02:二人の距離 - 6/6

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 背中から突然響いた破壊音。体を隠すための木の板は呆気なく破壊されていた。視線が背後を向く暇も与えずに、熱さをもった拳が目の前の鏡をたたき割った。そしてがっしりとした腕が腰に回され、引き寄せられるようにして背中に人の体を感じる。
 修矢は割れた鏡で肌に僅かに切り傷を負ったが、すぐさまその更衣室から受け身を取りながら転がり出る。
「X、XANXUSさん」
 東眞の戸惑いに答えないまま、XANXUSはその腕にさらに強い炎を宿す。睨みつけるその先には義弟がいた。そして修矢は抜き身の刀をすっと構える。
「姉貴を放せ」
「地面に這いつくばってろ、カスが」
 びりと肌に感じ取った強い殺気に東眞は体を僅かに震わせた。
 体を包み込む腕がその力を増し、もう片方の腕に宿ったその炎が振り下ろされた刀をガードした。ぎりぎちと火花が飛び、修矢の瞳はもうXANXUSしかとらえていない。触れ合った炎と刃が音をたて、その炎が一気に舞い上がり相手の体を焼きつくそうとする。だが、修矢もそれに気付き刀を支点にしてそのまま背後に飛び退った。けれどもXANXUSとてそれで終わるわけではない。そのまま着地点に炎を飛ばした。
「!」
「修矢!」
 着地点を破壊され、その爆風で修矢はそのまま吹き飛ばされ背後のガラスに背中を打ちつけた。ガラスは砕け、その破片ごと修矢は路地に叩きつけられる。しかし、叩きつけられた反動を上手く利用しながら修矢も体勢を立て直して再度東眞を奪還しようと足を踏みきった。が、

「う゛お゛ぉおおい!!」

 空気を裂く唸り声と、突進した刃を弾かれて修矢は目を見開く。その、きぐるみが片手から刃を突きだしているという奇妙な状況に。
「スクアー…ロ?」
 東眞は確認のために名前を呼んでみたものの、きぐるみの目には既に敵しか映っていない。
「う゛お゛ぉい!てめぇこの間の奴だな!もう逃がしゃしねぇぞぉ!!」
 凄んでいるのだろうが、その間の抜けた格好が色々と何かを台無しにしている。しかしスクアーロは一向に気せずに刃を振るった。修矢は我にかえってその重い刃を防ぐ。
「…っく、この、きぐるみが!!ふざけんな!」
 ぐ、と腹に力を加えて修矢はその刀を弾き返し、スクアーロの機動力を削ぐために太腿(らしきところ)を払った。しかし、スクアーロも先程のきぐるみとは思えぬ行動力でそれを避ける。きぐるみが飛び退る姿はある意味達観である。
 スクアーロの刀が修矢の右腕をかすり、鮮血が飛ぶ。にやりとスクアーロはきぐるみのなかで牙を見せて笑った。
「う゛お゛ぉおお゛い!!この程度かぁ!!」
「――――――…っ」
 ぎり、と歯噛みして修矢は東眞の方に視線を向ける。しかし、東眞は首を縦に振らなかった。
「…くそ…っ」
 修矢は足を強く踏み出しそのまま気ぐるみの頭を踏みつけるようにして高く飛び上がり、そのまま姿を消した。それを一番納得いがないのが勿論スクアーロで逃げんのかぁと叫んでいたが、如何せんきぐるみではそこまで追いかけられない。ちと舌打ちを一つしてスクアーロはすたすたと割れたガラスを踏みながら店内に入る。
「ボス、逃がした」
「…」
「東眞も平気かぁ」
 腕の部分から刀を生やしたきぐるみは全くもって子供に優しくない。
 スクアーロはちらりと東眞の方に視線を向けて、そして(かぶりもののために)押さえも出来ぬ鼻を押えた。
「おおおお、おまおまおおおま!!」
「は?」
 顔を押えていない方の手で指を差された東眞は状況が分からずきょとんと聞き返す。スクアーロはガン見をしたまま震える指先で指し続けた。
「な、なんて格好してんだぁ!!!」
「格好?」
 東眞はそこまで言われてふと足がすぅとするのを感じた。そう言えば自分は試着室でスカートをはくためにズボンを脱いでその時に修矢が来たのだ。つまり、いうなれば。
「…ぁ、―――――――――…!!!!」
 耳まで赤くしてしゃがみこんだ東眞にXANXUSは上着を押しつけるようにして渡す。東眞は半泣きでそれを受け取り身につける。体格差があるために、上着はすっぽりと膝上あたりまで隠した。XANXUSはちらりときぐるみに視線を向ける。
「消えろ」
「ちょ、ま、待てぇ!俺は何もしてないだろうがぁあああ!!」
「黙って消えろ。中身がてめぇだと分かった以上手加減はいらねぇ」
「中身分かってなくてもあの仕打ちだったろおがぁ!う゛お゛ぉお゛おお゛い!」
 そして、ごっとそこに炎の柱が一つ上がった。

 

 ぐるぐると無残に全身を包帯巻きにしたスクアーロに東眞は頭を下げる。
「すみません…」
「てめぇのせいじゃねぇ…あいつのせいだぁ…」
「ところで買い物はどうだったのかしら?」
 ひょいと顔をのぞかせたルッスーリアをスクアーロはぎろんと睨みつけた。
「大体てめぇら俺を見捨てていきやがって!!俺だけがストーカーしてたことになってんだぞぉ!」
「何のことかしらぁ?ねぇベル」
「王子何のことかさっぱりわかんねー」
 けたけたと笑うベルフェゴールにスクアーロは包帯のまま殴りかかる。ベルはその攻撃をひらりひらりとかわしながた言う。
「てかさ、あの恰好のまま斬りかかるなんて本当にスクアーロってだっせぇ」
「おろす――――てめぇら皆三枚におろしてやるぞぉおお!!!」
「うるせぇ、黙ってろ」
そしてXANXUSはスクアーロの頭にテキーラの入ったグラスを投げつけた。