40:La mia sorella minore - 4/5

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 髪の毛の塊が動いている。もさもさとその髪の毛を震わせながら。誰の膝の上で。女の膝の上で。どの女の膝の上で。黒髪日本人の膝の上で。眼鏡をかけている女の上で。誰の女の上で。XANXUS、ボンゴレファミリー独立暗殺部隊VARIAのボス、の女の膝の上で。
 毛玉は小さな両手を前に出して、差し出された一口大のパンを受け取ると、それを髪の毛の下へと移動させて、もしもしと髪を揺らしつつ、それを、おそらく(髪の毛の下は覗き見ることができない)咀嚼し、自身の体の一部にしようとしていた。無論、肉体構造がよく分からない以上、経口摂取した食べ物が無事にその体を作るのかどうかは甚だ疑問であるところだろう。
 赤い瞳の男は大層不機嫌そうに、それはもう額に青筋を浮かべるほどにはその光景に腹を立てていた。その隣に座っている他の人間と比べると小柄な、赤い瞳の男の時間をそのまま巻き戻したかのような少年も眉間に数本皺を寄せて、腹立たしげに、しかしそれを面にはっきり出すのは躊躇っているのか拗ねたように口先をとがらせてそっぽを向いていた。
 そして、そんな二人を鮮やかな髪、銀色とそれからピンクのモヒカンを揺らした二人の男、片方は女性らしさを大いに有しているのであるが、は見て軽く溜息をついた。全くよいことなどありはしないとばかりに。銀の男の方には頭部にしっかりと包帯が巻きつけられており、一体何が起こったのかは想像に難くない。いつものこと、と言えばそこまでだが。
 とうとう、赤い瞳の男は低い声を唸らせた。
「おい」
「はい?」
「何してやがる」
「ご飯を」
 あげているんですが、と東眞は当然のようにそれを口にした。東眞の返事にXANXUSは見りゃわかる、と少しばかり乱暴な返事をした。そんなことを問うたのではないと言いたげな様子は見ても十分に普段の彼女であれば理解できる。わざと、その答えを選んで口にしたのだとしか思えない。
 むすっとした銀朱の子供は母の膝の上を先程からずっと占領している不思議な生物を睨みつけ、そうだ!もっと言って!とばかりに父親に賛同の瞳を向ける。そしてこそっと珍しく父親の背中に入って、強く頷きながらXANXUSの言葉にセオは続けた。
「そ、そうだよマンマ!ご飯じゃないよ!ほら、危ないから…駄目だって!バッビーノだって怒ってぃ…っ!」
 たい、と見事に頭に拳を落とされてセオは呻きながらしゃがんだ。虎の威を借る狐、父の威を借る子の運命は得てしてこういうものかもしれない。
「うぜぇ」
 さらに米神の青筋を強くして、XANXUSはセオを睨みつけることなく殴りつけた拳を下ろした。全く悲惨な光景である、とスクアーロは呻いているセオに大丈夫かぁと取り敢えず声をかけてはおいた。
 そこにルッスーリアが会話を間に持ち込む。
「ねぇ、東眞。その子がどういう子か分かってるの?」
「…子供、ですね。酷く怯えていました」
「それだけじゃないことも、分かってるわよね」
 分かっています、と東眞は首を縦に振った。
 ご飯を食べ終わった髪の毛の塊はもそもそと動いて東眞の体にぴったりと保護を求めるようにひっついた。その行動に東眞は目を細めて優しく頭をなでる。それがまったく面白くないのがセオであり、むーっと唇を引き結んでスクアーロの隊服の裾をどうにかしてとばかりに強く引っ張る。とはいえども、スクアーロ自身もどうこうできないのでどうしようもない。迂闊に手を出した場合、何が起こるか分からないのである。
 一度懐いてしまえば、そこから無理矢理引き離すには何らかの抵抗が試みられる。そうなった場合、生体も攻撃方法も未だ不明瞭な生物に勝利の分を与えてしまうことは確実であり、かつこちらの被害も鑑みればそれは非常に好ましくない。XANXUSもそれを理解しているからこそ、東眞にしっかりとくっついて離れない、あの奇妙な生物を無理矢理引き離すことをしない。
 厄介なことになった、とスクアーロは溜息をついた。
「分かっていますが、触れるだけで感染したりそう言うことはないのでしょう。現に私は何もおかしいところはありません。そもそも、そう言った危険性を持ったいきものであれば、既にセオやスクアーロに異変が現れていてもおかしくはないでしょうし…何より、自分たちにも害を及ぼす可能性が高い『兵器』を作るようなリスクの高い真似をするでしょうか」
 そしてなまじっか判断力が高いからこそ、厄介なのである。XANXUSは溜息をついた。
「取り敢えず、そいつを引き渡せ」
「実は、引っ付いて離れないんです」
「…あぁ?」
 この通り、と東眞はかるく毛玉を持ち上げて見せたが、小さな両手がしっかりと東眞の服を掴んでおり、軽くゆすったくらいで離れようとしない。指を一本一本引きはがせば離れることはするだろうが、そこまですれば抵抗を試みられる。
「私たちがいるから警戒しちゃってるのかしらね。それとも、東眞のそこが気に入ったのかしら。安全地帯だって」
「…仕方ねぇ。なら、てめぇごとそいつの検査を受けさせる」
 XANXUSは頭が痛いとばかりに肩を落として額に軽く手を添えた。それが今現在取れる最善の処置である。いいな、とXANXUSは赤い瞳を妻へと向ける。
「てめぇが一度しょい込んだんだ。どうなっても責任はとらねぇぞ」
「分かっています。自分が起こした行動の責任は取ります」
 はっきりと答え、まっすぐに迷いなく向けられた視線にXANXUSは軽く溜息をついてから、ついてこいと東眞に背を向けた。出て行った両名にスクアーロとルッスーリアは先程のXANXUSと同じように溜息をついた。
「あいつも頑固だなぁ」
「そうねぇ。でも仕方ないわ、東眞が懐かせちゃったんだからその責任は取ってもらわないと。でもあの子どうするの?殺処分?」
 流石に上で取り決められた方に従わないことはないのだろうが、とルッスーリアは思いながら、隣に立っていたスクアーロに問うた。それにスクアーロはいいや、と短く否定の意を伴った答えを返す。
「保護名目で預かりになるそうだぁ。研究対象で引き取られるかどうか…九代目の匙加減だぜぇ」
「引き取ってもらえばいいんだ。危ない」
 むすっとした声が挟まれて、ルッスーリアはあらと視線を下げ、ソファでムスくれているセオの隣に腰を下ろす。スクアーロはやれやれと言った様子で眉尻を僅かに下げた。
 小指でルッスーリアはセオの頬をツンツンとつつく。
「随分と喧々してるじゃないの、Jr」
「だって、危ないんだ。マンマが、俺とおんなじ目に遭うのは嫌だ」
「危ない?」
 どういうこと、とルッスーリアはスクアーロにことの説明を求める。スクアーロはそれに手短にセオが経験した出来事を要約してルスーリアに説明をする。成程ねえとルッスーリアは苦笑を浮かべながら、セオがムスくれている理由を悟る。てっきり母を取られたのが悔しいのだと思っていたのだが、思っていた以上に目の前の子供は成長していた、ということだ。
 セオは頭を軽く押さえて、眉間に強くしわを寄せる。
「あれ、は何なの?あんな生物、俺見たことない。不気味だ」
「不気味、ねぇ。でもその割には東眞の体に抱きついてまるで子猿見たいだったじゃない。一見人畜無害ね。外見はちょっと怖いけど」
「人畜無害なんかじゃない!ルッスーリアはあの光景を見てないから…!」
「光景?…まぁ、私は一緒に任務に行ったわけじゃないから、Jrが見たものは見てないわ」
 セオやスクアーロが見たものをビデオに撮っていたならば話は別であるが。それでもはやりその時の状況というものは、実際に触れてみなければ分からないものである。空気の冷たさ、臭い、肌に触れる殺意や殺気恐怖。それらが全て合わさって、その状況を真に理解できるというものである。尤も、捉え方というのは個々人によって異なるものではあるが。
 ルッスーリアの言葉にセオはあれは、とその状況を思い出す。頭をぐちゃぐちゃに踏みつけられ、自分を破壊されそうになった瞬間。血溜まりの中でごそと動いた不自然な毛玉。血に波紋を作る。濃過ぎる死臭。そう言う状況に逐一驚いたりはしないものの、振り返ればぞありと総毛立つ。何が悪いのかと言えば、やはりその中に一つだけ動いていた毛玉だろうとセオは思う。
 異質だったのだ。ただ、単に。
 死の中で一つだけ動いている生。そしてそれは、救いを求めるわけでもなく悲鳴を上げるわけでもなかった。蹲り、場の状況に怯えることはせず、ただ、訪れた新たな生物に怯えた。人ではない、とセオは思い、そして感じる。
「せいぶつへいき」
 名の通り、生物の形をした兵器。匣兵器と似たようなものなのかもしれない、とセオは腕を軽く押さえた。黙りこんでしまったセオにスクアーロは声をかける。
「そう心配するんじゃねぇ。俺たちはプロだぁ、あれが何か変な動きを見せりゃ即座に始末できる。東眞にも害は及ばねぇさ」
 責任をとるとは言っていたものの、実際に危険な行動を見せれば殺害されるのは目に見えている。それに、かなり東眞自身に懐いていたようだから、彼女に攻撃を仕掛けるとは考えづらい。尤も、あれが猫を被っているのであれば話は別だが。
 スクアーロはセオの心配を取り除こうと、その黒髪をくしゃくしゃと撫でた。
「でも検査の結果どうするのかしら。どっちにしろ、ボンゴレ本部が預かってくれるとは思えないわね。結局VARIA預かりのままなんじゃない?研究施設も充実してるし…それに、ああまで東眞になついちゃったら、ねぇ」
「…まぁ、そりゃそうだが…」
 実際、あのような生物が生きる場所などこちら側にしかない。人の世に無理矢理背中を押したところで、周囲から向けられるのは嫌悪の目線であろうし、そんな場所でかの生物が幸せになれるとはスクアーロも思っていない。世間は、言うまでもなくそんなに甘いものではない。自身と異なる存在は悉く排除し、己たちの自己安全と保身をはかる。そう言うものである。
 だと考えるならば、結局あの毛玉のくる場所は「ここ」しかないのだろうなとスクアーロは思う。
 ボンゴレ本部のような人と関わりの多い場所ではなく、VARIAという非常に閉鎖的な場所。かつ「兵器」として創造されたのであれば、尚更かの生物の居場所はここにしかない。セオに吹っ掛けた精神攻撃といい、それにあの場の惨状から考えても、あの生物の「兵器」としての性能は非常に高いものであろう。あれを飼い馴らすことができれば、大きな戦力となる。
「その辺は、東眞に任せられることになるかも知れねえねぁ…」
 ぼそり、と呟やかれた言葉にセオはええ!と声を上げる。
「そんな」
「そんなもこんなもねえぞぉ。実際的に現状であの毛玉をどうこうできるのはあいつだけだろうがぁ。尤も、あの生物がどういうものか分かったら、東眞の手からも離れそうではあるけどなぁ」
「結局は九代目の意思次第よねぇ。今回の任務は九代目直々で依頼されたもの。あれをどうするかも当然九代目の意思に任せるでしょうし。でも実際あれはそんなに怖い生物ってイメージがないわねぇ。ああやって東眞に懐いてるところ見ると、小動物にしか見えないわ」
 本当、とルッスーリアは顎を掌に乗せて軽く笑った。それにセオはそんなこと、と口を強くはさんだ。
「小動物なんかじゃない!小さいからって、怖くない生物じゃない」
「…ねぇ、Jr。あなた、スィーリオの尻尾踏んだこと、以前あったでしょ?」
 ふと、諭されるようなルッスーリアの言葉にセオはうんと首を上下に振った。あの時、スィーリオは酷く痛がって、流石にセオに牙をむいた。強く躾をされていたため、噛みつかれることはなかったものの、牙をむき出しにしてスィーリオは鼻に皺をよせてセオを威嚇した。体がなまじっか大きいだけに恐ろしさを感じた一瞬でもあった。
 問いかけに、セオはそれが?と答える。ルッスーリアはつまりね、と人差し指をちっちと動かして説明をする。
「獣に迂闊に手を出したら噛まれるってことよ」
「俺何もしてないよ。武器も置いたし、安心して良いよって言ったのに」
「でもねぇ、Jr?例えば、あの子がもし突然外の世界に放り出されたばかりの赤子だったとしたら?右も左も分からない子供は助けを求めて自己防衛本能を働かせるわ。不幸にも、あの子には身を守るための力が他よりも強力だったっていう話よ。今回、あなたが倒れたのは、あなたの失態よ?」
「…」
 珍しく、というよりも静かに諭されてセオはぐと言葉を飲み込んだ。正論で攻められれば、確かに反論一つできはしない。
 あの生物が兵器としての役割を持っているのかどうかは事前に分かっていなかったが、あの状況下であれば、即座に気絶させるのが一番適した判断であったと言える。小さかったのと怯えていたとの両方で、油断したのは自分の失態であることは、セオにも分かっていた。
「分かってる、よ」
「今回は倒れるだけでよかったけれど、もし他の何かだったら死んでいたかもしれないわ。Jr、ちゃんと東眞が待っててくれてるんだから帰ってきなさいな」
 ルッスーリアの一言にセオはふっと視線を上げた。その目元はサングラスで見えはしないのだが、口元は優しく頬笑みをたたえている。
「帰りを待っててくれる人がいるんだから、帰ってこないと駄目よ。東眞が何のために、ここに居ると思ってるの?そりゃボスの帰る場所って言うのもあるんでしょうけど、あなたの帰る場所でもあるんだから。あなたが帰ってこなくても、任務を失敗して命を落としても涙は流さないと思うけれど悲しくないわけじゃないのよ」
 優しい言葉の中にしっかりとある母の姿をセオは見る。
「東眞は泣かないわ。あなたが死んでも、ボスが死んでも。そして私たちの誰が死んでも。涙を流すことは、私たちに失礼だと思っているからね。任務に誇りと信念をかけたんだもの、自分の信念を全うして死んだ人間に、どうして死んだのと涙することは、その人を侮辱することだわ。分かってるから、東眞は泣かないわよ。でも、悲しいのよ。だから、帰ってきなさい。帰ってあげなさい。何事にも慎重に、かつ正確に。そして任務をこなして帰りなさい、Jr」
 くしゃり、とルッスーリアの大きな手がセオの黒髪を撫でた。ソファの後ろに立っていたスクアーロも全くだぜぇ、と笑って鼻を小さく鳴らす。
「東眞は大丈夫よ。だから、あなたはまずあなたがしなくちゃいけないことをしないと。マンマの心配をすること?」
「…報告書をきちんと書いて、俺がどうして駄目だったのか、振り返って反省すること。匣兵器をきちんと使えるようになること」
「そうね」
 その通りよ、とルッスーリアは微笑むとソファから立ち上がって大きく伸びをした。ぐいと柔らかな筋肉が伸びる。さて、とルッスーリアは軽く笑うと座っているセオに目を落とし、そして誘う。
「ムエタイの練習するわよ。報告書はその後ね。あの生物の検査もあることだし、一汗流しちゃいましょ」
「…うん!」
 元気よく笑って立ち上がったセオにスクアーロは敵わねぇなぁと苦笑して、首筋を掻いた。

 

 おもしろい結果だ、とXANXUSは提出されたデータと研究者の説明を聞きながら思う。ガラスの向こうでは毛玉を抱えた東眞が座っている。あの奇怪な生き物はぴたりと東眞に引っ付いて離れようともしない。多少忌々しくはあるが、懐いてしまったのであれば仕方ない。もっとも、そのおかげで検査が順調に進んでいるといのもあるのだから、一概に責めることもできないのだが。
 ぺら、と指輪の付いた指でデータが記された紙をめくる。
「生体は我々人間と同じです。人工受精の下に製造された…ようですが、どうやら培養液で育てられています。ただ、その間において重なる肉体改造を行われており、その点のみ、我々と違うと判断していいでしょう」
「どこが違う」
「一つ目は、スクアーロ隊長の報告書に記されていた、精神攻撃と見られるものです。こちらも研究を重ねないと不明瞭な点が多いのですが、おそらく相手があの生物の目を見ることが発動条件になっています。目を見た相手は、あの生物に精神汚染されます。簡単にいいますと、自己破壊される、と言ったところでしょうか。尤も、これの効き目に関しては個人差があると思われます」
 成程な、XANXUSは納得する。
 精神汚染による自己破壊は、他者が自分の意識を食っているという意識の下で行われる。それに耐性が一切なく、心構えができていなければ大いに効果を発揮することだろう。ただし、受け手がそれを前もって自覚していれば、多少のノイズはありそれを感じることはあるにせよ、完全に相手を破壊することもない。尤も精神が薄弱なものはそれだけでアウトなのだろうが。
 続けて、と発された言葉にXANXUSはもう一枚紙をめくった。
「隊長が出向いた場所の現状報告と、我々が調査に向かい遺体を調査した結果、それと先程の生体スキャンの結果を合わせて報告しますと、あの生物は音波で人間の細胞組織を震わせて破壊します」
「何?」
「声帯が特殊な形に変化させられておりまして、それのせいです。しかも音の波長を考えると人間のみが攻撃対象です。つまり、」
「対人間用生物兵器ということか」
 XANXUSの呟きに、はい、と白服の男とは答えた。
「本人の意識で音波を出す出さないは訓練次第でできるようになると思いますが…万が一ということを考えますと…潰した方が宜しいかと」
 その言葉に、XANXUSは待てと制止をかけた。そして、ああと理解した。く、と口角がつり上がり、自身の養父の枯れ木のような背中が思い出される。狸めが、とXANXUSは喉をひっかくような笑いをこぼした。それは嘲笑にも近い。
 所詮この生物が生きていける場所など、自分たちのこの巣の中でしかないのである。「兵器」であるこの生物は、他の居場所を持たない。お優しい十代目の保護下に入ったところで何ができると思う。成長していくほどに己の居場所のなさを思い知る。一つ間違えれば全てを血の海に変えかねない兵器は腫れものに触れるかのごとく扱われることだろう。
 ボンゴレファミリーがいくら穏健派であり、偏見を持たない人間がそろっていようとも、人間の本能的な自己防衛本能はそうたやすく押さえ込むことができるわけもない。ましてや、日常生活において使用する「声」そのものが武器であり、その攻撃対象は人間だけという危険な生き物を前にして、大丈夫だと言えるものは数少ないだろう。ボンゴレファミリーのような巨大な器で、全ての人間がそれを承認できるか否かと言えば、答えはNOである。生物兵器がどうなるか、考えるのは容易いものである。おそらくは狭い世界の中で自分の居場所すら見つけられずに朽ちて行くことだろう。
 尤も、それはボンゴレファミリー本部の話である。死にかけの老いぼれは、やはり狸であった。
 「ここ」ならば、あの生物は生きる場所とその意味を与えられることだろう。「兵器」としての役割を与えられるこの場所に置いて、あの生物は最も簡単な方法で生きる意味と存在を許される。力こそ全てのVARIAにおいて、人間であるのかないのかということは重要ではない。VARIAとはボンゴレファミリーを最強たらしめんとする存在であり、そして、その住人に必要なのは矜持を持ち殺害という行為ができるどうかなのだ。
 兵器として生み出され、兵器として生きる。
 あの生物の体はそうなるように生み出され、そしてそれ以外の意図を持たない。そして不幸にも自我を有していると見てよい。それさえなければ、ボンゴレ本部でも生きていけたろうにとXANXUSは思う。自我は自己の意識を構築させるための最重要視されるものであり、それがなければ悲しみも喜びもない。それはつまり、他者が何を言おうが気にならないと言うことだ。怯えた時点で、あの生物は自我を有している。尤も、自我がない兵器程使い物にならないものはない。自分で状況判断ができないからである。マニュアルを叩きこんだところで、それは所詮マニュアルにしか過ぎない。突発的な出来事には決して対応できないだろう。
 XANXUSはガラス越しに、髪の毛の塊を抱き上げている東眞の顔を見た。音は遮断されているので聞こえないのだが、口の動きから、大丈夫と言っているようであった。
「老いぼれが」
 子を育めない女に子を与えた。それすらもかの老人の思考のうちであれば、忌々しいことである。全てお見通しなのかそうでないのか。結果的に女は子にとっての母になってしまっている。
 そしてXANXUSは軽く息をつき、その場を後にした。