18:楽しい休暇の過ごし方 - 5/6

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「それで」
 成程、と任務から帰ってきたルッスーリアはスクアーロの怪我の手当てをしながら頷いた。そしてそれは怒るわね、と納得する。
「肝心の東眞は部屋に入って出てこないし、ボスはボスでソファでむすくれてるわけね」
「そういうことだぁ…少しは大人しくなんねぇのかぁ?」
 喧嘩をすること自体は滅多にないが、そもそもXANXUSは喧嘩だとすら思っていないので性質が悪い、したらしたで東眞は兎も角XANXUSの方が問題である。拗ねる当たるむすくれる、お前はどこの餓鬼だ!と叫びたくなるほどの事態になる。尤も最終的に東眞が折れるが。何しろXANXUSは何故東眞が怒っているのかが分からないのだ。自分の行動に非がないと思っているのだし、これからもそうあり続けることは間違いない。だから東眞が折れる。
 でもねぇ、とルッスーリアは救急箱をぽんと膝の上に乗せて溜息をついた。
「いくら何でもパソコンを壊したのは不味かったんじゃない?」
「…シルヴィオが来てからあんな調子だったからなぁ…」
 元より独占欲が異常に強い男が、自分の女が「あの」シルヴィオと知り合いだったということに不安、というよりも苛立ちがあるのだろう。何しろ女の噂には事欠かない男だ。それこそ以前のXANXUSと張れるくらいではないだろうか。東眞に限ってはそんなことはないだろうが(こちらから見ても彼女は上司にぞっこんなのだから!)XANXUSが東眞の言葉を納得するはずもなく。常に傍に居させることで安心を得る、といった安直な方法に出たわけで。それから東眞の注意が自分以外の人間に向くと神経質なまでに苛立っていたという。力があるぶんその辺の駄々っ子よりもひどい。
 スクアーロは深く溜息をついた。それにルッスーリアは、まぁまぁと笑う。
「そんなに心配しなくても、東眞のことだしまた許してあげるわよ」
「そろそろ限界じゃねえのかぁ…?いくら何でもパソコンはなぁ…」
 携帯があると言っても、だ。現に東眞は部屋に閉じこもってXANXUSの顔を見たくないという態度である。普段ならば、顔は見ても口は利かない、その程度だ。
 自分が一肌脱ぐ必要があるのだろうか、とスクアーロはそんな風に考えた。
 二人の喧嘩で仕事に支障が出ることはないが、雰囲気が悪い。少なくとも、ここは共同で生活している場なのだし、それになにより自分への被害が一番大きい。自己保身に走りたい。
 ああ全く、とがっくりと肩を落としかけた時に、ちょうどその話の当人の声がかかる。
「ルッスーリア」
「あら、東眞。今丁度アナタの話をしてたのよ」
 丁度良かったわ、とルッスーリアは席を一人分避けて座る。東眞は周囲にXANXUSがいないことを確かめてから部屋に入って、一言礼を述べてから座る。そして、ルッスーリアに一枚の封筒を差し出した。
「これ、出してもらえますか?」
「ええいいわよ。ねぇ東眞、ボスがパソコン壊したこと、まだ怒ってる?」
 また直球を!とスクアーロは慌てたが、東眞がそれに対して起こった様子はない。そう、彼女はXANXUSとは違うのだ、とスクアーロははっと気付いた(XANXUSならば速攻で酒瓶が宙を飛ぶ)
 東眞はルッスーリアの問いに、一拍置いてから答えた。
「そう…言うほど、怒ってないんですよ。勿論壊された時は腹が立ちましたけど」
 コンセントを抜く程度なら構わなかったんですけどね、と東眞は肩を落とす。どうやらほかにも理由があったようで、それが一体何か気になり、スクアーロは首をかしげて見せた。それに東眞はそのですね、と続ける。
「あのパソコン、バックアップとって無かったんです。みんなで撮った写真が沢山入ってたのに」
「…そんなことかぁ?それならとっととボスと仲直りしてくれぇ…」
「すみません…でも、写真って思い出じゃないですか。アルバムでも作ろうかなって思ってたんで…ちょっと」
 そう言葉を濁した東眞にルッスーリアはそれじゃ仕方ないわねぇ、とぽんぽんと東眞の肩を叩く。スクアーロとしては一刻も早くXANXUSと仲直りをして欲しい。東眞も当然それを分かっているわけで、それでスクアーロには謝った。
 あそこまでパソコンを黒焦げにされていてはもう内容も吹っ飛んでいることは間違いない。どんなに頑張っても修復は見込めないのだから、諦めるのが得策である。分からないでもないが、スクアーロはやはり溜息をついた。
 そこにまた話の本人の声が響く。低く、重く、それなのによくよく耳に通る声。
「おい」
「…何ですか、XANXUSさ
 ん、と言おうとした東眞に黒い物体が投げられる。それを受取ろうとして、ルッスーリアが手を伸ばし一旦取って、それから東眞に渡した。それは型こそ違えど、まさにXANXUSが破壊したノートパソコンである。別にノートパソコンが壊されたことに怒っているわけではない。その中のデータが消えたことに怒っていたのだ。
 東眞はちらりとXANXUSを見やる。パソコンを投げた男はむすっとした顔をしてそっぽを向いて、壁に凭れかかっている。結局のおちにルッスーリアは苦笑し、スクアーロは呆れたようにXANXUSを見て(始めからしなければいいのに!)、そして東眞は。
「…XANXUSさん」
「…何だ」
「修矢と哲さんが今度とまりに来るかもしれませんけど、連絡がまだないので確定とは言えませんが、来たら、泊めてくれますか?」
「あ?ふざ、
 けんな、と言いかけてXANXUSは口を噤む。東眞はパソコンを膝の上に置いて、にっこり、と微笑んでいた。ち、と一つ舌打ちをしてXANXUSはそのまま背を向ける。そして一言、勝手にしろと東眞に言葉を投げた。当然、東眞は有難う御座います、と笑う。
 そしてもう一度名前を呼んだ。それにXANXUSは足を止めて振り返る。ぱしゃり、と響くシャッター音とフラッシュ。
「おい」
「今度はバックアップ、とっときますね」
 そう、東眞は携帯をしまいながら微笑んだ。毒気のない、普段通りの笑顔にXANXUSは唇を少しだけ尖らせて、そうしろ、と告げた。

 

 鼻歌交じりに修矢は服をボストンバッグに詰めていく。その光景を布団を敷きつつ眺めて、哲は苦笑した。まるで遠足を楽しみにしている子供のようである。
 ハウプトマン兄弟には客室に布団を敷いておいたので、今日はそこに泊まってもらうことにしている。彼らがいったい何者なのか、正確には知りはしないが、どことなく見当は付いている。一般人には決して染み付くことのない身のこなし。修矢はそれにはまだ気付いていない。
 坊ちゃん、と哲は頬が落ちそうなほどに嬉しげな顔をしている修矢に声をかけた。
「その辺にして今日は休まれてはいかがですか。航空券は逃げませんよ」
「…ま、そうなんだけどな。でもな、哲、姉貴に会えるんだぜ?」
 嬉しいよなぁ、と満面の笑みを浮かべて修矢は口元をほころばす。元気にしてるかな、や、悪さされてないかな、など修矢は目元を優しくしながら、どんどんと言葉を並べる。
 しかし哲はふと思った。
「しかしXANXUS氏にも会うことになりますが…」
 その名前に修矢の動きがぴたっとまるで音でも立てたかのように止まった。静止する。そして、ぎぃぎ、と非常にぎこちない動きで首が哲の方に向いた。
「―――――何か、言ったか?」
 哲、と笑った、その目がちっとも笑っていない。
 これはイタリアにいても一悶着ありそうだな、と哲はそんな風に感じた。そして、自分のバッグにフライパンを入れておこう、と頷いた。それが勿論何のためのものであるかは、言わずもがな。気がかりはあるものの、自分の役目は修矢を守ることにある。それに、と哲は目を細めた。
 ハウプトマン兄弟が何者であろうとも、彼らは東眞と修矢の友人という一面も確かに持っているということ。そして、今ここに泊っている二人組はその一面をこちらに向けている。そうである限り、不安はない。
「哲?」
「あ、はい」
「どうした、ぼーっとして」
 耳が遠くなったのか、と怪訝そうに尋ねる修矢に哲はそんなことはありません、と憮然として答えた。
「自分はまだ28ですよ。耳が遠くなるにはまだ早いです」
 溜息をついて哲は肩を落とす。それに修矢はああ、と言葉をもらした。
「…そっか、お前まだ28だったんだよな…」
「何ですか?」
「いや、個人的に外見はもう三十路いってるような気がする」
「失礼な。自分はぴっちぴちの28です」
「お前28でぴっちぴちとかおかしいだろ。大体28なんて四捨五入したらもう三十路だぜ?」
 何言ってんだ、と呆れた顔をした修矢に哲は毅然と言い返す。これだけは譲れない、とでも言わんばかりに。
「28でも切り捨てたら20です」
「普通切り捨ては小数点以下だろ…そんな無理しなくてもいいんだって。お前もう年なんだから」
「自分はまだまだ若いです」
 きっちりはっきりと言い返してきた哲に修矢はむぅと口をへの字に曲げた。ここまで頑固に言い張る辺り、むしろ年を取ったと認めているようなものである。
 修矢はじゃ、それでいいよ、と話を切り上げた。しかし、それに哲は食い下がる。
「な、なんですかそれは…っ!坊ちゃん、自分はまだ若いですから!」
「はいはい。そーいうことで」
「認めてないでしょう!」
「はいはい」
 坊ちゃん!と声をあげた哲に修矢は笑った。