33:進路相談 - 6/7

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 沢山食べた分重たくなった体を動かした後、あてがわれた部屋のシャワーを浴びて持ってきていたパジャマを身につける。暖房はよくきいているのだが、やはり寒いものは寒い。ボストンバックを探りながら、ふと修矢の手が入れた覚えのないものを引きずり出す。
 もこもこと綿の入った半纏。こんなものを入れた記憶はないと怪訝そうに眉を顰めたが、どうせ入れた人間はすぐに分かるし、それに寒いので上に羽織る。下もちゃっかり靴下をはいてから、雪で濡れた靴は乾かしているので、用意された外履きに足をつっかけた。
 ごろんと客用の柔らかいベッドに背中をつける。
 高い天井、乾いた空気、冷たい音、窓を揺らす風。こんな何もかもが日本と違う場所で姉は生活しているのかと思う。だがしかし、そんな異なる環境の中で、姉の笑顔だけは唯一変わらないものだった。温かくて、柔らかい。
 頬に添えられた温もりを思い出しながら、そっとそこに指先を乗せる。
 目を閉じれば、まだそこに姉の感触が残っているような気がした。姉貴、と口だけでその音を紡ぐ。自分が今いる場所の、そう遠くない場所に大切な人がいる。それは飛行機などの乗り物を乗り継がなくても届く位置。そうやって考えるだけで、ほっと胸が落ち着いた。大切な、大切な、大切な。それだけあればいいというもの。
 姉にとって、自分がそう言う存在でないと知っていても、そう言う存在は、今姉の側に最も近いあの男であると言うことも。憎らしくて悔しくて未だたまらないのだが、それでも今では姉が笑っていられることを最優先に持ってこられる。
 誰よりも何よりも、きっと自分よりも自分のことを分かってくれる、大切な人だから。
 そうだと修矢は体を起して、そして少しためらってから、上をしっかりとはおり直して立ち上がる。そして、こそっと探るように周囲を見回してから扉を開けた。
 冷たい廊下をひたひたと歩く。良く冷えた廊下では、吐き出す息さえもが真っ白に染まり、肺の中に入って体の中から冷やしそうな勢いである。靴下をはいているにもかかわらず、そこから冷やされているような感覚にぞぁと背筋に一本の冷たさが走る。並んだ部屋にはプレートはなく、誰の部屋なのかは分からないが、修矢は東眞の、姉の部屋だけはしっかり覚えていた。
 これを哲に言わせれば「お嬢様好きの坊ちゃんこそなせる技でしょう」と笑顔で言うことは間違いがない。しかし修矢から言わせれば、哲はプリンが隠されている場所ならば全くどこの犬かと思わせるほどの勢いで見つけるのだから、そちらの方が凄い。
 は、と息を一つ吐いて、修矢は最後の角を曲がる。そして、そこに立っていた一つの影に眉をひそめた。その大きな黒い影はゆっくりとその暗闇の中でも赤く光る目を修矢に向けた。
「…何のようだ」
「…何のって、そりゃ、姉貴に用があったに決まってんだろ。アンタこそ姉貴に何の用だよ」
 む、として言い返した修矢にXANXUSはは、と鼻で一つ笑い飛ばして口元を軽く歪めた。勝ち誇った色さえ見えるその笑みに修矢は唇を軽く噛む。
「夫が妻の部屋に来てすることなんざ一つしかねぇだろうが。何だ…見
「XANXUSさん」
 強い声が部屋の中から響き、その先を咎める。姉貴、と修矢は温かそうな光のともった部屋からのぞいた顔にぱっと表情を明るくさせた。それに東眞はどうしたのと眼前の人をするりと抜けて部屋から体を出す。その足元には小さな子供がひょこんとついていた。
「あ、あの、」
 その、と修矢は半纏を軽く指先で掴み、しかし最後の勇気を振り絞って顔を上げた。何か必死ささえ見るその表情に東眞は目を丸くした。
「い、一緒に寝ていい?姉貴。だ、だって久し振りだし」
「おい、糞餓鬼。てめぇ、俺の話聞いてやが―――――――――、あ?」
 とん、とXANXUSは自分の胸に押し付けられた、まだ眠っていない小さな子供は突然持ち上げられて父親の胸に押し付けられたのに驚く。
東眞の行動に理解が及ばないXANXUSは押し付けられたセオに目を落として、それから抗議しようと東眞に向かって口を開いた。だが、XANXUSの言葉が口に乗る前に、東眞の言葉が先にそちらを制する。
「セオ、宜しくお願いします」
「…おい、ふざけんじゃねぇ。大体、」
「どなたでしたか?正月に帰省するという約束を反故にされたのは?」
 XANXUSさん、と東眞は素敵な笑顔を夫に向けた。それにXANXUSは一瞬口ごもる。多少なりとも悪いとは思っていたのだろうか(思ってはいないだろうが)案の定すぐに、ざけんな、と答えが返る。
「私、とても楽しみにしていたんですよ。日本に帰るの。お正月はとても大切な行事ですから。おせちを作って、お参りに行って、お年玉をあげて、年越しそばを食べながら除夜の鐘を炬燵で聞くっていう予定も立ててたんですが。おかしいですね…私の大晦日とお正月は部屋でセオとスィーリオと遊んだだけだったように記憶していますが」
 わふ、とスィーリオは東眞の足元で、しかし修矢の姿と臭いに気付き、ふっと牙をむく。それに東眞は慣れた様子で、NOと叱りつけて黙らせた。そしてさらに笑顔でXANXUSに続ける。
「一月も前にきちんと私はXANXUSさんに言いましたよね。そしたら、かまわねぇ行って来いっておっしゃいましたよね?まさか忘れたとは言わせませんよ?ジャンさんの監視カメラでもさかのぼればそれくらいの映像は探せますし。何でしたら、その場にいたルッスーリアたちに言質をとっても構いませんが…それで、修矢が今日私の部屋で寝ることに依存ありますか?」
「、」
 はく、とXANXUSの口が動いたが、東眞はくるりと修矢の方に向かって、手招きをして、修矢と呼ぶ。
 そして修矢はべぇとXANXUSに舌を出してから、ひょいと東眞の暖かい部屋に入る。スィーリオはそれと入れ替わるようにしてXANXUSの足元へと体を移動させた。
 東眞はにっこりと微笑んで、それではと続ける。
「セオと、楽しい夜を過ごして下さい」
「お、」
 い、と最後まで言う前に、XANXUSの目は茶色い扉になった。そしてマンマ、とセオの呟いた言葉にうるせぇと短く返した。

 閉じた扉を背中に、東眞は修矢に椅子をすすめる。机の上には入れたばかりだろうか、湯気の立っていた紅茶が置かれていた。
「飲む?」
「うん、飲む」
 有難う、と修矢はとても、これ以上ないほど嬉しそうな顔をしてそれを受け取った。
 一つの椅子に腰かけて、目の前の随分と大きなベッドを眺めて、それからすいと目をそらす。別に意味が分からないわけではない。修矢のそんな行動に東眞は吹きだして、くすくすと肩で笑う。修矢はそんな姉の行動にぐ、と言葉を詰まらせた。
 暖かそうな肩掛けを修矢に渡して、東眞はベッドの上に腰をおろして、膝の上に毛布を乗せて防寒代わりにする。上にはしっかりと自分用の肩かけが羽織られており、髪はシャワーを浴びたばかりなのか、シャンプーの匂いがした。
「こっちは冷えるよね」
「…うん、まさかこんなに寒いとは思わなかった。姉貴、風邪とか引いてない?」
「引いてないよ。哲さんたちは相変わらず元気みたいで…」
「食べるプリンの数は相変わらずだけど、元気にしてるよ。沢田たちも元気にしてた」
「それで、彼女はできたの?」
 ぶ!と世間話の合間にこぼれた言葉に修矢は飲んでいた紅茶を吹きだしかけて、大きくむせる。そんな初心な反応に東眞はからからと笑って、そうかまだなんだと返した。
「ま、まだって」
「何でもない。まぁ、男所帯だし心配ないとは思うけど、あんまり無責任なことはしないように。学校で教えてもらうのかな。どっちにしろ、段階踏まえて頑張りなさい」
「いいい、いないって!俺、まだそんなのいない!」
「ふーん?」
 真赤になって首を横に振る義弟に東眞はからかいたい心が擽られたが、流石にこれ以上は気の毒かと思ってそう、と話を終えた。しかし括りは、彼女ができたら紹介してねとしておいた。それに修矢は、無理だと思うと溜息交じりに答えた。
「それで」
「それで?」
 続けられた東眞の言葉に修矢はえ、と耳を傾ける。
 それで終わると思ってたのだが、向けられた瞳はからかう類のものではなく、ただただ優しい。ああひょっとして気付かれていたのかと修矢は思いながら、両手に持っていたカップの温かさをそっと包み込んだ。
 東眞はそんな修矢の様子に小さく笑ってから、何があったのと問いかける。
 そもそもこの義弟がわざわざこちらに来る理由は自分に会いたいと言うものだけではないことは自明である。そんな子供じみた(というのも失礼かもしれないが)理由でこちらに来るほど、彼はもう子供ではない。
 東眞の言葉に修矢は誘われるようにして口をゆっくりと動かした。
 手元のカップの上に言葉が落ちてくる。
「その、進学…どうしようかなって」
 来年俺も受験生だからとぼやいた修矢の躊躇いがちの表情に東眞は続きを大人しく待つ。修矢はゆるゆると唇を動かして、喉でつっかえていた言葉を外へと持ち出す。
「哲や藤堂、さんは俺が相談しても、きっといい意味での助言にならない。あの二人は俺に行ってもいいって言う。俺がやりたいようにやっていいって、いうから」
 尤もな言葉に東眞は成程と頷かざるを得ない。あの二人は目の前の義弟第一主義であるから、やりたいようにやれと言うことだろう。藤堂のおじさんは少し違うとはいえども、修矢を子供だと思っているので、間違いなくそう言う。
「初めは、進学する気なんてなかったんだ。俺は、俺が守りたい場所を守らなくちゃいけないし、守りたいと思ってる。だからわざわざ大学まで行ってしたいことはなかった…から、その」
「それで、修矢は大学に行って何がしたいの?」
 東眞の言葉に修矢はすい、と顔をあげて、口を動かす。ぼそりと、医学、と。
「医者になりたいってわけじゃないんだ。誰かの病気を治したいってわけでもない。ただ、医学だけは学んでおいて損はない。誰かが撃たれて怪我したとき、咄嗟に完璧な、独学の応急処置ではなくて適切な処置ができれば、それだけで誰かの命が助かる。
 これから桧はどんどん大変な位置に立たされていくと思う。それは、まだ俺が年齢を重ねていないからって理由もある。桧はもう――――――――昔の桧じゃない。誰も手を出さない桧じゃないんだ。あいつらが潰した組も勿論その理由の一端になってる」
 関東最大の組、を思い出して東眞は苦い顔をした。全ての始まりの場所であり、出会いの場所だった。
 紅茶のカップを側の机に置いて、修矢は膝の上で固くその手を握りしめる。
「俺は守らなくちゃいけない。だから、そのために必要なものは手に入れておきたい。手当てが足りなかったばかりに、死んでいく俺の仲間を見るのは―――――――駄目だ、絶対に、駄目だ。勿論、大学行くからって、俺、組のこともないがしろにしたりはしない。きちんと今まで通りやる。それに学費だって」
 バイトして、と言いかけて修矢はふと口を止める。頭の上に乗せられた、優しい手の感触。
「学費くらい、出すよ。私がそっちでバイトしてた時に貯めたお金、ほとんど使ってないから。だから修矢は学業に専念しなさい」
「…行って、いいの?」
「勿論。でも医学部って難しいよ。きちんと勉強してるの?現国とか古文とか、嫌いだからってサボってない?」
「サボってない!」
 頑張ってる、と修矢はその顔に花を咲かせた。東眞はそんな義弟の両頬にそっと手を添えて、修矢と名前を呼ぶと、しっかりと抱きよせる。
「背中は押してもらうために使いなさい。今はまだ、やりたいことをって、それから、その背中で引っ張って行きなさい。頑張るって言葉は、頑張ってるだけじゃ意味がない。頑張って、結果を出さないとそれは周囲に認めてもらえないから。それだけ行きたい理由がしっかりしてるなら、行ってきなさい。勉強してきなさい。頑張れ」
 ああでも、と東眞は修矢をそっと話して、その額をついと小突く。そしてくすりと笑って、頭をくしゃりと撫でた。座っていても、彼の方がもう大きい。
「無茶しすぎて倒れないように。哲さんたちが心配するから、ね。学費は心配しなくていいから、でもまぁバイトはやりたければやりなさい。ただし、そのお金は自分のために使うように」
 分かった?と言われて、修矢は小さく、しかし嬉しげに頷いた。
「本当は、正月に姉貴が帰ってきた時に相談するつもりだったんだ。メールや電話は、なんだか不安で。やっぱりこういうことって、きちんと相手と向き合って話したいから」
「うん」
 あ、と東眞は時計を見て、声を上げる。もう時計の針が随分と遅い時刻まで回っていた。そろそろ寝ないと翌朝、あれほど早く寝ろと言ったのにと心配をかけることとなる。
ベッドに上がった東眞に修矢は近くのソファを探す。が、それに東眞は布団をすいと人が入れるようにまくった。そしておいで、と修矢に手招きする。一旦修矢は躊躇ったが、これ以上ないほどうれしそうな顔をして頷いて、ベッドに上がった。
 二人、三人は優に眠れるほどに大きなベッドは柔らかく、ふかふかとしている。
「こうやって寝たの、何年ぶりかな。小学校中学年くらいまで…は、してた?」
「うん。姉貴と寝るとさ、すっげーいい夢見れるから。怖い夢、見ないから」
 誰にも誰も自分を自分と見ない夢。
 昔は大きな体に縋りついていたが、今は姉を抱きしめるような形になる。
「姉貴縮んだ?」
「修矢が大きくなったんだよ」
 そしておやすみ、と明かりが消えた。

 

 むぅ、と非常に不服気な息子をベッドの上に放り投げて、それとXANXUSは向き合う。
 しかしすぐに飽きて、くると背中を向けると自身はベッドの上に転がる。だが、その後ろですとんと一人分がよたついて下りたのに気づいて上半身を上げる。見れば、セオがスィーリオも手伝ってだが、扉の方へと向かって歩いている。
「おい」
「セオ、マンマ、と、ねんね」
「…おい」
「やっ!バッビーノ、とねんね、やー!」
 この糞餓鬼が、とXANXUSは青筋を立てながら、ベッドから立ち上がると扉へと歩く我が子をひょいとつまみあげて、それから頭に一発見舞った。すると見る見るうちに銀朱の目に涙がたまり、ふぇ、としゃくりあげがちな涙声が上がる。
「マンマー、と、っ、ねんね、するーの…っ、セオ、マンマとねんね、する、のぉー」
「うるせぇ。今すぐ黙って寝ねぇと部屋から叩きだすぞ」
「マンマとねんねするの!」
「…」
 そんなに俺と寝るのが嫌か、とXANXUSは父親心を僅かながらに傷つけられながらくそ、と舌打ちを一つする。尤も舌打ちをしたところで、セオが不機嫌になるのを止めるすべはない。部屋の扉には鍵をかけてあるし、子供の力で出られるものではない。
 なら勝手にしろ、とXANXUSはセオを絨毯の床にどすんと落として、自身はベッドの上に転がった。
 しかし待てども諦めの声は聞こえてこない。それどころか、泣き声ばかりが大きくなる。母を求めて泣き叫ぶ我が子をXANXUSはベッドの端に座りなおして睨みつけた。
「泣くんじゃねぇ。うるせぇ」
「…マンマーと、ねんねぇ、する、の」
「てめぇ、俺と寝るのがそんなに不満か」
 口先を僅かにとがらせ、眉間に大量の皺を寄せている父親にそんなことを言われても息子の答えなど分かり切ったものである。セオは側に置いてあったクマのぬいぐるみを掴んで、父親に向かって投げつけた。
「…っやー!バッビーノ、いじわる!セオ、マンマと、ねんね、するの!」
 無論、XANXUSは飛んできたクマのぬいぐるみをきちんとはたき落したわけだが、これでこの男が怒らないはずもない。苛立ちが頂点に達して、スィーリオはそれを敏感に感じ取ったのか、その尻尾を大人しく丸めた。
 ベッドを立ち上がり、我が子を見下ろす。セオは覆い被さった父親の影にびくりと震える。流石にこの怒りは恐ろしいようで、ぴたりと黙った。しかし今更黙ったところで、時は既に遅い。XANXUSはかちんと鍵を開けると、セオを掴みあげてぽいと外に放り出す。
 そして扉を閉める前に、ぎろ、とセオを睨みつけた。
「なら勝手に行け、糞餓鬼が」
 ばたん、と強い調子で閉められ、中から鍵がかちんとかかる。そしてセオは真暗で寒い廊下に一人取り残された。小さい子供にとってこれほど恐ろしいことはない。セオはぐす、とすぐに泣き顔になって、ばんばんと扉を外から叩く。
「ごめーな、さい!ごめ、なさい!バッビーノ、ごめ、なさいっ!あけ、て、あけーてっ!セオ、わるかった、です!う、っく、マンマ、マンマ、マーンマぁぁ―――」
 最終的には母を呼んでセオはその場に座り込んで、ぐすぐすと泣き始める。涙やら鼻水やら、ひどい。
 スィーリオの黒く濡れた鼻が、心配そうに扉と床の隙間からのぞいているが、その巨体は流石に外に出せそうもない。
 セオは泣きながら、ばんばんと片手で扉を叩く。だが、扉内部の反応はない。唇をわななかせつつ、セオはバッビーノ、と父親を呼ぶ。それからもう諦めたのか、マンマ、と母を呼んだ。尤も呼んだところで、離れた部屋には届かないし、その上東眞はもう寝てしまっている。
「Sucusami!(ごめんなさい)Sucusami, Babbino!」
 イタリア語になって謝ってみるものの、やはり返答はない。
 バッビーノぉ、とセオは項垂れながら、次第に扉を叩くのも疲れてきたのか、ぺたぺたと扉を撫でるような仕草になった。ぐす、と鼻をすすりあげた時、暗い廊下から、ゴツンと冷たい音がした。びくりとそれにセオの背中が跳ね上がる。
 怯えと恐怖でセオは目をこれ以上ないほどに大きく見開いて、その奥をしっかりと目が離せないと見つめる。しかし、現れたのは、お化けでも何でもなかった。
 ごつんと靴音が鳴った後、う゛お゛ぉい゛と大きめの声を静かにした感じでスクアーロは目の前の子供に目を丸くした。
「何やってんだぁ、Jr」
「う、ぇ――――――…っぁーロぉ…っ」
 しゃがんだスクアーロにセオはがばりと抱きつく。なんだかとても嬉しくて、スクアーロはくつりと口元を笑わせた。
 そしてセオをあやすように背中を数回優しく叩いて、どうしたぁとセオに問いただす。流石にそこはスクアーロなので、XANXUSのように強面で睨みつけたりはしない。にこと笑ってセオに問う。
 そしてセオはぐすと泣きながら、マンマ、と母を一度呼ぶと、全くわけのわからない説明を始める。
「セオ、マンマ、ねんね…バッビーノ、めっ!セオ、ここ」
「…そ、そうかぁ。そ、そりゃ大変だったなぁ」
 全く理解できないのだが、ここで分からないと言えば、泣きだすことくらいスクアーロには分かっていたので、頑張ったなぁと意味も分からずに褒める。泣き顔のセオに引っ付かれた際に隊服にこれ以上ないほどに鼻水や涙がついたのだが(そしてそれは伸びた)泣く子を叱るわけにもいかない。
 スクアーロはそうだなぁともう一度セオの頭を撫でた。そして目的の扉の前で、セオを抱いたままた立ち上がった。
 さてどうしようかと暫く悩む。このまま目の前のボスに帰還報告をすべきか、それとも母を求める子供を取り敢えず母親に預けるか。
 外に叩きだしたのはXANXUSには相違ないだろうから、ここで子供をもどしても怒りの矛先がこちらに向きかねない。まぁ取り敢えず父親のところに一度は返すべきかと考え直して、スクアーロは扉をごつごつと叩く。
「う゛お゛おぉ゛い、ボスさんよぉ。Jrが外で泣いてるぜぇ」
「…うるせぇ」
 何だとスクアーロは扉のすぐそばから聞こえてくる声に目を丸くする。
 つまり、この中いにいる男は子供を叩きだしておきながら、結局どうやって中に連れ戻したらいいのか分からずに扉のすぐそばで待っていたわけだ。何と言う不器用な父親だろうとスクアーロはげんなりとしつつ、そんな父をもったセオを多少気の毒に思った。
 そして、きっかけはこちらが作ってやるべきかと小さく笑って、帰還報告だぁと扉の外で告げる。
「報告書も持ってきてるぜぇ。取り敢えず扉あけてくれぇ。餓鬼が冷えちまう」
「入れ」
 鍵が開けられ、ごつごつと扉向こうの足が遠ざかる。そして離れたところで足音がとまった。どうやら扉のそばで待っていたと言うことを知られたくないらしい。厄介なことだ。
「てめぇも災難だなぁ、Jr」
「Scusami, Babbino」
「…ま、それは顔見せてから言ってやれぇ」
 と、その涙と鼻水で酷い顔を拭いてやってから、スクアーロは入るぜぇとドアノブに手をかけた。