02:二人の距離 - 3/6

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 両者共々、XANXUSはそのズボンの両ポケットに手を突っ込んで、東眞は相変わらずのべんとした調子でその隣に立っていた。そして、その目の前に広がるのはショッピングモール。洋服店や飲食店が立ち並んでいる。
 ルッスーリアに言われて合わせた隊服でない、所謂カジュアルな服装に居心地の悪さを感じながらXANXUSはちらと東眞を見やった。東眞は何故かベルに髪を整えて貰ったようで、これまで見た飾り気のない髪型とは違って可愛らしくまとまっている。流石に服装はそう華やかなものではなかったが。それでも十分に、所謂それらしいカップル、という姿で二人は立っている。
「おい、行くぞ」
「はい」
 だん、と踏み出した足はまるで戦場にでも出るかのようである。東眞はそんな調子のXANXUSに少しだけ笑って返事をした。
 二人とも特に会話のないまま石畳の上を歩く。両脇を通り過ぎていく人の会話がまるでどこか遠くを流れていくバックコーラスのように聞こえた。  XANXUSはぴたりと足を止めた。そして、何も言わないままかつかつと少しばかり値の張りそうな洋服店に足を踏み入れた。
 そんな二人を花壇の蔭からのぞく影が数人。
「もう!ボスったらエスコートがなってないわぁ」
「アイツにそういうこと求めるのは無理がねぇかぁ?」
 ぷんぷんと怒るルッスーリアにスクアーロは呆れた様子で言葉を返した。確かに尤もだね、とマーモンがそれに乗ってベルフェゴールは自分が整えた髪を満足そうに見ていた。XANXUSと東眞が店内に消えたのを確認して四人はその向かい側のカフェ、窓側の席を陣取る。ルッスーリアは可愛らしい鞄から双眼鏡を取り出して覗く。そして途端、奇声をあげた。
 スクアーロは飲みかけたココアを思わず吹き出しかけた。ベルは静かにとしっと口元に人差し指を持ってくる。彼のその手にも双眼鏡が握られていた。
 何でこいつらこんなに用意がいいんだとスクアーロは一人げっそりとしながら、湯気の立つココアを口にした。
 その双眼鏡の中に映る二人。
 XANXUSは適当に服を見つくろっていた。全くもって興味がなさそうな顔をしながら服を手にしているあたり、何故この店に入ったのだと店員から文句でも出そうである。
 ルッスーリアから高価な店はタブーだと聞いていたため、XANXUSは彼にとっては安そうな店に足を運んだ。しかし、それはあくまでXANXUSにとっては、であるために一般人の感覚とは勿論のことかけ離れている。東眞は値札を見ながら、ひくりと頬を引きつらせた。
「いるものがあるなら言え」
「お財布持ってきてるんで、大丈夫ですよ」
 流石にここまで高値のものを買ってもらうわけにはいかない(安くても買ってもらうのには抵抗があるが)と東眞は断った。XANXUSは分からないと言った様子で眉間に皺を寄せた。そして視線を店内に向けて、何でもないことのように言う。
「俺がやるといったんだ、選べ」
「…」
初日といい、何と言いどうしてこうも断りづらいのだろうかと東眞は苦笑をこぼした。とは言うものの、この店のセンスはどうにもパーティー、クラシックな感じなので、東眞に着る機会は訪れるわけもない。それをたどたどしつXANXUSに言えば、XANXUSは上から下まで東眞を見てそして服を音を立てながら見ていく。そして一着のドレスを東眞に押しつけるようにして渡した。
「着て来い」
「…え、あ」
「とっととしろ」
 試着室を顎で示してXANXUSはそれ以上何も云わなかった。そうやって黙りこまれてしまえば東眞は反論の手を持たない。
 では、と言って東眞は仕方なく試着室に足を踏み入れた。カーテンを引いて渡されたドレスを見る。見事に黒。肩のあたりからは黒いレース状になりそれは首のあたりまで続いている。布は肩までしかなく、そこから先は同様にレースだ。そして手袋。
 自分には勿体無い服だと思いつつ東眞はそれに袖を通す。背中のチャックをきちんと上まであげてそれで終わりだ。 東眞は一つ声をかけて、カーテンを開けた。そこにはXANXUSが立っていた。そして一言、それにしろ、と。断ろうとしたときにはすでに会計を済ませてしまっていた。
 流石にこのドレスにスニーカーはあれなので、東眞は服を着替えて外に出る。既にXANXUSは入口の所で待っていた。その手にドレスの袋はない。
 東眞は不思議に思って店員を見れば、何か英語もしくはイタリア語で話してくれたがさっぱりわからない。そうこうしているとXANXUSが声をかける。
「直接送る。来い、次に行くぞ」
「つ、次って、どこですか?」
「靴」
「そこまでしてもらうわけには…」
「黙ってついて来い」
 そう言ってXANXUSは扉のベルを鳴らした。振り返ったその顔が少し楽しげに笑っていたものだから、東眞はただただぽかんとするしかなかった。

 

 ココアを飲み終えたスクアーロはほっと一息つく。
 もうこのような偵察、もといストーカー染みた事はやめて帰りたい。けれども決してそういうことを言い出せる雰囲気ではなく、もう一杯ココアを頼もうか、と思った時だった。
「まぁ見て頂戴!!」
「あ?何だぁ?」
 ルッスーリアの跳ねるような声にスクアーロはすこし体を乗り出して、その手から双眼鏡を借りて覗く。窓ガラスの向こうに見える景色はXANXUSと、それからドレスを着た東眞。東眞の方は少し、いやかなり困った顔をしている。無視をして会計を済ませているXANXUSに慌てて手を伸ばしているが、全く聞いていないようである。
 こりゃ駄目だと溜息をつきながら双眼鏡を返そうとしたとき、ふとその表情が目に入る。

何とも、楽しそうな。

 普段から不機嫌極まりない、日常生活は退屈で下らなくてあるもの全て破壊したいと言わんばかりの表情が。思わず双眼鏡を取り落としかけた。あれは錯覚か幻覚かと目を擦る。が、真実だ。
「ボスの顔、信じらんねー」
「地球最後の日も近いんじゃないかな」
「あぁんもう、男前!」
 三者三様の意見を耳にしながら、スクアーロは一人石のように固まってしまった。そのスクアーロを蹴り飛ばしてベルフェゴールはひょいと立つ。
「次次、ボス行っちゃうし」
「そうね、お会計お願いしまぁす」
 蹴られた反動よりも何よりも、スクアーロは今目にした何とも奇怪な光景に驚いて物も言えない。そんなスクアーロの髪をずるりとひっぱり、ルッスーリアたちはその店を後にした。