34:Buoun Compleanno - 5/11

5

 それで、とルッスーリアは暖炉にくべながらくしゃみをした東眞に呆れたような笑い声をこぼす。東眞の腕の中にはぐったりと疲れ切って寝てしまった幼子がすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
「三人と…それから、そこの一人と一匹でこんな時間まで雪合戦?」
「いや、でも楽しかったですよ。久々に思いっきり、ひぇ、くしゅ!」
 大きくくしゃみをして鼻をすすったその肩にルッスーリアはもう一枚暖かい毛布をかけてやる。そして片手に人肌にまで温められてまぁるい匂いをさせているホットミルクを東眞に差し出した。東眞は礼を一つ述べてそれを受け取る。
 触れたカップは初めは冷たすぎた指先のせいで熱くすら感じたが、それはすぐに暖かく指先から腕へと体を温め始める。
 ルッスーリア自身も東眞の隣に腰を下ろすと、暖炉の具合を確かめつつ、くすくすと鼻をすすりながら寝がえりをうったセオの頬をつつく。くすぐったいのか、それとも痛いのかいやいやとするように手を軽く振るってルッスーリアの手を払うと東眞の腹部に顔をうずめる。そんなセオの行動にルッスーリアはあらま可愛いと頬を緩めて、その柔らかな黒髪を撫でる。すっかり寝入ってしまっているセオにもしっかり暖かな布をかけて東眞は穏やかな瞳でそれを眺めた。尻の下の絨毯は柔らかく、暖かい。
 早産ではあったが、それでもすくすくと成長しているこの姿を見ると、心の隅がほっと落ち着き安堵する。
「子供って、本当に体力がなくなるまで暴れるんですね」
「何かあったの?」
 ルッスーリアは東眞の言葉に怪訝そうに顔をあげて、その眼鏡の奥から東眞を見た。ええそれはと苦笑をこぼしながら、東眞はまるで先程起こったことのようにそれを語る。
「XANXUSさんが追い回してたんですけど、途端セオがばったりと雪の上に倒れてしまって動かなくなったんですよ。もうその時のXANXUSさんの驚きようと言ったら…どうしてビデオカメラを回してなかったのかを悔やみます。まぁ、セオはただ単に疲れ切って寝てしまっただけだったんですけど、スクアーロまでXANXUSさんと一緒に慌ててたんですから」
 面白いことこの上なかったです、と東眞は笑いを言葉と声に乗せて話を続ける。暖炉の中にくべてある牧がぱぎぎょと音を立てて割れ、火の粉を暖炉の床に散らした。明るい火の粉が暖炉という隔絶された空間の中で綺麗に弾ける様子はいっそ幻想的にすら見える。
「で、東眞は体の方、大丈夫なの?」
 ふと心配されたルッスーリアの声に東眞は大丈夫ですといつものような笑顔を浮かべた。
 ルッスーリアはその笑顔を嘘か真か、確かめるようにまじまじと見て、そぉう?と判断ができないままに小首をかしげる。膝の上で眠りこけるセオの髪の毛を撫でながら、東眞はその指先で確かに生きているその小さな存在を確かめた。
 たまに体を動かすことは悪いことではないし、それにここ最近は調子も非常によく、今日とて未だ不調の兆しは見られない。シャルカーン曰く、段々と良くなってきてはいるとのことではあるので、東眞自身もその点においては安心を見せていた。むしろ多少周囲が心配しすぎなのではないのだろうかと失笑する程ではある。尤もそれも、治療を受けた当日の自分の状態を目の当たりにされれば仕方のないことだとは言えるが。
 もう一度繰り返すようにして、大丈夫ですと告げた東眞の言葉にルッスーリアはそう、と話をようやく戻した。しかし、最後に無理はしちゃ駄目よと付け加えるあたりはしっかりしている。
「まぁ、シャルカーンもジェロニモ関連の任務があるから、暫くもしないうちに帰ってくるとは思うけどね。そう言えば、ジェロニモには会ったの?なかなか初対面の人は驚くのよねぇ、彼を見ると」
 驚いた、と質問されて、東眞はまぁとどうにも言葉を濁すようにして返す。ジェロニモの体に無数に刻まれた傷跡と、それからサングラスの奥に潜む二つのガラス玉には驚かざるを得なかった。
 東眞の反応を見て、ルッスーリアはそうなのよね、と両手を後ろの絨毯について、足を前方に放り投げる。
 暖かな炎が少し冷たくなっていた足先をゆるゆると暖め始めていた。ぱきん、とまた牧が割れ、黒い墨が落ちる。天井を見上げ、その綺麗な喉のラインを惜しげもなくさらしながら、ルッスーリアは言葉を一直線になった気管から空気を吐き出すことで発生させた。
「義眼にしないの、って一度聞いたことはあるんだけどね。そっちの方が余計不気味だからってそのままなのよ。あ、ちなみにあの全身の傷は拷問でできた傷なの。もうかれこれ何年前になるのかしらね…敵対ファミリーに掴まっちゃって。猿轡噛まされて、その上、薬漬けにされたのよねぇ…死のうとした痕は何度か見られたんだけど、どうにもその寸前で止められたらしくてね。結局、私たちがそのファミリー殲滅の任を受けたのが、ジェロニモが掴まってから一週間だったかしら。見つけた時には虫の息だったんだけど、どうにか持ち直したのよ。それで、九代目がVARIAではなくてボンゴレ本部にどうかって誘ってたんだけど、それ断って拷問部隊に入ったのよねぇ」
 ちょっとした変わり種よ、とルッスーリアはほうと両手に息を吐きつけて暖める。そしてセオを抱こうと手を伸ばしてその腹を両脇からそっとつかんで持ち上げたが、小さな両手が東眞の服をしっかりと掴んでおり、放そうとしない。
 苦笑をこぼして、これは無理ねと仕方なく手を離した。セオはいったん離れてしまった体をまたのそのそと引っ付ける。
 定位置に帰った子供は満足げな笑みを口元に浮かべて体を丸めた。その様子を上から眺めなつつ、ルッスーリアはこれは立派なマンモーネになるわね、と笑う。
「弟君といいボスといい、東眞はどうにも甘やかし癖でもあるんじゃないの?」
「そんなつもりもないんですけどね…でもXANXUSさんには私も甘えてますし」
「…あらやだ…まさかこんなところで惚気を聞かされることになるとは思ってもみなかったわ…。こんな素直に惚気られて…私どうしたらいいのかしら…。取り敢えず二人が幸せいっぱいなのはよーっく分かったわ」
 顔が近づいて、そして二人はぷっと吹き出して笑った。大声で笑いかけて、二人はふとセオがうぅんと声を上げたのに気づいて、ぴたりと黙る。
 ルッスーリアと東眞はちらりと二人で眠る子供を見下ろし、起きないのを確認してほっと安堵する。
「Jrの誕生日ももうすぐねぇ。東眞はプレゼント決めたのかしら?」
「手編みの手袋にしようかと、まだまだ冷えますしね。何しろ、」
 そう言って東眞は自身の服をぎっちり掴んで放さないセオの小さな小さな手に触れて苦笑する。
 触れた手は随分と真赤になってしまっている。それもそれで仕方がない。雪合戦の際に、手袋せず素手で触っていたのだから。霜焼けにならなければいいけれどとそんな心配をしながら、東眞はその小さな手を優しくもんだ。
 会話を中断させてセオの手を優しくもみ始めた東眞に、ルッスーリアはそれで?と声をかけて話の続きを求める。
 自分の上司といい東眞といい、この二人は考え始めると会話が中断するきらいがある。ルッスーリアの呼びかけに、東眞はああ、とはっと気付いて話を続けた。
「何しろ、セオときたら今日ずっと素手で雪遊びしてたんですから」
「あら。去年、九代目がJrに手袋もプレゼントしてなかった?」
 も、というのは他にも山ほどプレゼントがあったことを指し示す。今年もそうでなければいいのだが、と東眞はひそかに思いながら、まぁと答えた。流石にあんなに沢山のプレゼントを与えられて、セオがとんでもない我儘に育っても困る。
「あるんですけど。でももうサイズも合わなくなってきていて。子供って大きくなるの早いんですよね…。そりゃ手にちょっとだけ小さいだけなんですよ。でも、どうにも気に入らないらしくてすぐに外しちゃうので困りものです」
「あらあら。Jrって意外に我儘っ子なのねぇ」
「そうなんですよ…服とかも気に入らないと自分で脱いで投げ捨てますし。この寒いのに」
「で、ボスの拳骨が飛ぶわけね」
「そう言うことです。でも結局泣いて癇癪起こすとセオが勝つんですよ。見てて面白くはあるんですけど、そろそろ本格的に我慢を覚えさせないとこの後が怖いと言うか…」
「皆、基本的にJrには甘いものねぇ。そりゃ我儘にも育つわ。特に九代目の甘やかしようなんて異常よ異常。Jrが遊園地が欲しいなんて言ったら、丸丸一つ買い与えそうね…手に負えないわ」
 やれやれとルッスーリアは首を傾けて、口元に呆れたような笑みを浮かべる。全くそれが実現可能なあたりがまた恐ろしいところである。
「…ボスが我儘なのって意外と九代目の躾けに問題があったんじゃないかしら…?」
「今のティモッテオさんのセオの甘やかしようを見ていたらそう思わざるを得ないですね…。誕生日くらいは盛大に甘やかしてもいいんですけど、偶には厳しくしないと本当に手に負えない我儘っ子になりそうです。…我儘と権力が一緒になるとロクなことがないですからね。まぁ、XANXUSさんがセオを甘やかすと言うことがないのが唯一の救いです」
「むしろ厳しすぎるくらいかもしれないわね。ボスの拳骨がJrの頭に飛ばなかった日を私は見たことがないわ…」
 ルッスーリアの溜息と言葉に東眞は口元を軽く引きつらせてセオの頭を優しくなでる。
 本当によくぞあの暴力的な叱り方から生き延びてきたものだと感心せざるを得ない。頭蓋骨が実は鋼鉄でできていると言われても、今ならばそう驚くまい。
 でも、とルッスーリアは困ったような笑みを浮かべて、セオの頬をその滑らかな指先でつつく。無論セオは同じような反応、嫌そうに首を軽く振ってまた東眞の体にひっつく。
「どうにも、この可愛い笑顔見せてくれると甘やかしたくなっちゃうのよね…こういうのは子供の特権ね。それにボスと同じ顔して百面相見せてくれるのも面白いし、こう、下心なく純粋に甘えてもらったりお礼を言って貰えるっていうのが…。これはちょーっと癖になっちゃうのよ。ま、レヴィは違う方向に走ってるし、ベルはお兄ちゃんって意味で甘やかしちゃってるわね」
「どっちにしろ、皆さんセオを少し甘やかしすぎです」
「かくいう東眞も甘やかしちゃってなーい?」
 ルッスーリアの突っ込みに、東眞は一瞬ぎくりと肩を強張らせたが、視線を泳がせながらかろうじて反論する。かろうじて、というあたりきちんと図星を指されているのは言うまでもない。
「…我が子可愛さといいますか…いや、でもちゃんと怒る時は怒ってますよ?」
 完全に目が泳ぎきっている東眞にルッスーリアは半眼になって、肘でその脇とつついとつつく。しどろもどろな辺りがやはり痛いところではある。
「この間、Jrがおねしょ黙っててた時に『マンマ…』って縋られてボスに黙ってたのは誰だったかしらぁ?」
「…い、いや、だってXANXUSさんに言ったらセオ殴られるじゃありませんか。そんなおねしょの一つや二つで殴られるのは流石に…」
「でもその後、おねしょ隠したことも叱ってなかったわよねぇ」
「…抱きつかれて縋られた揚句、あんな目をされて見上げられたら怒れなかったといいますか…叱るタイミングを逃したといいますか…。これがもし計算ずくでやられているなら、この子は将来結構な子に育つと思いますよ」
「計算してないから可愛いんだけどね」
 そうなのよねえとルッスーリアはすやすやと眠っているセオの頭をくしゃりと撫でる。
 打算のない愛らしさというものほど性質の悪いものはなく、同時に可愛らしいものも、またない。
「でも結局ばれてボスに殴られてたわよね」
「そうですね。その後スクアーロが慌ててセオを庇って殴られてましたね」
「…なんというか…日常ねぇ…」
 同じ繰り返しだわ、とぼやいたルッスーリアに東眞はそうですね、と半分まで飲んでいたホットミルクを最後まで飲み干した。
 そしてセオはマンマぁ、と幸せそうな笑顔で暖かな空間で穏やかな眠りを満喫していた。

 

 ちゃの、と小さな声で呼ばれてシャルカーンは笑顔でそちらに振り返る。服のボタンをかけ違えたまま、幼い子供がそこに立っていた。
「ハイ」
「ぼたん、へん…」
「ソウデスネ。ヒトつ、間違ってるダケデスヨ」
 ホラ、と言ってシャルカーンは立っている子供にそっと手を緩やかに伸ばしたが、その手に子供は顔を真っ青にさせて、慌ててしゃがみこむと頭をさっと庇った。そしてごめんなさい、と怯えたように繰り返す。そんな子供にシャルカーンは立っていた位置からしゃがみ、そして視線を合わせ、くこんと体をそれから曲げた。
 ラジュと呼ばれた子供は怯えた青い瞳を恐る恐る外へと向けた。青い目にはとらえどころのない笑顔が映し出されている。しゃがんだ膝の上に、シャルカーンの両手が膝の上にちょこんと乗っている。どちらとも喋らない重たい沈黙を先に破ったのは、少し怯えが除かれた子供の声だった。
「なぐらない…?ちゃの…」
「ハイ、殴りまセン。ワタシはラジュを殴りマセンヨ」
「なぐらない」
「ハイ。デモ、撫でマス」
 イイコとシャルカーンは袖の手を綺麗な黒髪の上に乗せてさすさすとゆすった。怯えで彩られていた顔がすと持ちあがり、表情の薄かったそこに僅かに笑みが差した。だが、その目は少し悲しげに揺らぐ。
「ちゃの…かなしい…?」
「?」
 ラジュの言葉にシャルカーンの口元の笑みが一瞬だけ僅かに下がった。青い目はシャルカーンの側を眺めているが、そこには何も存在しない。
「ドウシテデスカ?」
「せいれい、が、かなしそうなかお、してる」
 ここ、とラジュはシャルカーンの肩口に手を伸ばして何かを手に止めるような仕草を見せた。
 だがシャルカーンの目には何も見えていない。マァいいでショウとシャルカーンはそれに関しては深く追求しなかった。もしも、彼が精霊が見えているのだとして、そんなものが存在していたとしてもそれが現実に何を起こすわけでもないからである。それに精霊云々というのものは、見えるものには見える、見えない者には見えないそう言うものであるから、見えない者が何を言ったところで無意味である。それは見えるものにしか何の意味ももたらさない、そいういった次元の話なのだ。まさに哲学の分野の話であろう。
 シャルカーンはソウデスカと断ってから、口元を緩やかに持ち上げた。
 一瞬、持ち上げられた自身のことなどは今問いただすべきことではない。少しばかり、記憶が引き寄せられただけの話である。だが、その骨ばった両頬に小さな両手が添えられた。口元から、笑みが完全に取り除かれる。
「ラジュ?」
「かなしいときは、こうしたらいいって、いってた」
 頭を抱きかかえられてシャルカーンは動きに困る。誰が、というのは問うべきではないのかもしれない。だが、ラジュはきんぱつのひとが、と言葉を口にした。
「金髪ノ?」
「あそこに、いた、ひと。でも、ころされた。わたし、にがそうとして、ころされた」
「…ソウ、デスカ」
「いい、ひと、だった」
「ソウデスカ。デモ、ワタシはヘイキデスヨ」
 ホラ、とシャルカーンは袖でラジュの手を掴むと、そっと距離を優しく取って、いつものように微笑む。それにラジュは一瞬ためらったような顔をしたが、こっくりと首を縦に振った。
 そしてシャルカーンはその袖から指先をようやく出すとかけ違ったボタンを一つ一つ外して、それからかけ直した。一度見えた肌からは無数の折檻の跡が覗いた。僅かに指先が止まったが、シャルカーンは笑顔のままボタンをしっかり止め直す。ぷつんと最後のボタンを止めて、シャルカーンはソウイエバと話を元に戻す。
「ドウシテ誰が、どこにいるか分かったンデスカ?」
 その質問にラジュはぼつりと声を隠すようにして呟く。
「におい、がした、から…あの、てつのぼうからする、におい」
 銃、つまり硝煙の臭いなのだろうとシャルカーンは当たりをつける。
「アソコでナニをされていたンデスカ?」
 その質問に、ラジュは一瞬顔を強張らせる。思い出さなくてもいいと普通の人ならば言うところであろうが、残念なことにシャルカーンはそこに分類されない。一拍二拍、三拍目、四拍目まで待たせて、ラジュはようやく口を開いた。
 別にシャルカーンも無駄な質問をしているわけではない。
 忍びこんだ館の地下室にはどう考えても実験施設としか思えないような医療器具が揃っていた。異臭が発生した部屋、隙間からのぞけば、蠅と蛆がたかっている死体が積まれていた。これは何らかの実験をしている、もしくはしていたとみても間違いではない。新薬開発などに人体実験を起こす人間などそう珍しくもない。何しろ動物などよりもより直接的で顕著な結果が得られるわけなのだから、それに手を染めて、新薬開発の利潤が得られるのならば、そちら方面に進んでもおかしくはないだろう。
「くすり、たくさん、うたれた。のまされた、し。たまたま、あのおとこのひとが、きて、わたしを、」
「――――――――ソレハ、モウ、イイでスヨ」
 イイデスヨ、とシャルカーンはそっとラジュの頭を撫でた。それにラジュはう、と涙を青い瞳一杯に潤ませて、シャルカーンの肩口に顔をうずめて声も出さずに、その服を湿らせた。