六有無

慣性

 ワインの色と香りを楽しむ。 ジョゼフはワイングラスを傾け、口元を綻ばせた。グラスの縁に唇をつけ、舌の上でその味と香りを転がしながら存分に楽しむ。「今、何時だと思っているの」「つまらないことを言わないで、君もどうだい」 太陽は真上からさんさ…

崩壊

 後一歩が足りなかった。最果ての暗号機から救助に来るには、遠すぎた。 エミリーの目の前で、エマが座った椅子が飛ぶ。爆風が顔をなぜ、焼け跡だけが残った眼前の光景にエミリーは呆然自失となり、膝をついた。 暗号機は残り四個。 ジョゼフは写真世界か…

枯死

 今日も今日もでイソップ・カールは手当てを受ける。 納棺師のスキル上、ハンターに失血放置されることも少なくはない。最後の一人になれば、納棺の意味を果たさなくなるため、その際は椅子に座らされるが、それ以外であれば、座らせて一カウントとるハンタ…

幽閉の恐怖

 兎角、必安はもてた。 パウンドケーキを口に放り込み、リスのように頬を膨らませながら范無咎はそう言った。 それを飲み込もうとして喉に詰まらせたのか、胸を二三度叩いて無理矢理嚥下すると、通りをよくするため、アイスティーをあおって最後まで飲み下…

生還者なし

 めそり、めそり。 その泣き声に弱いのだと荘園で唯一の医師であるエミリー・ダイアーはそう告げた。その話を聞くのは、宝石のごとき翡翠の瞳を持つハンターである。「君の脳味噌はまともに機能しているのかい」「仕方ないじゃない。あんな風に泣かれたら部…

指名手配

 のりがよくきき、ぱりっとした、透けるほどに白いシャツを丁寧に畳む。 エミリーはあれやこれやで今だ返却に至っていなかったジョゼフのシャツを紙袋に入れた。昼食前には返してしまいたいところで、時計の針は間もなく十一時を指す。 今日の午前中のゲー…