03:幻想 - 1/7

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「東眞、お皿いつもよりも一枚少なくていいわよぉ」
「どなたか風邪でも引かれたんですか?」
 白い皿を食器棚から取り出しながら東眞は不思議そうに首をかしげた。ルッスーリアはそれに今日はマーモンがいないのよと告げる。
「任務でね」
「ああ、お仕事ですか」
 赤ん坊(らしき物体)が仕事をしているということには深く突っ込まずに東眞は了解した。大皿に乗せられた大量の三角や四角のサンドイッチは本当にこれだけ食べるのかというくらいにある。自分で作っておきながら東眞は不安そうにルッスーリアに尋ねる。
「こんなに食べられるんですか」
「お馬鹿な鮫ちゃんは頭が空っぽな分色々つめとかないといけないのよ」
くすくすと笑ってルッスーリアはその大皿を軽々と持ち上げた。東眞はその隣で取り皿をトレーの上に乗せる。
 冷蔵庫の中身を確認しながら、振り返り意見を求めた。
「飲み物はどうしましょうか。牛乳でいいですか」
「そうねぇ、寒いしホットミルクは…あーでも、一緒に飲むなら冷たい方がいいわねぇ」
「そうですね」
 そうしましょうと東眞はグラスを人数分乗せてそれに冷たい牛乳を注いだ。

 

 あれほどあったサンドイッチは綺麗になくなっていた。そして、東眞の手の上には小さな皿とそしていくつかのサンドイッチ。
 XANXUSはまだ寝ているということで食卓にそろっていなかったので、東眞はこうして持って行っている。朝が遅いというのは聞いていたのだが、しかしここまでとはと東眞は腕時計をちらとみて苦笑した。
 ベル曰く、いつもスクアーロが渋々たたき起しに行って毎度のように怪我をして帰って来るらしい。スクアーロもいい加減に慣れているのか諦めたのか、はたまたそれが通常だと認めてしまったのか、しかしそれでもいつも文句は言うらしい。
 こんと一二回扉をノックしたが返事はない。スクアーロが言うにはノック程度で起きることは一度もなかっただとか。そいう話だったので、東眞はぐいと扉を押しあける。
 そして机の上にサンドイッチを置いて部屋を暗くしているカーテンを開けた。一気に部屋の中が明るくなる。現時刻は正午過ぎ。
「XANXUSさん、お昼ですよ」
 白い布団にくるまっている存在に声をかける。しかし、声をかけても動く気配は一向にない。それどころか無視しようと枕に頭を押し付けている。まるで子供のような仕草に東眞は苦笑して、そのふくらみに手を置いた。
「もう起きた方がいいですよ」
「…うるせぇ…」
 攻撃が仕掛けられてくることはなく、スクアーロの話とは一寸違うなと思いつつ東眞はゆっくりと目を細めた。
 XANXUSはさらに布を巻き付けて耳をふさぐようにしている。これでは仕方がないと東眞は乗せていた手をのけて一歩下がる。
「机の上に昼食置いてありますから。水もあるんで、起きたらどうぞ」
「…おい」
「はい?」
 もそりと初めてXANXUSを纏っていた毛布が動き、そしてずるりと落ちる。赤い瞳がこちらを見つめた。だが、それ以上に東眞の注意を引いたものがあった。
「ぶ…っ」
 そしてくすくすと笑い始める。とうとう腹を抱えて笑った。突然のことと寝起きの不機嫌さでXANXUSの眉間に一つ二つと皺が寄る。東眞の笑い声に誘われるようにして、ルッスーリアやスクアーロたちもひょいと部屋をのぞく(どうやらつけていたらしい)XANXUSはちらとそちらに視線を向けて、そして、思わず顔を逸らされた。
「?」
 しかしスクアーロだけは笑った。
「ははは!大層な髪だなぁ!ボス!!ひ、ははは!」
「あーあ、空気読めてないやつがひとーり」
 ベルフェゴールが即座に突っ込んだが、笑い続けるスクアーロには綺麗にベッド脇の机に置いてあった酒瓶が頭にプレゼントされた。XANXUSはのっそりとした手つきで自分の頭に触れる。
「…」
 触れたが良く分からない。東眞はようやく笑いを止めて、鏡を手渡した。
 XANXUSはそれを受け取りそこで自分の姿をようやくその眼で見た。寝ぼけ眼をこすってからみれば、なんとも面白い髪型になっている。昨晩髪を乾かさずに寝たせいだろう。  ずるりとベッドからシーツがずり落ちてXANXUSの足が床につく。ベッド端に腰かけた状態でXANXUSは額に手を添えて深いため息をついた。どうやらまだはっきりとは起きていないらしい。しかし酒瓶を投げつけられて床に昏倒していたスクアーロがようやく起きてう゛お゛ぉ゛いとが鳴り声をあげた。その瞬間XANXUSの目がかっと開かれて、もう一本の酒瓶をその手で握りしめ躊躇なく放り投げた。勿論向かう先はスクアーロの頭。吸いこまれる様にして直撃した。
「耳障りな声だすんじゃねぇ」
睨みつけた瞳はもう殺さんばかりの勢いだった。東眞は、流石に言葉をなくした。そしてXANXUSはようやっと東眞を見た。
「…いたのか」
 今まで気付いていなかったのだろうか、とその寝起きの悪さに東眞は一種の感嘆の意を示したかった。しかし、相変わらずの髪型なのだからついつい目を逸らしてしまう。
 XANXUSはぐしゃりと髪をかきむしるようにして触れて、そしてふいと体を反転させた。
「あら、ボスどこ行くの?」
「シャワーだ。おい」
 振り返って声をかけられたので、東眞は返事をする。XANXUSは机に置かれていた水とサンドイッチを眺めてそれから言った。
「牛乳も用意しとけ」
「…あっためた方がいいですか」
「冷たい方がいい」
 そしてXANXUSはシャワー室に向かった。はぁ、と返した東眞にルッスーリアは流石ねぇと小指を立てて笑う。ベルフェゴールはまた気絶したスクアーロをつついて遊んでいる。
「何が流石何ですか」
「だってボスを起こしに行って無傷だったの東眞だけよぉ、今のところ」
「…ルッスーリアも起こしに行ったことあるんですか?」
 恐る恐る尋ねるとルッスーリアは遠い目をしてふ、とうっすら笑った。
「…私のこの顔に見事にノートがぶち当たったわ…」
「しし、俺んときは万年筆が飛んできた」
 何でもないことのように言っているが、万年筆は直撃すれば間違いなく怪我をしていたと思う。それを知っていて起こしに行かせたという事実にはっと気付き東眞は慌てて抗議する。
「だ、だったらなんで私に起こしに行かせたんですか!」
 XANXUSのスクアーロに対する扱いは目にしてきた限りひどいものだったが、スクアーロ限定だったような気もしていたので東眞は起こしに行くのを承諾したのだ(それもひどい)ルッスーリアはいやん、と体をくねらせてうふと微笑んだ。
「だって東眞だったら平気だと思ったのよぉ。ボスのお気に入りみたいだし」
「げんに何もなかったわけだし。これからボスを起こすのは東眞の役目ー」
 べた、と東眞にのしかかるようにしてへばり付いたベルフェゴールに東眞は、もし次起こす時があるとすればその時ははたして無事に済むのだろうかとそんな一抹を胸に抱いて、はぁと溜息をついた。