37:子供の我儘 - 5/5

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 面倒なコトデス、とシャルカーンはぐったりとした男を前に一言そう告げた。男は床に這いつくばるようにして倒れており、その目はひどく虚ろで、力なく開けられた口の端からはだらりと涎が見苦しく垂れている。手に持った録音機器の電源をOFFにすると、シャルカーンはそれを腰のホルダーに突っ込んだ。珍しく、大変珍しく、男の服装はゆとりのある服ではなく、体のラインをむしろはっきりと見させている服であり、寒そうに自由になっている両腕の先には小さな、両手におさまる程度の大きさのチャクラムが指にひっかけられている。
 その時扉が開く。扉と壁の隙間を埋めていた黒猫の影がずるりと動いて、その密閉性を無くす。
 溜息を一つついたその背中にチャノ、と声がかけられる。それはシャルカーンと同じく色の濃い肌を持つ少年であり、きっちりと美しい黒髪を結わえてその場に悠然と立っている。小学生の程であろうか、それなりの背丈を持ち、黒髪に深い青色の瞳をのぞかせていた。その体を纏うものは黒い服。
 その少年にシャルカーンは声をかけた。
「ソチラは済みマシタカ?」
「ん。終わった」
「ハイハイ。デハ、ワタシも終わらせてシマイマショウカ」
 そう言った、シャルカーンの足元に転がっていた男の手に転がっていた拳銃を握らせる。そして一回二回、三回手を叩き、四回目には足音を、最後に耳に下がっている金属製のイヤリングが音を立てた。男の虚ろな瞳が大きく揺れ、無表情のままその腕を床をこすりながら持ち上げ、銃口を己の米神に添える。そのまま男は指先に力を込めた。ぱじょん、と音が響き、銃弾が頭蓋をえぐり反対側の床に潜り込んだ。開けられた穴からはどろりと血液が溢れて散る。
 少年の足先にその血液が僅かに付着した。しかし、少年の顔色は一つとして変わることがない。
「ラジュ」
「ん」
「ボスに報告書を書いて、それからオイシイモノ、食べにイキマショウ」
「…チャノ。セオ、元気にしてた?」
 部屋に広がり始めた死の香りを避けるようにシャルカーンは扉へと歩く。銃声がしようが、もうこの部屋に駆けつけてくるものは誰もいない。扉の向こう、廊下に出れば、同じように無数の死体が転がっていた。しかし、その死体は室内の死体とは違って一切の激しい流血が見られない。ただ、その口からは泡が溢れており、喉には酷くひっかいたのか蚯蚓腫れ、爪にはその皮膚が潜り込んでいた。
 ラジュのその質問に、シャルカーンはエエと笑って答えた。
「元気にシテマシタヨ。トテモ」
 にこやかな笑顔に、子供ははにかんで嬉しげに眼を細めた。そして、無表情だったその顔に明るい笑みを乗せて、ラジュはこっくりと頷いた。
「よかった。セオ、元気」
「ワタシもラジュが元気で嬉しいデス。今度帰る時ハ、遊べるとイイデスネ」
「ん」
 うんと笑顔を浮かべたラジュの頭を、普段では滅多に見せることのないその掌でゆっくりと撫でた。嬉しげに笑う子供を見下ろしながら、シャルカーンはふっと扉の奥にいる、先程命が消えてしまった男へとその細い、まるで糸のように見える目をやる。ぽつん、と口が開き、珍しく笑みが除かれた言葉がそこから溢れようとして、それは喉の奥、胃酸に溶けてしまった。チャノ?と問いかけられた声に、シャルカーンはイイエと笑顔で答えた。
 二コリと笑った小さな子供は踵を返して、シャルカーンの前をすたすたと歩く。血生臭かった、唯一血が流れている部屋の扉が簡単に閉ざされ、その臭いを撒き散らすのを止める。しかしながら、廊下には大量の骸がごろごろとしており、やはり死の香りはそこかしこに充満されていた。鼻をかすめるように漂う独特の甘い香りはラジュが調合した毒薬の名残。解毒薬と組み合わせると花のような匂いを漂わせる。
 調合士の背中をシャルカーンは見やる。
 随分と大きくなったその体だが、その体は初めて本部に連れ帰った夜に驚くべきことが分かった。否、驚くべきと表現するのはおかしいのかもしれない。あの状況下でとらえられていた子供が何もされていないはずがないのである。それは万に一つの可能性でしかなく、幸か不幸かラジュはその9999の内の一つであった。仮に万に一の一であったとしたならば、ひょっとするとこの場にこの少年はいなかったのかもしれない。
 彼は、鼻がよかった。これは生来のものだと判断されたが、もう一つ、彼は奇妙な体質へと変質させられていた。何も腕が変形したり皮膚が鋼のようになったりなど、人外染みたものではなかった。ただ、少年の体は、あらゆる、それこそどんな薬物も毒も薬も、一切効かない体になっていた。体内に取り込まれた薬は全て無毒化される。おそらくは、あそこに居た際に致死量ぎりぎりの毒を幾度も投与されたことによって、体がそのように変質したのであろうと報告が来た。結果、シャルカーンはラジュに毒の知識を叩きこんだ。滅多に手に入らない毒から、そこらに生えている草の毒から何まで。ラジュの覚えはよく、まるでからからに乾いたスポンジに水を与えるがごとく、毒、または薬に関する知識を吸いこんだ。
 こつ、と軽い音を奏でてシャルカーンは歩く。その足音に合わせて鳴る音は何一つない。戦闘服はしっかりと細い体のラインを見せており、音を発生させる要素と言えば、所作で激しく動きさえしなければ何もなかった。
 甘い香りが、鼻をくすぐる。暗い廊下には気化性の高い毒薬と解毒薬を混ぜ合わせたことによって、誰一人殺さない匂いが充満している。出て行く際に扉を僅かに開けておけば、その香りもすぐに四散して消えてしまうことだろう。できるだけ匂いを残さない薬を作るように教えておこうとシャルカーンはそんな風に思った。
 一年後の入隊テスト。許可が下りなければ小さな命は消えてなくなる。そうなった際に殺すのは、自分の役目。先程声にしなかった言葉をシャルカーンは胸の内で繰り返す。デキレバ殺さセナイデ下サイ、と。少しばかり情が移ってしまったのだろうかと、シャルカーンは口元の笑みをそのままに、小さな背中を少し小走りで追いかけた。

 

 ぱちぱちぱちと沢山の拍手がテレビの前で鳴り響いた。セオは嬉しげに顔をほころばせて、東眞の膝の上を陣取っている。えへえへと頬を赤くさせてセオは周囲に沸く拍手を聞いていた。東眞はそんなセオの嬉しげな顔を見ながら思わず目を細めて、それを喜ぶ。そして、その雰囲気をぶち壊すように仏頂面の男が少し離れたソファで眉間に皺をよせていた。一つの大型テレビを囲むようにして、揃っている顔ぶれも何とも言えない奇妙な顔で口元に笑みを残しながら拍手を重ねている。ただ一人、レヴィだけは歓喜にむせび泣くような表情をして鼻をすすっている。
 腕の中に抱えられ、セオはマンマ!と声を上げた。その林檎のようなほっぺを東眞は軽く指先でつまんで、何ですかと微笑んで返す。セオは目をキラキラと輝かせて、やはり幸せそうな顔をする。ひょこんと膝の上から飛び降りると、先程から映像が流れていたテレビを指し示す。
「おれ、すごいでしょ!」
「はい。セオ、すごく上手でしたよ。本物の」
 本物の、の後に続く言葉は劇を見に行ったスクアーロやルッスーリアも思ったことであり、かつ帰ってきてこの場で観賞しているベルフェゴールやマーモンも果てしなく心の底からこれでもかと言うほどに思ったことである。
「木、みたいでした」
「でしょでしょ!おれ、みんなよりちょっと大きいから、だからうしろでこうやって」
 こうやってと言いながら、セオは両方の手に何かを持っている仕草をして直立不動となる。ぴくりとも動かないその様子は大樹を思わせた。
「じーっとしてて」
「うるせぇ」
 不機嫌極まりない声が、ぶつとセオの声を断ち切った。米神に青筋を立てているが、そんなことは大した問題ではない。主役でもないのにと言わんばかりのルビーがぎらぎらとセオを睨みつけていた。しかし、そんな父親の心中がセオに伝わるはずなど一ミリグラムたりともあるわけもなく、セオはにこやかな笑顔をXANXUSに向けた。
 そして次の言葉は最終警告となる。XANXUSは軽く口元を歪ませて、我が子に問うた。
「…まさかとは思うが、てめぇ自分からこのくだらねぇ役やるとかほざいたわけじゃねぇな?」
 爆発寸前な父親にセオは笑顔で、さも当然のように答える。
「言ったよ?だって、むずかしいことばおぼえなくてもよかったし、ずーっとうごかないで立ってるのってすごくすごくたいへんだし、それにかぜがほんとにふいてるように手をゆらすのってすっごくむずかしいんだ!だから、おれまいにちにわの木、見てどんなふうにゆれてるかべんきょうしたんだ。そしたら、先生がすごいってほ
 褒めて、と言おうとしたセオの言葉は最後まで続かなかった。頬をかすめた銃弾にセオは言葉を詰まらせる。そして、硝煙の臭いがゆるかやに立ち上っている、父親の手元の銃口を凝視した。ずっとその重く大きな体がソファから持ち上げられる。セオへと向けられていた銃口はその際に下に向けられることとなったが、殺気はそのままであるので、セオは怯えた顔で一歩下がった。
「――――なんだと?」
「…だ、だって、だって!す、すごくむずかしいんだよ!そ、それにたくさんのせりふおぼえるのすごくむずかしいし、だから、その、だだ、だだだって…っだ、わぁ!!!」
 がん、と音がしてセオは思わず飛び上がった。先程まで足があった場所に綺麗に穴があいている。XANXUSの銃が音とともに跳ね上がる。セオは顔を真っ青にさせて逃げ出すが、その背中を銃声が追いかける。小さな子供が逃げ回る中で、テレビに穴があいたり壁に銃弾がめり込んだりしているが、もはやその光景に誰一人として驚くことはない。そして、その結末も、その場にいる誰しもが理解できることだった。
「マンマ!」
「はいはい。本当によくできてましたよ?手の揺れ具合とか、本当に本物みたいで、セオが木になっちゃったのかと思いました」
「ほんと!?でもね。おれ、木になんかなったりしないよ?おれ、マンマの子どもだもん!」
「ええ。セオは私の自慢の息子ですよ」
「―――…っえへへ!」
 XANXUSの銃が唸り声を上げるのを止め、セオは東眞の腕の中でほっと一息ついていた。狡い子供である。否、子供と言う存在は古今東西小賢しいものである。母からの賛辞をセオはめい一杯の笑顔で受け止めながら、先程まで座っていたその膝の上にまた腰をおろして、東眞の両手をまだ幼い手で掴むとすいと自分の目の前に持ってきて包み込むように組ませた。
 そんな子供の仕草に東眞は思わず笑いながら、セオを両腕にぎゅぅと抱きしめて腹を擽る。それにセオはきゃらきゃらと笑って足をばたつかせる。
「マンマ!くすぐっあははっひっあは、ひゃ、はは――――…あ…ぅ」
 楽しげに笑っていたセオだったが、途端に持ちあがった体と目線のまっすぐ先にあるその真赤な瞳に言葉を詰まらせた。はく、と口が音もなく動いて、その後にすぐに軽く唇をすぼめると上目遣いに父親を見やる。まるで猫を持つかのようにセオの首根っこを掴んでいるXANXUSは眉間にこれ以上ない程大量の皺を寄せて、セオを睨みつけていた。片手に持たれたままの銃がゆっくりとセオの顎に添えられる。ごつ、と冷たい感触に、セオは頬を引き攣らせる。
 爛々と光る赤。セオはじわりとその目に涙を浮かべた。凄まれると弱いのか、ふえと泣き始める前兆がXANXUSの前に現れた。勿論、XANXUSとてセオを泣かすつもりなど毛頭無く、ただ背景の役だというのにあんなに嬉しそうに、その上自慢げに言っているのが腹立たしく(主役ならばまだしも)さらに、さも当然のように女の膝を占領するのも気に食わない。
 父親の不機嫌の原因を子供が知る由もなく、セオは目を一度うろつかせてから、マンマと母に助けを求めた。それに東眞はやれやれと言った様子で眉尻を下げるとXANXUSの腕にぶら下げられているセオの両脇に手を差し込むと、体をひょいと持ち上げ、銃口を顎から外させて自分の腕の中に抱え直した。セオはマンマ!と一つ嬉しげな顔を浮かべてその胸に顔を埋める。
「マンマのむねきもちい!」
「…」
「ししっ、Jrのやつ、将来有望なんじゃねーの?」
 素直な感想として気持ちがいいと述べただけなのだろうが、ベルフェゴールはそんなセオをからからと笑いながら揶揄した。言うまでもなく、セオの頭にはXANXUSの拳が光の速さで落とされた。鈍い音が響いて、セオが痛みで声を詰まらせた。さしもの東眞もこればかりはフォロー不可能である。スクアーロも呆れ果てた表情を浮かべて、これは駄目だとばかりに首を横に振った。
 そこにルッスーリアがくすくすと笑いつつ小指を立ててベルフェゴールの言葉に返す。
「あらぁ、そんなことないわよ。意外とシャイな男の子に育つかもしれないわよ?」
「んなことマジで思ってるわけ?その年で胸が気持ちいいとか言わねーって。なー、東眞」
「…どうでしょうねぇ。ま、まぁ、気持ち良いって言われるのは…悪い気はしませんね」
 少し嬉しげに、東眞は口端を僅かに持ち上げた。豊満な体付きでもないので、そのように言われるのは、こう、女として何かしら嬉しいものがある。発言した相手は僅か四歳の自分の子供だが。スクアーロが少しばかり気の毒そうな目線を向けたような気がしたが、この際気にしない。
 嬉しそうな母の顔を見た子供は、ただ漠然とそれがよい言葉なのかと学習した。否、しかけた。
「おれ、マンマのむね大すぐっ!」
「…ぶちのめされてぇか…糞餓鬼が…っ!」
 既にぶちのめした後の発言ではなく、口よりも手が先に出るという体現をまさに東眞は目の前で目撃した。そして、XANXUSはセオにもう一度拳を落として、その銀朱に星を散らした後、ちらと東眞へと視線を落とす。頭一つ分は小さな背丈なので、必然的に普段から見下ろす形となっているのだが、無意識的に見下ろすのとはまた違うものである。
 東眞は殴られてぐずりだしたセオを一度抱え直してXANXUSの目を見るために、自身の視線も持ち上げる。XANXUSの唇が一度動き、何かを言いかけてまた閉じられる。しかし再度のチャレンジを試みて、XANXUSは口を開いて腹に力をかすかに込めた。肺に込めた息が外へと導かれる。
「――――…それで、満足だ」
「あ…え、ぇえと、どうも」
 何を子供と張り合っているのだとXANXUSは腹の奥で苛立ちを殴り倒しながら、そっぽを向いて、結局何を言いたいのか分からなくなると元に座っていたソファへと腰を乱暴に落とした。セオは父親がソファについて動く様子を見せないので、先程の言葉を頭の中で反芻し、そして普段から両親のやりとりを学んでいた子供は、あっさりと、見事に華麗に素敵に簡素に立派にこれ以上ない程単純に、父親の(色々と省略され過ぎた)言葉の意味をはじき出した。
 きらきらと目を輝かせて、そうなんだ!と声を弾かせる。
「バッビーノも、マンマのむね好きなんだ!おれ゛ぇ…!!」
「うるせぇ!」
 ソファの上に置かれていた小柄のぬいぐるみが見事にセオの顔面に直撃した。ぼとんとぬいぐるみが落ちて、セオは呆然とする。そして自分の答えが間違っていたのかどうかを問うために、側に立っていたスクアーロやルッスーリアへ不安そうな目を向けた。子供の純粋極まりない瞳にスクアーロとルッスーリア両名は言葉を詰まらせた。
 ここで正しい答えを述べた場合、自分たちの方向へ飛んで来るのはぬいぐるみなどという生易しいものではなく、ティーカップかマグカップ(内容物込)か殺傷能力の高い銃弾もしくは憤怒の炎である。命はまだまだ惜しい年頃であった。しかしながら、セオの言葉を否定するのも何故か可哀想に思えて仕方がなく、葛藤に苦しめられながら、先に口を開いたのはスクアーロであった。
「そ、そうだなぁ!東眞の胸は小せぇが、形は悪くねえと思うぜぇ!やわらがっぐあ!」
 最後まで言い終わることもなく、スクアーロの顔面にはペーパーウェイトがめり込んだ。初めからぎこちなかった笑みが、その重石によって完全に破壊される。立っていたスクアーロは投げられたその勢いによって当然のごとくのけぞった。屈強な顔面を形成する骨は何の偶然か奇跡か鼻の骨すら折れることがなかったようだが、鼻の血管は切れたようで、たらりとスクアーロは鼻血を流す。
 そしていつものようにXANXUSへと噛みついた。鼻血を押さえたせいで、声はくぐもっていたが。
「何しやがる!!」
 何も何もないのだが。ルッスーリアは東眞の肩をポンと軽く叩いて、首を軽く横に振った。
「気にしなくてもいいのよ、東眞。胸なんてボスが満足してればそれでいいんだから」
「当たり障りのないフォローを有難う御座います」
「気にしないで」
 そんな平穏な会話がなされているすぐ前では、折角起こした上半身、スクアーロの顔面にXANXUSの蹴りが華麗にめり込んだ。決まったでは生易しく、めり込んだとそう表現するのが最も適切である。顔面にブーツの底をめり込ませながら、スクアーロは今度こそ倒れる。しかし、大人しく倒れることはよしとされず、倒れかかっている胸倉をXANXUSの大きな手が掴むと、倒れている方向とは反対に引き寄せて、蹴り込んだ足を曲げてそのままそれを引き寄せた腹にぶち込んだ。げほ、とスクアーロは咳込む。
 凄まじい形相で自分を睨みつけてくる鬼のような上司に、スクアーロはそのあまりにも理不尽な暴力に抗議した。
 至極当然な行動だが、ルッスーリアをはじめとしたVARIA幹部からすれば、全く学習能力のないあまりにも馬鹿馬鹿しい、言葉にするのですら面倒臭い阿呆らしい行為である。
「お、俺が何したってんだぁ!事実を述べぶ!」
 そして案の定、抗議は暴力に消えた。
 ぎりぎりとスクアーロの首を締めあげながら、XANXUSは牙を見せつけるように犬歯をむき出しにして恐ろしい笑顔、まるでそれは脅すような面持ちでスクアーロへと声を発した。
「―――で?てめぇは、いつあいつの体を観察してやがったんだ?あぁ?」
「か、観察じゃねぇ!そんなもん服の上から見たって十分にわがっ!ぶ!」
「カスが!」
 止めなくていいの、とルッスーリアはXANXUSの拳がスクアーロの顔面に消えたのを眺めつつ、隣に座った東眞へとそう声をかけた。だが、東眞はセオをもう一度抱え直して、そうですねと遠い方向へとその目を向ける。
「別にコンプレックスでもなんでもないんですが…ああまではっきり小さいと言われると、こう、傷つくものもありまして。大丈夫ですよ、手加減はされているでしょうから」
「マンマ、小さいとだめなの?」
「そんなことないですよ、セオ。いいですか、小さくても全然問題ないんです。胸の大きさなんてもので人の価値は決まるものではないですからね」
「Ho capito!(分かった)」
 そんな母子の会話を聞きながら、ルッスーリアは僅かに頬を引き攣らせた。
「…東眞…」
「…間違ってないですよ」
 それはそうなんだけど、とルッスーリアは言いかけたが、それはスクアーロがとうとう意識を失って倒れたことで中断された。
 XANXUSはどすんと乱暴に椅子に腰かけ、大きく鼻を鳴らした。セオはそれを見て、東眞の膝から降りると、嬉しげにXANXUSの方へと駆け寄り、その投げ出されている足に両手をかけて、嬉しげな顔を父親へと向けた。
「バッビーノ!バッビーノって、マンマがすきだからけっこんしたんでしょ!むねがすきだからけっこんしたんじゃないよね?」
「…当たり前だ、糞餓鬼が」
 ぼそ、と返された言葉にセオは目をきらきらとさせて、今度は東眞の方へと顔を向けて、大きく手を振り、そして。
「マンマ!よかったね!」
 その答えに、東眞は何とも言えない顔をした。

 

 蛍光灯の下、赤い瞳を細くする。XANXUSは送られてきた報告書を眺めていた。流れるようなイタリア語は、それを書いた男の独特のイントネーションを表現することはない。
 その報告書を読みながらXANXUSは横に置かれている一枚の書類へと目を移した。そろそろか、と二枚の書類に書かれているファミリーの名前を一致させる。いつも通りの変わらぬ任務か、とXANXUSは書類の端を合わせるように叩きながらそんな風に思う。そのファミリーの下部組織としてあげられた名前の抹殺命令が下されたのも、そう可笑しな話ではない。だが、そのファミリー自体の殲滅が未だ命じられていないのはいささか疑問に思われる。数年前から、そのファミリーに関連することばかりを、まるで張り巡らされた蜘蛛の糸の上で踊らされているような感覚で、任務を行っている。ところどころに上げられるそのファミリー。
 深く考えかけてXANXUSは一度目を閉じた。
 どちらにしろボンゴレの敵になれば抹殺するだけの話である。恐らくそう遠くない未来、そのファミリーの名前は自分の前に、この死を告げるための白い紙の上に記されることになるだろうと思いつつ。
 そして、ぱつんとXANXUSは明かりを消した。真暗になった部屋を後にして、温かな部屋へと足を運ぶ。疲れた体を休める場所があるのはいいことなのだろうと思い、XANXUSは妻と子の部屋の扉をゆっくりと開けた。