東堂雅と幸福 - 3/3

3

「雅君?雅君、かしら」
 背中に掛けられた声に、藤堂は振り返った。そこには、片手に小さな小さな女の子を連れた女性だった。
「    」
 そして藤堂はその女性の名前を呼ぶ。
「あら、本当に久しぶり。私も年を取ったけど…雅君も随分…一度だけだけど、子供の時に会ったわね」
「はい、お会いしました。そちらの、お嬢さんは?」
「この子?私の子よ。可愛いでしょう。東眞、っていう名前なの」
 可愛いわよねぇ、とふふ、と女性は笑う。そして小さな、大体どれくらいだろうか、年のころは小学生に上がったくらいなのだろうか。
「はじめまして!」
「…はじめまして、東眞ちゃん。私は、藤堂雅、です」
「まさ、おじちゃん?わたし、東眞!」
「元気いっぱいですね、東眞ちゃん」
 子供は無邪気に微笑む。今夜旦那が帰ってくるのよ、と女性は幸せそうに笑う。そして、雅君も一緒にどう?と誘った。それに藤堂は目を細めた。しかし、くいと服を引っ張る感触に目を落とす。
「いっしょ!おじちゃんも、いっしょに食べよ?」
「…では、御一緒させてください」
 本当に久しぶりね、と女性は繰り返す。そして藤堂は微笑む。雅、とどこか遠くで響く懐かしい、もう名前も忘れてしまった妻のことを思い出しながら。
「子供って、本当に可愛いものよね」
「ええ、とても―――――――――とても、子供は…可愛いです」
「子供が産まれてから、あの人もちょっと早目に家に帰ってくるようになったし…」
「そういうものです、男は。可愛くて、愛しくてたまらない。子供は――――――――幸せの、光です」
 白い手は、今はぬくい。
 腹にいた子供は、今頃どんな大きさになっていることだろうか。生きていれば。生きていれば、家庭を築けただろうか。幸せな、子供のいる。温かな、家庭を。
 生きながらにして殺された子供、死んでしまった子供。幸せの手前で死んだ、子。妻。
 ああ、と藤堂は微笑んだ。そしてとことこと隣を歩く子供をひょいと抱き上げる。子供のぬくもり。抱くことの叶わなかった、温もり。
「幸せですね」
 そう、藤堂は微笑んだ。