31:二人でお留守番 - 2/4

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 ぎりぎりと際どいにらみ合いが続いたが、それを先に放棄したのはXANXUSであった。
 泣き飽きたのか、それとも泣けば負けとでも思っていたのか、頭に拳を落とされてXANXUSを睨みつけていたセオは視線をそらされてぐすんと鼻をすすった。
「…カス」
 ぼそ、と再度呟かれた言葉にXANXUSはもう一度小さな頭を殴りつける。ああと小さな声が上がって、二つの紅葉が頭を押さえてうつ伏せに、今度は頭を守るような形で倒れる。先に引き下がってやれば、と大人らしい態度を見せた自分に多少酔っていたXANXUS(もはや少しも大人らしくないが)だが、庇う様な姿にふんと鼻を鳴らした。
 こんな不機嫌な気分では仕事も手につかない、とXANXUSは先程まで続けていたサインの作業をやめて、側にあったソファへどっかりと腰を落とした。東眞から預かったメモ帳はそこに放り投げる。かちんと時計の針が動いて時を知らせる鐘が鳴ったが、どうにも動く気がしない。
「ぽんぽん、へったぁ…」
「…」
「ぁー、ぅ」
 マンマ、と母親を呼び続ける子供にXANXUSは苛々と靴底を鳴らす。
 そんなに泣き叫んだところで、東眞はルッスーリアと一緒に現在買い物に出ているのだから戻ってくるわけもない。戻って来いと連絡をすることも可能だが、それは子供をお願いしますと出かけて行った、つまり任せて行かれた自分ができなかったことを意味する。
 餓鬼の世話くらいできると大口を(断じて大口などではない)叩いた手前、それも言えない。
 何か書いてあったか、と少し思い直して一度投げ捨てた手帳を拾い上げて、ぺらぺらとめくる。
 食事の項目に目を通して見ると、そこには丁寧にホットケーキの作り方が説明してある。三時辺りにおやつ、とも書いてあるが、与えた林檎は食べなかった。大体材料が書いてあっても、材料がどこにあるか分からない。
「ぽんぽぉん、へった…」
「うるせぇ。黙ってろ」
 与えたものを食べなかったくせに、と忌々しい思いをしながらXANXUSはべったりとしているセオをつまみあげると腕に抱える。そしてごつごつとブーツを鳴らしながらキッチンへと向かう。何か食べるものは用意してある、と思う。
 暫くも歩けば冷蔵庫などがあるキッチンにたどり着く。先程は林檎しか見なかったが、冷蔵庫も開けてみる。そうすれば、中には食材が置いてあった。当然である。しかしながら、その中にはXANXUSが期待してあったものはない。だが、腕に抱えている子供があー、と騒ぐ。小さな両手が伸ばされて、冷蔵庫内の何かに反応していた。
 少々迷ってからXANXUSはセオを開けたままの冷蔵庫の前に下ろす。セオは地面に足をつけ、冷蔵庫の段に手をかけて立ち上がった。そしてその二段目に置いてあった小さなカップを手に取る。満足げな顔をして、また腰を落ち着けると、そのカップについているストローに口をつけた。
 一体何だとXANXUSはセオの手から問答無用でそれを奪い取ると、かぱりと蓋をあける。
「やーぁ、バッビーノ!」
「るせぇ」
 カップの中でゆらりと揺れている液体を少しばかり口をつける。そうすると、ああ成程とXANXUSは納得した。中に入っていたのはりんごジュースである。
 セオぱちぺちと自分の足を叩いてりんごジュースを取り返そうとするセオにXANXUSは、こんなもの飲むか、と悪態を一つ吐いて、それをセオに押し付けた。あっさりと父親が自分の欲しいものを返してくれたことに安心したのか、セオはまたストローに口をつけて中身を吸う。
 そしてXANXUSは他にこの子供を黙らすためのものはないのか探してみたが、一向に見当たらない。作り置きくらいしておけ、とXANXUSは見当違いの方向に腹を立てた。
 しかしセオが大人しくしていたのも僅かの間のみで、すぐにカップのリンゴジュースはなくなった。それでは足りないのか、セオはXANXUSのブーツを叩いて、目が自分の方を向いたのを確認してからカップを持ち上げる。
「バッビーノ」
「…もう、ねぇよ」
「うー、Melaぁ…」
「…」
 ないのか、とXANXUSは冷蔵庫の中をよく見る。しかしながら、中に入っているのは牛乳と卵、レタスにハム、バター、それから麦茶。他にもチーズなど結構なものが入っていたのだが、りんごジュースは見当たらない。しかし、冷蔵庫の端にパックの野菜ジュースがあることに気付く。
 これでいいか、とXANXUSはセオのカップを受け取ると、その中にパックの端を切って中身を入れてからセオに返した。
 カップは不透明なので中身は見えない。オレンジの色をしているので、透明ならば一目でりんごジュースでないのは分かるが、残念なことに今回それは分からない。
 セオはてっきりりんごジュースを父親が自分にくれたのだと思い、嬉しそうにぱくりとストローを口にくわえるとちゅぅと吸った。だが、中身が舌に乗ればそれがりんごジュースでないことなど容易に知れる。セオはげぇ、とそれをタイルの床に吐き出した。そしてカップをXANXUSに向かって投げつける。それはXANXUSの黒いブーツに当たって、ふたが外れ、どぱ、と内容物をブーツの上に掛けた。
「…てめぇ…!」
「やー!!Mela、ぁーちがうー」
 自分が怒る前にぐずり始められて、XANXUSは怒ろうとしたそれをどこにぶつければいいのか、分からなくなる。ああん、とセオは声をあげて、泣く。しかしXANXUSからすれば、癇癪を起したいのはこちらである。誰か、と呼ぼうとしたが、今日は誰もいない事を思い出して、このタイルに広がったオレンジ色の液体に眉をひそめる。
 セオの服も吐きだした野菜ジュースでびしょびしょである。それが気持ち悪いのか、セオが泣きやむ気配は一向にない。気持ち悪いのならば脱がせればいい、とXANXUSは冷蔵庫をいったん閉めて、取り敢えずセオをひっ立たせる。そして小さなボタンをぶつぶつとはずして、服を脱がせた。おしめ、ではなくパンツなのだが、それも濡れていたので脱がせる。
 見事に素っ裸になった息子を見て、XANXUSはこれでいいだろうと頷いた。そんなはずはないのだが、勿論突っ込み役はいない。
 しながら、XANXUSも少しずつ経験値を上げている様子でこのタイルの床は流石に冷たいだろうと思ったのか、セオを持ち上げると先程の絨毯の敷かれている部屋へと戻る。そしてその上にぽとんと素っ裸のセオを落とした。ふわふわの感触は気持ちがいいのか、セオは泣きやんで、あう、と声を上げた。
 だがそうやって笑っていたのも始めのうちだけで、すぐさま寒いことに気付き、ぐずり始める。
 今度は何だ、とXANXUSは眉間の皺をさらに増やしながら、セオを見た。
「vestito(服)」
 どこにあったか、とXANXUSは考える。しかしながら、XANXUSはセオの服がどこにあるかを知らない。
 これ以上泣かれるのはもう耐えられないので、渋々その服を探しに行く。クローゼットを開けるが、そこにかかっているのは自分の隊服、それから正装他だけである。ハンガーにひっかけるような幼児服は上にはかかっていない。服、とポケットに入れていたメモ帳を開いて読む。丁寧に図まで描いてセオの服の場所がしまってある場所が知らせてある。XANXUSはクローゼットの右端に置いてある箱に気付き、それを開いた。
 探していたものが、きちんと分けられて入ってる。下着等々、必要なものを引きずり出して、XANXUSはセオのもとへと戻った。想像通り、まだぐずぐずとしている。
「着ろ」
 と、そう言うとXANXUSはセオの頭の上に持ってきた服を落とした。セオはもう一度すすりあげると、XANXUSにその服をばしんと投げつけた。流石に燃やすことはしない。
「…次やったら叩きだすぞ…」
 叩きだしたところでどうにかなるものではないのだが、XAXNUSはぎろりとまだ二歳にも満たない息子に凄む。全く大人げない。しかしセオはXANXUSが蹴り返してきた服を手にとって、またNo、と喚く。ひくり、とXANXUSの米神が動いたが、そんなことはセオの知ったことではない。
「No!」
「服はそれだろうが。文句あんのか」
「やー!」
 いらっとしたXANXUSが無理矢理頭からかぶせようとしたそれを、セオは腕をふるって抵抗する。
 何が不満なのか、何故嫌なのか、XANXUSには少しも理解できず、ただ苛立ちが募るばかりである。
 だが、力はXANXUSの方が当然上なので、力任せにXANXUSはセオの腕をつかむと無理矢理そこに手を突っ込ませ、下着をはかせ、ズボンを着せた。もう寒くはないだろうとXANXUSはフンと鼻を鳴らした。しかしGrazie、という礼の言葉はなく、今いにも泣きそうな顔でセオはただXANXUSを睨みつけつけるだけである。
 もしもこの場に他の誰かがいれば、それは当然だと言うだろうが、不幸なことにその場には、いない。
 セオはXANXUSを睨んだ後に、今度は自分で乱暴に掛けられているボタンをはずして、着せられた服を脱ぎ棄てる。ズボンや下着は立ち上がるか、一度転ばないと脱げないためにそのままだったが、その服が嫌だという意思はXANXUSに十分伝わった。
「や」
「…この…っ、勝手にしろ!」
「―――――――――…っあー、ぁっー!まーんまーぁ、あーぁーん、ひぐっ、あー!」
「うるせぇ。東眞はいねぇっつってんだろうが。何度言わせやがる!」
「マーンマー!まーぁ、ん、まー!」
 とうどう大声をあげて鳴き始めた子供にXANXUSは打つ手がない。流石に渡されたメモ帳にも子供をあやす方法など、書いてはいなかった。
「おい」
「やーぁ!まーんっま、っびーの、cattivo(いじわる)!」
「…してねぇ」
「あー、あー!」
「…静かにしろ」
 おい、とXANXUSは気まり悪そうにもう一度声をかける。さっぱり泣かれる理由が分からない。子供をあやす方法をあまりにも煩いので、必死に模索する。何かあっただろうか、と記憶を探れば、ふとスクアーロがしていた行動を思い出した。
 XANXUSはセオに手を伸ばしたが、その手はセオの手でぱちんと叩かれる。
「…大人しくしろ」
 できるだけ声を和らげるように心掛ければ、セオはぐず、とようやくぐずるにとどまる。そしてXANXUSはセオの両脇に手を添えると、胸のあたりまで持ってきて、それからさらに自分の頭上、肘がまっすぐ伸びる位置まで持ち上げた。
 これからどうすればいいか、実のところXANXUSはよく覚えていない。肘を伸ばした位置でぴたりと固まってしまった父親の目には、少し期待をしている子供の目が映る。だがセオは自分の目線よりも随分と高い位置に持ち上げられたこと自体に喜んだのか、そのぐずり顔をやめて、へら、と笑う。
 これでいいのか、とXAXNUSはその位置から下げようと肘を曲げる。すると、それに敏感に反応して、セオはやぁ、と声を不満げに上げた。また泣かれては厄介なので、XANXUSはしぶしぶながら腕をもう一度伸ばす。そして、ああと思いだした。
「…あのカスも偶にゃ役に立つじゃねぇか」
 こうだ、とXANXUSは子供を上下にゆっくりと揺さぶった。するとセオはそれが楽しいのか、きゃらきゃらと笑うようになる。もっと揺らせば、いっそ放り投げでもしたら、もっと喜ぶのではないのか、とXANXUSは思う。そして、それを実行に移した。
 一度下げた体を力を込めて上に放り投げる。きょと、とその目がまぁるく大きく見開かれた。一瞬の無重力を味わった後、セオはXANXUSの手に落ちてきた。ぱし、と小さな体が収まって、そうすると、セオは満面の笑顔を浮かべた。ふんとXANXUSは軽く鼻を鳴らして、ぽんぽんとセオを上に投げて遊ぶ。遊んでいるのか、遊ばれているのか、それは微妙なところである。
 だがしかし、そう上手く事が運ぶはずもなく。
 少し力を込めすぎて放り投げたせいか、セオの体は浮かびすぎた。そしてそのまま、明かりに引っ掛かる。
「…」
 当然それに引っ掛かった体はいつまでたってもXANXUSの手に戻ってくることはない。初めは状況が理解できずに目を丸くして揺れていたセオも、ようやく自分の状況が理解できたのか、ふえと泣き声を漏らした。
「おい、待て」
 泣くんじゃねぇ、とXANXUSは折角泣きやませた子供がまた泣きだすことを危惧して、ぎょっと頬を引きつらせた。しかしそんな焦りが子供に伝わるはずもなく、セオはそのままの位置であぁんと泣き始めてしまった。
 素肌に冷たい金属が当たって、それがまた不快なのかどうなのか、セオはその位置のまま、さらに泣き声を高めた。
 XANXUSは引っかかってしまったセオを下から眺めながら、ただどうすればいいのか分からず立ち尽くす。撃ち落とすにも、撃ち落としてしまえば、落ちてくる子供だけを受け取ることはまず不可能である。かといって、落とさなければ子供は拾えない。
 そこでXANXUSはようやく椅子をずらして手を伸ばせばいいことに気付いた。何故自分がこんなくだらないことをしなければならないのだと、非常に不服に思いつつもXANXUSは絨毯の上で椅子を滑らせて、明かりの下に持ってくる。
「動くんじゃねぇ。いいか、動くな」
「、ぁー」
 XANXUSは椅子の上に足を乗せて、二本の足で四本足の椅子の上に立つと、そこから手を伸ばした。精一杯伸ばせば、子供には手が届く。そしてXANXUSはセオの腹のあたりに手をつけた。
「放せ」
 そう、冷たい金具を落ちまいと必死に掴んでいるセオにXANXUSは命令をする。しかし高さと恐怖でセオはその小さな腕を一生懸命に金具に捕まらせて、一向に放そうとしない。これでは仕方ないとXANXUSはセオを軽く揺さぶって無理矢理放させようとしたが、逆効果となり、セオは一層それにしがみ付く。
 眉間に皺を盛大に寄せて、XANXUSはもう一度放せ、と同じ言葉を繰り返した。勿論それにセオが反応するはずもない。
「やー!おち、る」
「落ちねぇよ。てめぇ何考えてやがんだ」
 放せ、とXANXUSは三度目になる言葉を繰り返して、もう一度セオを揺さぶった。セオは小さな声で唸ると、今度は足をからませ、絶対に落ちないようにと強く強く金具にしがみつく。
「おい、いい加減にしろ」
「…っ、まんまぁ…」
「…いねぇって言ってんだろうが…てめぇは脳なしか。落ちやしねぇ」
 しかしながら、放り投げた張本人の言葉などセオが信じるはずもなく、セオはぐずりながらそれにしがみつく。それに痺れを切らしたXANXUSは、もういい、とセオの腹から手を離すと椅子から降りようとした。
 セオはそれを見て、ひぐと引き攣った声をあげて、XANXUSの方へと手を伸ばした。その調子にバランスを崩して、明かりからずり落ちる。XANXUSといえば、セオはもう絶対に手を離さないものだと思い込んでいたから、背中を向けたその向こうでセオが落下しつつあるなどと思いもよらず、ぎょっと慌てて振り返って手を伸ばす。伸ばした指先にどうにかセオの下着が引っ掛かって、釣り下がるような形で、床に激突は避けられた。
「ふ、ぇ、え、あ―――――――!!!」
「おい、泣くんじゃねぇ」
 うるせぇ、とXNAXUSは本日になって一体幾度目になるか分からない言葉と溜息をついた。

 

「何をしている」
 レヴィはふと立ち止まっているスクアーロに声をかけた。それにスクアーロはまぁな、とショーウィンドウから目を離す。
「今日はボスとJrが二人っきりだろぉ?どうせあいつのことだから、まともに世話してるとも思えねえしなぁ…。あんまりだから、Jrに土産の一つでも買って帰ろうかと思ってただけだぁ」
「ボスを愚弄するな。ボスは立派にセオ様の面倒を見ておられるに違いない」
「…う゛お゛お゛ぉい゛、それ本気で言ってんのかぁ…」
 そう言って頬を引き攣らせたスクアーロが見ていたショーウィンドウにレヴィも目をやる。中に入っているのは、ミニカーや電車の玩具だった。
 スクアーロもレヴィの隣でそれを眺めながら、あれだぁ、と続ける。
「九代目はJrにぬいぐるみしかかってやらねぇだろぉ?あの年頃の餓鬼ってのは、もっとこう車とかだなぁ、そういう系統も好きなんじゃねぇのかぁ。まぁ、それかあっちの本も悪くねえな。最近は山ほどしゃべるようになってきたわけだし…語彙を増やすには本だろぉ」
「…ふむ。あっちのお菓子はどうなんだ」
「菓子は東眞が作ってくれんだろぉ?」
 いらねぇよ、とスクアーロは笑う。それにレヴィはふと考えながら、そしてしばし逡巡した後にスクアーロと一緒に玩具屋に入る。そしてぽっぽと音を立てながら動く列車や車を眺めながら、ふと、レヴィは動きを止めた。
 その視線の先にはタンバリンを鳴らしながら動く猿のぬいぐるみがある。おお、と声をあげてレヴィはそれを手に取った。
「これなどいいのではないか…む、それならばいっそ犬を飼って差し上げるべきか…」
「誰が世話するんだぁ。餓鬼にゃ世話できねえぞぉ」
「それもそうだな…だが…子供の情操教育には動物はいいと読んだことがある」
「…まぁ、それはそうだなぁ」
 そう、スクアーロはレヴィの案にちょっと気が傾く。そして二人の目線はふと玩具屋の前にあるペットショップに目が行く。レヴィとスクアーロは互いに顔を見合わせて頷くと玩具屋を後にして、ペットショップへと足を向けた。
 中に入ると、そこには店員が座っている。
 そう言えばとスクアーロはふと日本の奇妙な光景を思い出した。
「日本のペットショップってのは随分と奇妙だったなぁ」
「む?何がだ」
「いや、あれだぁ。ペットショップに動物が置いてるんだぜぇ」
「何だと?」
 それは、とレヴィはスクアーロの言葉に目を見開く。うんうんとスクアーロは頷きながら、店員が引っ張ってきたカタログを眺めながら、レヴィと話を進める。
「それが子供ばっかりでよぉ、ありゃ母親から引き離すの大概早すぎだと思うんだがなぁ…躾の時期に」
「日本のペットショップとは随分と奇妙なシステムなんだな…」
「おお。それにだなぁ、動物が入ってるのがガラス張りのすげぇ小さな部屋なんだなぁ…ありゃ、ストレスたまるぜぇ。確かフランスもそんな感じだったか…。お、こいつなんかいいんじゃねえかぁ?」
 そう言って、スクアーロは一枚の写真を指差す。レヴィは横からそれを覗き込んだ。
「むぅ…随分と大きな犬だな…セオ様が押しつぶされやしないだろうか…」
「しねぇよ…。それに子供だとそう大きくもねぇだろうしな…一緒に大きくなるんならいいんじゃねぇか?おい、こいつはどういう犬なんだ」
 スクアーロがそう店員に尋ねると、店の男は笑顔でそれに快く答えた。
「アイリッシュ・ウルフハウンドといいます。世界一大きな犬種でして、大きいものでしたら体高1mを超すものもいます。気性はとても温和で優しい性格の犬ですし…無駄吠えもしませんので躾がしやすいです。見知らぬ人間に対しては攻撃的になることもありますけれども、番犬としての点ではいいでしょうし、家族とも仲良くできる犬ですよ。
 ただ、お客様。この犬は元猟犬なのとその大きさで、固く狭い所に寝かせることだけはおやめ下さい。人と同じくらいのスペースの寝床が欲しいですね。それに沢山食べるので、経済的にも…色々と。それから運動できるだけの十分に広い庭がありますでしょうか?散歩は長めにしてあげてください。それから、ブラッシングもできるだけこまめにしておきませんと…」
「ああ、分かった。そういった点は一切問題ねぇ。家も庭も…広すぎるくらいだからなぁ。そうだ、こいつは餓鬼がいる家庭でも平気なのか?まだ二歳にも満たねぇんだが…」
 スクアーロのその言葉に店員はくすくすと肩を揺らして笑った。
「それならば一切問題はありません。アイリッシュ・ウルフハウンドは子供をはじめとして、他の犬などにもとても優しい犬ですから。子供にもとても仲良くできる、お子さんがいらっしゃる家庭にはうってつけの犬でしょうね」
 ふむ、とレヴィはその店員の言葉を聞いて浅く頷く。そして数分話し合った結果、スクアーロは店員にその犬を頼んだ。
「これが電話番号だぁ」
「畏まりました。ブリーダーに連絡を取って、決まりましたら折り返しご連絡差し上げます」
 宜しく頼む、とスクアーロは一言言って、そこを後にした。レヴィもそこから出て、そしてふと立ち止まる。
「俺たちが帰る日になっても連絡がこない場合はどうするのだ」
「…その時は…」
 と、スクアーロは先程入った玩具屋へと目を向ける。そして、車のおもちゃでも買って帰るかぁ、と首筋をかいた。