34:Buoun Compleanno - 6/11

6

 Buon Compleannno!と重なった響きと共に、クラッカーが部屋になり響く。ぱぁんと音が部屋で弾けた。そして色とりどりの紙吹雪が糸を引っ張られたクラッカーの中から音と一緒くたになって溢れてかえる。ひらりひらりと視界が様々な色で埋め尽くされた。
 部屋の中央の椅子に可愛らしくちょこんと腰を落ち着けている小さな子供の前には、流石に蝋燭が突き立ったアップルパイワンホールが置かれている。蝋燭は、二本。小さく幼い体の前に伸びた机の上には様々な料理が豪奢な皿の上にどんどんと乗せられていた。小さな籠には林檎と、それから透明のグラスには林檎ジュースも入っていた。
 セオはきらきらと目を輝かせながら、母親を見上げて、セオの?と尋ねる。それに東眞はそうですよと言って蝋燭に火を灯す。そうするとルッスーリアが部屋の電気を一度消して、暗くする。二本の小さな炎のきらめきに、セオはぱちと一度またたきをして、大きく息を吸い込むと、ふーっと吐き出して消した。わっと拍手が湧いてぱちんと電気がまたつけられる。東眞はセオの前のホールアップルパイを切り分けるために、その皿に手をかけたが、小さな手が慌ててかかる。
「マンマ!めっ!ぜーんぶ、セオの!」
 全て食べきるつもりでいる辺りが恐ろしい。流石にワンホールのアップルパイが子供の胃袋に収まるとは到底思えず、東眞は苦笑を浮かべた。だが、セオはアップルパイの皿を片手でしっかりと握りしめてどうにも放そうとしない。誕生日だからということで甘やかしてしまおうかと東眞はそうですね、とセオにフォークを渡した。セオはそれに満面の笑みを浮かべて、フォークを受け取ると躊躇なく、そのホールアップルパイに突き刺した。
 それを眺めていたスクアーロがまさか全部食べる気じゃねぇだろぉなぁと頬を引き攣らせたが、本人はその気満々のようである。汚くフォークで切ったアップルパイをはんむと口の中に頬張ったその瞬間に、幸せ一杯夢一杯とばかりの笑顔を浮かべる。そしてその笑顔を浮かべた直後に喧しいシャッター音がパシャパシャと響く。これが誰の手によるものなのかは、想像に難くない。
「セオ!こっちを向いておくれ!そうだよ、こっちだよ!ノンノの方を向いておくれ!」
「ノーンノ!Buono!」
「ああ、そうだねぇ…そうだね」
 孫以上に恍惚とした表情でシャッターを切る老人は今ここで警察に連絡を入れられれば、即刻逮捕されるような勢いである。そんな老人の背後に山のように積まれたプレゼントの数を数えるのはもうよそうと東眞はさっと視線をずらした。色々と見てはいけない者を見てしまった気分である。
 母親の内情を知ってか知らずか、レヴィがすすっとセオの隣に立った。
 セオは一旦食べるのを止めて、レヴィ!と嬉しそうな顔をレヴィへと向けた。それにレヴィはセオ様…!と歓喜回った様子でよろめいた。無論その反応にはスクアーロはきめぇと一つ叫んで背中を蹴りつけ、レヴィはすぐにはっと表情を引き締める。差し出された小さな箱をセオは不思議そうな顔をして眺めたが、それが自分へのプレゼントだと気付くと、アップルパイの時同様の笑顔を浮かべた。
「Grazie mille!(どうもありがとう)」
「セオ様ぁ…っ!!」
「う゛ぉ゛おお゛お゛おおい゛!そんなところで泣いてんじゃねぇ!おらよぉ!」
 泣きだしてしまったレヴィを押しのけると、スクアーロは押し付けるようにしてセオの腕に小さな箱をプレゼントする。セオの口からはまたGrazie、とお礼の言葉が出た。素直な、まっとうな、あまりにも裏表のないお礼の言葉にスクアーロも僅かながらに照れを覚えて、気にすんなぁとはにかんだ。
 子供の笑顔の破壊力というものは凄まじいものがある。
 セオはルッスーリアたちからも次々とプレゼントを渡されて、ふと母親を見上げた。向けられた視線に東眞は、どうしましたかと笑顔で返す。セオは沢山のプレゼンを手に、至福この上ない表情をしていた。
 マンマ、とセオは目の前の沢山の箱を抱えて、くるりと可愛い目で見上げる。親のひいき目で見ても十分に可愛いと東眞は親馬鹿なことを自覚しながらも、そんなことを思った。この年頃の子供は全く可愛くて仕方ない(別に大きくなったから可愛くなくなる、ということでもないのだが)
「あけて、いーい?ねっ?」
「いいですよ。でも散らかしてはだめですからね」
「Si!」
 セオは期待で胸を膨らませながら、やはりそこは子供らしくびりびりと包装を破いていく。散らかしてはいけないと言った側から椅子の周りに包装紙が散らばるのは、まぁ仕方ないとしておこう。
 一番初めの、レヴィの箱をかパンと開ければ、そこには林檎の形をした目覚まし時計が入っていた。セオはそれを手に取ると、きゃーっと騒いでレヴィの足に飛び込む(無論レヴィが立っているための身長差のためではあるが)そして赤い林檎の目覚まし時計を両手で持ち上げながら、レヴィレヴィと騒ぐ。
「レヴィ!だーいすきっ!セオ、レヴィ、だいすき!」
「みみみ、身に余るお、お言葉で御座います…っセオ様!!!」
「セオね、だいじにする、ねっ」
「光栄の極みいいぃいぃいいいい!!」
 おおお!と叫んだレヴィの頭に後ろからスクアーロのチョップがごすんと決まる。
 セオは東眞に林檎の目覚まし時計を持って行き、セオ、まいにちこれでおきるの!と明言する。全く可愛いものである。そんな我が子に東眞はそうですね、と言ってセオの頭を優しくなでた。セオは満足げに微笑んでから、一度林檎の時計を置くと、今度はスクアーロの箱に手をつける。わくわくしながらセオはスクアーロの箱を開けて、出てきたものをすいと持ち上げた。
「…これ、なーに?」
「おお、ピアスだぁ。カッコいいだろぉ」
 てめぇの目の色に合わせたんだぜぇ、とスクアーロは選んだピアスに関して非常に誇らしげに胸を張った。が、しかし子供のセオからしてみれば、よくわからなかったらしく、ん、と首を小さく傾けて、しかし贈ってくれたということは理解しているのか、へらっと笑った。
 子供にまで気遣われてやんの、とベルフェゴールはスクアーロを野次り、スクアーロは少しばかりショックを受けて落ち込んだ。
「絶対ぇ、いいと思ったんだがなぁ…」
「セオには少し早かっただけですよ。有難う御座います」
 辛うじてのフォローにスクアーロは曖昧に返事をしつつ、やはりしょげた様子で、手近なグラスにワインを注ぐとくいと煽った。東眞はそんなスクアーロに大変申し訳なさを感じつつも、子供の正直さは時に毒だということをひしひしとよくよく実感した。多少スクアーロを気の毒にも思ったが、こればかりはどうしようもないので、すみませんとひっそりと謝っておく。
 そんなスクアーロをもはや気にしてはおらず、セオは今度はベルのくれたものをびりりと破ると中身を取り出して、きらきらっと目を輝かせた。ベルフェゴールはそんなセオの表情の変化に満足げに笑うと、いーだろ、と笑った。マーモンはすとんとセオの前に降りると、気にってくれたかいと呟いた。
「マーモンと二人で買ったんだぜ。Jr林檎好きだろ?王子ナーイスチョイスだと思わね?」
「マンマ!マンマ!」
「ああ、はい。何ですか、セオ」
「ベルとねっ、マーモンがね!セオにおふとんくれた!」
 先程とは打って変わった喜びようはさらにスクアーロに追い打ちをかけていることを東眞は背中で理解しつつも、苦笑でとどめる。そしてセオが手にしている、林檎の模様で一杯の毛布を見て、ベルフェゴールを見上げると、有難う御座いますと返した。
「いーって。どこぞのだーれかさんとはセンスの違いってやつだし」
「なんだとぉ!!」
 べぇと舌を出したベルフェゴールにスクアーロがいつものように突っかかるが、セオももう気にすることはせず、というよりもルッスーリアからのプレゼントが気になるようでそちらに先に手をつけた。がさがさと袋を開けていくセオをルッスーリアは腕を組んで眺めながら、気に入ると思うわよぉ、とふふんと口元に嬉しげな笑みを浮かべる。
 余程自信があるのか、その様子はいっそ立派である。美しい筋肉が腕を組むことによってなお強調されている。
 セオはがさがさと袋を開けて、わぁ!とはっきりとした歓喜の声を上げた。あまりの喜びように殴り合い一歩手前だったベルフェゴールとスクアーロもその手を止めてそちらに注目する。見れば、セオの手には可愛い林檎がポイントのパジャマが取り出されていた。満面、どころではない喜びの笑顔でセオはルッスーリアへと視線を向ける。
 んふふ、とルッスーリアはほくそ笑んでからひょいとしゃがむと、セオに気に入ったかしら?と尋ねる。それにセオは感極まりすぎて言葉も出せないのか、首だけを上下させて、そのルッスーリアからのプレゼントをきゅうと胸に抱えた。
「林檎のパジャマに林檎の毛布、それに林檎の目覚まし時計とくると…セオの部屋はもう林檎一色ですね」
「私の愛情たっぷりの手作りパジャマなんだから、絶対気にいると思ってたのよー。あの柄の布見つけるのも苦労したわぁ。でも気にってくれて何よりね。Jrは笑顔が可愛いから、ついつい笑ってほしくなっちゃうのよねぇ…この間の東眞の気持ちが分からなくもないわ…」
「…ああ、甘やかすかどうかの話題ですか…」
 目を眇めて東眞はその時の会話を思い出しながら、苦笑をこぼす。そこにスクアーロが呆れたような声で会話に入ってきた。
「甘やかすも何も…父親があれじゃぁ、他が甘やかしても丁度釣り合い取れるんじゃねぇのかぁ?」
 そう言ったスクアーロの視線の先には、息子の誕生日であるにもかかわらず、椅子に鷹揚に座ってワイングラスを傾けるXANXUSの姿があった。それに東眞やルッスーリアはまぁそうなんですけどねといったような台詞を返す。だからと言って、甘やかしすぎるのも大いに問題なのではあるのだが。溜息をこぼした東眞のズボンがくいくいと小さな手にひかれる。
 セオは母親へと、今度は期待の目を向けた。マンマは?と言わんばかりの笑顔に、やれやれと東眞は肩をすくめてしゃがむ。そして、すいと机の上に置いていた一つの小さな紙袋をセオへと差し出す。
「どうぞ。誕生日おめでとうございます、セオ」
「…Grazie, mammma!」
 セオはにこぉと笑って、その紙袋を手につけた。取り出した先にあった、二本指の可愛らしい林檎がつけられた手袋にほっぺたを真っ赤にする。そしてマンマ!とひとつ叫んでから、東眞の首に抱きついた。柔らかくて小さな子供の体を母親はそっと抱き締める。
「セオね、だいじにする!」
「はい、そうしてください」
「Si, si!」
 きゃぁと一番の喜びように、ルッスーリアをはじめとした幹部は、やはり母親には敵わないと微笑ましい光景を眺めた。
 丁度そこに、失礼しマスヨと特徴的な声がかかって扉が開く。その声に一番早く反応したのは、セオではなくXANXUSであった。ぎぃと扉が重々しく内側に開き、その下に立っていたのは、一人の東洋の服が特徴的な人間と、それから小さな少年だった。それはシャルカーンと同じく、肌の色は東洋の人間のものをしており、イタリア人でないことはすぐにわかる。
「何だぁ?隠し子かぁ…?」
「一緒にしないでクダサイヨ。ボス、任務終了しまシタヨ。報告はドチラデ?」
 スクアーロの疑問を一蹴すると、シャルカーンはそのままXANXUSに問うた。目の前の光景が分からないではないらしいが、優先順位は彼の中で既に決定しているらしい。
 求められたXANXUSはぎっと重たい動作で立ち上がると、ごつんと重たいブーツの音を奏で、そして東眞とセオの隣を通り過ぎる。
 バッビーノ?とセオは一瞬顔を上げたが、赤い瞳がちらりとも見ないのを確認して、すいと視線をすぐに落とした。シャルカーンの手前で、一歩立ち止まると、XANXUSは珍しく口を開いて、普段ならば絶対に掛けないような言葉を落とした。
「すぐ戻る。それまで老いぼれと遊んでいろ、セオ」
「――――――――Si!バッビーノ!」
 父親に声をかけられたのが余程嬉しかったのか、セオはきゃらりと表情を満開の笑顔にして頷いた。そんなセオを可愛いとティモッテオは抱きしめて、ゆっくりしておいで、とXANXUSの背中に声をかける。
 父親の言葉にXANXUSは眉間に皺を寄せて、一つ鼻を鳴らすとくるりと踵を返し、その部屋を後にした。シャルカーンもその後を追ったが、その後ろに小さな少年がとこりと付いていこうとした。が、シャルカーンは振り返り、そしてしゃがむと少年と視線を合わせる。
 ちいさな少年はひどく不安そうな顔をして、シャルカーンの袖をしっかりとつかんだまま放そうとはしない。
「ちゃの」
「ラジュ、ここでスコシ待っていてクダサイネ。ミナサン、顔は怖い人ですケド、悪い人ジャナイデスカラネ」
「そりゃどういう意味だぁ!!」
「ジャ、ヨロシクお願いシマス」
 怒鳴ったスクアーロにラジュの背中をそっと押して、シャルカーンは一度頭をなでるとそのまま扉の向こうへとXANXUSを追って消えた。
 スクアーロに向かって押されたラジュは一二歩進んで、そして一二歩下がってまたスクアーロと距離を取った。怯えられてるじゃないの、とルッスーリアの笑いがかかって、スクアーロはむっすと顔を顰めた。
 そんな光景を眺めながら、東眞はセオの背中をそっと押してやる。同じ子供同士、何かしら通じ合うものがあるかもしれない。セオは一度母親を不安げに見上げた後、すとんすとんとプレゼントを置いて自分よりも大きな少年へと歩いて行った。
 その背中に老人の声がそっとかかり、東眞はふいとそちらに振り返る。
「すまないね」
「いいえ」
 閉ざされた扉の向こうに向いた視線にティモッテオは少しばかり申し訳なさそうに視線を落とした。その視線の意味するところを知っているので、東眞はいいえともう一度答えた。
「あの人が忙しいのは、今に始まったことではないですし。それに、そんなXANXUSさんも、好きです」
 さらりとこぼれた惚気と呼べるそれにティモッテオは一度目を丸くし、そしてくすくすと笑いを洩らす。そんなティモッテオの対応に東眞は今度はセオの方へと視線を返して、柔らかく微笑んだ。
「いえ、そういうあの人だから、好きになったんでしょうね」
 ところで、と東眞はティモッテオが持ってきた山のようなプレゼントを眺めて、小さく口元を緩めた。そして、これを開けるのは苦労するでしょうねと口に乗せた。それにティモッテオは自分からのプレゼントを一つも開けなかったセオに少し溜息をついた。

 

 がたんと扉を開いて、XANXUSはどっかりと机向こうの椅子に腰を下ろす。扉の向こうにはもう一人、傷の深い男が立っていた。その男は、よう、とひらりと手を振った。
「遅かったなぁ、シャルカーン」
「マッタク、誰のお使いだと思ってるんデスカ。アナタデスヨ、ジェロニモ」
「悪ぃ悪ぃ。ちーぃと見てぇもんがあったんでい」
「オカゲデ、ワタシは迷惑千万デシタケドネ」
 そう腹立てんない、とジェロニモは壁にもてれかかって肩をすくめた。そんな二人の会話を机に足が乗る音が中断する。深いルビーの赤にジェロニモとシャルカーンは双方口を閉じる。
「守備はどうだ」
 上司の声は深く、低く、部屋によく響く。XANXUSの言葉にシャルカーンは自身の匣兵器から一つのトランクを吐き出させる。影からずっそりとあふれ出たトランクに、シャルカーンをのぞいた二人の視線が移る。
 袖の中の手がその横に倒れたトランクの蓋をゆっくりとした様子で起こした。中には、一人の男が気絶したまま屈葬のような姿勢で横たわっていた。
 ジェロニモはそれを見下ろして、一言、よぉく寝てんないと口元を大きく歪めた。無論それは、やがてそれは良き夢が悪夢にはっきりと変わることを意味していたのだが。
「で、こいつぁどうやったら起きんでい」
 そう問うたジェロニモにシャルカーンは一つの細い笛を投げ渡す。それはジェロニモの手にすっぽりと収まった。こいつぁ?と尋ねられ、それを吹ケバ、とシャルカーンはいつものような笑顔で続ける。
「三度吹けば目を覚ますようにしてアリマス。後はオスキにドウゾ」
「りょーうかい。そいで、ボス。俺ぁ何を聞けばいいんですかいね」
「何を見た」
 上司の命令にシャルカーンは一言、実験場デシタと答えた。もう、それだけで十分に通じる内容である。詳細は報告書ニテドウゾ、とシャルカーンはXANXUSの机の上に数枚の文字が連なった文書を提出した。それを指輪のはまった指がそれを手に取り、ぱらぱらとめくり赤い目が文字を斜め読みした後、机の上に放り投げだされる。
 文字の奥の単語にXANXUSは一度深く黙りこみ、そしてゆるりとその目で目のないガラス玉の男を下から睨みつけるようにして見た。命令は?とジェロニモの口は緩やかに歪み、トランクの端をブーツのそこで踏みつけた。トランクの中の男が、僅かに揺れる。
「誰が首謀者か、誰がボンゴレを裏切らせたか、何が目的か、全て聞き出せ。殺せ」
「Si、ボス」
 じゃあ、こいつを借りてきますぜ、とジェロニモはトランクの蓋を一度閉め、そしてタイヤをごろりとさせる。言うまでもなく、借りたものを返すつもりはジェロニモには一切なく、そしてXANXUSにも返してもらうつもりはなかった。ただ男が行く先は、誰も知らない暗闇の淵であることは、その場にいた三名、誰も口にせずとも知れていた。
 部屋から自身の拷問室へと足を向けていたジェロニモの背中にXANXUSは思い出したように言葉をかける。
「パソコンジャンキーを呼べ」
 続けられた追加の命令にジェロニモはSiと口元を歪め、扉を閉めた。
 シャルカーンと二人になり、XANXUSは静かに口を開いた。命令でもなんでもない、それはただの質問であり、詰問であった。
「あの餓鬼は何だ」
 予測していた質問にシャルカーンは子供デスヨと笑って、その長く大きな袖で口元を覆い隠す。無論そんなことを上司が聞いているわけでもないことは、シャルカーン分かっていたので、そのまま言葉を続けた。
「ワタシにも、後継者が必要カト思いまシテネ」
「『ここ』は保育所じゃねぇ」
 スコシ、とシャルカーンは微笑んで頭を一度下げる。
「時間を下サイ。アノコは必ズ、役に立ちマスヨ。ソレニ、ボスもワタシで終わりというのは困るデショ?」
 デショ?ともう一度首を傾げたシャルカーンにXANXUSは深く息を吐いて、椅子から一度立ち上がる。そしてその隣を通り過ぎ、扉に手をかけた。すぐ戻る、と告げた手前、早々に戻りたいのであろう。なかなかに子供思いなところもある、とシャルカーンは少し口の中で笑った。
 取っ手に手をかけて、赤い目の男は動きを止め、そのルビーで細い目を見やる。厚手の唇がゆるりと動いて言葉を紡ぎ出した。
「三年。それで使い物にならなけりゃ―――――――殺せ」
「五年、欲しいデス。ワタシのスベテは、三年では短イ」
 口元をいつもの笑顔の形に歪めた男の顔を背中越しに眺めながら、XANXUSはふいと前方へと顔を向けた。そしていいだろう、と喉を震わせた。
「それ以上は、認めねぇ」
「Grazie、ボス」
 閉ざされた扉、消えた上司の背中にシャルカーンは深く頭を下げた。