17:本当のところは - 3/7

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「は、ぁーい!東眞、毛布とか靴下、それに他一式持ってきたわよ!」
 頃合いを見計らってルッスーリアは扉を開ける。東眞はぱっと慌てて半身を起して、頬を赤らめながら有難う御座います、と笑う。それにルッスーリアは少し早かったかしら、とは思ったものの、これ以上体を冷やすのは好ましくない。スクアーロは持っていた毛布や靴下を東眞に手渡す。しかし、その冷たさにスクアーロは反対にぎょっとする。
「う゛お゛ぉおい!大丈夫なのかぁ?すげぇ冷てえぞぉ?」
 死人みたいだ、と言ったスクアーロに東眞はそうでしょうか、と自分の手に触れてみる。だが、同じ温度の手と手が触れ合ったところで分かるわけもない。スクアーロは慌てて自分の隊服を脱いで、肩にかけてある毛布の上に乗せる。
 それに面白くないのが勿論ベッドにいるXANXUS、張本人である。眉間に三本以上の皺をよせて、堀が深い瞳には影が落ちている。
「おい…カス」
「んぁ?何だぁ、ボス」
 しまいにはシャツすら貸そうとしたスクアーロを慌てて東眞は止める。流石に上半身裸にするわけにもいかないし、そんなことをされても困る。スクアーロの心配は限度を知らない。
 二つの赤い瞳に睨まれてスクアーロはボタンをはずしかけた手を止めた。そしておずおずとその手を半ば本能手的に手を上にあげる。
「…おぉぉ、俺はだなぁ、そ、そのてめぇの大事な東眞が風邪を引かねぇようにだなぁ…?」
 うろたえるスクアーロにXANXUSは地獄の底から響いてきそうな低音で凄んだ。風邪をひいている分さらにワントーン落ちている声の低さが恐ろしい。
「――――――――――言い訳は、それだけか」
 すっと伸びた手に灯された炎にスクアーロは頬を引きつらせた。心配しただけなのに、この仕打ちはあんまりである(今更だが)暫くは白いベッドとシーツとお友達になれそうだ、とスクアーロは覚悟を決めたが、その炎は咳きこみによってすぐに消える。
「無理されないでください」
 XANXUSさん、と東眞は先ほどスクアーロから借りた隊服をXANXUSの上にかけてやる。それに当然のことXANXUSは不服そうな顔をする。俺の隊服がそんなに不満か、とスクアーロは叫びたくなったが、肩をふるわせつつ我慢する。俺は大人の男なのだ。
 そんな様子にルッスーリアは苦笑しながら、ベッド脇の小さな机の上に氷嚢やら何やらをとんとんと置いた。そして手際よくXANXUSの頭に氷嚢を置いたりする。でもどうしましょうか、とルッスーリアは心配そうに東眞の方を見た。
「インフルエンザ、東眞に染っちゃったら不味いわよねえ…今抗体も落ちてるでしょうし」
 その心配に東眞はへら、と笑って大丈夫ですと返す。靴下をはき、セーターなどをしっかり着こんだ上に毛布を乗せて、東眞は目を細めた。
「自慢じゃないんですけど、インフルエンザには一度もかかったことないんです」
「そう?」
「てめぇはそこにいろ」
 俺が治るまで、というのは言外に告げていた。東眞は苦笑して、そういうことですから、とルッスーリアに返す。それじゃ仕方ないわね、とルッスーリアも頷くしかない。そんな様子にスクアーロは呆れた様子で溜息をついた。
「駄々っ子みてぇなことばっか言ってんなぁ、ボスさんよぉ」
「…あぁ?文句あんのか、てめぇ」
 ぎろっと病床で睨みつけた(しかしその眼光は一切衰えてはいない)XANXUSにスクアーロはねぇよ、と返した。仲違いがおさまったとはいえども、やはりまだ多少の不安はあるのだろうとスクアーロはそのように思う。
 すれ違った時間を、一つでも多く過ごしたいと。
 まるで恋する乙女のような思考じゃねぇか、とスクアーロは内心で乾いた笑いをこぼした。しかしちらりとソファに腰掛ける東眞とベッドに寝ているXANXUSを見て、それもありか、と考え直す。結局のところ彼らに絶対的に足りていないものは時間なようにも思えた。例えそれがほんの少しの時間でも、まだまだ足りないと。
「見せつけてくれんなぁ…」
 そう呟いたスクアーロに二人分の視線が向いたが、スクアーロは何でもねぇ、と首を横に振った。これ以上構っていても自分が物寂しくなるだけである。ちらりとXANXUSに視線を落してスクアーロはいつものようにがなりたてる。
「とっとと治せよぉ、ボス。それと東眞にあんま迷惑ばっかかけんじゃねべっ!」
「るせぇ、とっとと行け」
 氷嚢を顔面にくらい、スクアーロは痛みで体を震わせる。中に入った氷はもはや凶器である。投げ返したい衝動にかられたが、相手は病人。スクアーロは泣く泣く氷嚢を東眞に渡した。
「頼んだぞぉ」
「分かりました。あ、スクアーロ」
 出て行こうとしたその背に東眞は声をかけてストップをかけた。スクアーロはそれに振り返って、何だぁ、と返す。東眞は目を細めて、本当に朗らかな笑顔で微笑んだ。
「有難う御座います」
「…別に、気にすんなぁ」
 これで元通りか、とスクアーロも一息ついて、手を軽く振るとその部屋を後にした。ルッスーリアは東眞にホットミルクのお代わりを出して、それから持ってきたものをソファのすぐ近くにそろえる。そしてホットミルクを口にしている東眞に、任せて大丈夫かしら、と尋ねた。東眞はそれにはい、と笑顔で答える。呑み終わったカップなどを持ってきたトレーに乗せてルッスーリアはひょいと持ち上げる。
「後で何か消化のいいもの持ってくるわ。ボス、何かリクエストあるかしら」
「…ねぇ。食えるもん持ってこい」
「やぁねえ、ボスったら!食べられないものなんて持ってこないわよ!」
 肉と言われたらどうしようかとルッスーリアは、その可能性を少し恐れていたのでほっとする。ここでその単語が出てこなかったのは、何だかんだいってもやはり調子が悪い証拠である。東眞もそれには気付いているようで、少し心配そうな顔をしている。それにXANXUSはごほ、と咳を一つして視線を逸らす。
 耳が少し赤くなっているのは熱の所為ではないのだろう、とルッスーリアは微笑ましく思った。
「じゃ、ルッスーリア特製の栄養満点病人食、楽しみにしててチョーダイね!」
 東眞も温かくしてるのよ、とルッスーリアは微笑んで、足取り軽くその場を後にした。
 二人っきりになった空間で東眞は視線を落とす。声もそれにつられてか、少しトーンが落ちた。
「寒気とか…平気ですか」
 その言葉にXANXUSはぬ、とその手をのばして東眞の腕を掴むと強引にベッドの中に引きずり込んだ。そして二つの腕の中に抱え込む。東眞が何かを言おうとしたが、それを無視するように目を閉じてしまった。
「―――――寒くは、ねぇ」
 上から降ってきた言葉に東眞は瞬きをして、小さく口元を笑わせ、その胸にことんと頭を預けた。

 

「あらあら」
 ルッスーリアは二人分に膨らんだ布団を見て苦笑する。湯気が立っている折角の皿は残念なことに無駄になってしまったようなのは分かったが。それを脇に置いて少しずれているシーツを引き上げて二人にかける。
「染しても知らないわよ、ボス」
 染したら染したで心配する自分の上司の姿を想像して、ルッスーリアは二人を起こさぬ程度の声でくつくつと笑った。