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 着替えを済ませて東眞は手当てを受ける。
「哲さん。その、怪我をされた方たちは」
「負傷した舎弟は皆病院に運びました。安心してください。とは言っても、病院に行く必要のない怪我なのは私と坊ちゃんくらいでしたが」
 まだまだ鍛え足りません、と哲は東眞の足の手当てをしながら、穏やかに言う。そしてそれよりも、とちらと隣の騒がしい部屋に視線を移した。どたばたと破壊音が響いて来るのは気のせいではあるまい。東眞は小さく困ったように笑って、明るい人たちなんですと弁解する。
 巻き終わって余った包帯を哲は救急箱に片付けた。が、すぐその座っている所に大きな影が落ちてくる。東眞と哲がふっとそちらの大きな影を見れば、ゆっくりと、スローモーションか何かのように襖が倒れてくる。
「お嬢様!」
「え」
 哲の固い手で押し出され、東眞は畳にパタンと背中をつけて転げた。そして次の瞬間、先程までは自分が座っていた、そして自分を押し出した哲がいた場所に襖と銀色の髪がなだれ込んだ。けたたましい音がする。
「う゛お゛ぉおおい!!ベル、てめぇいい加減にしやがれぇえ!!」
 スクアーロはがばっと倒れた襖から体を起こして顔にのめり込んでいる枕をもぎ取るや否や、すぐさま畳を足場にしてぐっと踏み切る。当然そこには成人男性の体重が一気にかかるわけであって。
 東眞の耳にはぐぁ、と潰れた声が届いて、襖の隙間から唯一伸びていた手が一瞬硬直し、ぱったりと倒れた。
「て、哲さん!!!」
 その悲鳴に襖を足場にしたスクアーロがきょとんとして戻ってくる。勿論戻ってきた場所は踏みきった襖の上である。東眞はひぃと顔を青くする。
「う゛お゛ぉい、どうしたぁ」
「ど、どうしたもこうしたも!スクアーロ、退いて下さい!」
「?」
 訳が分からないと言った様子で首をかしげているスクアーロに東眞はがっと隣に転がっていた救急箱を掴み取り。

「おふっ!」

 ぶつけた。
 横に滑ったスクアーロを無視して東眞は慌てて襖を、起こして倒す。その先に倒れているのは勿論スクアーロであるが、今の東眞にそこまで注意を払うことなどできない。
「てめぇ!何しや
 ばたん、と倒れた襖の下敷きになってスクアーロの言葉は消えた。
 東眞は慌てて倒れている哲に手を伸ばす。怪我はないようだったが、流石に思いっきり圧し掛かられた上に踏切にされてかなりの圧力がかかったのだろう、げほげほと咳きこんでいる。大丈夫ですか、と東眞は哲の肩をゆする。気絶はしていなかったようで、哲はのっそりと体を起こす。
「お嬢様もお怪我はありませんか」
「わ、私は大丈夫ですけど」
「ただいまー。…おいおい、何で襖が壊れてんだよ」
 そこに修矢が大量のビニール袋を提げて帰ってきた。修矢は呆れた様子で持っていたビニール袋を廊下に置いて、倒れた襖に手をかけて。そして元に戻して踏みつけた。
「おぐ!」
 襖の下から聞こえた呻き声をまるっきり無視して修矢はにっこりと東眞に話しかける。
「姉貴、晩飯は鍋でいいよな。人数結構いるし、それに簡単だし」
「え、ああ…うん。あ、あの…修矢」
「あ、何?」
 はっはと笑いながら修矢は気にすることなく襖の上にぐっと腰を落として東眞に視線を合わせる。東眞は救急箱を放り投げた事を思い出しながら、恐る恐る言う。
「その下にスクアーロが…い、いるんだけど」
「あー、そっか。だからこんな変な感じで襖が浮いてるわけだ。いやー全然気付かなかったなぁ」
 白々しく笑って修矢はさらにそのまま立ちあがったが、一向に退こうとしない。原因を作ったのは自分だが、流石に気の毒になって東眞が退いて、と言おうとしたその瞬間、襖が跳ねた。修矢は一足で襖の上から退いていたので、襖だけが軽く音を立てて倒れて落ちる。
 銀色の髪の隙間から殺気に満ちた瞳をぎらぎらと輝かせて男が立っていた。修矢はちら、とそんなスクアーロを見て一言言った。
「これでテレビの井戸から出てきたらホラー映画出演決定しそうだな」
 は、とせせら笑う。
「て、めぇ…っ!!!おろす!!」
「あー、おろすんならこれ頼むわ」
 そう言って修矢はスクアーロに生魚が数匹入っている袋を押しつける。怒りのあまり言葉も出ないのか、スクアーロはぱくぱくと口を開閉させが、修矢はスクアーロの後ろで腰をついている哲に声をかける。
「哲、向こうの広間に案内してくれるか。あっち掘り炬燵あったろ」
「分かりました。鍋の用意は…」
「それなら私手伝います」
 東眞の一言に修矢は眉間に皺を寄せる。
「足怪我してるんだから、姉貴は大人しくしてろよ。重いものなんか持たせられないからな」
「哲さんが手当してくれたし、もうそんなに痛くもないよ」
「駄目にきまって
「それなら私が手伝うわよ」
 きっちりと敷かれいていた布団がベルフェゴールとスクアーロによってぐしゃぐしゃにされた上で、ルッスーリアが立ち上がった。それに今度は東眞が慌てて、目の前で手を振る。
「ルッスーリアはお客様ですし…」
「そんなつれないこと言わないでチョーダイ。私と東眞の仲じゃない」
 肩を掴んでルッスーリアは笑顔でそう詰め寄る。東眞はなら、と一拍置いてお願いしますと笑顔で言った。ルッスーリアは振り返り、ベルフェゴールに声をかける。
「ベルはどうするの?」
「王子が下準備とかありえなくね?」
「んもう!非協力的ね!」
 腰に手を当てて怒るルッスーリアに東眞は少し笑って、いいですよと返す。
「じゃぁ哲さん、案内お願いします」
「はい」
 ひょいと姿を消していた修矢が戻ってきてスクアーロに一枚の大皿を手渡す。スクアーロは未だ片手に生魚の入った袋を提げていた。
「?」
「それ、おろしたらそっちの皿にもりつけといてくれよ」
「あ゛ぁ?何で俺がそんなことしなくちゃなんねぇんだぁ!」
「…あんた、さっき襖壊したろうが。いくら客人でもしっかり落とし前はつけて貰うんだよ」
 ぎろっと睨まれてスクアーロは後ろめたさもあり一寸黙るが、ふと気付く。
「あ、あれはアイツのせいだぁ!」
「王子知らねーし、人のせいにすんなっての」
 頭の後ろで手を組み、ベルフェゴールは笑いながらスクアーロの横を通り過ぎて待っている哲の所で足を止める。スクアーロはぎりぎりと歯を噛み鳴らして、ベルフェゴールを睨みつける。その光景を見た修矢はびしっとスクアーロに指を突き付ける。
「仮にあいつが原因だとしても壊したのあんただろ。あ、捌くときはそれ一旦洗えよ。水道は外な」
「ふ、ふざけんなぁああ!!!これは武器でナイフじゃねぇぞぉ!」
「さ、姉貴行くか」
 怒鳴ったスクアーロを軽く無視して修矢は東眞の隣に並んで笑顔を向ける。東眞はふと立ち止まって一人足りないことに気付く。
「XANXUSさんはどうしたんですか」
「ボス?何だか向こうの部屋で落ち着いてたけど」
 突き辺り奥から二番目の部屋よ、とルッスーリアが言えば哲はああ、と声を上げる。
「今からそのお部屋に案内するところだったんです。そうですか、先に」
「スイッチ入れてましたっけ」
「いえ」
「それじゃ寒いでしょう。修矢、私スイッチ先に行って入れてくるね」
 哲さん後から来て下さい、と言って東眞は廊下を走って曲って消えた。
「え、あ」
「じゃぁ、アナタは私を台所にエスコートしてチョーダイ」
 待って、と言いかけ手を伸ばした修矢の肩を掴んでルッスーリアは下に置かれていたビニール袋を持ち上げ修矢を押した。哲はベルフェゴールに少し待つように告げて、襖を嵌め直す。それが終わるとこちらですとベルフェゴールを案内しようとしたが、肝心のベルフェゴールはいつの間にかルッスーリアたちの後を追っていたので、哲も慌ててその後を追う。
 そして取り残されたスクアーロの手には生魚の入った袋と皿が持たれていた。

 

 東眞はすっと襖を開けて、中に入る。部屋は暖房と天井のライトしか付いていない。
 そう言えばこの家のフローリングは台所だけだったことを思い出す。座る、椅子のように座っているところと足が伸ばせるのが好きなのだろうと東眞はふと思った。見れば、掘り炬燵に足を突っ込んで座椅子に腰かけているXANXUSがいた。しかし向かい側のこちらまで足がのびて、足が出ている姿は少々滑稽である。
「XANXUSさん」
 声をかけたが反応はない。寝ているのだろう。腕を組んだ状態で瞼は閉じられ、規則正しく肩が上下している。東眞は掘り炬燵のスイッチを入れると、隣の部屋から薄い肩掛けを持ってきてXANXUSの肩にかけた。突き出している足をどうしようかと一寸迷ったが、少しだけ炬燵の布を引っ張って隠すことにした。
 早く台所に行くべきなのだろうが、東眞はじっとその寝顔を覗き見る。意外に睫毛が長いのだなとそんなことを思いながら、手を伸ばしかけ、そして止めて下ろした。こぉと暖房が少しだけ静かな音を立てた。下ろした手を見つめ、東眞はあの重たい銃を取り除いた手の感触を思い出す。
 止めることはしなかった。そしてただ尋ねてくれた。それが一体どれだけ安心できたのか、きっとこの人には分からないんだろうなと東眞は一人思う。ここまで巻き込んでしまって申し訳ない気持ちで一杯なのだが、それでもどこか嬉しく思っているあたり少しおかしいのかもしれない。  東眞は少し微笑んで、口を開いた。
「色々、有難う御座います」
 扉を壊して助けに来てくれた時、まるで本当の空のように感じた。窓のない暗い部屋で、差し込んだその光に目が潰れそうなほどに。大空か、と口の中で呟いて東眞は目を細める。
「本当にそうかもしれません」
「東眞ー」
「お、ゎ」
 ぱしんと襖が開かれて東眞はびくりと跳ねあがる。振り返ればベルがその手に台拭きを持って立っていた。
「あ、静かにしてくださいね。XANXUSさん寝てますから」
「ボス本当によく寝てるよなー。しし、寝込み襲っちゃえば?」
 そう言って笑ったベルフェゴールに東眞は目を丸くして冗談をと言い、そして立ち上がる。
「私、台所の手伝い行ってきます」
「うん。これでここ拭けばいーんだろ?」
 ついついと机を指したので、東眞ははいと柔らかく返事をし、そして台所に向かった。ベルフェゴールは机の上をざっと拭いてちらりと難しい顔をして寝ているXANXUSに目を向ける。そしてぽつりと呟いた。
「なぁんだ、ホントに寝てんのか」
 狸寝入りかと思ったのにと小さく言って、机の端に台拭きを放り投げた。