28:貴方の妻であるということ - 4/6

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「Neun. Acht. Sieben. Sechs. Fünf. Vier」
 日本屋敷を見ろ押す二人組のうち、一人の口から洩れる出る日本語以外の言語は風にまぎれていた。ゆっくりと口をきいていない一人の方が腕を持ち上げる。指に持つは大量の銀。
「Drei. Zwei. Eins」
 にぃぃ、と言葉を発している男は口元を歪ませた。そして二人の口はゆるりと同時に動いて最後の言葉を口にする。
「「Null.」」

 

 だん、と引き金を引きながら、的をこれ以上近づけさせないように銃弾の嵐を作らせる。相手が幾ら強かろうとも、近づかなければ攻撃はできない。遠距離攻撃可能であれば、とっくにしているのだろうが、それをしないのはその手段がないからである。
 哲はその中で、木々に隠れて身を潜めている相手に向かって銃弾を放つ。流石に相手もプロなので、急所には絶対当たらないように隠れている。そのため、肌をかするのがやっとだ。時折、銃撃を一か所だけ開けて相手がつられるのを待ってみるが、それに乗ってくるほど愚かでもないようだった。
 このままではこちらの銃弾が尽きる。そうなれば、勝機は確実に向こうにあり、分が悪い。かといってこの銃撃の嵐をやめれば肉弾戦に持ち込まれる。自分は兎も角、他の組員がそれに勝てるのか、と言えば答えはNOだ。
 ここまで統率のとれた隊であれば、頭さえ潰せば状況の不利を認識して帰還するのが基本である。ならば自分の主が敵の大将を取るまでの間、その間さえ持ちこたえていればいい。それを信じるしかない。
 加勢に行きたい、と手足が叫んでいる。
 しかし、信頼を向けられた以上この持ち場を離れるわけにはいかないし、助勢に行くわけにもいかない。くそ、と哲はまた少し見えた相手の腕の部分に銃をかすめさせる。何もできないのか、と腹立たしい。
 だが、その瞬間、視界が二つに割れた。世界が、割れた。否。
「Guten Abend, (こんばんは)榊」
 地面に突き立った針の山はまるで城塞のようにその場を保護した。組員が銃をそちらに向けたのを見て、哲は待て、と制止をかける。だが勿論、相手に対する警戒心は解かない。
 空から降りてきた黒い蝙蝠は両手をひらりとさせて笑った。その隣に、もう一人の蝙蝠が降り立つ。黒い、漆黒のコートが揺れた。
「ヴォルフガング氏、ヴィルヘルム氏」
「Guten Abend, Herr 榊」
 短い金髪の方からも挨拶がされる。ヴィルヘルムはきらきらと輝く鉄線を腕輪から引っ張り出して、にっこりとその空色の瞳を細めた。解かれることのない警戒心に、へらりと笑って、まぁそう固くならないで、と言った。
「どういったご用件で」
「勿論、仕事で。今回、俺たちは榊や修矢の味方だ。そういうわけで、外のあいつらは俺たちが片付ける。まぁ、あいつらは成功率90%以上じゃないと動かないからなー。俺たちが来たって分かってるだろうから、今頃は上司に連絡入れてると思うけど。そういうわけで、行ってきなよ、榊」
「…は?」
「Herr 榊、修矢、行く、したい」
 細い針を両手に備えながら、ヴォルフガングはちらりと哲の方へと視線を向ける。さてと、とヴィルヘルムはごきりと体の骨を鳴らして、その口元を優雅に曲げていく。愉しげに、染まるように。
「行きなよ、榊。俺たちは請け負った仕事はちゃんとこなす。誰に、なんて今は関係ないだろ?」
「――――――――恩に着ます」
 ヴィルヘルムの言葉に哲は一つ礼を述べて、畳を蹴った。

 

 沢田から、と修矢はレヴィの武器を受け止め、流しながらそう思う。沢田、というよりも自分の姉の関係者とみられる奴等から情報を聞いておいてよかったと。
 戦闘において相手の手の内が見えないことなど珍しいことではない。しかしながら、その手の内が見えていれば対策が立てやすく、戦いを有利に運べる。あの男の使用武器が銃と、それから普通に考えれば不可能、というよりも理解不可能な炎を使用することは知っていた。そしてスクアーロは剣。仲間、というべきなのだろうが、他、ルッスーリア、ベルフェゴール、マーモン、それから目の前の男に関しての情報を手に入れておいた。
 しかしまぁと修矢はほくそ笑む。
 元々その自覚が薄い連中だとは思っていたのだが、こうもペラペラ話してくれるとは思ってもみなかった。
 話の筋を聞いても、どうやら沢田とXANXUSたちの間に仲間意識は一切ないとみていい。だから、甘いという。仲間意識がないからと言って、同じ場所に所属する人間の情報などそう簡単に明かしたりするものではない(お陰で戦いやすいわけだが)
 実質的な戦闘能力の差はこれで埋められる。それに、ここに来た相手がよかった。これがもしスクアーロやルッスーリア、ともかくレヴィ・ア・タン以外の人間であれば、情報があったとしてもあまり役に立たなかっただろう。
 だが、今回は相手がいい。
 刀の強度は多少下がったが、耐熱、耐電性の金属で刀身を打った。電気は通らない。振るった刃に雷がはじけたが、問題はない。地面に触れることで、電気はそちらへと逃げた。
 それに性質の問題もある。動きが遅い(それでも十分に早いが)ならば、こちらにも打つ手はある。力で劣っても速さで勝るのであれば、それを武器にする。一撃必殺はその名の通り当たれば即死だが、ようはあたらなければいいだけの話である。さらに一撃必殺というくらいなのだから、立派な大技に値する。流石にそれがためもなく打てるはずもない。大技はその分リスクも高いのだ。
「くっ…、ちょこまかと!」
 空中に在る電気傘から雷撃が弾けた。しかし修矢はそれを大きくよける。大きくよけたのは、当たれば不味いからである。紙一重で避けて当たればことである。それに雷撃は近くに在る電気をより通しやすいものへと手を伸ばしやすい。ならば大きく避けなければ、当たる。それだけは厄介だが、それさえ警戒していればおそるるに足らない。
 問題はあの電気傘である。獄寺隼人はそれを爆弾で撃ち落とした、という話だったが、こちらにそのような一点集中できるものはない。しかし、前の戦いで飛距離がある武器は、取り敢えず訓練しておいた。
 出すか、と修矢は腰のベルト、ホルダーに手をかけた。
 ふ、と一瞬だけ地面に強く足を落として、体を大きくひねることで遠心力を発生させ、ホルダーから指に掛けた物を弾くようにして飛ばす。形自体はくないに似ているものの、それよりももっと薄く、鋭い。鋼の板、といったところである。<だがその両端は刀身のように鋭く砥がれており、流せば間違いなく切れる。先端までその鋭さは続く。
 爆弾のような威力はないが、細い部分ならば壊せるか、と修矢は踏んだ。だがしかし、投げた金属は電気傘に当たって、そして落ちただけだった。
「…っち、」
 その電気傘から飛んできた電気を飛んで避ける。レヴィは修矢の攻撃にふんと鼻を鳴らした。
「そのような攻撃が効くと思ったか!」
 一度壊されているので、やはり強度を上げているのかと修矢は舌打ちをする。想定の範囲内ではあったが、これでは仕方がない。銃ならば完全に一点集中の強度があるので、撃ち抜ける可能性もあるのだがと思ったが、自分は銃は撃てない。
 ふっと修矢はそこで上から降ってきた攻撃に気付いて刀を持ち上げる。スクアーロたちより遅いとはいっても、それでも十分な速度はあるのだ。さらに上からの攻撃であれば腕力に加えて体重も乗るので攻撃の威力が増す。
「――――――――…っぐ、」
 一度受け止めてしまった力を流すのは非常にコツがいる。受け止めた瞬間であればそうでもないのだが。
 見上げればそこに在るレヴィの顔に修矢はぎりっと歯を食いしばった。だが、次の瞬間修矢は止まっている、という危険性に気付いた。
「しま、」
「気付いても遅い!喰らえ、レヴィボルタ!!」
 逃げられない、と修矢は気付く。力を今の状態では受け流しても潰されるだけでどちらにしても絶対の死がそこにはある。電気傘に雷が収集していくのにが視界の端に溢れる。
 大口を叩いておきながらこれから、と修矢はぐっと歯を食いしばった。
 考えられる得る可能性を脳内で必死に探す。思考をフル回転させて、この戦いに勝つ方法を。だが、両手両足は動かせない。視線を外せば目の前の男の攻撃が心臓を貫く。
 万事休す。
 か、と思ったその瞬間、空中の電気傘がはじけた。
「…な、何っ!?」
 驚いたレヴィの腕から力が一瞬だけ抜ける。その瞬間を見逃さず、修矢は一瞬で力を受け流して、地面を蹴ると距離をとる。そして、ふっと玄関の方へと視線をやった。そこにいたのは、銃を構えている、自分の側近の姿。
「坊ちゃん、御無事ですか!」
「て、哲…お前、西はどうした!」
 僅かにほっとしたのだが、任せた配置のことを思い出して、修矢はそのことを怒鳴る。こちらに来るように言った覚えはない。死守、と命令したはずだ。その言葉に、哲はあちらは大丈夫です、と口元に笑みを浮かべた。
 意味が分からず怪訝そうな顔をした修矢に哲は彼らが来ました、と答えた。
「彼ら?まさか沢田…いや、違うか」
「お嬢様のご友人ですよ」
「――――――――ヴィルと、ヴォルフか」
 レヴィに再度警戒心を向けて修矢は笑った。彼らが何故来たのかは分からない。だが味方をするならば、大歓迎である。彼らの本職は殺し屋。本気さえ出せば、今の、自分たちよりも間違いなく強い。
 哲は小さく笑ってから、まぁ、と先程の電気傘があった方向へと視線を向けた。
「新しい銃弾の効果も見れましたし」
「お前、俺を助けに来たんじゃないのか?」
「当然ですよ、坊ちゃん」
 その声が、余裕を生む。修矢はゆっくりと落ち着いた笑みを口元に広げていった。
 そして、ちきりと刀を鳴らす。哲が来たのであれば、自分が集中して攻撃すべき対象は一点に絞られる。これほど楽なことはない。
 だが、その対象が耳元に手を添えて、顔を難しくしている。成程、と修矢は頷いた。ヴィルヘルムたちの存在はどうやら随分と大きな効果を与えているらしい。
 修矢はその黒い瞳に月の輝きを乗せて、笑った。
「引くか、レヴィ・ア・タン」
 その言葉にレヴィはゆっくりと電気傘を構えた。

 

 ルッスーリアはスクアーロから出された帰還命令にあらそうなの、とそう返して通信を切る。
「ボス、東眞のところに向かったみたいねぇ」
 そう、金髪の少年にルッスーリアは告げた。それにベルフェゴールはあっそ、と言うと、すっくとベンチから立ち上がる。オカマは、と尋ねられた小さな声にルッスーリアは失礼ね、と言ってから何と返事をした。それにベルフェゴールは続ける。
「ボスが東眞連れて帰って大円団じゃん。ちぇーっ、探してた俺ら馬鹿みてー」
「そんなこともないわよ。それに、そういうことも分からないわ」
「?何が」
「大円団かどうかってこと」
 ルッスーリアの言葉の意味が理解できずに、ベルフェゴールは軽く口元を曲げた。そんなベルフェゴールにルッスーリアはそうねぇ、と説明するために言葉を探す。
「そうじゃねーの。ボスの隣に東眞がいりゃいーんだって。いつもと同じじゃん」
「男女の機微を説明するのって難しいわね…兎も角違うのよ。そうじゃないの」
「オカマのくせに知ったかぶってんじゃねーよ、カス」
 投げられたナイフをルッスーリアは器用に避けて、危ないから止しなさい、と軽く叱った。
 今回の件はルッスーリアから客観的に見れば、どちらも悪いのだと思っている。どちらかだけが悪いということはない。当然ボスの妻でありながら、生死にかかわる出来事を相談しなかった東眞にも非はある。しかしながら、こと、今回の件を相談できないような雰囲気を持ち続けていたXANXUS自身にも問題はあるのだ。おそらく東眞は相談しなかったのではなく、相談できなかった。XANXUSの絶対的な回答を理解したからこそ、だろう。
 シャルカーンはそれを納得させなければならないと言っていたが、彼自身XANXUSの答えを覆すことが東眞にできるとは思っていなかったに違いない。
 初めから答えの決まっている話し合いは話し合いではなく、説得という。話し合いは双方の意見を出し合って、よりよい結論へと導くことである。だが、XANXUSの答えは一つしかなく、東眞の答えも一つしかなかった。そしてXANXUSには力がある。そうなれば、東眞が自身の結論を取るためには、黙っている、というたった一つの道しかなかったのだろう。
 自分の意見を一切曲げる気がなく、相手の話を聞くことは、正確には話を聞くとは言わない。ただそれを一つの情報として認識しているだけにすぎない。話を聞く、というのは相手の意見を多少なりとも聞き入れる姿勢を持つということだ。
 東眞は今までの経験上、XANXUSにはそれがないということを知っていた。
「どちらが悪いっていうわけでもないんだけどね…まぁ、どっちかが折れたら…やっぱり東眞が折れるんでしょうねぇ」
 仲直りするとすれば、とふぅとルッスーリアは頬に手を添えて軽く息を吐く。こつこつと石畳の上をブーツが歩く。
「折れりゃいいじゃん」
「…今回はそう簡単にもいかないわよ。東眞が折れるためには、Jrのこともあるんだから。ボスが、それを口にできたらいいと思うんだけど」
 決定的に言葉が足りない、そもそも自分たちの上司は何故東眞が黙っていたのかすら分かっていないのだろうから。分かっていなければ、Jrのことなぞが思考の上に登ってくるとも思えない。
 難儀よね、ともう一度溜息をついたルッスーリアにベルフェゴールは分っかんね、と腕を頭の後ろで組んだ。