04:大空の行方 - 3/6

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 ごつりと畳を土で汚していく。
 尤も、そんなことをしても叱る人間などこの場にはいない。ただ向かってきたカス共は悉く全て潰した。倒れ、畳の線を血で描いていく躯を踏んで歩いていく。殺す前にその胸倉をつかみ上げて、静かに問う。
「女はどこだ」
 答えを聞いて男を焼き捨てる。言われた隠し通路をごつと足音を立てて下りて行く。
 誰かのために何かのために、自分が動くなどということは基本的にしない。それをするのは自分以外のカス共であり、決して自分ではないからだ。例外があったとすれば、ゆりかごそれとボンゴレリングくらいだろう。だが今自分はここにこうして立って、歩いている。これはまさに非日常だ。足音だけが上で喧しく響いている音の中でやけに低く静かに響く。
 両脇をコンクリートで固められたその場所には窓一つなく、まるで拷問部屋か何かへ続く部屋のようである。点々と散らされた灯りの先には電子ロックされている扉があった。その前で足を止める。右に備え付けられたカードキーの差し込み口。ポケットに入れた手をゆっくりと抜く。きゅぃとともった炎は明るく、光を放つ。
 そして躊躇なく扉を破壊した。破壊したので当然喧しい音が耳をつんざく。だが誰も来ない。来るはずもない。全員殺した。
 部屋の中に視線を向ける。一つのベッド。破壊した扉の残骸。鎖。男の体。そして。
「消えろ」
 男の頭を掴み取り、炎を一気に灯す。そうすれば男の頭は焼けてかっ消えた。統率を失った体は弛緩してぐらりとベッドの方に倒れこもうとしたので、その体を横に蹴り飛ばす。
 着物がはだけ、白い肌が見えていた。いや、白いだけではない。痣や火傷の痕が多数見られる。つい最近、先程つけられた痕だ。手首から首に巻きつけられていた緩んだ鎖。首にはそれで締められた痕がくっきりと残っている。
 女の黒い瞳が大きく見開いて、そう、それはあの月夜の晩に初めて会った時のように。大きく。そして恐怖もなく、ただ驚いただけの瞳がこちらを見ていた。
 だから静かに言った。

「てめぇの大空は――――――俺だ」

 女の瞳が、もっと大きく見開かれた。信じられない、と言わんばかりに。
「来い」
「…なんてこと、を」
 東眞は首に絡んでいた鎖を解き、上半身を起こす。
「黙って来い」
「なんてことを!」
「…着ろ」
 会話が成立しないまま、XANXUSは東眞に上着を押しつけるようにして渡す。東眞はそれで改めて自分の格好に気付き、慌てて着物の前を合わせて押し付けられたコートを纏おうとして、手が鎖に繋がれたままのことを思い出す。XANXUSはそれを見てとって鎖を焼き切る。
「すみません」
 思えばこの女は自分に会ってからというもの謝ってばかりだということを思い出した。
 東眞は前を合わせてXANXUSの前に立つ。そして一度静かに瞬きをしてXANXUSを見上げた。ぐっと唇をかみしめる。
 非難したい気持ちと感謝したい気持ちがぐちゃぐちゃになっている。それらを全て押さえつけて東眞はもう一度XANXUSをしっかりと見た。赤い瞳が見ていた。
「今、何と返事をしていいのか私には分かりません。でもこうなった以上私は行かなくてはならない」

 知らなくてはならない。そして。

 東眞は首のない躯に視線をやり、その体を仰向けにして懐を探る。目的のものはすぐに見つかった。重たい銃。ぐっと歯をくいしばって東眞はそれを手にしっかりと持つ。
「私は桧組に戻ります。修矢の居場所を私の失態で奪うわけにはいきません」
「問題はねぇ」
「?」
 短く返された言葉に東眞は不思議そうに首をかしげた。XANXUSはごつりと踵をかえして歩いて来た道を引き返し、東眞は慌ててその後についていく。そして階段を上りきったその先にあった光景に絶句した。
 死体だ。動かぬ躯があちらこちらに散らばっている。左を向いても右を向いても同じ。この組は壊滅させられた、と考えても間違いではない。傘下の組とて頭が潰れたら烏合の衆だ。勢力分布に大きな変化が見られるだろう。これからは間違いなく強いものが生き残るための戦いが始まる。
「どうだ?」
 振り返った赤い瞳に東眞は吸い込まれる様にして動きを止めた。強い風が吹いてXANXUSの髪飾りがざらと揺れた。
 確かにこの状況であれば、この組を潰した人間が外部のものであれば桧に累は及ばないだろう。この世界で生きてきて、目の前で人が大量に死ぬ姿など嫌というほどに見てきた。その中で東眞はゆっくり考える。
 自分が教えられてきた決まり事の中で、もし「彼」が述べたことが真実であれば自分はこの引き金を引かなくてはならない。
「人の女に手を出せば、待つのは死だ」
 白いシャツが眩しい。東眞は首を横に振った。
「私は、桧に行きます。しなくてはならないことがあります」
「…てめぇはいつもしなくてはならないことばかりだな」
「かも、しれません」
 その言葉に東眞は小さく笑って肩から力を抜いた。そして、XANXUSに告げる。
「有難う御座います。また、助けてもらいました」
「三度目のなんとやら、か」
「ちょっと違います」
 細かい所に訂正を加られてXANXUSは視線を前に戻す。
「東眞じゃん」
「無事だったのね!本当によかったわぁ!」
 ぎゅっと厚い腕に抱きしめられて東眞は目を白黒させる。この声は、知っている。
「ルッスーリア!それにベル?」
「王子の方が後?おかまが先なんて信じらんね」
 ぎゅぅぎゅうと抱きしめられた後、ベルフェゴールは天辺から足先までじろじろと見て、にやぁと口元に笑みを浮かべる。
「へぇ、ボスの服なんだ」
「これだけじゃ流石に寒かったので」
「ボス優しー」
「うるせぇよ」
 にししと笑った声にXANXUSは無愛想にそう答える。しかし、ルッスーリアは東眞の手に持たれているものに、はっと表情を変えた。
「何持ってるの!」
「大丈夫、撃ち方は分かってます」
「そう言うことじゃなくて」
 おたおたとしているルッスーリアに東眞は穏やかに微笑んだ。その笑顔にルッスーリアは言葉を失くす。
「おい」
 東眞は声をかけられてそちらに顔を向ける。そこにはバイクを押えたXANXUSが立っている。
「乗れ」
「…え」
「とっととしろ」
 バイクに跨りXANXUSは東眞をせかすようにしてエンジンをかける。東眞はその光景についていけず、そのと繰り返す。XANXUSはそれにうんざりしたのか一旦バイクを下りて東眞の方に歩み寄りその手首をつかみとると、引きずるようにしてバイクの後部に乗せた。そして、自身は再度跨りエンジンをかける。
「落されたくなけりゃ掴まってろ」
「でも」
「るせぇ」
 XANXUSは東眞の言葉を最後まで聞かずバイクは走らせた。ルッスーリアはその光景に惚れぼれしながら体をくねりとさせる。
「いいわねぇ…。アタシもああいうことされたいわぁ」
「一生無理。そこでくたばってたら」
「冷たぁい。そういえば、スクアーロとは連絡取れた?」
「まだ。もう死んだんじゃね?」
 それにまさか、とルッスーリアは笑った。

 

 修矢は受け身を取りながら地面の上を転がる。
 強い男だというのは刃を交わらせた時から分かっていたが、ここまで強いというのは予想外だった。これでは負ける。
 ちっと唾を吐き捨てた修矢にスクアーロはがなるようにして笑った。
「弱ぇ!弱すぎるぞぉ!!どっかの刀小僧の方がましだったぜぇ!!」
 ある一撃から腕がしびれて反対の腕でどうにか抗戦しているものの、まるで遊ばれているようだ。
「俺の顔を蹴りやがったあの落とし前はしっかりつけてもらうぞぉ!」
「…んな昔のこと根に持ってたのか。小せぇんだよ―――この、若白髪が!」
 痺れた腕の片方で支えるようにして修矢は刀を空気の上を滑らせる。しかしその剣線も腕に取り付けられた刃に弾かれる。
「…っく」
「遅ぇ遅ぇ!!弱ぇカスはそこで這いつくばって死ね!」
 猛攻撃をぎりぎりで防ぎながら修矢は後退する。そして、そこで背中に冷たいものを感じた。壁だ。
はっと前に視線を向けて、スクアーロが刀を振りかざしたのを捉えた。
「終わりだぁ!」
 勝利を確信した言葉と共に振り下ろされた刃を右に転んでかわす。塀がその場所だけ崩れ落ちた。その時、ぴたりとスクアーロの動きが止まる。
「…何してやがんだぁ、ボス。う゛お゛おぉい!!」
「?」
 はっと修矢はその視線の先を見る。バイクと男が一人、それとその後ろに乗っているのは。

姉貴。

「あね――――…っ」
「てめぇの相手は俺だぞぉ!」
 振り下ろされていた刀がすぐに修矢に振りかかる。修矢はそれを刀の鞘で防ぐ。
 静かに、修矢が纏う雰囲気が変わる。スクアーロはそれに気付き、さっと距離を取った。ゆらりと立ち上がり修矢はスクアーロを睨みつけた。
「…構ってられないんだよ…あんたなんかに――――…」
 刀を斜め下に構えた修矢にスクアーロは視線を鋭くする。彼の方はことごとく我流だった。いや、何かをもとにしているのだろうが、ほとんどその型を崩してしまっている。
「俺の邪魔をするな!!」
 踏み切った修矢の体の動きは鈍っている。スクアーロは杞憂だなと笑い、その牙を振るった。しかし、修矢は少しだけ体を沈める。鮫の牙は修矢の右肩を抉るが、止まらない。スクアーロは懐に入られる前に地面を飛ぶ。僅かに刀が義手に当たったが、それがどうということもない。はっとスクアーロは笑った。
「それだけかぁ!」
「それだけだよ。俺はあんたと勝負をするつもりはない」
 修矢はそれだけ言うとスクアーロに背を向け、開けられた穴から外に出る。そしてすぐさまバイクに跨り、エンジンをかけて東眞達の後を追う。スクアーロはさせまいと一歩踏み出すが、瞬間、腕が軽くなったことに気付く。がらんと音がした。ふと地面を見れば、義手と刃を括っていた布が切り裂かれていた。
「…や、野郎ぉ…っ」
やられた、とスクアーロは吠えた。