34:Buoun Compleanno - 7/11

7

 大人たちの間に取り残された、まだ幼い少年は不安げにその場に立ち竦む。スクアーロたちも扱い方が今一つ分からずに、無言のまま、嫌な沈黙が流れた。
「ちゃの」
 ちゃの、と少年は自身を連れてきた大人の名前を不安を顕わにして呟く。そんな今にも泣きだしそうなラジュの対応に、東眞は慌てた様子で、子供を立ったまま囲む輪に割入った。
 その輪の中には、自分の息子も戸惑ったようにスクアーロの足にかじりついている。泣くかと思われた少年は、褐色の肌の笑顔の男をその視線で探す。深い青をした目は狼狽をはっきりとその色の中に映しこんだ。だが、その目に、同じくらいの視線まで落とされた女の顔が入る。そのことによって、ラジュは一度体を強く強張らせた。
 東眞はそんな怯えを明確に示した少年にゆっくりと穏やかに話しかける。
「名前は、何て言うんですか?」
 日本語で尋ねてみたが、返事はない。やはり日本語は分からないのだろうか、と東眞は苦笑してそれを誤魔化す。
 それに上からスクアーロが威圧的な大声で、Come ti chiami?(てめぇ、名前は)と問いただす。それに少年は目を大きく見開いて、もう一二歩下がった。ルッスーリアは怯えてるじゃないの、とスクアーロを肘で小突いて責める。声が大きいのは仕方ないと東眞はあきらめつつ、今度はたどたどしいイタリア語で少年に名前を問うた。東眞の問いかけに、ラジュは視線を泳がしてシャルカーンの姿を探しながら、小さく口を動かす。発された声はひどく小さい。
 ぼそりと言われた名前にスクアーロは苛立ちを押さえきれないまま、とっとと言ぇえ!と怒鳴ろうとしたが、それはルッスーリアによって止められた。幼い子供は今度は腹式呼吸によって少しばかり声量を上げて、皆に聞き取りやすいような声で質問に答えた。
「らじゅ」
「素敵な名前ですね、ラジュ」
 東眞の褒め言葉に、ラジュは初めて目から怯えを無くして、ぶんと首を縦に振った。小さめの両手はしっかりとそれでも服の端をつかんでいる。饒舌になることは決してなかったが、代わりに腹が空腹を告げて、ぐぅと音を立てた。それに周囲が空気を緩める。
 東眞は机の上の料理を適当に皿に取ると、フォークを添えてそっとラジュに差し出した。
 食べてもいいものかと思案している少年に、東眞はどうぞ、と言葉を付け加えた。棘のない声と言葉に少年の手がおずおずと伸びて、皿を受け取る。そして頭をぺこりと一度下げてから、フォークを手に取るとぱくんと口の中に料理を放り込んだ。ぱくぱくと無言で食べ続けているが、食べる辺り不味いことはないのだろうとほっとする。
 皿があっという間に空になって、ラジュは僅かにためらってから、物欲しそうな目線を机の上に向けた。美味しそうな料理が山ほど並んでいる。だが、それを勝手に取っていいものかどうか、ラジュには判断しかねた。数回迷った後、ラジュは皿をくれた女性、東眞に皿を頭を下げてから差し出した。ひどく困った様子の少年に東眞は苦笑しながら、もういいんですか、と少年が怯えないように心がけながら問う。その問いかけに、ラジュは差し出した皿を掴む手に力を込めて、顔を上げ、食卓へともう一度視線を向けた。だが、その視線はすぐに床に落ちる。
「構わないんですよ。こんなに沢山あるんですから。どれがいいですか?ラジュ」
 そっと小さな背中に手をまわして、東眞は料理へとラジュを対面させた。見やすいようにと東眞はセオよりも大きな息子の体を抱き上げる。
 優しい行動に青い瞳が東眞と料理を交互に見つめて、そして無言のまま、そっと指先で料理をさす。他にはありますか?と問うた言葉にラジュは、もう一つ二つと皿を指差して頷いた。喋れないことはないのだろうが、どうにも口数が少ない。
 だが、その時さらに幼い声がはじけ飛んだ。東眞の足に小さな体が衝突する。
「め―――――っ!!!めっ!」
「セオ?」
 ラジュを抱き上げたままの東眞の足をセオがばんばんと叩いて、泣き叫ぶ。一体どうしたことかと思いつつ、東眞は一度ラジュを床へと戻す。それにセオはラジュを両手で突き飛ばして、自分のものとばかりに母親の胸にしがみついた。きっと母親の胸の中からセオはラジュをしっかりとその銀朱の瞳で睨みつける。そんなあからさまな敵意にラジュは狼狽する。
 セオは東眞の服をはっしと掴んでちっとも離れようとしない。我が子の不可解な行動に東眞は首を傾げるしかない。腕の中でまるでコアラのように抱きついている子供は、ぐす、と鼻水を一度すすってから口をむぅと曲げる。
「セオの!セオの、マンマ!めっ!あっちいって!きらい!」
 はっきりと見せた母親を取られた嫉妬心。周囲はそんなセオの反応に失笑する。とりわけスクアーロはからからと上から笑いまでこぼした。
「そういうところまで、ボス似かぁ。全く食えねぇ餓鬼だぜぇ」
 笑う大人を他所に、ラジュは一人セオの対応に困り果てた。手に持った皿をどうするかで非常に悩んでいる様子である。ぎりぎりと敵愾心を強く見せつける瞳には涙まで浮かんでしまっていた。そんなラジュに追い打ちをかけるようにセオはさらに怒鳴る。そして、しまいにはとうとう床に置いていたプレゼントの箱をラジュに向かって投げつけた。それが、VARIAの誰かであれば素直に受けることもなかっただろうが、相手はまだ子供である。
 セオが投げつけたプレゼントの空箱はくかん、とラジュの顔に直撃して、床に落ちた。さしもの東眞もそれにはセオを怒る。セオ!と怒鳴られて、セオは何が悪いのか分からない様子でひくっと体を震わせる。母親に言葉を強くして叱られたことがない故に、今回の叱責はセオにとって初めての経験であった。
 それによって離れたセオから、東眞はラジュへと歩み寄り、空箱が当たった部位へと指先をやった。空箱とはいえ、角が当たったらしく当たったところは少し赤くなっていた。目にあたっていれば失明の可能性もあった。だって、と後ろでしゃくりあげている子供の声と、何も言わずに立っているラジュに東眞は一度目をつむった。
 大丈夫ですかとラジュに尋ねたが、ラジュはその問いかけの意味が分からず、困ったように首を傾げた。日本語が通じなかったことを思い出して、東眞はTi ta male?(痛い?)と問いかける。その問いかけにラジュは大きく、本当に大きく目を見開いた。心配されると言うことがなかったのかどうなのか、その対応は少し異常でもあった。ラジュは驚きの後、思い出したように赤くなった部位を指先で触り、首をゆっくりと横に振った。
 そんな東眞の背中に小さな手がかかる。服の端を躊躇うかのようにして指先が摘まんでいた。
「だってぇ、セオ、っの、マン、まぁ…っ、だ、もん…っ」
 マンマ、とセオは母親の背中に抱きつく。スクアーロも流石にそんな必死の様子には心絆されたのか、いいじゃねぇかぁ、と東眞に許しを求める。しかしながら、東眞はまだセオに言葉をかけない。子供のやることだからと言って何でもかんでも許されるものではない。腹を立てたからと人に物を投げつけるような(その最たるお手本が側にいるとは言え)人間に育つべきではない。
 許しを請うたにも関わらず、そして普段であれば、すぐに許して優しい顔を見せてくれる母親が振り返ってもくれない事実にセオはぼろぼろと大粒の涙をこぼした。可愛い可愛い孫が泣く姿にティモッテオは東眞さん、とスクアーロ同様に許してやってはどうだいと、おずおずと声をかける。だが、東眞の眉間に寄った皺は取れない。セオをほとんど知らないラジュでさえも、東眞と後ろのセオを眺めて、明らかにうろたえていた。
 情けない泣き顔を母親の背中にくっつけて、セオはわんわんと泣く。だがその言葉に謝罪は一切含まれない。セオのマンマ、と繰り返すばかりでラジュに対しての申し訳ない気持ちが一切くみ取れない言葉に東眞はじっとしていた。
 頑なな母の態度に息子は泣き声を大きくするばかりで、どうしたらいいのかさっぱり分かっていない(分からないのも当然かもしれない)
 泣くだけ泣いて、もう泣く力も残っていないのかぐずぐずと鼻をすすり始めて、東眞はようやくセオに語りかけた。母親が自分の方を振り向いてくれた、ということにセオはぐちゃぐちゃの顔に期待を混ぜて東眞を見上げた。
「セオ」
 だが、その声の少し失望すら感じられる調子にセオは顔を真っ青にさせる。東眞はセオの顔に嘆きが走ったのを見たが、気にすることなく話を続ける。
「どうして、投げたりしたのですか」
「…だって、セオの…っマンマ、だもん!セオだけの、マンマだもん!」
 ここぞとばかりに自分は悪くないと主張する子供に、東眞は厳しい表情をさらに強めた。だからと言って、と話が続けられる。
「人に物を投げてはいけません」
「でもっでもっ」
「セオは、誰かに優しくしてもらった時に、誰かに物を投げられたいですか」
「…No」
「痛いでしょう?それに、とても危ないです。XANXUSさんは―――――…、」
 と言いかけて東眞は一度口を噤む。恐らく父親を見て、ああいう行動をとってもいいと勘違いしたに違いないのである。だが、彼の場合は本当にぎりぎりの力加減をわきまえており、なおかつ対象者がその暴行を加えられてもある程度は大丈夫なことを理解している(無論理解しているからと言ってもあまり好ましい行為ではない)
 しかし、セオの場合は全く異なっている。先程であっても、ひょっとすると運悪くラジュが失明する可能性もあったのであるし、その点の機微が理解できていない。スクアーロたちであれば、簡単によけたり、または掴んだりして攻撃を回避するであろうから、今まで誰も咎めなかったし、咎める必要もなかった。そして、セオの周囲にいた人間がほぼ全て殆どがそれらの能力を有した人間であることが不幸している。
「バッビーノ、っ、は?」
「…セオは痛くても、怪我はしたことがないでしょう?」
「…Si」
 辛い言い訳に東眞は溜息を内心でつきつつ、ならとぼろぼろのセオの顔をハンカチで拭きとって、ラジュと向き合わせる。セオは額がほんの少し赤くなっているラジュへと視線を向けて、口をへの字に曲げた。指先は母親の服をしっかりと掴み、なおも自分のだと主張をしていた。
 今一納得性のある説教ではなかったが、それでもセオはどことなく自分が悪かったと言うのは認めたのはその背中から見て取れた。誕生日にまで叱られなければならないセオの心中を慮ってか、ティモッテオはひどくそわそわとしてたのだが。
 ぎゅぅとセオは東眞の胸に抱きついてから、首だけを小さく動かしてラジュの方を見やる。そしてゆっくりと口を動かした。
「Scusami」
 きちんと謝った我が子の頭を東眞は優しくなでる。セオはそれだけ言って、ぎゅぅと母親の胸に顔を押し付けた。本当に分かっている、分かっていないは問題にせよ、一番重要なのは、セオが自分から謝罪したということなのでよしとする。マンマぁ、と抱きついて離れないセオを抱き上げて、優しくゆする。
 一連の母が子を叱る場面を目撃したその場の人間はおお、と納得した声を上げた。とりわけスクアーロは何故か(理由は言うまでもないが)大層幸せそうな顔をしている。
「その調子でボスにも説教してやってくれぇ…」
「無理な相談持ちかけないのよ」
 馬鹿ねぇ、とルッスーリアがすぐさまスクアーロのぼやきに突っ込みを入れる。
 東眞は一度セオを片手に持ち替えると、ラジュから皿を預かって、その上に指差された料理を適度な量だけ持って、ラジュに返した。ラジュはもう一度深く深く頭を下げてから、その皿を受け取る。そして、東眞の腕の中、首にしっかり巻きついて離れないセオを不安げに見つけた。それに東眞は大丈夫ですよと一つ断ってから、ラジュの頭をなでる。今度はセオも何も言わない。
 頭を撫でてもらったラジュは自分の皿を一度眺めて、それをもう一度東眞へと返した。箸一つつけていないさらに東眞は首をかしげる。ラジュは何かを言おうとした様子だったが、口を開きかけて、そして閉じる。その代わりに、セオをその指でさしてから、ぐいと皿もう一度差し出した。その態度にセオは涙を引っ込めて、一度ラジュを見下ろす。東眞は小さく笑って、セオを床に下ろした。
「セオ、に?」
 ひっくとまだどこか涙声の言葉に、ラジュはこくんと頷いた。セオは差し出された皿と母親の顔を交互に眺める。それに東眞はセオの背中をそっと押す。
「…Grazie」
 ふにゃ、とセオは笑みを浮かべてラジュの手からその皿を受け取った。そのセオの頬笑み、ラジュの固かった表情がゆるりと動き、小さな笑みになる。
 貰った皿からセオは林檎のパウンドケーキを手にして、それを二つに割ると片方をラジュへと差し出した。可愛らしい行動に大人たちはその光景を微笑ましく見守る。ラジュは頭を下げてからそれを受け取って、ぱくんと口にした。そしてセオもパウンドケーキをはくと口に放り込んで、Buono!と笑う。泣いた烏がすぐ笑うとはまさにこのことである。
 そんな二人を眺めつつ、スクアーロはそういや、と話を切り替えようとした。だが、それは扉が開く音によって遮断される。その先にいたのは、先程の東洋の服の人間ではなく、オレンジの髪が特徴的な、片手にノートパソコンのイザベラを抱えた人間だった。
 ラジュは現れた人間が、シャルカーンでなかったことに酷く残念そうな顔をする。
「ちゃの…」
「あれ?その子誰?シャルカーンの隠し子?」
 片腕のパソコンを後生大事に抱えながら、久々に地下室から出てきたパソコンジャンキーは眼鏡の位置を直す。マーモンがそれに珍しいね、と一言をかけ、それにジャンはああ、と椅子に腰かけて、パソコンを愛おしげに撫でる。
「ボスに呼ばれてね」
 その、とジャンの瞳が、パウンドケーキをもすもすと口にしているセオへと向けられた。何かしら意味ありげな行動にスクアーロが続きを求めようとした時、再度扉が開いて会話が遮断された。
 そして今度はラジュの瞳がぱっと明るくなる。ちゃの、と頬笑みが広がって、そちらへと駆けていく。シャルカーンはラジュを両手で受け止め、イイ子にしてまシタカ?とその小さな体を持ち上げる。その質問にラジュはこくんと頷いて、それにシャルカーンはイイ子デスと口元の笑みをそのままに、袖で頭を撫でた。
 ごつんと深いブーツの音が鳴り、先に扉をくぐっていたXANXUSは初めから座っていた自分の椅子に腰を落ち着け、ジャンを呼ぶ。それにジャンはSi、ボスと二つ返事をした。セオは帰ってきた父親にきらきらと目を輝かせて、バッビーノとそのそばに寄って行く。何だかんだで父親は好きな息子ではある。近づいたセオの頭の上に、珍しく拳ではなく、その大きな掌がぽすんと乗せられ、セオはふふとはにかんだ。
 そんな親子の隣に、ジャンがすんと膝を折って、セオの前にマイクを差し出した。差し出したその脇では、愛用のパソコンを片手でカタカタと打っている。
「何か言え」
「バッビーノ?」
 セオが言葉を発して数十秒も立たないうちに、ジャンはかちんとEnterキーをかちんと押し、OKボスと完了の意思を伝える東眞をはじめとしたスクアーロたちもその行動の意図が分からず、不思議そうな眼を彼らに向けた。
 おいてけぼりを喰らっている連中をよそに、XANXUSは赤い瞳をまだ幼い銀朱の瞳へと移す。喉がゆるりと動いて、言葉を形成しだす。誕生日にしては随分と重たい声がその場を支配した。
「これでテメェは、この本部のどの部屋でも入ることができる。行きたいところに行け」
「…?Si, Babbino…?」
 どの部屋でも、と言う単語にいち早く反応したのはスクアーロだった。う゛おぉ゛いと非難めいた大声がそこに上げられる。
「ボス!そいつは、ちっと早すぎるんじゃねぇかぁ?」
 スクアーロの抗議をXANXUSは睨むことで黙らせる。しかし、母親が居る手前か、その言葉の真意を言葉の上にそっと乗せる。餓鬼は、と続けられた。
「見て、触れて、感じて学ぶ生物だ。『ここ』がどういう場所なのか、こいつは誰よりも知っておく必要がある。知りませんでした、で済まされるような場所じゃねぇ。だからこその措置だ」
「…だが、ボスさんよぉ。ジェロニモに任務まわしたんだろぉ?いくらなんでも餓鬼にゃ刺激が強すぎねぇかぁ?それに餓鬼がいくら見て学ぶっつっても、そいつはまだ二歳になったばかりだぜぇ?物も知らねぇ餓鬼にゃ、」
「知らねぇからこそ、見たままの情報が蓄積されんだろうが。カスが」
 それから、とXANXUSは机の端に置いてあった、小さめの箱をセオに放り投げた。頭に当たりそうになったので、東眞が慌ててそれを手にした。だがその箱は、プレゼントと称するにはやけに重たく感じられた。そして東眞は、その重みを、以前から自身が知っている物だと思った。ふいと自然に視線はXANXUSへと向かい、それを受けた男は一度目を閉じた。
 マンマ!と父親からのプレゼントをねだる子供に東眞は一瞬それを渡すのをためらった。スクアーロ同様、これはまだ早いと東眞自身も思った。それに気付いたのか、XANXUSは餓鬼の玩具だ、と口を開く。重たくすら感じられるその箱を、東眞は求めるセオへと差し出した。セオはきらきらと目を輝かせながら、その箱を開く。
 そこに収められていたのは、人の命を奪う武器であった。尤もそれは、普通の物とは異なり、随分と小さいものではあったが。見た目はそれそのものである。
 セオはその小さな、手には少しあまりある銃を手にとって、にぱっと笑った。嬉しげに笑った幼い子供の手に握られている、拳銃は黒く鈍い光を放っている。笑顔とは対照的な武器はいっそ重苦しい。不釣り合いな光景ではあったが、椅子に座る赤い目の男が、それを不自然とは思わせなくしていた。
 Grazie!とセオが歓喜の声を上げたのに対して、引く声で、使い方を教えてやると返した。
「XANXUSさん」
「自分の身の一部くらいに思えねぇと意味がねぇ。実弾は入れてねぇし、単純操作だけを覚えさせる」
 それこそ脊髄反射で銃弾が撃てるようになるまで、というのを暗に言っていた。
 XANXUSの言葉に東眞は一度セオを見下ろして、そして、静かに頷いた。どちらにせよ、この世界にいるのであれば、自分の身を自分で守れるようになっておかねばならない。早かれ遅かれ、自分の子供はそうしなければならなかったであろうことは、東眞にもよくよく分かっていた。
 セオにとっては未だ玩具の域を出ていない手の中の拳銃も、いずれは、身を守るための武器となる。父親からのプレゼントに素直に喜ぶ子供の姿をもろ手を挙げて喜べない。だが、通る道ではあった。
 東眞が黙り込んだのに、XANXUSは初めて目を細めた。何かを言おうとその口を開いたが、開いた口はすぅと閉じられて、言葉を無くす。何を言っても、この場においては全てに関して言い訳にしかならないことは、それはXANXUS自身がよくよく理解していた。
 男の視線に気づいたのか、東眞は視線を上げて、そしてセオの隣にかがむと、その頭をそっと撫で、よかったですねと話しかける。母親の言葉にセオは満開の笑顔で、Si!と元気よく返事をした。
 それで、とそこにジャンが笑顔で二人はなしの間に割り入った。真剣な雰囲気の間に何とも言えないぼのんとした空気が割り込む。パソコンを愛おしげに抱えた男は、にこにこと笑顔で話を続けた。
「僕は愛しのニコラに会いに行っても構わないかな、ボス?ニコラのことだ…きっと寂しがってるに違いない。ボス!考えてみてよ!愛しき人が側にいないと言うこの寂しさ…身をも切裂く辛さだと思わないかい?」
 そもそもパソコンは人ではない、と言う突っ込みはもうすでに誰もしようとはしない。仕事も終わったしさ、と笑ったパソコン男をXANXUSはぎろりと一瞥すると、勝手にしろと鼻を鳴らした。