40:La mia sorella minore - 1/5

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 明るい部屋に男は座っていた。男の剣呑な雰囲気とは別に、その部屋の空気は柔らかく、そして対面に座る老人は、その男の養父は穏やかな表情をして座っていた。その手にはコーヒーカップが持たれており、そこからは香ばしく鼻をくすぐる香りが漂っている。同じものが男の、XANXUSの前にも置かれていたのだが、本人は難しい顔をして、眉間に皺を一二本、いつもよりも余分に多く寄せた顔をして、それに手をつけようともしない。
 ティモッテオは飲まないのかいと息子に声をかけた。XANXUSはティモッテオの呼びかけに赤い瞳をすぅと鋭く、瞳の割合を変動させた。赤の領分が白よりもより狭くなる。睨みつけられ、ティモッテオは分かっている、とXANXUSの本来の要件を知っていた。だが、それをのらりくらりと交わすのもそろそろ限界であると言うことも、気付いていた。
 腹を括り、ティモッテオは溜息を一つつくと、傾けていたコーヒーカップを元に戻した。
「コモファミリーの事だね」
 XANXUSはそれに返事をすることはないが、ティモッテオはその無言を肯定とみなして、話を続ける。深い、深海よりも深い溜息がその口から零れ落ちた。老人の嘆息に、赤い瞳の男は何を言うこともなく耳を傾ける。分かってはいた、と老人は唇に言葉を乗せた。
「だがそうか…キャッバローネにまで…仕方あるまい。XANXUS、後始末を頼む。綱吉君には、そうだな…私の方から、いや、これは次代に持ち越す話ではない、か。彼には新しい時代を、新しいボンゴレを築いてもらおう。縦に繋がりを有するボンゴレだが…汚れたものまで受け継ぐ必要はない」
 XANXUS、とティモッテオは白く覆われた表情の奥の瞳をゆるりと下にし、赤い瞳から目をそらした。だが、その気配だけはまっすぐに対面に座る黒い男へと向かっている。XANXUSは男の言葉を聞く。
「エストラーネオファミリーを知っているね」
 ティモッテオの確認の言葉にXANXUSは目だけでそれを肯定した。ティモッテオはさらに言葉を続ける。そして続けられた言葉にXANXUSは明らかな驚きの意を持って目を見開いた。ドンボンゴレ、九代目の言葉に、今まで彼が明かさなかった言葉に言葉が出ない。ようやく出た言葉は、何だと、という驚きのそれだけであった。
 白髪の老人はコーヒーカップに両手を添えて、その手に僅かに力をこめる。そして、先刻の言葉をもう一度繰り返した。
「コモファミリーは、エストラーネオファミリーの前身だ。正確には、エストラーネオファミリーがコモファミリーから分かれたと言った方がいい。方向性が違ったのだろうね。六道骸の件があって以来、コモファミリーにも目をつけてはいたが…」
「待て」
 それはおかしい、とXANXUSはティモッテオの言葉を止めた。目をつけてはいたというのに、武器の横流しを許し、自分への襲撃を許し、身内の二件にもわたる裏切りを許したというのか。いくらなんでも、それはおかしい。奇妙である。とりわけ、前年に、一年早くはあったが、仮入隊させたシャルカーンが連れ帰った子供、ラジュの一件ではあからさまな生体実験が行われていた。それでも、目の前の老人はそれを見逃した。腑に落ちなかったのだ。人道にもとる行為を尤も嫌う人間が、それを見逃したことが。
 自然と眉間に皺がより、目の前の老人の言動を振り返りつつ、やはりその疑問点に帰ってくる。XANXUSの疑問に気づいたのか、ティモッテオは頷いた。
「エストラーネオファミリーの前身のコモファミリーに関してだが、これはきっとお前が調べている通りのことだ。一件は通常の受注業者に見えるが、その影では…シャルカーンやスクアーロが見てきたことが行われて、いる」
 ティモッテオの現在形で呟かれた言葉にXANXUSは唖然とした。別段、その事実、つまり行われていることに驚いているわけではない。勿論、それを喜々として迎え入れるような精神構造はしていないものの、だからどうしたと平然としていられる神経はしている。では何に驚いたのか、その実態に気付きながらも見逃せと言ってきた、目の前の穏健派と名高い前代ドンボンゴレに驚いているのである。
 失望でも絶望でもないものの、驚愕を隠せていないXANXUSにティモッテオはさらに続けた。
「…実際の人体実験が発見できたのは、お前たちが見つけたあの一件のみなんだよ。できれば無駄な人殺しは避けて通りたかった。コモファミリーには当然研究者として名高い人間も多くいる。全てとは言わないが、少なからず、その中には無理矢理吸収された者もいる。自らやったことの責任は取らねばならないが…」
「おい」
 待て、とXANXUSはティモッテオの言葉を止めた。どうにも、嘘臭い。
「何隠してやがる。全てを、話せ」
「…勘が、鋭い」
 その追求にティモッテオは一つ溜息を、肺から全ての吐息を押し出すようにしてから、ずと枯れ木のような体をソファに預けた。悩ましげな、どこか苦しげで、悔いている表情がその白い髭や眉の間の瞳や表情から読み取れた。
「お前に言った件も勿論理由の一端だ。一番の理由は薬だよ、XANXUS」
「薬?」
 怪訝そうに聞き返した息子にティモッテオはゆっくりと、しかし深く頷いた。
「そうだ。いまだ拡大感染には至っていないものの、最近特効薬のない不治の病が見つかっている。コモファミリーにはそう言った開発のプロフェッショナルが集約されていた。あちらが、エストラーネオファミリーの件から私たちをよく思っていないのは知っているし、歯向かっているのも気づいていた。だが、ボンゴレはコモ程度の組織がどうあがいたところで潰せるものではない。むしろ、押さえつけることもできる。だから、放置しておいた」
 老人の言葉を最後まで聞いて、XANXUSは口元に嘲るような笑みを浮かべた。
「つまり…そういうことか?特効薬開発のための技術組織としてコモファミリーを生かしておいた、と。その間において犠牲になった人間は、千を救う一、というわけだな?代表的穏健派のドンボンゴレが聞いて呆れるぜ」
 詰るような言い様だったが、ティモッテオは言い訳することをしなかった。代わりに首を軽く垂れ、そうだね、と小さく呟く。しかしそれでも、この老人は何一つ間違ったことはしていないのだろうなとXANXUSはそのように思った。詰ったことは詰ったが、実際千のために一を捨てることなど、為政者として考えれば当然である。多少の犠牲はやむを得ない。
 それが、上に立つと言うことだ。
 どんな犠牲を払ってでも、人でなしと詰られようとも、情に流されて全てを失う様な事があってはならない。それこそが、為政者の姿である。成程、とXANXUS自身もその体をソファに預けた。程良く固い背もたれに体をうずめる。
「今は代替わりの時期で、コモの襲撃がボンゴレの基盤を脅かす可能性も否めねぇ、か。それで、潰していいんだな」
「そうしておくれ。過去の遺物を、綱吉君たちにまで背負わせる必要はない。彼らは、新しいボンゴレを築いてくれるのだから」
「お優しいことだ。全く反吐が出るぜ」
 一つ鼻を鳴らしてXANXUSは立ち上がった。立ちあがったその背中に、ティモッテオは慌てて声をかけた。XANXUSと名前を呼ばれ、大きな黒い背中は立ち止り、くると赤い瞳で老人を見やる。まだ何かあるのかとばかりに眉間に軽く皺を寄せた。
「私独自の調査網でもあるんだが…XANXUS、コモファミリー本部には、実験体と称した生物兵器が製造されているようだ。作ったものはそれに責任を負わねばなるまい。だが、作られたものに罪はないだろう。戦闘の意思がないものは、どうか殺さないでいて欲しい。殲滅と保護を」
「…保護、か。くだらねぇ。そいつが火種にでもなったらどうするつもりだ?誰が責任を取る」
「私が全責任を負おう、XANXUS。疑わしきは、罰せず、だ」
 いつまでも甘いことを口にする、とXANXUSは軽く溜息をつき、そしてそれこそがこの養父の姿であることを思い出す。そして確定したものを容赦なく断罪する強さを持っている男もまた、そうである。
 向けていた背中を揺らし、XANXUSはまた歩き出す。廊下と部屋を分ける扉の取っ手に手をかけた。そしてそのノブを軽く回す。内側に力を込めれば扉はその力に任せて口を開くことだろう。XANXUSはその行動に出る前に、前代ドンボンゴレに返事をした。低い声が、空気を震わせる。
「Il capo è Lei, e faccio io il resto.(ボスはてめぇだ。そして、ここから先は俺の仕事だ)」
「Decidi tu.(任せたよ)」
 ブーツを鳴らし、そして男は部屋の主との繋がりを遮断した。緩やかに流れた空気の向こうの、どっぷりとした暗闇とより濃厚な血の香りがするその世界へとリンクを繋げる。
 獰猛な守護神は赤い瞳をその中でゆっくりと開いた。

 

 がつ、とセオは匣から飛び出した大鷲に突かれる。あいたぁ!と悲鳴が上がって、セオは渋々と言った様子で出した大鷲を箱に戻す。その光景を眺めていた、ベルフェゴールと東眞は失笑をこぼす。
「全然馴れませんねぇ」
「Jr、お前才能ねーんじゃねーの?」
「そんなこと…無いと…思うよ?この間は兎の肉、食べてくれたし」
 匣兵器に餌をやる必要はあるのだろうか、と東眞はそんなことを考えながら、そうですかとセオの頭を優しく撫でた。大鷲が出ている間はあまりセオに近づくべきではないのは分かっているのだが、ここ最近、あの大鷲はセオを中心に攻撃しているので、一緒に居てもそうそう問題はない。尤も、匣兵器を開匣すれば、セオが傷だらけになるのだが(にも関わらず毎日チャレンジしているのは全く涙ぐましい努力である)
 なあ、とベルフェゴールは東眞に大鷲から受けた傷の手当てをしてもらっているセオに声をかける。それにセオは何と首を軽く傾げて答えた。返事があったことも当然だが、返事されることを前提に話しかけたベルフェゴールはそのまま会話をセオの方へと顔を向けて続けた。
「そいつ、結局名前何にしたんだ?」
「ああ、そう言えばなん言う名前にしたんですか?ベルは確かミンクとそのまま呼んでましたね」
「そーそー。名前いちいち考えるの面倒臭いしさー」
 本人に外見もどことなく似ている気がしないでもない匣兵器を思い浮かべながら、東眞はくすくすと肩を揺らして笑った。
「スクアーロがアーロで、ルッスーリアがクーちゃん、レヴィさんは…リヴァイアでしたか」
「で、俺がミンク。ボスがベスターな」
「名前をつけるなんて、まるでペットみたいですね」
 東眞の言葉にベルフェゴールはそんなもんかなと口元を大きく笑わせた。ストレートだった髪の毛は、ゆるくパーマをかけてふわふわとさせている。太陽を思わせるその金髪の上には綺麗な細工をされた王冠が乗っており、彼の品格と品位を強調しているようにも思える。
 するりと東眞の腕をミンクが滑った。突然のそれに、目を見開いたが、それはくるくると楽しげに首元に巻きついて落ち着いた。毛皮コートにもされるその毛艶は大変心地が良かった。思わず東眞はそれにクスクスと笑いながら、セオの手当てを終えた。消毒液がかかったところが痛い、とセオはムスくれる。
「名前はまだ。だって、俺に全然なついてくれないんだもん…。ねぇ、マンマ。どうしてルッスのクーで手当てしてくれないの?」
「そんなことを言って…自己治癒能力が落ちても知りませんよ。何でもかんでも匣に頼ってはいけません。いいですか、大事のときにだけそう言うものは使用することです」
「はぁーい」
 仕方ないとセオは肩をすくめ、手にしていた匣兵器をひょいと手の中でもてあそんだ。渡されてからもう随分と経つのに一向に慣れてくれないその匣兵器は持つだけ無駄なような気もするのだが、自分専用の指輪もあの後渡されて、ならばやはり使えるようにならなくてはならないだろうとセオは気を引き締める。割には、上達しないが。
 しょげるセオの頭にベルフェゴールはぽすんと手を乗せてぐしゃぐしゃとその黒髪をかき混ぜた。
「気にすんなって。別に匣がなけりゃ不味い任務任されてるわけでもねーんだし」
「…でも、スクアーロもベルも。皆匣兵器使えてるじゃん。俺だけ使えないのってあれだし…というか、どうしてこんなに攻撃的なんだろ…」
「ボスに似たんじゃね?Jr、スクアーロと勘違いされてるに違いねーって」
 ベルフェゴールの言葉にセオは、ちらっと今日も頭にグラスをぶつけていたスクアーロを思い出す。そしてスクアーロの頭部にグラスをぶつけた張本人のことも。扉を開ければ、いつものようにグラスが飛んできてスクアーロはアルコールの臭いを漂わせる羽目になる。まるでそう、それは自分が匣を開ければ大鷲に攻撃を受けるのと良くよく似ている。
 ああ、とセオは溜息をついた。東眞はそんなセオを見ながら、どうでしょうねぇと困ったように眉尻を下げる。母の言葉にセオはどういうこと?と首を傾げた。ベルフェゴールの視線もそちらに行く。東眞は口を開いた。
「気位が高いんじゃないですか、その匣兵器。だから、従わせようとすると怒るんですよ」
「あー成程な…そりゃ一生懸命従わせよーとしたって無理だな。しし」
 説明にベルフェゴールは口角を吊り上げ、セオが放り投げた匣兵器を空中で奪い取り、くるくると回る。VARIAと記された匣兵器は特注のものであることを示す。生意気、とベルフェゴールはその匣兵器を指先でつつけば、それに呼応するようにがたがたと匣が暴れた。匣兵器の反応に、ベルフェゴールは当たり、と東眞に笑いかけた。そして、セオにその匣を投げ返す。
 投げられ、放物線を描いたそれを掌に乗せると、セオはふーんとこつこつと指先でつつく。
「従わせるんじゃなくて…友達?」
「むしろ従った方がいいんじゃね?」
「ええー…それは…やだなぁ…」
 ぷーと膨らんだセオの頬を東眞は人差し指で突いてぺしゃんこに戻す。セオは銀朱の瞳を持ち上げると、東眞を上目遣いに見、東眞はそんなセオの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「兎も角、従わせたり屈服させようとしたりはしないことです。その子との付き合い方もあるでしょう。XANXUSさんのベスターもなかなかに気位高そうですしね」
 ベスターという単語にそう言えば、とベルフェゴールが続ける。
「そのベスター、東眞に良く懐いてんじゃん。匣兵器は主に似るってーけど、マジかもな」
「…懐いてくれるのは嬉しいんですけど、大きすぎて身動きが取れなくなると言いますか…のしかかられると立っていられないんですよ…まぁ、いつもXANXUSさんがそうなる前にしまって下さいますけどね」
「いいなーマンマ。俺もベスターに懐かれたい」
 ちえぇ、と口先をとがらせたセオだったが、東眞はそう言えばそうだったと思い出す。セオとくれば、小さいころにミンクに首を絞められるわ、ベスターには噛まれるわ、アーロの尾に偶然にも弾かれるわ、幸いルッスーリアのクーやレヴィのリヴァイアには被害に遭っていないようだが、なかなか匣兵器とは縁がない。むしろ悪い思い出しかないのではないだろうか。
 苦笑を浮かべつつ、東眞はセオの頭を撫で、大丈夫ですよとさしてフォローにもならないフォローをする。記憶さえ正しければ、確か先日はベスターの足の下に敷かれていた…ような覚えがある。あれは、XANXUSの怒りを買ったせいでもあったのだろうが。不幸にもアップルパイを食われるなどという出来事もあったり、セオは悲鳴をあげてベスターと叩いていたが、反対に不興を買って追いかけまわされていた。どう考えても匣兵器には嫌な思い出しかないだろう。尤も、アーロにはスクアーロ自身が良く乗せてくれたりするので、そう悪い思い出だけ、と言うこともないのだろうが。
 セオは深い溜息をついて、東眞の胸に沈んだ。
「マンマー…疲れた」
「はいはい、疲れましたね。頑張っていますよ」
 ぎゅうとしがみ付いてくる力はもう随分と強い。しがみ付いてくる力さえ弱くて大丈夫だろうかと思った時期さえあったというのに、子供の成長はいつ考えても早いものである。そう考えていると、上もがっしりとホールドされた。金色の柔らかなふわふわした髪が黒髪に混じる。その色だけで、誰が抱きついたのかは想像するも難くない。
 東眞はくすくすと笑った。全く、大きな子供である。
「王子も疲れた、東眞ー」
「あ、ベル、駄目だよ!俺のマンマなんだから!」
「けっちぃこと言うなっての、Jr。お前本当に炎属性大空かよ」
「大空だけど…でも、バッビーノもマンマにべったりだし、俺がべったりできないから駄目!」
「最近、XANXUSさんのお仕事忙しいじゃないですか、セオ」
 不在が多いXANXUSを思い浮かべながら、東眞は胸に飛び込んだセオの前髪を指先でかき上げ、その額をこつんと軽く叩く。それにセオはそうだけど、とムスくれた。
「でも、帰ってきたらバッビーノがマンマ独り占めするもん。だから、今は俺が一人占め!」
 ねっと笑ったセオの鼻をベルフェゴールは笑いながら、上からつまみ上げる。ふぇと間抜けな声が上がったが、ベルフェゴールは楽しげにその鼻をもう少し強めにつまむ。セオはとうとう東眞に抱きついていた手を離して、何するの!と抗議の声をあげて、ベルフェゴールの手を振り払った。それにベルフェゴールは、心が狭いこと言うからだよ、と口を三日月にさせる。
 だがその時、くるすると東眞の首元からミンクが離れ、ベルフェゴールの首に移動する。そしてベルフェゴール自身も東眞の体から腕を話して一歩二歩と遠ざかる。やべ、と口元が僅かに引きつっていた。しかし、セオはここぞとばかりにぎゅっと東眞の体に抱きつき直す。東眞はベルフェゴールが突然離れた理由が良く分からなかったが、後ろで音を立てた扉に気付いて、ああとあっさり納得した。
 扉が開かれ、そして、セオの頭に拳が飛んだ。
「い…っぁ、た…!!!」
「何してやがる、糞餓鬼が…」
 痛い、とセオは頭を押さえつつ、東眞の膝元でうずくまる。泣きこそしなかったものの、相当痛かったようで、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。父の帰宅にセオは恐る恐る振り返った。不機嫌極まりない様子で眉間に皺は三割増しと言ったところだろうか。
 慌てて、セオは頭を押さえてないほうの手をぶんぶんと目の前で振って違うんだよ!と言い訳を試みる。
「だってだって…少し疲れたし、マンマの胸気持ちいいぃ゛、いた…!!」
「ああ?おい、もう一回言ってみろ。てめぇのその首へし折るぞ…!」
「…バッビーノのけち…ぁい、っ…た…」
 ごんごんと打ちつけられる拳にセオは痛みを訴えるが、文句を言うのを止めないあたりは学習能力がないのかどうか。定かではない。ばっかでーと後ろで笑ったベルフェゴールにもXANXUSはぎろりと睨みつけ、それを捉えたベルフェゴールは冗談だってと軽く肩をすくめて、退散した。
 未だ頭を押さえて呻いているセオを他所に、XANXUSはちらりと東眞に視線を落とす。それに東眞はお帰りなさい、と笑って少し遅い出迎えをした。それにXANXUSはああと答えると、東眞の髪をかきあげ、唇を落とす。柔らかな感触にくすぐったく、東眞は微かに身をすくめたが、笑うだけにとどめる。
 XANXUSは東眞から体を離すと、きょろりと周囲を見渡して、非常に不愉快気に眉を顰めた。
「カス鮫はどうした」
「スクアーロですか?さぁ…庭でスィーリオと遊んでくれているかもしれませんね。セオは知りませんか?」
「俺?ううん。でも、フリスビー持ってってたのは見かけたよ」
「ドカスが」
 ぎりっと歯を噛んだのを東眞は横目で見て苦笑する。面倒見がいいものはこう言う時に苦労すると言うが、スクアーロの場合は全く毎日のように苦労している気がして仕方がない。実際問題、苦労してはいるのだろうが。セオを始め、スィーリオの遊び相手も進んで買ってくれているところを見ると、世話好きなのは一目瞭然である。
 XANXUSはそこでセオの掌におさまっている匣兵器へと目線をやった。その視線に気づいたのか、セオは多少気まずそうにすすとその匣兵器を後ろに持ちかえて隠す。誤魔化し笑いを浮かべたが、それで誤魔化せる人間ではない。
「…それで、てめぇはまともに開匣できるようになったのか」
「開匣はできるよ!…できるけど、その、出したとたんに大鷲の方に攻撃されて…」
 この様、とセオは先程手当てをしてもらった手や頬を見せる。ひっかき傷や突かれた傷が多い。XANXUSは一つ溜息をつき、セオはその溜息にしょぼんと肩を落とす。気落ちしたセオの両肩に東眞は後ろから手を乗せると、大丈夫ですよと声をかけた。
「人にはそれぞれのペースがありますからね。明日からも頑張りなさい」
「…うん、マンマ!俺、頑張るよ!そうだ!折角だし、名前もつけてあげようかな。えへへーうんと」
「下らねぇことは後でやれ」
 糞餓鬼が、とXANXUSはセオを睨みつけ、そしてくるりと踵を返し、背中でセオに命令を下す。
「カス鮫を呼んで、俺の部屋に来い。任務だ。少し大きいものだが――――…できるな」
 ぴくん、とXANXUSのその声にセオは敏感に反応し、先程まで緩めていた表情をきりと引き締めて、その銀朱を鋭くさせる。東眞はセオの肩に乗せていた手をそっと離した。触れるだけで、ぴりぴりとする緊張の空気がセオの体に纏われる。相変わらず、スイッチのオンオフが激しい。
 セオはかつっと革靴を鳴らして一歩前に出る。
「Si, mio capo(了解、ボス)」
 そう返事をすると、セオはXANXUSの横を通り過ぎて、スクアーロを探しに行く。二人になった東眞はXANXUSの背中を見る。その背中を見せたまま、XANXUSは静かに話を続けた。
「…仮定の話だが、少し危険な預かり物をする可能性がある。気を抜くんじゃねぇ」
「分かりました。ところで」
「あ?」
 思わぬところで話を続けられ、XANXUSはくると首だけを振り返させる。東眞は一歩二歩と歩いてその距離と詰めると、手を伸ばして、その額をこつんとつついた。何とも間抜けな攻撃をされ、XANXUSは怪訝そうに眉根を寄せ、突かれて部分に指先を乗せる。東眞はくすくすと笑いながら、自身の頭を指先でとんと示す。
「叩きすぎです」
「あいつが悪ぃ」
「駄目ですよ。叩きすぎたら、セオも拗ねます」
「勝手に拗ねさせとけ」
「そんなこと言って」
 拗ねられたら拗ねられたで寂しんでしょうと笑った東眞にXANXUSは一つ鼻を鳴らして、その場を後にした。