Нет розы без шипов - 2/2

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 睨みつけてくる銀朱の瞳。悪魔も裸足で逃げ出しそうな面持ちで了腕を組んでいる男にウラディスラフは口元を引き攣らせながら、苛立ちをあらわに足をこつこつと鳴らした。
 イタリアのここでは、いささかコートは厚手すぎて首筋が暑い。そんなことは、おくびにも出さないものの、コートを脱いでいる暇などなかった。あの、姉が動くのだ。どう考えても引っ掻き回される予感しかしない。兎も角とウラディスラフは焦りも露わに、自身が執着している娘の兄に交渉を試みた。どう考えても無謀すぎる交渉であるのは承知の上である。
 ああ姉上。どうか余計なことをしないよう。
 何度も繰り返した言葉をウラディスラフはまるで子供に言い含めるようにして繰り返した。一体このやり取りも何度目か。何度数えてもうんざりするほどである。
「ですから!先程から申し上げておりますよう、マリンカに会わせてくださいと言っています。そのように仁王立ちしたままでなく、取次の一つしてみてはどうですか」
「ああ?ふざけるな。お前に会わせる妹はいない。帰れ。消え失せろ。二度とイタリアの地を踏むな」
「物騒な。会わせるつもりがないのであれば、自分から愛しいマリンカに会いに行きます」
 そこをと押しのけようと手を伸ばしたが、その手は一瞬の防衛本能で引込められた。狂気じみた目が眼前の男の双眸に埋まっている。ウラディスラフはポケットの匣兵器に指をかけ、ころりとその中で転がす。この男はいい加減、妹という存在から卒業すべきである。足元に刹那に引かれた炎で溶けたラインの床に、横に引き絞った口元を微かに持ち上げる。
 暗殺部隊の名は伊達ではない。否。シスコンの名は伊達ではない。
「貴方とど突き合っている暇は生憎ですが、私は持ち合わせていないいのです。早々にマリンカを出してください」
 ウラディスラフの言葉にセオは不信感を丸出しにし、もとより一切隠すつもりのないそれではあるのだが、盛大な舌打ちと共に口を開いた。無論、この男が口にする言葉はただ一つである。
「Катись отсюда(とっとと失せろ)」
「…どうあっても」
 そう、ポケットの兵器にかけている指先に力を込めた時、ウラディスラフはおずおずと心配そうに壁の陰から顔を覗かせた髪ほんのわずかな髪を見て取った。
 マリンカ。そう、咄嗟に名を呼べば、おずおずと、しかしかなりの警戒心を込めて小柄な女性が姿を現した。それに対し、彼女の兄は大層不機嫌そうに眉間に皺をよせ、その名を呼び、注意する。
「ラヴィーナ!部屋に戻っていろ!この不躾な犬っころを今すぐ叩きだすから」
「貴方もいい加減にしつこい…。いいですか、よく聞きなさい。今は争っている時では」
 ないのだとそう告げようとしたとき、高い、それはもう耳に刻み込まれたようなピンヒールの音が響いた。かつんと、ヒールの歩き方を完全に心得、その上で乱暴に力強く床を叩く音である。来ていないと思い安堵したのもほんの束の間のことだったようで、ウラディスラフは珍しく額に手を添えて項垂れ呻いた。背中に、追い打ちをかけるようにして、視界の端に映るその銀糸に眩暈がした。もう駄目である。
 空気を張り倒すような凛とした声が、その女の隣に立っていた小柄な青年が紹介をする前に廊下に響き渡る。
「我が愚弟よ!!」
「愚弟?」
 先程まで敵意も露わに人相の悪かった男の表情が怪訝なものに変わる。警戒心は解かないままだが、女の隣に立っている人物が紹介をしようとしたのは見て取っていたのか、客人だと判断したようで、目つきの悪さはそのまま、敵意は引込めた。
 イタリア人は女性に対して非常に優しいと妄言をほざいた奴を今すぐここで犬の餌にしてしまい気分にウラディスラフは襲われた。眼前の男が、しかしある程度は丁寧な口調でその女に話しかけた。高いヒールを履いているので、元々背の高いのも手伝ってか、随分と高い男の目線を軽く見上げるだけで済むようだった。ふぅん、と品定めをするような視線を女はセオに送る。そして、満足したのか、ふんと鼻を一つ鳴らした。
「そうか、お前が聞いていた妹馬鹿というやつだな。いや、シスコンか。どちらでもよい。私はナターリャ。ナターリャ・ダニロワ・カラシニコヴァ。そこの愚弟の姉に当たる。ああ、何も言うな。お前の言葉など求めてはいない。私が求めているのは、私に対する返答だけだ。他には何も必要ない。ボンゴレ独立暗殺部隊VARIA総指揮官。ボス、と呼ばれているのか?ああ、これもどちらでも構わない。私にとっては酷くどうでもよいことだ。些事だ。下らぬことを言って貴重な時間を潰すな。おい、お前。そう!目の前のお前だ!このどシスコン!いいか?お前の妹は何処だ?私の馬鹿で間抜けでどうしようもない腑抜けた、しかしどこか狂った戦争狂の愚弟がわざわざこの鬱陶しい暑さの中、陽気と呑気に腐敗堕落したこの土地に足を運ぶ理由!そう!お前が猫可愛がりしている妹は何処だ。さぁ!会わせろ。私はそのために出向いたのだ。ここに来るまでに一体どれほどの時間を要したと思っている。いいか?木偶の坊。答えは常にДа(はい)だ!それ以外の答えを私が求めたか?求めていないな。そうと決まれば、妹を早々に差し出せ。分かったか。答えは!」
「Не морочь мне голову(ふざけるな)」
 マシンガンのように言葉を発射した女をセオは静かに睨みつけた。それに、ふむとナターリャは顎をさすり、薄く不気味に笑う。そして、イタリア人がロシア語を、ロシア人がイタリア語を話すという奇妙な会話が一時的に成立した。
「Non fare lo stupido ?(ふざけるな?)そんな回答を私が求めたか?私が求めて言えるのは常にYES!分かったか!他の回答に一体何の意味があるというのだ。黙って従え、intetto(うすのろ)」
「…」
「ほう。罵倒は飛ばさないか。成程、そのちゃらちゃらした外見とは異なり、なかなか筋があるように思えるな。まあいい。さあ出せ今出せ。私を待たせるな!」
 もうやめてくれとばかりに、そこで頭を抱えていたウラディスラフがようやくその場にて口を挟んだ。
「やめて下さい、姉上。早々にお帰り願えますか」
「私に命令するのか?ウラド。おおウラド。我が愚弟。お前がイタリアの女にぞっこんだとジョーラが言うものだから、気になって母の美味しいボルシチも喉を通らない。このままでは私がやせ細って死んでしまう」
「喜んで。墓には何と刻みましょう」
「薄情な愚弟だ」
「何とでも」
 言って下さいと突っぱね、ウラディスラフは不愉快を隠そうともしないセオに話しかける。
「ですから!マリンカを早く出せと私は言ったんです」
「一つ聞く。どうして俺がお前の都合に合わせてラヴィーナを差し出す必要がある。そこのはた迷惑なマシンガンを連れてとっととロシアに帰れ」
「姉上が止められるのであれば、私がこうも急いでここに来る必要があったと思いますか?全く、馬鹿はこれだから始末が悪い」
 二人が再度罵倒を始め、火花をちらつかせたとき、おお!と高い声が上がり、巨大な男二人の両脇を悠々とすり抜け、ナターリャは角に潜んでいたラヴィーナの前で足を止める。逃げてよいのか攻撃してもよいのか、しかし客人であれば攻撃はできないのを承知し、ラヴィーナは途方に暮れた。
 おろおろと声も出さずにうろたえる少女を見下げ、ナターリャはその顎を丁寧に揃え化粧が施された爪でひょいと持ち上げた。そして、その目を覆い隠す布を気に食わぬとばかりに指をかける。が、しかし、流石のラヴィーナもこれには慌てて自分の顔布の両端を下に引っ張り、捲られるのを阻止した。
「何をする」
 気分を損ねられた女王は険も露わに、ラヴィーナにきつい視線を送った。それにラヴィーナはふっと指先の力を一度は緩めたものの、すぐに掴み直して、一歩二歩と後退りする。
 うんうんと悩んでいる様子は見て取れた。ウラディスラフはそんな風に困っているラヴィーナをちらと眺め、たまには姉上もよいことをすると、少しばかり愉しんだのだが。しかしながら、当然彼女の兄は黙っておらず、セオはすぐさま、ナターリャとラヴィーナの間に割って入り、怒鳴りつけた。
「やめろ!」
「何を。顔を見ようとしただけではないか。仰々しい。おい、顔を見せろ。まさかとんでもない、それこそ目も当てられぬほどの不細工なのか?それならば顔をかくす理由も分かるものだが…ウラド。お前はいつからブス専門になった。そんな話はとんと聞いていないぞ」
「人の話を聞いて下さい、姉上。それに、私は表面のブスよりも、心のブスを嫌いますので。ちなみに配慮に欠ける方も嫌います」
「お前のような、か」
「貴女のような、です」
 姉上。
 ウラディスラフはそう括ると、不敵な笑みをナターリャに向けた。その視線に女は一度ちらりとラヴィーナに視線を戻し、もう一度軽く顔布を引っ張る。当然ながら、それは彼女の兄、セオによってとうとう叩き落とされた。
「やめろと言っている」
 もはや客人扱いはせぬとの威嚇のしように、ナターリャは肩をすくめた。どうやら面白さが底をついたらしい。姉の性格をよく知る弟はほっと胸を撫で下した。
「興醒めだ。ウラド、帰るぞ」
「仰せのままに、姉上」
 くると踵を返し、そもそも一緒に来てすらもいない人間に命令を下し、ヒールを鳴らしその場を後にした。取り残された、ウラディスラフはラヴィーナを守るようにして立っているセオの後ろへと、兄を完全に無視して声をかける。
「マリンカ。今日は私の姉が大変失礼致しました。どうか気分を悪くされないでください。あのような不躾で性格も目も当てられないほどに悲惨な姉ではありますが、良い人間でもありませんので。どうぞ、遠慮なくひっぱたいて下さって結構です」
 擁護するかと思いきや、さんざんの罵倒にラヴィーナはどうしていいか分からなくなり、セオの服をくいと引っ張る。そんなラヴィーナの様子を眺めながら、ウラディスラフはさらに続ける。
「名残惜しいのですが、我儘な姉が舞い戻ってまた私の大切で愛しいマリンカにちょっかいを出さないうちに退散させて頂きます。どうぞ、寂しがらないで私のマリンカ。連絡をくださればいつでも会いに来ます」
 До свидания(さようなら)と言い残し、嵐のように訪れた女の背を追うようにその場を後にした。
 呆然と佇むラヴィーナと、二度と来るな!と息巻くセオ。そして、それをただ傍観していたドンはぼそりと呟く。似た者同士、と。 誰もそれに返事をすることは無かったが、全く持ってその通りであった。