34:Buoun Compleanno - 4/11

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 一緒に入ってきたジェロニモにXANXUSは容赦なく隣に置いてあった分厚い本を投げつけた。目の前で軽く空を飛んだ紙の束に東眞は笑顔を固める。そして宙を飛んだ本はジェロニモの額にぶつかり、いつの間にやら投げられたくしゃくしゃに丸めた紙はセオの頭にごっこんと当たった。そう痛くもなかったのか、セオが泣くこともなく、ジェロニモは慣れているのかどうなのか、額に当たって落ちてきた本をすとんと手で取った。
 いやこいつぁすみやせん、と一つ謝ると、ジェロニモはにかーっといい笑顔をXANXUSに向ける。ANXUSはと言えば、非常に不機嫌そうな顔をしてから東眞をちらりと見やる。その仕草に思い出したように東眞は持ってきた紅茶をXANXUSの机に置く。
 置かれた紅茶の取っ手に指をかけて、少しばかり冷えた(尤も頭は沸騰状態だが)体を温めるために、XANXUSはそれを口にする。柔らかで丸い味。
 はっと気付いてジェロニモを見上げたが、男はひらひらと手を振って、お構いなくと笑った。東眞は一度XANXUSとジェロニモをちらと見つめた後、ジェロニモの肩、上に乗っているセオに手を伸ばした。
「セオ、いらっしゃい」
「マーンマ!セオ、ねっ、たかーいの」
「はい、高いですね。スクアーロと遊んでいたんじゃないんですか?」
「アーロね、だるまさん!」
 雪だるまを作ってもらっているのだろうと見当をつけて、東眞はそうですかと微笑む。
 ジェロニモは東眞の仕草に気付いて、その大きな体をしゃがませると、セオの位置を下げる。するとセオはきらきらと目を輝かせて母親に手を伸ばした。無論その後は言うまでもなく、セオは東眞の胸に抱きつき、えへ、と笑ったしっかりとセオを抱き直すと、東眞は失礼しますと一言断ってから部屋を退出した。
 男二人になった空間でジェロニモはかりと大きな掌で頭をかき混ぜた。無い瞳で、上司を見つめる。
「ありゃぁ随分しっかりとした奥さんですねい。『できた』奥さんを貰ってボスぁこりゃ幸せもんでさぁ」
「うるせぇ。たわごとが言いてぇなら墓穴でも掘って来い。くだらねぇ休暇取りやがって」
 XANXUSの言葉にジェロニモはその節は、と歯を見せて喉を震わせた。
 まだ優しい香りが漂っている紅茶のカップにはおそらく半分ほど中身が残っていることは間違いない。
「そんなこたぁねぇですぜい?ああいった拷問器具はよくよく参考になりまさぁ。ボスがわざわざ連絡とって、触る許可まで与えて下さったんですしねぇ。こりゃしっかり勉強しねぇとってことですぜ」
「何がわざわざだ。前回の報酬をそれにしやがった野郎の言葉か。クソ下らねぇ。あんな埃被った拷問器具に触って何の得があるのか、一度てめぇに問いただしてみてぇところだ」
「そりゃぁボス」
 決まってますぜ、とジェロニモはどこか恍惚とした色をその表情に乗せて、唇を動かした。
「長年にわたって染み込んだ血の臭い、反響する音で溢れるその悲鳴。どれが最も使用され、そのように相手を苦痛と恐怖に導いたかが分かるんですぜ?先人の知恵を甘く見ちゃなんねぇですよ」
 ガラス玉の瞳がサングラスの中からこちらをのぞき、XANXUSは静かに目を閉じた。気配か音か、それとも雰囲気かは知らないが、ジェロニモはそれに気付いて、それで、と続けた。
「わざわざお楽しみのところを中断したってぇのは、何か俺に新しい用件でも入ったんですかい?」
「他にてめぇのそのフザけたつら見てぇ理由があるのか」
「そいつぁ成程、納得ですぜ。それで、俺ぁどこに行って何をすりゃいいんですかいねぇ」
 にたぁと笑った男の口元の笑みにXANXUSはのっしりと背中を椅子に預けた。睨みつける眼光の鋭さは変わらない。ただし、相手がジェロニモ、この男の場合は眼光の鋭さなど意味はなく、ただそこに座っている恐ろしいまでの鋭く研ぎ澄まされた気配がものを言っている。
 厚めの唇が不愉快そう、かつ不機嫌そうに動いてその詳細を紡ぎ出す。そしてジェロニモは紡がれた言葉にこりゃ、と眉の遭った部位を下げた。しまったですねいと笑う男のひょうひょうとした様子に一度その首折ってやろうかと思いつつXANXUSは一つ息を吐く。
 ジェロニモはああと声をあげて、軽く肩を揺した。
「シャルカーンにゃ迷惑をかけましたねい。こりゃ俺ぁ帰った後に叱られる方面ですかい?」
「知るか。そんなのはあの吊り目野郎にでも聞け」
「…痛くねぇといいんですけどねい」
 ぎりぎりの苦痛を人に与えるのが本職の人間が一体何を言うのかとXANXUSははんと鼻を鳴らした。そんな上司にジェロニモはあいつのはと口をへの字に曲げて溜息交じりに返す。
「そりゃぁ痛いんですぜぇ?ココが悪いあそこが悪いってぇ教えてくれるのはいいんですけどねい。でもあの痛みときたらとんでもねぇ。ありゃぁ、わざとやってるとしか思ねぇんですぜ」
「ああ、思う存分痛みを与えてもらえ」
「そりゃひでぇですぜ、ボス。…それで、シャルカーンはいつ帰ってくる予定なんですかい?こっちも何かと準備しなくちゃぁなんねぇですからねい。拷問だって、それなりの準備は必要なんですぜ?」
「知ったことか。それが、てめぇの仕事だろうが。情報を聞き出した後、殺せ。いつも通りだ」
「Si、ボス」
 了承の言葉を吐いた男の後、XANXUSは机の端に置かれている時計を眺めて、早けりゃ二日後だ、と返した。
 何しろ既に海外にまで高飛びされているので、飛行機で往復するだけで一日を費やしてしまう。おまけに相手の場所や忍び込む時間帯のことも考慮すれば、最低もう一日二日はかかるだろう。今日出れば、帰ることが可能なのはそれくらい先だ。
 返された言葉にジェロニモはそうですかい、と少しばかり嬉しげに返した。それは拷問の準備がきちんとできる喜びか、否か。
 ふとそこで、ジェロニモは窓の外を眺めながら、少し離れたところで雪だるまを作っていたスクアーロの声を耳で聞いた。そのスクアーロに近づいていく影が一つ、二つ。一人はまだまだ小さな子供の、もう一人は黒髪の女性、と大きな犬だった。
「そういや、ボス。もうすぐバンビーノの誕生日だそうじゃねぇですかい。…こりゃひょっとして、俺も出席できる―――――可能性もなきにしろあらずってぇとこですかい?」
 シャルカーンが帰還後、拷問に移るとしてさてどうだろうかとXANXUSは考えた。どう考えても時間的には被るのだが、上手く時間自体をやりくりすれば出席はできないこともない。
 悩む上司を他所にジェロニモは話を続けた。
「結婚式にも、去年の誕生日にも出席できなかったですからねい、俺ぁ。まぁ、ボスに可愛いバンビーノが産まれたってこたぁ風の便りで聞いてましたさぁ。会う機会にゃぁ恵まれなかったですけどねぃ。しかしですぜ、ボス。あの子、これからどうするんです?随分と可愛い性格のようじゃぁねぇですか」
「―――――――それを、わざわざてめぇに教える義理が、俺にあんのか?」
「いや、ねぇですけどねい。なんとなく、聞いてみたかっただけですぜ。そう、怒って下さんな」
 僅かに揺らいだ空気にジェロニモは苦笑をこぼして両手を上げる。そしてもう一度窓の外を眺めて、恐らくはあまりにも平和で平穏な光景に、そうですねぃと良くわからない言葉をこぼした。

 

 立派な、それは大層立派な雪だるまを一つ作りあげたスクアーロはやり切った表情でふぅと息を吐いた。
 随分と寒いはずなのに、雪だるま一つに体を動かしたためか、体はとても温かい。そこにわふわふと犬の鳴き声と、アーロぉ!ときらきらした呼び声が雪の上に足跡をつけながら駆け寄ってきた。
 スクアーロはそちらに顔を向け、遅かったじゃねぇかと声をかけるとひらりと手を振る。その隣に完成している雪だるまを発見して、セオはぱぁとその顔に満面の笑みを浮かべた。
「アーロ!」
「おお、すげぇだろぉ」
 見ろ見ろとスクアーロは駆け寄ったセオに作り上げた雪だるまを見せびらかす。
 セオはきらっきらっとその銀朱の目に輝きを持たせて、スクアーロの膝に突進する。それを見たスィーリオもならってスクアーロに飛びかかる。その大きな犬の体がどんと跳躍して飛びかかるものだから、スクアーロはげ、と表情を固め、そしてそのままのしかかれるようにして背中から雪に倒れ込んだ。
 ほのぼのとした光景に東眞は一人少し遅れてからそこに到着する。狙って遅れてきたのか、それともその足ではその速度がせいぜいだったのか、分かりはしないが眺めて笑っている姿を銀色のカーテンの隙間から見たスクアーロははぁと息を吐いた。
「う゛お゛おぉ゛い、止めろぉ」
「アーロ!アーロ!ねっセオ、雪だるま、乗る!」
 倒れたスクアーロの胸の上まで這い上がって、セオはその期待に満ちた目をスクアーロへと向けた。
その目にスクアーロは負けたとばかりに分かった分かったと言ってからセオを抱き上げると、大きな雪だるまの上に乗せる。
流石にそこで暴れては地面に落ちてしまうので、背中はしっかりと支えている。
 スィーリオは雪だるまの下から、セオを心配そうに見上げているが、尻尾は嬉しげにフルフルと震えている。全くどこまでも微笑ましい光景なのだが、どちらが父親か分かったものではないとスクアーロは深い溜息をついた。これでもし、雪だるまの上の子供が自分のことを「父親」を意味する言葉で呼びでもしたら、顔にグラスがめり込むことは間違いない。
 セオの動向を止めもせずににこにこと笑って雪の上に立っている女も女である。スクアーロは東眞にう゛お゛おい゛、と声をかけてそちらへと視線を向けた。
「すみません」
「…まぁ、別に悪いとはいわねぇがなぁ…こっちも悪い気はしねぇ」
 ここまで素直に懐かれると悪い気はせず、むしろ嬉しいくらいである。尤も、父親の要らない嫉妬のあらしに見舞われるのは勘弁願い出たいところではあるが(そんなことをするならば、もっと子供と接点を持てばいいと言うのに)
 下りる!と今度は前触れもなく跳び箱の要領で体を前に乗り出したセオにスクアーロはぎょっとする。支えていたのは背中だけなので、前にのめり込まれれば、支えるすべはなく、あっという間に顔面から雪に突っ込むだろう。さっと手を出そうとしたが、少しばかり遅く指先がセオの服をかすめる。ああ泣き声が響くと思ったが、その下には大きな犬の背中があった。
「スィーリオ!」
 セオが呼んだ名前に、犬は喜ぶようにわふわふと鳴いた。全く驚かせやがるとスクアーロは深い溜息をついた。この親子に関わると、溜息をつきすぎて幸せが底をつきそうである。
 犬の背中から降りたセオは母親である東眞の方へと、その小さな足跡をつけながら駆け寄る。そして東眞の服を引っ張り、ねだるように笑顔を浮かべた。だが、母親の手の中の小さな雪の塊に首をかしげる。
「マンマ!ねっ、セオと一緒に雪だ―――――…マンマ、それ、なぁに?」
 セオの不思議そうな声にスクアーロも上からひょいと覗き込んだ。手のひらサイズの小さな雪の塊である。その雪の塊には、二枚の緑の葉とそれから赤い小さな実がちょこんと二つ付いている。何だ、と首をかしげたスクアーロに東眞は雪うさぎですと答えた。成程とその答えにスクアーロは納得する。言われて、それをそのように見れば、ただの雪の塊も不思議と兎に見えてくる。
 東眞の雪うさぎを見て、セオもしゃがんで自身の掌に雪の塊を作った。だが、その手はまだ小さく、拾える雪はとても少ない。拾い上げた雪で作ろうとした雪うさぎはどう考えても耳と目と体の割合がおかしい。しょぼんとしたセオはぺい、とその雪うさぎを投げ捨てた。
「だめ…ぇ」
 うる、と潤んだ瞳にスクアーロはぎょっとする。全く本当にぐずぐずと良く泣く子供である。えーとしゃくりあげ始めたセオの手を二つの東眞の手が包み込み、一度投げ捨てた雪の塊をもう一度拾わせる。そしてその手を外側から包み込んだ状態で、小さな小さな雪うさぎの本体を作った。だが、それでは駄目だろうとスクアーロは知っている。割合がおかしくてどうにも不格好だったから、セオは投げ捨てて泣きそうになっているのだから、同じ工程を繰り返しても無駄なのだ。
 だが東眞はセオの手にそれをしっかりと持たせて、落ちている緑の葉を半分に、それから同じように赤い実も半分にした。そしてそれをセオが作った雪うさぎの耳と目にする。小さくなった分、それはすっきりと雪うさぎにおさまった。
 綺麗にできた雪うさぎにセオはにへぇと嬉しげにはにかみ、一時は浮かべた涙を引っ込ませて笑う。
「Lepre(うさぎ)」
「折角可愛く作ったんですから、最後まで作ってあげなくては」
「Si、マンマ!」
 母親の言う言葉にセオは笑顔で頷き、そして東眞が作った雪うさぎの隣にそっと自分が作った雪うさぎを置いてにこっと笑う。
「マンマとね、セオの、Lepre!」
「可愛いで
 すね、といいかけたその直後に雪うさぎに見事に雪玉が直撃する。固く握られていたのであろうか、雪玉は折角作った雪うさぎをこれ以上ないほどに破壊した。散らばった雪うさぎの残骸は四つの目玉と四枚の葉が無残に見せた。セオはあう、と唇をわななかせる。
 子供が泣くのも尤もであるが、スクアーロは一体誰がと顔を上げた。そう思って上げた視線のすぐ前に白い塊が目に入った。な、と非難の声を上げる間もなく、その雪玉は見事にスクアーロンのその顔面でへしゃげ、潰れた。そして続けざまに小さな子供の顔にも雪玉が直撃した。セオは流されるようにしてしょこんと雪の上に尻餅をつく。
 ぱらぱらと雪が落ち、そしてセオはくいと顔を雪玉が飛んできた方向へと目線を向ける。泣く、という動作よりも驚きの方が強かったらしく、泣き始めることはなかったが、セオはぱたぱたと一度東眞の胸へと隠れた。東眞と言えば、やれやれと苦笑をこぼして、セオの頭に付いている雪を手で優しくはたき落した。
 ざくっざくっと重たい音と共に雪が踏みつぶされる音がする。誰が、というのはもう誰もが気付いている。深く低く、どこか不機嫌そうな声が雪原を支配した。
「―――――出てこい、糞餓鬼が…」
 ひょん、とXANXUSの掌の上で、白い雪玉が一つ野球ボールのように跳ねている。スクアーロも顔から雪玉をはたき落すと、何しやがる!といつものようにXANXUSに噛みついた。が、すぐさまその口の中に雪玉が叩きこまれる。
 白の中では酷く目立つ赤い目がぎょろんと動いて東眞の背中を睨みつけた。ああ睨まれている、と東眞は口元を小さく引きつらせながら、ざくざくと近づく足音と怯えるように腕の中でしゃがみこんでいるセオに苦笑をこぼす。
 大きな影が雪面に伸び、東眞はすっかりその影にとりこまれた。低い声が、雪に吸い込まれるようにして響く。
「出せ」
「…出したら、雪玉ぶつけられるんですか?全力でぶつけると痛いですよ」
「うるせ、
 ぇと言いかけたXANXUSの顔に小さな、それこそ雪玉、と呼ぶよりもただの雪の塊に近いそれがぶつけられる。ぱら、とその顔から雪が落ちていくのを東眞は引き攣った笑顔で肩越しに見た。そして腕の中のセオがいつの間にか前面に出ているのに気づく。
 両手には雪玉、ではなく雪を掴んでいるだけなのだが、それで父親を見て、そしてにこーっと素敵な笑顔を浮かべた。
「セオ、の、かち!」
「…」
「セオ、ねっ!もーすぐ、にさい、だから、ね!」
 ね、バッビーノ!とセオは遊んでくれるものと勘違いしてかどうなのか(実質本人は遊んでくれるつもりでいたのだろうが、如何せん加減ができていないので遊ぶと言うには多少難がある)セオはXANXUSに向けてもう一度雪を投げつけた。だが、残念ながらそれは父親の掌でじゅぁ、と蒸発する。
「バッビーノ?セオ、あそぶの―――――――――――…」
 ね、と言おうとしたセオだったが、その表情は一瞬で真っ青になる。
 雪の塊が払われた赤い瞳の怒り加減に気付いたのか、慌てて背中を見せて逃げ始める。無論すぐに雪に足を取られてこけた。セオは慌ててマンマ!と助けを呼ぶが、東眞の肩をXANXUSは強い力で押さえつけて、その場に尻餅をつかせる。
 あ、と短い声を東眞は上げたが、XANXUSは赤い瞳で振り返り、一言も発さずに黙らせると足元の雪を一掴みするとセオに向かって投げつける。セオは飛んできた雪玉を必死になって雪の上で転がって避ける。ぱた、と雪の上で手足をばたつかせるが、上手く立てない様子で、慌てる分だけ雪に体を取られている。
 東眞は咄嗟に側にいたスィーリオを呼び付けた。
「スィーリオ!セオを」
 その声にスィーリオはわふと鳴くと、すとんとXANXUSの背中から足元をすり抜け、セオの襟を噛むとひょいと自身の背中に軽々と乗せた。そして、XANXUSが雪玉をもう一つ飛ばし、それが足元にめり込むのと同時に雪を蹴りあげて逃げ出した。
 逃亡を図った一人と一匹にXANXUSは青筋を立てて、雪玉を凄い勢いで投げつける。無論犬も必死でそれを避けた。
 東眞は一度転んだのだが、雪を払って立ち上がると慌ててXANXUSの後を追おうとして、そしてふと足元の自身が踏んだ雪を見つめた。それから一拍置いて、くすと楽しげに笑うとその手で雪玉を一つ作ると、的としては十分に大きな背中に雪玉を一つ投げつけた。
 ぱしゃんと黒いコートに白い雪が散る。思わぬ攻撃にXANXUSは足を止めて振り返る。だが、その顔面にもう一撃、雪が散った。
「てめ…っ!」
「セオにいじわるするからですよ」
 そら、と東眞はもう一つ二つとXANXUSに雪玉を投げる。それを片手ではたき落としながら、XANXUSはちっと舌打ちをして進行方向を反転させた。だがその背中にまた、今度は柔らかな雪が散った。無論それが誰の仕業なのかは、振り返らずとも理解できる。この雪の上にいる人間で、唯一雪玉がまともに握れない者と言えば、子供。そして子供は一人しかいない。
 XANXUSは額に青筋を立て、眉間には深い皺を刻みこみ、ぎりっと歯がみをした。
 そんな調子のXANXUSに東眞はくすくすと笑いつつ、雪玉を片手に作り、足元に増やしていく。
「セオとマンマとスィーリオ!バッビーノ、おにー!」
 雪合戦に鬼も何もないのだが、攻撃対象者が一人であったためにセオはそう勘違いして、スィーリオからすとこと下りると雪を掌一杯にかき集めて、XANXUSに向かって投げる。まるでふわふわの雪のシャーベットのように散りゆくそれをXANXUSは炎を放って一気に溶かした。
「この…っ糞餓鬼が…!てめぇも大人しくしてろ!」
「嫌ですよ。たまにはいいじゃないですか。セオ、ほら今ですよ!」
「Si、マンマ!」
「――――――――――――…ってめぇら、いい加減にしねぇとかっ消すぞ!!」
 眦を怒らせたにも関わらず飛び交う雪玉にXANXUSは、一児の父は大きな声で怒鳴った。
 そんな微笑ましい、とは少しばかり言うに困る光景を眺めつつ、スクアーロは顔に着いていた雪をはたき落して苦笑する。そして、自身も黒い手袋の中に雪玉を一つ作って今度はセオにほれと渡す。固い雪玉が手に入ってセオはきらきらと目を輝かせる。
 後できっと恐ろしい目に会うことは目に見えているのだが、たまには悪くないだろうとスクアーロもその雪合戦に参加した。そんなスクアーロの肩にも、今度は普通の速度の雪玉が当たる。そしてスクアーロも笑って、投げた東眞に向かって投げつけた。
 日が暮れるまで、この乱戦の雪合戦は延々と続いた。