六有無

引き留める、なし

 しんしん。雪が降り積もる。 音は厚みをもった雪に吸われ、もはやそこは無音の世界であった。 ただ一人残されたサバイバーの呼吸音だけが雪原の遠くから流れては、降り続ける雪に音を食われてハンターの耳に届くことなく消えていく。 医療のための手袋は…

獲物を追う

 傘の代わりの木剣が、朝のひんやりとした空気を鋭い音を立てて引き裂く。 広い庭園に他に人影はなく、サバイバーからはハンターと呼ばれ恐れられる男は、錫を溶かし込んだような色の肌にうっすらと浮かんだ汗を手の甲で拭い取り一息つく。 生前は幾度とな…

尻に火

 人目を憚る。その言葉を覚えて欲しいと切に願う。 エミリーは、明日のゲームに向けての作戦会議に参加していた。メンバーはマーサ、ノートン、イライの三人である。テーブルに置かれた地図には、幾度となく走り回り、いい加減に頭に入ってしまった暗号機の…

かすかな音

 艶やかな黒髪を払う。 謝将軍は本日の狩場を確認する。会場は湖景村。平地で障害物も少なく、獲物の動きがよく見える。水が近くにあるのはいただけないが、狩場としては申し分なかった。獲物の面子を見渡せば、傭兵、心眼、医師、呪術師。比較的バランスは…

雲の中で散歩

 梟が鳴く。月は空に浮かび、静寂の中煌々と輝いている。澄み切った夜空に浮かぶ星の線を辿るのは容易い。 ほう。 梟が、また、鳴いた。 エミリーは開いていた医学書を閉じた。時計を見ればすでに一番上の時刻を回ってしまっている。もうそんな時間だった…

生存者の本能

 懇親会とでも言えば、聞こえはいい。 狩り狩られる側がゲームを介してではなく、顔を突き合わせ、豪奢な部屋に並べられた食事を楽しむ。乾杯の合図はジョゼフが取り仕切った。非常に様になっている。 エミリーを探せば、女性ハンターやサバイバーに囲まれ…

反面教師

 それを奇妙だと思い始めたのはいつの頃からだったか。切っ掛けはほんの些細なことだったように思う。 謝必安は、エミリーが部屋に訪れた際にかけられた名前に、紫煙を燻らせていた煙管を持つ指が僅かに強張った。「范無咎」 ひょこりと顔を覗かせた人に、…

怒り

 顔の前で手が勢いよく合わせられる。診療所代わりの自室には、ゲーム後の利用常習者、見慣れた顔ぶれが揃っていた。「頼むよ、先生!」「嫌よ」「せんせー!」 ナワーブは懇願を繰り返し、合わせた手のひらの向こうから、上目遣い気味にエミリーへと視線を…

掃除屋

 多分それはただの気まぐれだったのだと、誰かが言った。 兎角、二つの魂を一つの傘に宿らせているハンターは面白くなかった。面白くないという表現は些か寛容に過ぎず、正直に言えば不愉快だった。本日の試合戦績に、完全勝利、それも四吊りを五連続ベスト…

愚弄

 彼らの髪は長く美しい。 だから、その頸が無防備にさらされているのは意外であったし、理由も無くそわそわとした。それが理由というわけではない。わけではないが、確かにそこに視線を注いでしまっていたのは揺るがしようのない事実であった。「お嬢さん。…