雨垂れ石を穿つ

一蓮托生

 刈り上げた後頭部にエミリーは体を一瞬強張らせた。 あまり良い思い出がない背中である。あまり、というよりは、人様には到底言えない痴態を晒した関係上、あまり顔を合わせたくないというべきである。 三人がけのソファに収まりきらない脚が左右対称に放…

孵化効果

1 退屈と無関心で人は殺せるなどという。 その話を聞いた時にまず思ったのは、暴力の方が手っ取り早いということだ。退屈と無関心などというもので人が死ぬのを待つよりかは、首の骨を折るか剣で心臓を貫いた方が余程時間もかからず手早く済む。 そういう…

羊の群れ

 群れというものは、往々にして弱者が強者から身を守る術として辿り着く一つの結論である。 無論有象無象であっても、数の暴力というものは凄まじく、一騎当千の兵であったとしても、圧倒的数には撤退を余儀なくされることもある。 その有象無象を片端から…

逃避

 范無咎は謝必安という男について、本当によく知っている。 酒を片手に、肌を酒精の影響でわずかに上気させた、舌の滑りが滑らかな男を目の前にしてエミリーはそれをしみじみと思った。 そう思う女の両手に挟まれたグラスにも、黄金色の飴を煮詰めたウイス…

表現欲

 底の見えない空間に眩い煌めきを繰り返す星屑は、窓枠の乗り越えによる恐怖の一撃を食らったエミリーを見つめていた。 見つめている、という表現はいささかおかしいが、それでも、その空間は真っ直ぐに、ただただ無言のままに向けられている。 長い、途中…

火中の栗

 白黒無常の白無常はプライドが高い。 ふと、そんな話題になった。 エミリーはサバイバー側の待機室で、人格の調整をしながら、黙ったままその話を聞く。「板に当たった後に、服についた汚れを落とすところとか、攻撃を当てた後のあの表情や髪を払う仕草と…

フェチシズム

 かっちりとした礼装に自然と背筋が伸びる。 黒の光沢のある生地を金縁で引き締め、深みのある赤の差し色を使った衣装。 腰を締めるコルセット様の太いベルトが女性特有の胸部の膨らみと腰のラインを強調させる。しかし、左肩から下げたペリースと太腿の中…

傍観者

 梟が闇夜に鳴く。 羽ばたきと共に擦れた葉が音を立てれば、鼠の末期の悲鳴が夜風を取り込む窓から飛び込んでくる。酒の肴には些か耳障りであった。 木製の椅子が二つに、それに座る男が二人。 片方は新月の夜を、もう片方は月光の眩さを溶かし込んでいる…

ねらう

 珍しいこともあるものだ。 エミリーはよく知るハンターが名を連ねる、未だ誰一人負傷していない協力狩りでそう思った。 サバイバーのチェイスが上手い、というわけではなく、単純にハンターが攻撃をしていないだけである。アイテムを購入できる電話機の下…