Нет розы без шипов - 1/2

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 きゅぽんと口からヴォトカの瓶を外す。男は空になった小瓶を机の上に放り投げ、机に着地した瓶はくるからと回転しながら、その中央に置かれているグラスに衝突して止まった。からん、とカーテンの閉められている部屋に乾いた音が響く。男の手は一二度宙を彷徨い、手の届く位置にある戸棚に置かれているヴォトカに伸びた。しかし、その指先が液体の入った瓶に触れる前に、ヴォトカのそれは不意に宙に浮いて、男の手から足でも生えているかのごとく逃げ出した。
 当然のことながら、命を持たない無機物が己の意思も足も持たずに勝手に動き回るということはありえない。瓶を持った有機体、この場合は人間であるが、それを頭を後ろに倒してウラディスラフは眺め見た。そして、ひどくつまらなそうな顔をする。
「返せ、コーリャ。そいつがなくては死んでしまう」
「飲んでも死にそうな人が一体何を言うのやら。朝昼晩、それこそ四六時中浴びるようにして飲んでいるあなたの肝臓に休息を与えてやろうという私の気遣いが分かりませんか、ウラド」
「気色の悪い気遣いはそこの暖炉に投げ込んで燃やせ」
 俺には必要ないとばかりにウラディスラフは立ち上がると、ニコライの手から日の栄養が詰まっている酒瓶を奪い取るや否や、取り返される前に蓋を指先で開けて、くいと瓶を傾け喉に火傷するほどにさえ感じさせるその液体を食道に通した。大層旨そうに飲むその横顔を白けた表情で見つめながら、ニコライは深い溜息を一つ吐出した。
 簡素な、しかしその骨をも凍らせるほどの寒さから身を守るための設備は整っている部屋の中、暖炉の明かりだけがこうこうと揺れた。不機嫌そうに眉間に皺を寄せている男を眺め見ながら、ウラディスラフはもう一人の自分の側近のことを尋ねる。ニコライはそれに、相変わらずの表情を崩すことなく口を開いて答えた。
「ジョーラでしたら、ナターシャのところですよ」
 告げられた女性の名前にぶは、とウラディスラフはらしくもなく飲んでいた命の次に大切なヴォトカを噴出した。まるでギャグを担う一人でもあるかの行動であったが、ニコライは取り立てて慌てることもなく、素知らぬ顔をして話を続けた。口元を引き攣らせている己の主の表情に少し気をよくしたのか、その声は心持明るい。
「ナターシャのところへ、ええ、行きましたよ」
「…何をしに」
 震える声にニコライは初めてその不機嫌な表情を笑みに変えた。その笑い方にウラドは目元の筋肉を痙攣させた。
「最近、ウラド。あなたが、それはもう回数を重ねる程に、ええ、それはもうあなたにしては限りなく頻繁に。イタリアに足を運ぶ理由について」
 部下の返答にウラドはさっと青褪めた。ヴォトカの瓶が床に落ちたのにも気づかない。数分ばかり呆然としていたが、我に返ったウラドは慌ててコーリャ!と怒鳴りつける。腹心の部下はそれに、何ですかと平静に笑顔を乗せて答える。
「今すぐイタリアに」
 行く、とそう告げようとしたときだったが、ピリリと胸元の携帯電話が鳴り響く。顔をさらに蒼白とさせたウラドは、その電話の音源を凝視する。ニコライはポケットに突っ込まれた携帯電話を取出し、通話ボタンを押す。そして、耳に押し当てた。
『Алло! зто ты, Кола?(もしもし、コーリャ?)』
「Я слушаю(ええ、私です)」
 よこせ、と指を動かしているウラドを無視して、ニコライは少し大きめの声を出して内容を不安を煽るようにして知らせる。何ともいやらしい。
「そちらの状況は?」
『あー、姉さんが意気揚々と空港に行っちまったばかりだ。あのウラドがぞっこんだって説明したからな』
「それはそれは。ではナターシャはウラドがぞっこんのラヴィーナに会いに行ったのですね」
「Брось зти шутки!!(冗談はよせ!)」
『誰かさんの焦り声が聞こえたが?』
「いいえ。気のせいです。躾けの悪いわんわんが吠えているだけですよ」
『なら問題ねぇな。じゃ、今から帰る』
「おい、待て!ジョーラ!切るな!!姉上を止めろ!」
 携帯を奪い取り、通話口に向かって怒鳴りつけたものの、既に電話は切られた後で全く意味をなさないものだった。тьфу!(くそ)と吐き捨てると持っていた携帯電話をそばにあったソファに投げつけた。それはぽんと跳ねて暖かな絨毯の敷かれた上に落ち、幸いにも壊れることはなかった。
 ニコライはそれを拾い上げ、やれやれと肩を竦めて笑った。そして、拾い上げた携帯電話のボタンを押し、電話を掛けると二言三言ですぐに切る。
「ウラド」
「何だ…悠長なことは言ってられんぞ」
「飛行機、都合できました」
 早く言え。ウラディスラフは整えていた髪の毛をかき乱し、壁に掛けてあったコートを引っ掴んだ。