第五人格

幽閉の恐怖

 兎角、必安はもてた。 パウンドケーキを口に放り込み、リスのように頬を膨らませながら范無咎はそう言った。 それを飲み込もうとして喉に詰まらせたのか、胸を二三度叩いて無理矢理嚥下すると、通りをよくするため、アイスティーをあおって最後まで飲み下…

生還者なし

 めそり、めそり。 その泣き声に弱いのだと荘園で唯一の医師であるエミリー・ダイアーはそう告げた。その話を聞くのは、宝石のごとき翡翠の瞳を持つハンターである。「君の脳味噌はまともに機能しているのかい」「仕方ないじゃない。あんな風に泣かれたら部…

指名手配

 のりがよくきき、ぱりっとした、透けるほどに白いシャツを丁寧に畳む。 エミリーはあれやこれやで今だ返却に至っていなかったジョゼフのシャツを紙袋に入れた。昼食前には返してしまいたいところで、時計の針は間もなく十一時を指す。 今日の午前中のゲー…

後遺症

1 珍しいこともあるものだ。 エミリーは、月の河公園でジェットコースターに乗って遊んでいるジョセフとサバイバーの姿を眺めながら、暗号機の解読を一人進めていた。エミリーも一緒に遊ぼうとエマに手を引かれたものの、暗号機の解読が進まなければ荘園に…

閉鎖空間

 穏やかな笑みをハンターはその顔に浮かべていた。 一見菩薩のようなその笑みの下には、持てる術をすべてを使い切ったサバイバーが転がっている。「すみません、エミリー」 謝必安は、失血に喘ぐ医師にそう微笑みかけた。 壁の影からナワーブが救助に走る…

独占欲

1 どこまでいっても自分はハンターで、彼女はサバイバーなのだと思い知らされる。 高揚する気持ちを抑えきれず、謝必安は胸を押さえた。 傘で、その柔らかな肢体を突き飛ばし、肉を抉った感触が掌に残っている。それは忌避すべきものなどでは決してなく、…

後知恵

 ずうずうしいという単語は彼のためにあるのかもしれない。 傘をさしたままベッドの上にちょこんと、その長い脚を折りたたんでにこやかに座っている白黒無常の、謝必安の姿を扉を開けるや否や見つけてしまい、エミリーは額を押さえて、開けたはずの扉を閉じ…

目には目を

 通電した。 ジョゼフは溜息を落とす。 ホワイトサンド精神病院に、祭司、占い師、機械技師はどうにも分が悪い。最後の一人は、医師だった。祭司と機械技師に翻弄されている間に気づけば、全ての暗号機を解読してしまっていた。 壁を震わせる様な通電の轟…

悪化

 必安が、気にしていたからだ。 范無咎はそう思っている。 一つ。嵐の日に必安がソファで眠ってしまった後、医生は一枚では足りない毛布をもう一枚必安の膝にかけ、そのまま舟をこいで寝てしまった。だから、姿を現し、すっかり冷めてしまったホットミルク…

おもてなし

 子供染みた、大人気ないことをした自覚は十分すぎるほどにあった。 サバイバーには写真家と称されるハンターは、失血死寸前で雪面を這う医師の姿を映しだした写真を手の中で弄びながら紅茶を嗜む。 しかし彼女にも非がある。非が、ある。 ジョゼフは嵐の…

引き留める、あり

1 ゲート目前で小さな体が倒れ臥す。麦わら帽子が一瞬、宙に舞い上げられ、大きく空気をはらんで地に落ちる。 軍手をはめた手には椅子を壊し尽くした工具が一つ。嗅ぎ慣れた血の臭いが鼻腔に充満し、滴る液体は新雪を染めあげた。 エマ、掠れる声で伏した…