馬鹿で不器用な - 3/3

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 腹に何かをおさめると言う行為に吐き気がする。あさましいと思う。何故そんなにも体だけ生きようとしているのかと叱咤したくなる。とっとと体もこの死んでしまった心と共に息絶えてしまえば良いのにと切に願う。あの海に沈んだ時、背中に衝撃を覚え海に叩きこまれたあの瞬間に、海王類に食われたその時に。何故どうして自分は死ねなかったのかと、そう疑問に思う。
 そう思うたびに考えるたびに、体が頭が心が、歩き続けることを拒絶する。そうして、それでは駄目だと頭の奥底で悲鳴のような呪いの連鎖が巻き起こる。どうしてこんなところで未だ留まっているのか、もうただ殺してしまえばいいだけではないかと、そう囁く。しかしそれは全く何の意味も持たない行為である。復讐の始めの一文字も果たせていない。ただ殺せばいいだけではない。ただ命を奪えばいいだけではない。ただ息の根を止めればいいだけではない。ただ存在を許さないだけではない。あの腐った海兵に屈辱と恥辱と、ともすれば絶望を味あわせてこそ意味がある。
 だからこそ、自分は海兵になった。一般市民でもなければ海賊でもない。自分が愛したあの人は、復讐のために海兵になることなど望みはしないだろうが、それでもこの手段が一番適当であることはよく分かる。ならばせめて、手向けにでもなるのであれば、海にいるときくらいは船長が讃えた海兵になろうと決めた。
 後悔などさせてやらない。赦しなど請わせてやらない。謝罪など口にさせない。あの下卑た畜生の頭の端に己の誉れ高き海賊である家族が残っているなどと、想像するだけで反吐がでる。忌々しい。憎たらしい。殺してやりたい。高慢で愚図の頭を抱え、あの腐敗しきった思考のままで死ねばいい。人間の屑とその死を嘲笑ってやる。
 「それ」すらできないこの袋小路の現状に嫌気がさす。何年も何年も、それだけを目的に歩いてきた。死んでしまった両腕ではいささか重たい心を抱えて歩いてきた。立ち止まりたいと肉体が叫ぶ度に、心はふざけるなとどなり散らす。そこに生じた軋轢で狂う。よく分からなくなる。体は心を追って死にたがり、心は未だ果たせぬ復讐を恨んで這いずり恨み事を落としていく。
 心が復讐のための生命活動を欲する半面、それを援助する行動を死にたがりの体が拒絶する。
 葛藤する。否、葛藤などする必要などありはしない。そんな事をせずとも答えなどとうの昔に出ているのだから。そのために、唯今ここを歩いている。今ここを。
 刀を引きずり、歩いているのだ。
 死人が、歩いているのだ。

 

 開く、という行動を停止させたがっている瞼を強制的にミトは持ち上げた。眩しいとそう表現する程の光が一斉にガラス玉の中に飛び込んで脳味噌を刺激する。開いたカーテンの先に覗くのはガラス窓越しの晴れ渡った空だった。それと同時に、起きたかという声が耳にもぐりこみ、ココが墓場でないことを思い起こさせる。そして刀は未だ望む死臭を撒き散らすことなく、ただ大人しく鞘におさめられている。ミトは深い溜息を吐いた。
 腹が鳴る。空腹を想起させるだけには十分な音だったが、どうにも何も食べる気にはなれない。妊娠中のつわりを想定するならば、こんなところなのだろうかと、ぼんやりしながらそんな事を考える。腹の音にクロコダイルは少しばかり安心した色を表情に混ぜ、ベッドの横に置いてあった、人肌、には少し及ばない温度の粥を指した。食え、とそれが意味するところをミトも知る。しかし、口から出た言葉は栄養を要求してくる腹とは全くもって真逆の意見であった。
「いらない。食べたくない」
「駄々をこねてねぇで、とっとと食わねェか」
「こねてない。気持ち悪い」
 ベッドの端に男一人分の重みが沈み込む。たわんだベッドの真ん中で、今度はクロコダイルが溜息を吐いた。またこれか、と同じように頭を抱えたくなる。以前こうなったのは、何カ月程前だったか。あの時もかなりてこずったが、今回も同じことなのだろうかとクロコダイルは時間の洞を彷徨う瞳をしたミトを眺め、軽く舌打ちをした。
 最初、この女と再会を果たした後に、この奇妙な現象に出くわした時には全く驚かされた。定例会議の時期でもないのに、つるから連絡が入れられ、おいでと一言命じられた。渋々ながら足を運べば、老兵のソファに寝ていたのは随分と痩せ細った女だった。食事を一切受け付けないと言われ、有給手続きを取らせた後引き取った。二度目は一人目の仇を討ち果たした後だろうか。少しばかり状況は異なるが、心身のバランスが崩れた状態ではあった。「ズレ」が生じているのだ。かたや人間の生存本能を果たそうとし、かたや海の底に置いてきた心の所に戻ろうとする。
 一度老兵に、よくもまぁこんな自己の体調管理もまともにできない人間を海兵のままにしておくな、と皮肉交じりにそう言えば、老兵は一言、それでもこの子は使える子なのさ、と酷く傷ついた顔で言った。まるで傷ついた孫を見るような目であった。使える、と表現したことが不服だったのか、しかしそれ以外に表現の仕様が無かったのか、どちらかは判断がつかないが、それでもその表現を老兵は酷く厭うているかのように見えた。この子がここまで酷いのはあんたと会ってからさ、クロコダイルと続けられた時は、一体何事かと思った。
 そしてつまりそれの意味するところを知ったのは、女の「弱さ」がさらけ出された時だった。
 自分に会うまで、この女は今までこの現象を全て自力で解決してきた。そうするしかなかったからである。心と体のズレから生じる拒食と過度の鍛錬を行ったとしても、そのぎりぎりの縁で怨嗟の狂気が勝つ。恨み辛みをどろどろに溶かしながら、足元を固めて背骨を支える。だが、自分と再会してからは過去への揺さぶりが強く出て、海に帰りたい、否、海に還りたい方へと引きずられているようにすら見えた。しかし、その身を縛りつける怨嗟に体が爪を剥ぎながらその体を無理矢理引き止める。だからこそ、余計に酷くなる。一人でどうにかできていたものが、ほんの少しばかりの安息地を得たせいで、一人でも確かにどうにかなるだろうが、余計な痛みを感じさせるようになってしまった。
 放っておいても、復讐を果たすまではこの女が止まらないことをクロコダイルは知っている。だがしかし、己を痛めつける様は見ていて楽しいものではない。この女に限っては、と言うところだろうか。全く面倒な腐れ縁だと、食事を拒否したミトにクロコダイルは手を伸ばす。肌に触れる寸前、凄まじい瞳の強さで射抜かれた。放っておけ、とその双眸で乱暴に意見を叩きつけてくる。ベッドの上で強く握りしめられている手には爪が食い込み、白いシーツが赤く汚れた。場所が場所なら状況が状況なら、破瓜の血かとでもからかってやれただろうが、そうもいかない。
「やめろ」
「うるさい」
 そう言い、ミトはよろけた体でベッドから出る。それは勿論言うまでもなく、食事という栄養を取るためではなく、壁に立てかけてあった刀を取るための動作だった。しかし、限界地などとうに越した肉体は二三歩歩いてその場に膝から崩れ落ちた。かくん、と抜けてしまった膝をミトは忌々しげに睨みつけると、もう一度足を立たせて先に進むと壁の刀を杖代わりにしっかりと立つ。しっかり、と言う表現が適当なのかどうかはこの際無視をする。
 ベッドに座ったままのクロコダイルへミトは視線を動かした。頬はこけている。
「私の、服は」
 楽な服、この場合はパジャマだが、に着替えさせていたための言葉であった。クロコダイルはその問いかけには答えず、飯を食え、と命令した。それにミトは眦を吊り上げ、一つ咳込んでから反抗する。
「飯なんぞ、食べてる暇はない」
「そのフラフラの体で溺れるつもりか。てめぇに従わされる部下は気の毒だな」
 かさついた唇が噛みしめられ、そこから血が滲む。全くどこまで自分を痛めつければこの女の気は済むのか。
「心配されなくても、私は死んだりしない」
「そういう問題じゃねぇよ」
「成し遂げなければならないこともある」
「だから」
「こんなところで!」
 こんなところで、とミトは吐き出すかの如く叫んだ。強く叫んだせいで、水分不足の喉が痛みを伴ったのか、数回強くせき込んで喉を押さえる。他の誰でもない未だ復讐を成し遂げられぬ己に対する叱責を強く顰めた瞳がクロコダイルを見据えた。
「休んでいる暇などない」
 どうしてそこまでそれにこだわる必要があるのか、クロコダイルには良く分からなかった。殺してしまえば人は死ぬ。殺し方に意味があるのは、何かしら先に目的があり、それに続く場合に不都合を考えられる時のみではないだろうか。しかし、この女の場合の復讐には先が無い。そのため、生きていることが許せないのであれば、やはりただ殺せばいいだけなのだ。彼女の力をもってすれば、それこそ大将、もしくは中将クラスでもない限りは一撃でたやすく仕留めることができるだろう。自分がそれをしようと口にしないのは、それでは意味が無いことを知っているからなのだが、ほんの時折、代わりに殺してやろうかなどとそんな事を考える時もある。尤も、そんなことをこの女が一欠けらも望んでいないことは百も承知であるので、実行に移すことはしないし、人の罪の肩替りなんぞ馬鹿の極みとも呼べることをしてやるつもりもない。
 服の所在を告げないクロコダイルにミトは背を向け、刀を片手に下げるとふらりと一歩踏み出した。今にも倒れそうである。クロコダイルは立ち上がり、ミトの腕を掴んだ。やはり、細い。鍛えられていた腕の筋肉も随分と細くなっている。放せ、と指が掌を引っ掻いたが、砂であるために意味はない。無理矢理引きずって、ベッドに押し倒し、押し付ける。そのまま義手で匙を取ると、右手で乱暴に押し倒した女の口を開けさせて突っ込む。こうでもしないと食べないのは明白であった。
「げ、ぇっ、」
 やめろ、と空いた両手で抵抗してくるが、ほぼ無意味に等しい。料理に砂が入るなどと言ったことは気にせずに、口に一度突っ込むと、顎を持ち上げて閉じ、鼻を塞いで嚥下させる。水分を多量に含んだ料理なので、あまり問題もない。水分は大体寝かせる前にこちらも無理矢理飲ませておいた。口を開けさせて、もう一口と言うところで、今度は掌に噛みつかれた。唾液を含んでいるそれは砂である自分にとってある意味酷い意味をもたらす。噛まれた部分に痛みが走り、匙を取落しかけるが、右手で顎を押さえ直して外させると、同じように匙を突っ込んだ。その動作を何回も繰り返す。
 皿が半分程ようやく空になって、抵抗の色も薄くなってきた。シーツは当然とも言えるべく汚れており、後で洗濯させておかなければ、とクロコダイルはそんな事を考える。元々栄養を欲しがっていた体なので、一度食わせれば吐き出すような真似はしない。それでも強くせき込んでいる背中をさすってやる。水の入ったペットボトルを差し出せば、嫌だと首を横に振るうので、一度自分の口に含み、これは口移しで飲ませた。鼻を押さえてしまえば、呼吸をしようと口が無意識に開くのでそこから流し込む。一滴たりとも溢れさせず、最後まで飲み干させる。もう、抵抗の気力もないのか、押し返す力はひどく弱い。
 解放した口から吐息がこぼれる。これが娼婦や別の女であれば、愉快半分で抱きもしたのだろうが、相手が相手なのでそういう気分にもならない。艶めかしい、というよりもいっそ痛々しい。
「明日からは自分で食え」
「…帰る」
「帰さねぇ。いいか、ふらつくのを止めねェ限りは帰さねぇぞ。四六時中見張っといてやるからそう思え」
「なんで」
 そんな事をするんだ、とミトは体を横にしてクロコダイルから視線を外す。腹にたまった感触は、未だ気持ち悪かった。浅ましく、そう感じる。海の底に沈んだ皆の骨はもう何も食べることはないと言うのに。
 懐から葉巻を取り出し、それに火をつける。深く吸い込めば、煙が肺を満たした。それを吐き出す。いくらか噛まれた部位を見下ろし、しっかりと歯形が残っているところに眉間に皺を寄せる。全く、猛獣が如き凶暴さである。そしてクロコダイルはミトの質問に、紫煙をくゆらせながら答えた。
「そんな面ァしてるからだ。馬鹿野郎。飯は食え。水も飲め。寝ろ」
 いやシーツは代えさせておこうかとクロコダイルは考え直す。疲れた声がその言葉に返された。
「一秒が、惜しい」
 何年も、そう、何年も何十年もこの女は歩いてきたのだ。気が遠くなる程に。時間の全てが己を置いて過ぎ去っていく中で、一人だけ変わらないままに歩いてきている。伸ばせども伸ばせども邪魔が入って辿りつけない出口に手を伸ばしている。
 知っている、とクロコダイルは返した。
「承知の上だろう」
「そうだ、承知の上だ。何年かけても、何十年経とうが、必ず成し遂げると」
 決めている、とミトは現在進行形の言葉で返した。それでもとそれに言葉が付け加えられる。
「お前に会って、私は少し、弱くなったかなぁ…?」
 それにクロコダイルは返す言葉を持たない。ならばやめてしまえと言うのは簡単だが、それを言ったところで簡単に止められるものではないし、止めようと言う観念は女の中に存在しないであろう。葉巻がほんの少しばかり苦く感じた。押さえつけていた体を開放し、その横に最初のように腰を戻した。仰向けに倒れている身体はまだそのままに残っている。両腕が目元を多い、カーテンの隙間から差し込む光を拒否していた。
 決心が鈍ったわけではないよ、とミトは喉を震わせて言葉を作る。少しの間落ちていた沈黙はそれで簡単にかき消された。
 言葉を紡ぐことで、ばらばらになった体と心を繋げようとしていた。弱い接着剤は、いつかまた剥がれ落ちてしまうのだろうが、その時は再度そうやってズレを元に戻すのだろう。灰皿へと葉巻の火を押し付けて消す。じゅり、と灰が滑って火が消えた。新しい葉巻は咥えない。クロコダイルはミトの言葉に耳を傾けてやった。
「お前は優しい」
「クッ、ハハ。後にも先にもてめぇくらいだ。そんな馬鹿を言う奴は」
「優しくて、私はお前に全部凭れかかってしまいそうになる。自分で立ち上がることを忘れそうになる」
「ケツ蹴り飛ばして立たせてやる」
「お前は」
 お前は、とその言葉でミトは文章を作るのを止めた。向けられた視線の意味をクロコダイルは考える。開きかけた口が何でもないと閉ざされる。何かを言いたげに見えた。歪められた瞳に滲みかけた必死さは、確実に己に向けられたものだろうとそう、認識した。しかしそれから先を聞く程野暮ではなかった。
 ミトは白い天井を見上げて、悪いとさらに続ける。
「もう、次は無い。これ以上立ち止まれない。耐えられない。自分の愚かさに、弱さに。あの男が息をしていることに」
「お前は」
「言うな。言ってくれるな。いつも本当に有難う。でも、な、でもな、お前は友達なんだ。例え仮にそうであったとしても、私はそうしなければならないんだ。これを成し遂げなければ、私はどこにも行けないんだ」
 クロコダイルの言葉を遮って、ミトは隣に座っている男に背を向けた。白いシーツに皺が寄せられる。
 クロコダイルは向けられた背中を見る。食を拒絶していたために、普段よりも少しばかり小さく見える背中はくたびれているように見えた。どこにも、と女は言ったが、どこになど、この女が行きたい場所など一つしかないではないかと、眉を顰める。多くの選択肢があるように見せかけ、実は一つしかない答えを口にする。
 お前がいきたい場所は海だろう。
 そう、言おうとしてクロコダイルはやはり言うのを止めた。行くのではなく、女はただ還りたいだけなのだ。海に行ければ、自由に生ければ、どれだけ幸せだったろうかと思うが、それは所詮実現しなかった虚である。現実は今現在目の前にしかない。海によくよく行きたがる女の本心は、自由に生きることなのだろうけれど(ああきっとそれは本人ですら気付いていない無意識化のものに違いない)それは、女が望まない。色々な確執にがんじがらめになって、それを引きずりながら歩くことしか、女はもうこの長きにわたる時間の中で覚えられなかった。それ以外の行動を覚えることを、女自身が拒絶してきたと言っても過言ではない。それ以外を覚えてしまえば、海に飛び込みたくなるだろうから。
 憐れなやつだ、と向けられた背中、シーツに沈む淡い色をした頭に手を置く。泣いてはいなのだろう。涙など、泣き方を思い出させてやらなければ泣くことすらも忘れてしまう。
「ミト」
「なんだ」
「馬鹿野郎」
「お前はいつも、そればかりだ」
「馬鹿には、馬鹿で十分だ」
「天才と褒めろ」
「馬鹿なんだよ」
 お前は。
 馬鹿だ。
 どうしようもなく愚かしい。
 自由と言う海でお前が生を得ようとしたとしても、誰もお前を引きとめたりはしない。誰もお前を責めたりはしない。誰もお前を詰ったりはしない。非難したりはしない。ただそれなのに。
「ミト」
「…なんだ?」
 葉巻をクロコダイルは咥え直した。火を付け、煙を口内で味わう。舌がその苦みを甘みだと認識し、脳に葉巻は旨いのだと認識させる。中毒性のあるそれは、肌身離さず持っている。まるで、この女にとっての復讐のようだと思う。
 何かに悪いと知っていても、止めた方が健康にはよろしいと世間一般では言われていたとしても、止められないのだ。止めたくないのだ。止める気がさらさらないのだ。立ち上る紫煙に目を眇めながら、クロコダイルは右手の指で葉巻を口から外した
「海に、行くか。たまにゃ、軍艦以外の船から見下ろす眺めも悪かねェだろう。そうでなけりゃ、てめぇは大概あの鳥の上からだろうが」
「海賊船で」
「海賊船で」
 ああ、とミトは声を零した。吐息のようなその声は、どこか懐かしむような響きがあった。
「うん、いいなぁ。それは―――いい」
 ミトの返事に、クロコダイルはまだ半分程残っている粥の皿を持ち上げ、ミトに突きだす。そして、まだ汚れていた口元を既に汚れてしまって洗うしかないシーツで乱暴に拭った。
「まずは食え」
 差し出した腕や手に自身の歯型が見事なまでにくっきりと痕を残している様子を目にして、ミトはしょんと申し訳なさに視線を下げる。
「…噛んで、ごめんな」
「しつこい女に付きまとわれた時の言い訳に使うから構わねェよ」
 大人しく謝ったミトの頭を左で小突き、クロコダイルは葉巻を咥え直した。そして煙を吐き出す。上半身を起こし、ミトは差し出された粥の皿を受け取った。口にした粥は冷え切り、正直美味しいとは言えなかった。小さい頃、熱を出した時にコックが作ってくれた粥は冷めても美味しかったとミトは懐かしい記憶を手繰り寄せる。海の上で食べたからか、それともそこには家族がいたからか。もう、良く分からない。
 クロ、とミトはクロコダイルを呼んだ。それに金色の瞳が動き、止まる。
「海は、いいよなぁ」
 呟かれた言葉に、クロコダイルは数秒躊躇ってから、嫌いじゃねェな、と返した。