41:兄として - 1/5

1

 どうしてだろうか、とセオはごつんと自分の頭を突いてきた匣兵器の攻撃を受けて盛大に溜息を吐いた。もういい加減に突かれることも引っ掻かれることも慣れてきたという悲しい現状にひそやかに涙を心の中で落とす。言うまでもなく、そんなところで涙を落としたところで、この状況がどう変化するわけでもないことは、セオ本人が一番理解していた。アーク、とつけた名を呼べば、匣兵器は嬉しげに更に頭を突いてきた。痛い。強烈な一撃に頭が横に傾いだが、これももう慣れたものである。
 そんなセオは本日数度目になる溜息を、口が溜息を吐くための形を覚え込んだ程に吐いた。スクアーロが溜息をよくよく吐く気分がそれとなく分かってしまって、どことなく、セオは悲しくなった。別に不憫に思ったわけではないことは注記して置く。突いても引っ掻いても構う様子を見せないセオに大鷲はとうとう諦めたのか、それとも呆れ果てたのかどちらか知らないが、ようやくそのまだ狭い肩(では納まり切らないので腕にも)に脚を下ろした。爪が食い込んで痛くて仕方ないのだが、これももう慣れてきた。
 こんな嫌な慣れがあるものだろうか、とセオは心のどこかでそんなことを考えつつ、スクアーロがいつも自分の父親に嫌と言うほどに酒瓶を投げつけられている姿を思い出して、ああそういうことなのかと納得する。全く、スクアーロにしてみれば不本意極まりないに違いないのだが、幸い銀色で大声の剣士は今この場には居らず、居たところでセオの口にも出していない言葉を読み取ることはできないので問題は一切無い。
 そしてがっかりと、そう、それはもう非常にこれ以上無い程にがっかりとセオは机に突っ伏した。勿論悩み事と言うのは淡い色をしたモップのような、いやいや、モップではないのだが、最近その足まである長い髪の毛で床を掃除している様を見ていると、自動的に動くモップ、もしくは箒ではないのかと疑ってしまう、ちっとも自分に懐いてくれないできたばかりの妹のことである。
「…何かした?」
 俺が、とセオは突っ伏した状態でアークに頭を軽く甘えるように突かれながら、軽く落ち込んだ。アークがようやく懐いてきたかと思えば、今度は妹に嫌われる始末である。自分はどうしてこうも人に懐かれるという事象に関して運が無いのだろうかとうんざりせざるを得ない。
 何もしていないのかどうかと問われれば、確かにファーストコンタクトでは頭を銃尻で遠慮無く(いやいや勿論頭蓋骨を破壊するだとか、殺すつもりでの行為ではない)殴り飛ばし意識を飛ばさせ、セカンドコンタクトでは母が心配で、というよりも妹の性質を鑑みた上で、銃口をかの小さな生物に向けた。
 俺は悪くないんじゃないか?
 セオは単純にそう思った。考えれば考える程、いくら振り返ったところで自分の落ち度が見つからない。むしろ普通であり、考えられて然るべきであり、あの状況下に置いてそう言う行動に出ない方が危機感が無いと言うべきか、生存本能に擽りを掛けない状況に疑問を持つべきである。結論として、自分が悪いと言うことは皆無である。
 その通りだ、とセオはがばりと顔を上げた。肩が少し揺れたが、大鷲は平然とした様子でそこに止まっている。肩が重いので、セオはアークと一つ名を呼んで匣に戻るように告げる。実際匣に戻す一番の理由は、この匣兵器の凶暴性に帰依しているわけなのだが。自分は随分と懐かれて平気になったのだが、自分以外の他人を見るとこの匣兵器は容赦知らずに攻撃を仕掛ける。尤も、匣兵器特有の大空属性の強い攻撃はサポートタイプなのでそう心配する必要もないが、流石に肉弾戦は問題なので、あまり開匣することをよしとしない。父であるXANXUSに攻撃を仕掛ければ、今度こそ焼き鳥になって、否、正しくは黒焦げのどう考えても焼き鳥と言うよりは消し炭になって帰ってくるのではないか、とセオは少しばかりそれを恐れている。あり得なくも、無い。むしろ十分に考えられる事象だからこそぞっとする。
 世界で一番恐ろしいのは何か誰かと問われればセオはいの一番に「バッビーノ!」と即答できる自信があった。そんな自信があると公言すれば、頭に拳が落ちることも間違いではない。
 そしてセオは考える。考え込む。考えて考えて、そして見事に。
「駄目だ」
 諦めた。諦めが早いことは良いことである。つまりそれはこう言うことだ。諦めが早ければそれだけ次の手段を講じるための時間に費やせる。そう言い訳をして、セオは頭を抱えた。
 どう考えたところで、360度全ての事象を鑑みて、妹への接触を迫ってみても、最終的に逃げられるシチュエーションにしかならない。何故何どうして自分がこんなに嫌われているのか(きっと正しくは怯えられているのか)セオには全く理解できなかった。理解できる範疇にその答えは存在してくれは居なかった。
 項垂れたセオのその小さくしょんぼりと落ち込んだ背中に、セオ様としっかりとした声が掛けられた。その声の持ち主が一体誰なのか、日頃よく聞いているものだから、振り返らずともセオは即座に頭が反応し、そして口が言葉を作った。
「レヴィ」
 ヴィ、の軽く唇を噛む発音がなされる。それに対して、どうなされたのですかと丁寧な敬語が返される。セオはいつも思う。
「敬語、いらないよ。俺、レヴィのボスじゃないし、そんなに強くもないし。というかまだまだ弱いから」
「いいえ!ボスの御子息にそのような無礼を働くわけには参りません!」
「御子息…そんな大層なものじゃないんだけど…」
 もっと気軽に接してほしいのにと思いつつ、ひょっとすればこれがレヴィの「気軽な接し方」なのかもしれないと、どこか心の底で諦めつつ、セオはなされた質問に対しての答えを発した。
「ラヴィーナが懐いてくれなくて。俺の姿を見た途端逃げるものだから」
「何ですと…!毛玉風情がセオ様にこの様なお顔をさせるとは言語道断!!」
 青筋を立てたレヴィにセオは慌てて首を横に振って誤解を解こうと必死になる。父親の炎ではなく、レヴィの雷に焼き尽されそうである。
「やめてやめて!違うから!俺の妹だから、酷いことしないで!」
「む…セオ様がそう仰るならば…しかし髪の毛の分際でなんと憎らしい…!」
 ぎりっと歯を軋ませて、レヴィはその大きな体を震わせる。立派な髭が怒りで震えた。セオはそんなレヴィを身長差もあって上目遣いで見つめながら、ねぇレヴィと話しかける。天井を睨みつけていた男は、その一言ですいと即座に視線を下に落とす。
「は、セオ様」
「…ラヴィーナは、逃げない?」
「…取敢えずは」
 逃げられたことはありません、とレヴィは少しばかりの躊躇いを口に含ませながらセオの問い掛けに正直に答えた。そうだよねとセオはレヴィの答えに更なる落胆を覚えながら肩を落とした。
 それにレヴィはしかし!と励ますための一言二言を慌てて添える。否、添えようとして口籠った。掛ける言葉が見つからない。逃げられることもなければ、怯えられることもない。座っていれば、興味津津と言った様子で背中のレイピアを見上げてくるし、大きな体に対して大層羨ましげな視線を感じることさえある。声と瞳は確かに脅威ではあるが、実質問題、その両方の対応策が既に取られているために、こちらが過剰に反応する必要もないので無闇に追い払うこともしない。そう言うわけなので、ただの子供と今の所大差は無いのである。人畜無害。決して懐かれているわけでは無いだろうが、怯えられているわけでもない。
 レヴィは言葉に詰まった。セオはじととレヴィに疎ましげな視線を送る。
「いいなぁ」
 子供の率直で単純かつ素直な羨望の言葉はぐっさりと見事なまでにレヴィの心に突き刺さった。申し訳ありません、と言う言葉すらもレヴィの口からは出てこない。一体何を言えばセオの慰めになるのか、落ち込んだ少年の心を癒すことができるのか、レヴィ・ア・タンはかなり本気になって考えた。考えたのだが、一向に言葉は見つからない。おそらく、地球を三周死に物狂いで走ったところで見つかるはずも無いであろうとレヴィは結論付けた。そもそも、人を励ます機会など滅多に無いために(むしろ皆無に等しい)余計に言葉が見当たらない。
 どうして今までセオ様を慰める言葉を思い付けばノートか何かに記して置かなかったのだろうか、とレヴィは心底後悔した。後悔しても時既に遅し。後の祭り。手遅れである。尤も、スクアーロかルッスーリアか、もしくはマーモンかが、このレヴィの心境を聞けば、全くもって下らないことだと即座にその考えを否定するのであろうが、幸か不幸か、その場にはセオ以外の誰も存在はしなかった。
 セオはもう一度溜息をついて、いいなぁと繰り返す。
「いいなぁいいなぁ。俺もラヴィーナに懐かれたい。逃げられたくないなぁ。近寄って来て欲しいし、一緒に遊びたいなぁ。お兄ちゃん!って感じのことやりたいなぁ」
 欲望がだだ漏れな状態で、セオは再度机に突っ伏した。羨ましくて仕方がない。兄と言う言葉に酔っているのかどうなのか、セオはもうよく分かっていなかったが、ただ「妹」という本来ならばあり得なかった考えもしなかった新しい存在に胸が躍っているのが分かった。
 母に「妹ですね」と言われたその瞬間に、どうしようもない程の喜びに見舞われた。大切にしたいと思ってしまった。不気味で仕方なかった髪の毛の異質な生物兵器が途端、可愛いと思った。小さくて怖がりな可愛い可愛い俺の妹。抱きしめたいと、思った。が、しかし。
「…あんまりだ」
 ひどすぎる、とセオはぐすと鼻を啜った。そんなセオの様子にレヴィは数秒考えて、そしてこくりと頷いた。
「セオ様!このレヴィ・ア・タンにお任せ下さい!」
「へ?…あーレヴィ?えーとね、無理矢理捕まえて俺の前に連行するとか、そう言う乱暴なことはしないでね?」
 一言添えて置かないと本当に仕出かしてしまいそうな辺りが恐ろしい。
 セオはきっぱりと念のための用心をそうレヴィに掛けた。それにレヴィは、は!ときりっとした表情をさらに引き締め、大丈夫ですと付け加える。
「あの毛玉がセオ様に懐つくための切っ掛けを掴めばいいのです!」
「それができたら苦労してない…。だって、俺を見ただけで逃げるんだよ?」
「…何かこう、好物で誘き寄せるなど」
「ラヴィーナの好物知らない」
「そこはこの俺に!」
 大丈夫だろうか、とセオはかなりまともな心配をした。しかし、レヴィの言うことも大変尤もである。嫌われているのだから、何か好かれることをすれば良い訳である。成程とセオは頷いた。そしてぱぁとその顔に笑顔を取り戻す。
「うん!俺も一緒に行く!」
「セオ様に付いて来て頂けるとは…恐悦至極!」
「俺、お兄ちゃんだから!」
「流石です!流石セオ様…!ボスの御子息!」
「俺は頑張る!」
「不肖レヴィ・ア・タン、全身全霊をもって応援致しますれば!!」
 誰も止める人間がいないというのは、こういう場合においてかなり不便である。
 かくして、セオとレヴィによるラヴィーナを引き寄せるための好物探索が始まったのであった。

 

 それで、とスクアーロは半ばうんざりしたような顔をして(実際かなりうんざりしているわけなのだが)メモ帳を片手に銀朱の瞳をキラキラさせている少年と、その隣で威圧感を漂わせている大きな男の珍しいと言うよりも少しばかりではない奇妙な凸凹コンビの来訪に嘆息した。久々に朝から気分の良い日を台無しにされた気分は、ある。
 スクアーロ、と少年の未だ声変わりを済ませていない幼く高い声が、刀の手入れを欠かさない男に掛けられる。まずは無難なラインから、と言ったところであろう。
「何だぁ」
「スクアーロってラヴィーナに懐かれてる?」
 懐かれているのだろうか、とスクアーロはその質問に反対に考える。長髪仲間だと思われているのかどうなのか、椅子に座っているとよくその髪の毛の中に淡い色の髪の毛が混ざっていることはある。ぎょっとして体を起こせば、そこにもさもさと髪の毛の塊が揺れているのだから、気味の悪いことこの上ない。
 黙り込んだスクアーロにセオは次の質問をする。
「怯えられてない?逃げられない?」
「…怯えてるかどうかはしらねぇが…逃げられるこたぁねえなぁ」
 むしろ積極的に近付かれている、ということはセオには言わない辺り、スクアーロは配慮のできる男であった。
「ラヴィーナが好きなものって知ってる?」
「…好きな?」
 問いかけられ、スクアーロはうんと考えた。もさっとしている髪の毛の塊の行動は全く予想外かつ想定外の奇想天外なものでしかない。それを全て理解するには、自分も髪の毛を床につけるまで伸ばしてみれば分かるのだろうか、とスクアーロは一瞬そんなことを考えた。実際髪の毛がそこまで伸びることはあり得ないのだが。
 好きなものねぇ、と考えるが今一思い浮かばない。しかしこうまで必死なセオの顔を見ていると、何かしら答えておかないと可哀想に思えてくる。スクアーロはそうだなぁと唸りに唸って、それに答えた。
「やっぱ東眞じゃねぇのかぁ?ほら、良く引っ付いてるしなぁ」
「…マンマが好きでも、俺が近寄ると逃げるの」
「…いや、まぁ、人には好き嫌いってもんが…」
「やっぱり、俺は嫌われてるの…?」
「いや!嫌われちゃいないだろうが…おい、落ち込むんじゃねえぞぉ。出会い頭の印象が最悪だっただけだぁ」
 今にもペンを取落しそうな程にショックな顔をした少年に、スクアーロは慌ててフォローにもならないフォローを入れた。セオの背後に立つレヴィの視線が痛くて仕方ないのだが、それはこの際仕方が無いことをスクアーロは知っているので、取り立てて突っかかることはしない。
 視線を床に落としてしまったセオに、スクアーロは一度剣を手入れする手を止めて、落ち込む少年を励ますための言葉を考える。
「そんな顔してると近付くもんまで逃げちまうぜぇ。何だ、ほら、そのあれだぁ。小せぇ餓鬼の好きなもんとかはどうだぁ?おお!動物なんてのも悪くねぇかもしれねぇなぁ!スィーリオの散歩に誘ってみるとかどうだぁ!」
 我ながら妙案である、とばかりにスクアーロはしっかり頷いた。セオはそんなスクアーロの提案に落としていた顔を上げ、スィーリオとメモ帳に即座に書き込んだ。まめまめしいと言うか、何と言うべきか、スクアーロはそんな必死な行動に、可愛いもんだと微笑ましい視線を向けた。
 他には?とセオは尋ねる。まさかまだ追及されるとは思いも寄らず、スクアーロは頬を軽く引き攣らせた。
「他?そ、そうだなぁ…う゛おぉ゛い、レヴィ。てめぇも何かねぇのかぁ」
「何か?何か…うむ。貴様に言われるまでもなく、俺は考えて逐一セオ様に報告している!」
「…ああ、そうかぁ…」
 言うだけ無駄であったのだろうか、とスクアーロは視線を逸らし、もう一度考える。だが、全く思い浮かばない。しかし、アイデアというものは突如訪れるものであって、スクアーロははっと顔を上げた。
「絵本が好きみたいだぜぇ。よく、Jrが餓鬼の頃に読んで貰ってた本持って歩いてらぁ」
 そうだそうだとその光景を思い出しながら、スクアーロは頷いた。
 造られたからなのかどうなのか、あの生物の知能指数は恐らく外見よりも高いとみられる。そうでなければ言葉は通じないだろうし、既にこちらを攻撃していてもおかしくはない。言葉を解している。ただ、単語は知っていても、その単語を指す物体は知らないことが多いようで、よくよく東眞に物と言葉を一致させている光景は目にしていた。絵本はそう言う点において、大変良い教育素材であることは間違いが無い。
 セオはスクアーロの言葉に、絵本かぁ、と軽く握った指先を顎に添えて考える。
「俺が読んであげるって言ったら、来てくれるかな」
「…」
 それはどうだろうか、とスクアーロは中途半端な笑みをその顔に浮かべた。姿を発見されるだけで逃亡される少年には同情せざるを得ないが、好きなものを持っているからと言ってひょこひょこ付いて行くとは思えない。あの毛玉にとって、セオは「暴力を振るう、振るった恐ろしい怪物」くらいには認識されてそうである。その認識を(正確には誤認だろうか)改めさせるのは大変だろう。
 ちらと視線を困り果て懇願する少年に向け、スクアーロはううんと唸った。
「駄目かな」
「いや、やる前から駄目だと諦めるもんじゃねぇ。まずはやってみろぉ。当たって砕けろ、だぁ!」
「砕け散りそうな気がする」
「…そうなった時はその時だなぁ」
 分かってるじゃねぇか、とスクアーロは最後まで言葉にはしなかった。兎も角、と軽くセオの肩を叩き、スクアーロはその黒髪をくしゃくしゃと義手ではないほうの手で大きく撫でてやる。父親か母親、どちら譲りかは分からない黒髪はよくよく混ぜられ、その下にある両方から譲り受けた銀朱の瞳がスクアーロの切れ長の瞳を見ていた。
 にかっとスクアーロの口は大きく笑う。
「てめぇはあいつの兄貴なんだろぉ?自信持って胸はってりゃそのうち懐いてくれるぜぇ」
 小さく多分と付け加えて、スクアーロは言葉をぼかす。セオは不安げな瞳で小さく笑って頷いた。
「だといいな」
「時間はかかるだろうが、気長に頑張ることだぁ。急いては事をし損じる、だろぉ?」
「上手いこと言うね、スクアーロ」
「おお!任せとけぇ!」
 ようやく笑顔になった少年にスクアーロはにかっと笑って返す。明るいその笑顔にセオは一杯の元気を貰ったのか、うん!と強く頷いた。ああ全く可愛い盛りだとスクアーロは胸の内で親心を出した。反抗期の子供も可愛くないと言えば嘘になるが、こう懐いてくる子供は一番可愛らしい。ひょっとすると、父親であるXANXUSよりも自分の方に懐いてくれているのでは、とそんなことをスクアーロはちらと頭の隅で考えた。尤も、誰に懐いたところで可愛いものは可愛いのだが。
 セオはメモ帳を一旦閉じると、Grazieと礼を述べた。しかしとスクアーロは最初に思った言葉を今更ながらに尋ねた。
「突然どうしたぁ?そんなこと聞いて」
「…いや、だって…俺にだけ懐いてくれないって…あんまりじゃない?俺お兄ちゃんなのに」
「ベルにも懐いてねぇだろぉ」
 あれは、とスクアーロは思い出して軽く顎に人差し指を添える。髪の毛を引っ張ったり、顔を見ようとするからベルフェゴールにはあの毛玉は一切近付こうとしない。ただ、東眞が居れば、ベルフェゴールも手出しをしないのは気付いているようで、あの金髪が見えれば即座に毛玉は東眞の元へと避難逃亡する。ただ、セオの場合は仲良くなろうと近付いてくるだけなので、東眞も何も言わないために、あの髪の毛の塊はセオの姿見えると即座に姿を隠す。
 セオはそうなんだけど、と口先を尖らせた。
「俺だって仲良くなりたいんだ」
「仲がいいわけじゃねえんだがなぁ…」
「逃げられないでしょ?」
 それを仲が良いと判断してよいのかどうか、全くもって微妙なラインである。どちらにしろ、仲良くなりたいのだろうとスクアーロは判断して、軽くセオの頭を叩いた。
「まぁ、頑張れぇ。応援しといてやる。どっちかと言うと、俺よりもルッスーリアの方が懐かれてるぜぇ」
「そう?レヴィ、行こう!」
「は!」
 スクアーロの言葉にセオはパッと顔を上げて、レヴィの裾を引っ張ると駆けだした。あっという間にその背中は扉の向こうに消える。
 嵐のようだった、とスクアーロは果たしてセオがあの髪の毛の塊と仲良くなれるのかどうかを多少気にしながら、剣の手入れに勤しむ作業に戻った。