19:義弟と義兄の関わり方 - 1/10

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 銀色をなびかせながら、人ごみの中を歩く。電光掲示板を眺め、そろそろ出てくる頃かと思いつつゲート前の椅子に腰掛ける。日本から、ということで一体誰が来るのか分からないが迎えに行けと命令されたからには行かなくてはならない。
 一体誰が来るのかは知らないが面倒な事だ、とスクアーロは溜息を大仰についた。どちらにせよ、面倒な人間でないことを祈るばかりである。

 

「またイタリアの地をこの足で踏むことになるとは思わなかったな…」
 全く、と呟いて修矢はボストンバッグをしっかりと持ち直した。ヴィルヘルムとヴォルフガングは小さな鞄の中身を確かめている。
「あれ。修矢、イタリア来たことあるの?」
 ヴィルヘルムの問いかけに、修矢はまぁな、と答えておく。観光目的ではなかったものの、取敢えずイタリアの地は踏んでいる。誰とも会話する必要も、ホテルに泊まる必要もなかったために、言語は必要としなかったが、今回は違う。
 あの男が、と修矢はぎりっと歯を噛んだ、あの男が自分たちを大人しく泊めるはずもない。まぁどちらにせよ、と修矢は辺りを見まわして、東眞の姿を探す。
 そう。どちらにせよ、今回は姉と一緒の観光目的で来たのだし、最終的に選ばれるのはこちらであるはずだろうから、ざまぁみろ!と修矢は内心ほくそ笑んだ。しかし、肝心の姉の姿が見えない。
「誰か探してるの、修矢」
「あ、…うん、姉貴が迎えに来てくれるって言ってたから…」
 多分もう来てると思うんだけど、と修矢はポケットから携帯を取り出して、通話ボタンを押す。コール音が数回響いて、それがぷつっと切れた。
「あ、姉貴?今さ、ゲ
 ートの前にいるんだけど、と続けようとした修矢は電話から漏れた声に動きを止めた。その声の持ち主が一体誰なのかは言わずもがな、知っている。
『迎えをやった。そいつに案内を頼め』
「―――――――――…おい、アンタ…なんで、アンタが姉貴の電話に出てんだよ…っ」
 ぎりぎりと歯を食いしばりながら、修矢は青筋を立てて、電話を破壊せんばかりの勢いで握りしめる。それに、電話向こうで馬鹿にしたような笑いが、は、とこぼれる。
『あ?聞きてえか?』
 愉しげな響きと、する、とかすかに聞こえた衣擦れの音にひくり、と頬が引きつった。まさか、とは思うが、そのまさかの可能性は高い。
「…!!」
『東眞』
 親しげに名前を呼ぶ行為に血管が一本ブチ切れた。それでも辛うじて電話を切っていないのは、たとえ電話に出た相手が憎き男でも、姉の電話だからである。少しばかり嗄れた(何故嗄れたのかは想像したくない)声が、ぁ、と電話越しに聞こえる。そして、慌てた調子で、あ、と大きな声がこぼれる。電話を、と懇願する響きがしたが、電話を持っている相手は返すつもりはないらしく、その上、当てつけのようにその声がくぐもったものに変わった。
 ふるふると修矢は怒りやら恥ずかしさで震えながら、それでも電話は壊さずに耐えしのんだ。それから暫くの間があって、ようやく電話に声が入った。
『おい、いつまで聞いてやがる』
 どこまで聞くつもりだ、と続けられた言葉に修矢はカッとなって電話を発作的に床に投げつけた。素晴らしい音がして携帯電話は破壊される。肩で息をして、東眞に電話をかけただけだというのに般若の形相になっている修矢に哲は恐る恐る声をかけようとした、が、先に修矢の方が言葉を発する。
「――――――――あの、や、ろぉ…っ、あね、姉貴をてご、て、てご…っ!!」
「手籠は流石に違うと思いますが」
「うるさい!」
 冷静に切り返した哲に修矢は怒鳴る。顔を耳まで真っ赤にして、修矢はぎりぎりと歯を食いしばった。哲は半ば呆れた様子でそんな修矢に声をかけた。
「婚約者なのですから、そのように怒られなくともよろしいのでは?」
「褥を共にするのは初夜とか古臭いコト言ってたやつが何言ってんだよ!」
 がなった修矢に哲はそれですが、と付け加える。
「あまりにも古臭いと言われましたので、調べてみました。なんでも、最近の若者の性事情は乱れているとのこと。でしたら、そう驚くこともないでしょう。お嬢様のことですから、避妊もしっかりされていると思いますよ」
「ち、がーう!そういう問題じゃない!」
「同意かそうかということですか?お嬢様も助けを呼ばなかったことですし、同意の上だと思いますが…」
 言いたいことが半分も伝わらずに修矢は頭を押える。そして、ふ、と気付いた。哲、と呼ぶ。
「何でしょうか」
「―――――――――――刀はいつ届くんだっけな…?」
「別口で輸送してますから、後ほど田辺氏から受け取ることになっています」
 ちっと舌打ちをした修矢に哲は溜息をついた。そして、バッグに入れておいたステンレス製の料理器具が必要となるときはそう遠くないだろう、と一人頷いた。
 と、その時空気を押しつぶすかのような大声が響き渡る。
「う゛お゛お゛ぉ゛おおおい!!!」
 銀色の髪をひるがえして、細身ではあるが上背のある体がごつごつとブーツを鳴らしながらこちらに近づいて来る。それが誰であるのかは、修矢も哲も当然知っていた。
 そして、哲がその名前を呼ぼうとした時。銀色の瞳が大きく見開かれる。そして、修矢たちの隣にいる二人をさして名を叫んだ。
「ハウ、ハウプトマン!!!テメェ何でここに…っ!」
「Hi!スクアーロ!まさかこんなとこで会うとは!」
 奇遇だね、とヴィルヘルムはスクアーロが臨戦態勢に入る前に、笑顔になってスクアーロの肩を叩いた。それにスクアーロは、それでも警戒心を一切解かずにその視線を鋭くした。はは、とヴィルヘルムは苦笑を浮かべて、肩を小さく竦める。
 修矢は会話がまともに成立しそうな状態ではないと判断して、哲が代わりに説明をする。
「御久し振りです、スクアーロ氏。そちらのお二方はお嬢様と坊ちゃんのご友人です」
「あ゛ぁ゛?ご友人だぁ!?」
 ぎょっとしてスクアーロはヴィルヘルムとヴォルフガングを見る。へらっと笑ったヴィルヘルムにスクアーロは牙を剥いて、舌打ちをする。
 が、途端その視線が一気に低くなった。まごうことなき殺気が痛いほどに突き付けられていた。胸倉はその細腕のどこにそんな力が、と思うほどのそれでぎりぎりと握りしめられている。暗がりの中で二つの爛々と光る瞳にスクアーロは、げ、と顔を顰めた。地の底から這いずり上がってくるかのような声が、スクアーロに殺気と共に向けられる。少しばかり遠くに投げ捨てられ、破壊された携帯を哲がひょいと拾っていた。
「んなこたぁ…どうでもいいんだよ…まずはなぁ…」
 ぎょん!と音が聞こえそうなほどに修矢はスクアーロを睨みつけた。
「アンタんとこのボスに会わせてもらおうか…っ!!」
 一体何をしでかしやがった、とスクアーロはボスの、上司の、XANXUSの顔を思い浮かべながら、心の中で深く深く溜息をついた。一緒にいる二人についてはおいおい聞くとしても、どうしてこも東眞はこちら系統の人間と関係があるのだろうか、と、スクアーロは、これでもかというほどに一般人的な女性の顔を思い出しながら、げんなりとした。
 そして、殺気だっている修矢に、ともかく落ち着けぇ、と冷静な一言を与えた。

 

 東眞は顔を真っ赤にさせて、XANXUSの手のから携帯を受け取った。
 柔肌は今真っ白なスーツに覆われている。肌と肌が直接触れ合う状態で、何てことをするんですか!と東眞は悲鳴じみた声を上げた。それにXANXUSは不機嫌そうに眉を顰める。
「問題ねぇだろうが。迎えはやった」
「そ、そういう問題じゃありません!修矢が誤解したらどうするんですか…っ」
「誤解?」
 その言葉にむっと眉間に皺が寄る。東眞はそれに気付かず、わたわたと剥かれてしまった服に手を伸ばす。が、その手は大きな手で掴まれ、またシーツに押し付けられた。苛立った声音が東眞に向かって落ちてくる。ああしまった、と東眞は自分の迂闊さを嘆いた。あんなことを言えば、XANXUSが怒るのは目に見えていたはずなのに。
 なら、とXANXUSはもう一度その既に赤い華が散らされている鎖骨あたりに唇を寄せた。その吸いつかれる感覚に東眞はその身をぴくりと震わせる。くすぐったい声が、耳元で囁かれた。
「―――――――誤解じゃなかったらいいんだろうが」
 そうではない、と告げようと顔を青くした東眞だったが、XANXUSが聞く耳を持つはずも当然なく。大きな手はシーツに隠された白い肌をまた、赤い瞳にさらさせた。