり足らず、エミリーは追いついた赤い光から逃げた。
は、と息が切れる。板倒しに窓超え。継続的な駆足。後一撃で倒れるという緊張感。
何もかもがエミリーを追い立てる。もっとも、ハンターである男はそれすらも楽しんでいた。性格が悪い。
壁越しに赤い光が動く。監視者の視線は感じるものの、エミリーは壁越しに光る赤を見た。これは、ハンターの前方に向かって光るものである。壁を一枚挟んだ読み合いであるが、エミリーはふと口元に笑みを刷いた。口角がくくと吊り上がる。
この壁を抜ければ、病院内に逃げ込める。無線で、病院内の暗号機が上がるまでほんの数%であることが知らされる。
赤い光とは逆方向にエミリーは駆けた。
「残念」
「え」
出会い頭に、大きく傘を引いた男の姿が眼前に広がる。
状況を理解できず、エミリーは眼前に迫る傘の先端に目を瞑ることすらできなかった。衝撃に耐えるだけの準備すら間に合わない。
「おう、残念だな」
耳をつん裂く爆音が、傘の先端を押し戻すように破裂した。
目まぐるしく変わる景色に対応しきれないエミリーの腕を、硬い手が強めに引く。信号銃による苦しげな呻き声が追い縋るように、空気を震わせていた。
「ナワ、ブ」
「黙って、減らされた肘当てに縋っていればいいものを」
白煙の隙間から覗く、まるで引き留めるでも発動したかのような鋭い、人を射殺すことのできる眼光の鋭さに、ひりつくような感覚を覚えながらナワーブは口角を歪ませる。獲物を狩り切る機会を駄目にされたハンターの怒りは恐ろしい。
長い黒白の三つ編みが大きく手で払われ、二、三歩進み、傘を振りかぶる。
病院にエミリーが逃げ込むには後数歩足りない。ナワーブは振りかぶられた傘の間に体を割り込ませ、一撃を受ける。痛みに漏れた声に、前を走るエミリーが振り返ろうとしたのを、ナワーブは行けと叱咤した。白い二本の足が院内に消える。
ナワーブがなぜ信号銃を持っていたのかを考える時間はエミリーはなかった。とりあえず、ナワーブが信号銃を撃ち、そして一撃を代わりに受けてくれたことでどうにか生きながらえた。
泣きたい気分に襲われながらも、それに報いるために走る。吸魂の音が迫り来る。病院内のコースは決まっている。階段を駆け上がり、板を倒す。階段を上がってくる赤い光に追い立てられ、穴に落ちる。追いつかれる前に板をもう一枚落ちた先で倒し、再度階段を駆け上がった。
止まりそうになる心臓を押さえ、息苦しさから視線を足元へと向ける。しかしそれは失策で、エミリーが再度顔を上げた瞬間に前方から傘で殴り飛ばされた。階段を背中から滑るように転がり落ちる。
がん、と二台目の暗号機が上がった。
にこやかな笑顔と共に、ゆったりした様子で細い足が段を踏みながら降りてくる。
「上がってくると思っていました」
「そう、」
粘着ができる仲間はおらず、エミリーは地下へと風船に括り付けられ運ばれた。
リッパーではないのに聞こえてくる鼻歌にエミリーは口を思わずへの字に曲げ、椅子に座らされると、恨みがましげな視線を謝必安へと向ける。その視線すら楽しいのか、謝必安はくつりと喉を鳴らした。
「二台上がりましたよ。少しばかり上達したようですね」
地下室ですけれど、と余計な一言が付け加えられる。
白黒無常相手の地下救助は非常に分が悪い。したり顔を向けた後、階段を上がっていた謝必安の背中を確認し、エミリーは下唇を噛み締め、助けなくていいと仲間に連絡を送った。ざ、と小さな雑音が無線機に入る。
がん、と三台目の暗号機が上げられた。
助けに行く。
短い無線が入る。受難の効果で浮かぶシルエットで全員の位置と、無線の声から、救助に来るのがナワーブであるのが分かる。エミリーは俯きながら、再度助けなくていいと連絡したが、答えはもう返ってこなかった。
心音はまだ大きく響いており、椅子の前では監視者がその大きな目をぎょろぎょろと動かしている。
椅子の耐久ゲージはじわりじわりと上昇し、半分のラインを越える。暗号機の解読進捗を告げる通知だけが響く。壁を擦る音が一つ破裂し、治療も終わっていないナワーブがエミリーの前に滑り込んだ。地下に謝必安が降り立った足音はならず、落下攻撃を狙っていることを知る。
ナワーブはエミリーの座る椅子に手をかけるも、すぐに手を離してガチガチとロックを鳴らす。
「あの」
「先生」
神妙な声音に返答すら忘れ、椅子のロックに触れ続ける男にエミリーはただ視線で返した。
「やれるな」
ふるり、と全身の肌が粟立ち、エミリーは身震いした。同時に痺れを切らした謝必安が地下への階段を踏む音がコンクリート製の壁に冷たく反響する。ガツン。乱暴な足音が階段の隙間に覗き見えた。
ナワーブが椅子のロックを解除する。
「行くぞ!」
張り上げられた声にエミリーは転びかけながら足を前に出した。低い前傾姿勢から、隙間を縫うように地上への道を目指す。鋭く突き出された傘の先端が視界の隅に入るが、背が押し出され、その攻撃を頑強な体が壁となり受ける。
残り二台の暗号機が突如上がり、けたたましい警報音が会場内に響き渡る。
迫り来る音に追い立てられるように足が一瞬軽くなり、暗がりから視界が晴れる。どう走れば良いのかは、体が知っていた。
板は全て倒してしまっていたが、それでも院内のチェイスルートは強く、走り続けた道をエミリーは辿った。次に椅子に座れば飛ぶのは確定していることから、そうなるとすぐにゲートに向かわれてしまい、全滅の可能性すらある。
窓枠を乗り越え、走り慣れた道を駆けながら、たなびく赤に身を震わせた。
試合開始直後から走り続けた足はもう子鹿のように震えており、高低差のある階段はもはや足を上げられているのかすらわからず、口を大きく上げて吸い込んだはずの酸素は吸った端から使われてしまう。末端は冷たく、手足は針金を巻き付けられているかのように動きは鈍く重たい。
それでもエミリーは走った。周囲の音すら遮断され、ただただ自身の呼吸音ばかりが鼓膜ないでこだまする。
しんどい。つらい。足を止めてしまいたい。
先生。
壊れた壁面の向こうにゲートが見える。まだ開いてはいないが、アニーがゲートパネルを押していた。
背後の階段、中央くらいまで迫る謝必安を肩越しに確認する。もうダウンしてしまう。早く逃げてと叫ぼうとしたが、エミリーにその余力はすでになく、掠れた呼吸だけが虚しく吸い込まれただけだった。
「飛べ!」
何を言われたのか、酸素不足の頭では理解しきれなかった。ただ、耳に、呼吸音だけの世界に突如亀裂を入れたその音に、エミリーはただ純粋に、本能的に言われた言葉を吸収する。眼前の壊れた壁面に向かうように置かれた踏み台があり、それは踏むためのものであり、足は、声に従いそれを踏んでいた。
あ、と少し間の抜けた声が風の音に遮られる。
体は一瞬の無重力と、それから放物線を描き、まるで投擲された鉄球のように飛ぶ。二階から放り出された体は着地の術など知らない。けれど、もはや疲労しきったエミリーには、その事実について対処するための思考を巡らせるだけの余力はなく、大きく広げられた手に飛び込む結果しか見えていなかった。
小柄な、ギチギチに詰められたような筋肉のクッションがエミリーを受け止める。
衝撃を殺すように、飛んできた体と一緒に緑の布がひらり弧を描いた。はは、と笑い声がエミリーの頭の後ろで響く。視界にはゆっくりと左右に開いていくゲートが映し出される。エミリーを抱えたまま、ナワーブは白黒無常がゲート奥に飛んでくる前に出口へと、腕に抱えた重さなど一切感じさせずに駆け抜けた。
「救助込み。五台分だ」
「ごだい、ぶん」
パチパチと瞬きしつつ、エミリーは手元にある久々の赤色ではない戦績を確認した。ベスト演繹を、暗号機解読0%でもぎとった結果が確かに手元にある。
がんばったなと肩を叩かれ、よくわからないものが込み上げ、エミリーは下唇を噛んだ。
「う、ぐ」
折角の戦績の用紙は手の中でぐしゃぐしゃになる。ぼろぼろと恥ずかしいくらいに涙が双眸から次から次へと零れ落ち、エミリーは肩を寄せて両手で顔を覆った。嬉し
くて、嬉しくて仕方ない。しかしそれは言葉にならない。何かを言おうとすると、短く痙攣したように呼吸を必要として、言葉の代わりに涙が溢れる。
その光景を、久しぶりの赤の戦績を指先でひらつかせた謝必安は、テーブルに、それは少し以前のエミリーと全く同じ格好で眺めていた。
「不本意ですが、決して手を抜いたわけではありません。ただ、エミリー。あなたを最後まで追ったのは失策でした」
暗号機を守るなり、ゲートを守るなりの行動に移行すべきだったと謝必安は己の行動を反省する。
実際その通りである。とりわけラストチェイスでは、意地になって院内でエミリーを追うべきではなく、ゲートに群がる蠅を追払い、巻き返しを図るべきだった。
「先生だったらすぐにダウン取れるって高括っただけだろうが」
鋭く言われた言葉に謝必安はひらつかせた戦績を握り潰す。
で、とナワーブは謝必安の椅子の前に腰掛ける。
「なんか、言うことあんじゃねーのか?先生に」
テーブルにだらりと横たえていた上半身が、その言葉にゆっくりと持ち上げられる。バツが悪そうに、謝必安は目元をすっかり赤くしたエミリーにその長い指を伸ばす。
「次はすぐにダウン取りますから、安心してください」
「おい」
「ええ、次から戦績は目も眩むほどの赤に染めてさしあげます」
「次、」
そう、エミリーは強めに目尻を擦って自然に浮かんだ表情を本日のハンターへと向ける。今までは到底言えない言葉も、ぐしゃぐしゃになった戦績に勇気付けられ、口元に笑みを浮かべる。
「次も私を追いかける、なら、負けか、引き分けを覚悟、してね」
パチリと謝必安はその言葉に大きく瞬きをし、そして一言、分かりましたと返事をした。