文章

君を思う

1 生きるために必要な悪事は一通りこなした。 小さな汚泥に塗れた手に視線を落とし、幼い少女は考えた。窃盗恐喝強盗。凍えるほどに冷え込む夜は船長の形見である刀を抱き込んで眠った。幼く見かけは少年体は少女というこの体はよく売れることも覚えた。 …

三人と二匹、重複は一

 わん。 動物、それも人との歴史が最も長いとされている四足歩行する生き物の鳴き声をスモーカーは聞いた。聞き間違いかと、ぐるりと周囲を見渡して何もいないことを確認し首を傾げる。幻聴か、それとも耳が悪くなっただけなのか。そうこう悩んでいると、も…

目にもの見せて

 面白くない。 面白いはずもないのだ。 ドンキホーテ・ドフラミンゴは、長く続く廻廊に等間隔に立つ柱を爪先の剃り上がった靴で蹴り付け、消化しようのない苛立ちを発散しようと試みた。強く蹴った柱は細かな振動と共に手の届かない場所の埃が揺らされ、ひ…

劇場にて

1 豪奢な装飾に覆われた指輪をはめた指が、長方形の紙片を二枚、揃えて女の方へと差し出していた。その行動は男にとっても女にとっても他意はなく、それ故に、紙を二枚、正しくはチケットを二枚差し出された女は差し出されたチケット二枚が何であるかを、広…

死体

1 波立たない水に血を垂らしたような色である。 ドフラミンゴは温度を持たない眼球を視界に収めながらそう思った。常日頃からそのように思ってはいた。口にする機会はとんとなかったものの、女の目を顔を見る度にドフラミンゴはそう思い感じていた。その目…

ガラスの靴

1 首を傾けて音を鳴らす。はその大きな手で扉を押し開けた。 普段むさくるしい、もとい同じ服装ばかりしている連中が正装し、整然としている様は不気味であり、多少の眩暈をは覚えた。喉を重たく鳴らし、履きなれないヒールでただでさえ高い背丈をより高く…

大馬鹿もん

1 筋張った拳が丸刈りにされている頭へと直撃した。重たい音が、音のない部屋に鈍く響く。「馬鹿もん」 包帯を巻きつけてベッドに座っていた男は、上背のある女に殴られた頭をさすりながら、片側の口の端を小さく持ち上げて減らず口を叩いた。「可愛い可愛…

友人

 友と呼ぶ。 ただそれだけのことである。クロコダイルは燭台に灯された蝋燭をふぅと唇をすぼめて吹き消した。冷たく熱を持たない鉤爪がひゃりとしたまま頑丈かつ精巧に作られた机を叩き、中身の詰まっている重たい音を奏でる。 筋肉が張り詰められている腿…

Brute

1 船員が持っていた望遠鏡をその手から奪い取った。遥かかなた、その用具を使わなければ目にすることもかなわない光景を、ドフラミンゴは望遠鏡のそのガラスに、サングラスを持ち上げて目を押し当てた。ガラスの中の小さいはずの遠い世界は、まるでその場に…

お噂はかねがね

 ああ、お噂はかねがね伺っております。 そう、目の前の額に傷跡を残す男は自分に告げた。ドフラミンゴは男を見下ろす。人のよさそうな笑みの向こうに何かしらいやらしそうな色が見える。性的な意味ではなく、性格的な意味で。もしくは性質的な意味で。つま…

我らが大佐

1 さて、とは海賊船を見下ろす。甲板に座らされた海賊の腕にはそれぞれ重たい手錠が嵌められており、その自由を奪っていた。これで全員かと隣に立っている中佐に女は一度確認し、はいそうです、との返事に納得して帰還すると正義の二文字をはためかせて踵を…

誇り高き

1 騒がしい空間。笑い声。酒の匂い。転がされた酒樽。旨そうな料理の香り。腹を剥きだしにして寝ている男。その腹には人の顔とおぼしきものが筆で描かれている。とぷとぷと視界の端ではコップに大量の酒が注がれ、縁から溢れている。注いでいる人間も注がれ…