Justice of yours - 1/2

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 あのこの戦い方は綺麗なもんさ、と老兵は言った。
 ドフラミンゴはつるの隣で桃色のコートを揺らしながら、背もたれに腰かけている椅子をがたんと揺らして、普段から笑顔を絶やさないその口元をいつもよりもほんの少しばかり大きめに吊り上げた。つるはそんなドフラミンゴを然程気にかける様子も見せず、手にしている日本茶が優しい香りを揺らめかせている湯のみを口先に当てて傾ける。程良い温度の液体が舌を伝った。
 一口飲み終えた後、湯のみが机の上に戻されるのを見計らったかのように、ドフラミンゴはつるに再度声をかけた。
「綺麗なモンねェ」
「あんたが聞いてきたんじゃないか。これがその答えだよ。あのこの戦い方は、綺麗なのさ」
「刀なんて物騒なモン、どう考えたって通った後は血の海だとしか思えねェぜ、おつるさん。それとも、そんな真赤な光景がキレイって意味かい?」
 揶揄を多分に含んだドフラミンゴの調子の高い声と言葉に、つるは違うよと短く返した。白い壁の部屋に響いた音は、いやに簡素な音に代わってドフラミンゴの耳に届く。
 大きな体を折り曲げ、ドフラミンゴは細い枯れ木のような体を椅子に預けている白髪の老婆を見た。自分の言葉に対する返答を待っていたが、一息二息置いても返答はない。五分も間が空けば、耳が遠くなったのではないだろうかと疑いたくなる。尤も、それが在りえないことは、彼女の今までの行動や実績、そして現在の地位を鑑みれば容易に答えは出る。
 しかしそれでもこの間は異常とも呼べるほどの間であったので、もう一度同じ意味の言葉を言葉を変えて話しかけようかとドフラミンゴが口を開きかけた時、熟考の故なのか、長い間を持たせたつるの口から先程の言葉に対する返答が行われた。
「一つ」
「アァ?」
 つるの言葉は理解をするにはいささか簡易すぎた。ドフラミンゴは口をへの字に曲げて、更なる回答を求める。もっと分かりやすく、自身でもすんなりと理解納得できる程には容易な言葉の海を求めた。フラミンゴが飛ぶのは空で、足を落ち着けるのは水場であり、断じて海ではないのだが。
 大きな両肩を覆ったふわふわの羽毛でできたコートが揺れる。
「何が一つなんだ、おつるさん。おれにも分かるように説明してくれよ」
 そう問うたドフラミンゴの質問につるは、海軍に入ってから、と続けた。
「海兵になってからあの子が『殺した』海賊の数が一つだと言っているんだよ」
「…そりゃァ、手柄を挙げていないってことかい?」
「それでいて捕まえた海賊団の数百にも及ぶのさ。脅威だろう?あの子はスモーカーの坊ややヒナのように捕獲系能力者でもないのにね」
 馬鹿げた話さ、とつるは机に一度底をつけた湯呑を持ち上げ、ずと啜った。そしてドフラミンゴの手土産の饅頭を一つ割って口に含む。程良くくどく無い甘さが口の中に広がり、つるはほんの少し口元を緩める。
 どこか遠くを皺の奥に潜む双眸で眺めながら、茶を味わう。
 いつも海兵として海へと出たミトが帰ってくる度に、連れて出た海兵の数よりも明らかに増えている人数と使用されている手錠の数。やれやれといつもその度に溜息をつき、牢屋に空きがなくなってしまうよと愚痴を吐けば、その度に彼女は、海賊はまた勝手に海に出ますと海を眺めて言うのだ。
「海軍の正義とは、人の命を守ることであり、海賊を捕まえることで海賊の命を奪うことではないんだと、あの子の口癖だよ」
「人の命?それが海賊にDead or Aliveを掛けている海軍の言葉かよ。まさか、海軍が海賊に対して人権なんてものを認めている言葉を耳にする日が来るとはナァ」
 フッフと嘲り含んだドフラミンゴの嗤いに、つるはそうだね、と小さく続ける。
「だから、あたしは心配なのさ。その温さであの子が命を落としやしないかとね」
「おっと、アンタからまさか温いなんて言葉が聞けるなんざ…今日はとんでもねェ日だな」
 からかうようにドフラミンゴは声にテンポを乗せて、己のその巨体を揺らしながら笑いを表現した。両足で踏んでいる椅子の手の所は固く、体をしっかりと支えているが、その状態で器用に椅子をガタンと揺らす。鳴った音は、部屋の壁に吸い込まれて反響することはなかった。
 ドフラミンゴは高く嗤う。
「海軍が公然と海賊を騙すことだってあるだろうに。大体、おれがやっている人間売買だって、アンタら公認の元だ」
「公認した覚えはないよ」
「失礼失礼。ちょいと耳が遠くなってるんだったか?マァ、言い方を変えたところで、所詮海軍にもそう言った腐った部分はあるってことさ。アンタなら、そんなこととうの昔に知ってるだろう?海軍だって一枚岩じゃねェのさ、おつるさん」
 喉を鳴らしながら、指先で己の顎をさする。人を小馬鹿にしているような笑いを顔に乗せて、ドフラミンゴはつるを見た。それにつるは、否定も肯定もせず、静かに茶を飲んだ。この場合の無言は肯定取っていいのだろうと、ドフラミンゴはさらに笑みを深める。
 高潔な正義を信じてやまない女の背を思い出しながら、その深められた笑みは歪んだものに変わった。つるはそれを視界の端で捉え、そして視線を窓の外へとずらす。
「一体誰からの『正義』を受け継いだのかは知らないけどね。そういう一枚岩じゃないことも知った上で、あの子は、あの子が信じる海軍の正義を掲げているのさ」
「誰から?ワニ野郎なわけもねェよナァ」
「クロコダイルかい?そんな馬鹿な話もないよ」
 在る筈もない、とつるは片手を振ってドフラミンゴの言葉を否定した。
 全く、そう、全くと表現するのが最も適当な程に、その考えは在りえない。ドフラミンゴもそうれは想定済みであったが、ミトとくれば常にあるのが憎々しいことに次点にクロコダイルである。表裏一体とは言わないが、あの二人は大抵二人で一つと換算しがちになってしまう。
 そんな事を考えている最中に、つるの言葉がもう一つ続けられ、ドフラミンゴは耳をそちらへと傾けた。
「あたしがあの子を見つけたのは、海賊との戦闘の最中だったんだよ」
「おつるさんが」
 驚きで口元の笑みを失くしたドフラミンゴに、つるはそうさと続ける。
 瞼を閉じれば、今でも鮮明に思い出せるあの瞳。あの時は未だ細く頼りない体に不釣り合いの刀を一口握り締め、殺気だった顔をし、海賊を一人斬り伏せるとこちらを見ていた。そして一言こう言ったのだ。
「海兵にしてくれと。なんだろうね、放っておけなかったのかねぇ。その時、あの子が言った言葉が今でも忘れられないよ」
「…海兵にしてくれ、かい?そんな印象に残る言葉にも思えねェが」
「その後にね、」
 言ったのさ、とつるはいい加減に温くなってしまった茶を全て飲み干した。枯れ木のような手でその湯呑を机の上に戻す。
「海軍の正義を知らしめてやる、とね」
「フ、…フッフッフ!それで?アンタは何て言ったんだい、おつるさん」
 老兵の昔話を耳にしながら、ドフラミンゴは楽しげにその続きを求めた。つるはそれに誘われるようにして続きを口にしていく。
 言葉にすればなお一層鮮明にその時の光景がつるの脳裏に蘇った。薄汚れた布で体を覆い、一口刀握り締め、体はあちこち怪我だらけ。薄汚れた様子だが、ただ、その瞳だけは爛々と光り、固い意志を秘めていた。肌から溢れだす気迫は、戦いを終えた海兵たちに再び緊張をもたらした。
 つるは湯呑に茶を注ぎ足す。一口熱い茶を飲むと、どうだったかね、と茶柱の立った湯呑を見つめて答えた。
 実際、つるは既にその時のミトに何と答えたか覚えてはいない。目の前で打倒された海賊の船長はその場で不思議な様子で目を瞬いていた。倒れているのに体が動かないと自分の足を見ていた。血は一切なく、本当に、ただただ突然に足の動きを奪われたとばかりの驚きの表情がそこにはあったのだ。地面を引っ掻く指先とは反対に、足はピクリとも動かない。部下が船長を捕縛している間、子供は冷たい顔をしてこちらを見つめていた。
 ただ、それだけを、覚えている。
「あたしも、耄碌としたねぇ」
「フッフッフ、おつるさんが耄碌なんてする日にゃ海軍も終わりだぜ」
「随分と高く買っているが、お前がもう少し大人しくしてくれれば骨休めもできるんだよ」
「そりゃぁ無理な相談だ、おつるさん」
 だが、とドフラミンゴは長い両腕をばさりと広げてまるで飛び立つかのような姿勢でもって椅子から飛び降りた。そしてつるが座る机の上にどっかりとその巨体を下ろす。座っても立っても大きな男は間近で見るとなお巨大に見える。
 つるは被さった影を見上げた。口元は楽しげに歪んでいる。嫌な笑い方をする子だよ、とそんな風に思った。ぱちん、とつるの前でドフラミンゴの両手が大きく打ち鳴らされる。
「しかし、正義、ねぇ。正義!正義。おれたちは海で海兵と会い見えれば、生きるために『殺し合い』をする。勿論逃げる場合もあるだろうナァ。海軍を倒すのは俺たちの仕事じゃねェ。だがな、おつるさん。ガキのソレじゃねェんだ。だとすれば、正義のために部下が海賊に殺されても、あの女は笑ってそれを許すのか?」
 ニタニタと嗤いながら言葉を紡ぐドフラミンゴにつるは首を軽く振ることで回答を拒否した。
「あたしに聞くんじゃなくて、いい加減に本人に聞いたらどうだい」
「ワニ野郎になら素直に答えるんだろうが、おれに可愛く囀ってくれるとでも思うかい、おつるさん」
 眉の無い皮膚を少し下げ、口角を持ち上げてドフラミンゴは両肩をすくめた。素直どころか、冷たい視線を向けられるのが落ちだろうとつるはドフラミンゴとミト、双方を思い浮かべて、想像するだけ無駄なことを考えた。
 そして緩やかにかつて、それはドフラミンゴとほぼ同じ問いかけに答えたミトの回答を口にする。
「海賊は海の生物だと言っていたよ」
 つるの皺のよった唇からこぼれる音にドフラミンゴは大人しく耳を傾ける。一つ一つの音を一切取りこぼさぬように、全ての注意を払ってそれを聞いているようにすら思える光景がその場に落ちる。つるは静かに続けた。
「彼らから海を奪うことは、その死を意味するんだそうだ。だから、あの子にとって、海賊から海を奪うことは海賊を殺すことに等しい。相手が自由という命を賭けて戦いを挑むなら、自分は同じ命を賭けて戦いを挑むべきだと言っていたね。だからこそ、その場で命を落としても文句は言えないともね。ただ、」
 ただ、とそこでつるは言葉をとぎらせた。流れていた会話が突然途切れて、ドフラミンゴは続きはとばかりにその桃色のコートを揺らす。つるの視線は、その桃色を映し出さず、過去のミトの顔を思いだしていた。少しぼやけてはいるが、今でもまだ思い出せるその時の顔。何と言っていたか、とノイズの酷い記憶をつるは記憶の断片を繋げながら思い出す。
 今はまだ死ねません。
 そう言っていた、そう覚えている。何に対して死ねないと言ったのか、つるには分からなかった。そしてそれは今でも分からないままである。ただ、今は、という単語だけが片隅に引っかかって気持ちの悪い感触を残す。今はまだ、ということは、いつかは死んでも構わないとも取れる一言なのである。
「ただ?」
 ドフラミンゴの問い掛けに、つるははっと顔を持ち上げた。そして、何でもないよと言って話をそこで区切った。ドフラミンゴもそれ以上追及することはせず、ふぅんと言葉を濁すだけに終わる。
 黙ってしまったつるに、ドフラミンゴはさらに話しかけた。
「ところで。その一つってのは何なんだ、おつるさん」
 まるで彼女の経歴に泥を塗るかのように一名とだけ言われた言葉をドフラミンゴは今更のように引っ張り出した。それにつるはさらに渋い顔をして、やれやれと溜息を吐く。
「今日のお前は何だ何だと質問ばかりだね」
「そう言う年頃なのさ」
「…あまり、あの子をからかうんじゃない。いい子だから」
「それで?」
 警告も然程の意味を持たず、つるは再度溜息をついて湯呑で指先をほんの少し温めるようにして握った。
「そのままの意味さ。あの子は、ある海賊団を皆殺しにた。あれだけは異例だった。あたしもガープも驚いたもんさ。あのミトが海賊を殺したんだからね」
「へぇ?」
 語尾が持ち上がり、ドフラミンゴは愉しげな笑みをそこに添えた。決して面白い話ではない、とつるは茶を一口啜ってその時の事を思い出す。印象が強かっただけに、あの時のミトの表情や仕草を具に思い出すには苦労はしなかった。
 しかしながら、その時の彼女の表情を言葉で表現するには難しいものがある。何とも言えない顔であった。笑っているのか喜んでいるのか悲しんでいるのか怒っているのか、研ぎ澄まされた刃のような空気で周囲とはあからさまな一線を引き、接触することをかたくなに拒んでいた。それから三日ほど有給を取り、そして戻ってきたときはいつものミトだった。肌に障るような殺気をばらまくことも、無かった。
 またダンマリを決めたつるに、ドフラミンゴは今回のネタは興味をそそられるのかさらに言葉を募る。
「なぁおつるさん。それで、殺された海賊ってのは何て名前なんだい?」
「お前には関係のないことだよ、ドフラミンゴ。話す義理もないだろう」
「つれねぇなぁ。あいつと同じようなこというなよ、おつるさん。名前だけだ」
 探るように強請るように顔を突き出したドフラミンゴに対して、つるは首を横に振るだけに終わらせる。素っ気無いその対応に喋りそうもないことを察すると、ドフラミンゴは舌打ち一つし、寄せていた体を元に戻した。そのままドフラミンゴはひょいと机から降ると、桃色のコートにふわりとたっぷりの空気を含ませた。話に飽きたのか、それとも他の目的ができたのか、大きな体を揺らしながら扉の方へと足を進めている。
 その背中につるは一言待ったをかける。
「ドフラミンゴ」
 掛けられた老兵の声に、ドフラミンゴは大人しく足を止め、ニタニタと白い歯を見せながら振り返った。
「なんだい、おつるさん」
「お前、さっきの話をミトにするんじゃないよ」
 止めた体でドフラミンゴはその笑みを崩さない。むしろ一層楽しげに歪められた。両腕がまるで翼のように広げられ、迎え入れるような姿勢を取る。ぴりと空気が音を立てた。
 先に言葉を紡いだのは男の声であった。何故、と男は笑った。
「いいじゃねェか、おつるさん。固いことは言いっこなしだぜ?本人に聞けって言ったのは、おつるさんじゃねェかよ」
「そう言う意味で言ったんじゃないことは、お前にも分かっているだろうね。ドフラミンゴ。もう一度言うよ、あの子にそれを思い出させるようなことは、言うんじゃない。分かったね」
「おつるさんおつるさんおつるさん!フッフフフフッフフフッフッフッフ!こんな楽しそうなコト聞かずに居ろってのかい!餓死寸前の犬に待てをさせるようなもんだぜ?」
「おやめと言ったのが聞こえなかったのかい。大人しくおし」
「それは聞けねェ相談だ、おつるさん」
 そうだろう、とドフラミンゴは大きな体を両手を広げたことでさらに大きく見せて上から小柄な中将を見下ろした。震える大気は部屋の中にこもる。老兵は静かに海賊を見上げた。
「海賊を殺すことではなく捕まえることで死を与えた女が、唯一団、唯一団だけ、生命を奪うと言う形で殺したんだ。気になるじゃねェか。気にならないはずがねェ!それが執心してる女だったらなおのこと、気になるだろう?仕方ない事さ、おつるさん。これは、とても仕方のねェことだ」
「あの時のあの子は異常だった。構うんじゃない」
「どんな顔をすると思う、おつるさん」
 両の口端を厭らしく持ち上げてドフラミンゴは笑った。鮮やかな桃色が、毒々しい色に変わっていく。喉から溢れる引っ掻くような嗤いが空気を振動させ、肌へねっとりと纏わり付く。
 ナァ、とドフラミンゴはもう一度繰り返した。
「あの女が、立ち直るのに三日も要したんだぜ?あの女が!どんな顔をして殺したんだろうな?刃を突き立てたんだろうな?血を浴びたんだろうな?噎せ返る程の死臭に体を震わせたんだろうな?こびりついて離れない血を何度拭ったんだだろうな?想像するだけで、勃っちまわねェか?」
「…お前は少し、おかしいよ。ドフラミンゴ。好きな女を傷つけることが本意かい」
「好きな女だからこそ、あらゆる面を見ておきてェとは思うだろう?思うのさ!フッフ、」
 フッフ、と笑いを響かせようとしたそれは、扉が後ろから開けられることで止められる。どんと扉は強めにドフラミンゴの背に当たった。衝撃が伝わったのか、桃色のコートはそのふさふさの羽毛を揺らしながら前方につんのめる。それとほぼ同時に扉は完全に開き切った。
 一体誰だとドフラミンゴは振り返り、そこに立つ人物にサングラスの奥で目を大きくした。しっかりと固めた髪と横に走り抜けた傷。砂漠では暑いのではないだろうかと思われるそのファーのコートを肩にかけて、スカーフとスーツで体躯をなぞっている男がそこには居た。そして、その低音がドフラミンゴの笑い声とは違った色を含みながら空気を震わせる。
 ワニ野郎となった声を完全に無視して、クロコダイルはつるの部屋を一望する。そして目的の姿が見えないとなると、小さく鼻を鳴らした。
「ここにゃいねェのか」
「ミトかい」
「…家にいねェ時は大抵アンタの所に居るからな」
「今日はここには来てないよ」
「なら用はねェ。邪魔したな」
 ドフラミンゴを器用に無視をして扉を閉めようとしたところを、大きな手が止める。クロコダイルは軽く眉間に皺をよせ、扉に手を掛けてそれを閉めることを邪魔している男をねめつけた。
 フッフ、とドフラミンゴは嗤う。
「ナァ、ワニ野郎。ミトが殺した海賊って知ってるか?」
「…それが、てめぇに何か関係があることか?」
 ぴしんと走った亀裂のような殺気にドフラミンゴはビンゴ、と内心で拳を握る。この男がこういう苛立ちを示す時は、大抵地雷を踏んだ時に他ならない。とても、分かりやすい。
 ドフラミンゴは扉に添えた手に力を込め、クロコダイルに影を掛ける。睨みあげてくるその瞳と強烈な殺意に喉を震わせた。口元に寄せた笑みが自然と深まり、愉しげなものへと変わっていく。
 興味が無いふりをして、こうやって構おうとすると殺気を持って女を庇おうとする。お前本当は好きなんだろうと問いかけたくなる程に、この男はあの女を大事にしている。本人は悉くその可能性を否定する。大事ならば、枷を嵌めて檻にでも閉じ込めてしまえば良いのにと思う。自分では許されないことも、この男ならば許されるのではないだろうかとすら思えるものだ。
 米神の青筋を隠すこともせず、クロコダイルは葉巻を噛んでいる歯に力を込めた。聞いたところによれば、とドフラミンゴは煽るようにして言葉を紡ぐ。
「あいつは今まで海賊を殺したことがないそうじゃねェか。唯一団を除いて」
「だからそれがどうした」
「興味が湧かねェか?」
「…くだらねぇちょっかい出すんじゃねェよ。フラミンゴ野郎」
 ざらりとその体を僅かに砂に変えてクロコダイルは怒りをあらわにした。額に浮かぶ青筋も、睨みつけるその瞳も、短い堪忍袋の緒もいい加減に限界を示している。
 プライドの高い男を刺激するのはこうも容易いものである。
 ドフラミンゴはフッフと震える笑いをこぼしながら、首をごきりと傾けた。斜めになった視界でクロコダイルをその視界に納める。
「立ち直るまでに少々時間を要したとも聞いたんだが、それはあれか?ワニ野郎、やっぱりテメェの所に行ってたのか?ナァ、ミトは泣いたのか?悔やんだのか?それと」
 も、と最後の言葉を紡ぐ前に、ドフラミンゴは言葉を止めた。喉元に添えられた金属の冷たさに口元が引き攣る。
「…フッフ、気に、障ったかい?ワニ野郎」
「十分にな。おれァそう気長な方でもねェんだよ」
 フラミンゴ野郎、と続けられた言葉は低く、機嫌が悪い。添えられていたそれが押しつけるような形になり、尖った先が皮膚を傷つけぷっくりと血の球を作り出す。煽りすぎた、と嗤いながらドフラミンゴは両手をまいったの形に挙げた。気長どころか短気だろうがという突っ込みは敢えてしないでおく。
「関わるんじゃねェ」
 ファーのコートがゆれ、そして生涯を失った扉は閉じられた。ドフラミンゴは閉まった扉を眺めながら、おつるさんと声を掛ける。しかし、それ以上の質問をする前に、つるはドフラミンゴの声を遮った。
「今日はお帰り。あたしも少し腹を立てているんだよ」
「随分と大事にされてるねェ。羨ましいこった。仕方ねェナァ、こってり絞られる前に今日は退散しよう」
 そうだろう?とドフラミンゴは嗤ったが、つるは返事をしなかった。