本当は - 2/2

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 オヤジ、とミトの声。そして白ひげのミトを呼んだ声。
 ドフラミンゴはクロコダイルの鉤爪を押さえる足にぐいと体重を乗せた。それに合わせるようにクロコダイルも腕に力を込め返す。フッフッフ、と耳障りな声がクロコダイルの耳にべたついた。
「あいつも、来てたのか」
「…てめぇにゃ関係のねェ話だ」
「おいおい。さっきから白ひげと組んだり、おれを吹き飛ばしたりと随分とツれねえじゃねェか」
「言ったはずだぞ、おれは誰とも組はしねェ。砂漠の宝刀!」
 放たれた攻撃を紙一重でかわし、ドフラミンゴは耳に着く笑いをなおこぼす。
「関係ねェ?フッフ、フフフ、フッフッフ!関係大ありじゃねェか!おれはあいつが欲しい。しかし、どこまでもてめェと一緒ってのも妬けちまうなァ。インペルダウンからここまでの道中も一緒か?見せつけてくれるじゃねェか」
「この戦場に置いて、それがどれだけの意味を持つ?あんな死にたがりにかかずらう暇なんざねェよ」
 舌打ちがなり、ドフラミンゴはそれに笑みを深めた。接触部分がみしりと奇妙な音を立てる。相変わらず怒っているのが直ぐに顔に出る男だなと上から眺めながらそう思う。クロコダイルの額には青筋がくっきりと浮かんでいた。
「死にたがりだ?上等じゃねェか。死なねェように、猿轡噛ませて両腕縛って、おれが大切に大切にしてやるよ」
「…あいつの、邪魔をするんじゃねェ」
「何だ?嫉妬かワニ野郎。『今更』それはねェだろう?それとも今頃気付いたのか?だが、もう遅ェだろう」
 誘う様なドフラミンゴの言葉をクロコダイルは無言で聞き流した。
 今更、確かに今更である。だからこそ、放っておいてやるのだ。だからこそ死なせてやるのだ。止められないのを知っているから、止めたところでなお苦しむことを知っているから、この戦場で死なせてやろうと。こんな何も知らない部外者にあいつの死を邪魔させるものかとも思う。
 黙ったままのクロコダイルにフッフとドフラミンゴは煽るように嘲笑う。
「てめェのもんじゃねェ。そう言ったな?」
「…それがどうした。おれは、あいつの…友人だ」
 クロコダイルは言葉を選んだ。
「友人?フッフ、奇妙な隣人だったんじゃねェのか?」
「てめぇの鳥頭じゃあ覚えきれなかったようだな」
 おれの女、とは表現しない。そういう間柄ではやはりないし、きっと彼女にとっても自分はそう言う存在ではない。宿木なのだ。自分が何も言わないからこそ、否、言ったとしても、それを強く勧めないからこそ、あの女は自分の隣で休んでいた。そう、
 家族になりえない友人であったからこそ、居たのだ。
 止めてやればよかったのか、と思う。声を張り上げて両肩を掴んでゆすって、そんな顔してんじゃねェ馬鹿野郎と叫べば何かが変わったのか。だがもう今更だ。全ては終わったし、女は既に疲れ果てている。頼るべきよすがもなく、頼りたいとすら思っていない。ただ、女が望むべきものが何なのか、長年の付き合いで既に分かっている。ならば、最期まで付き合ってやるべきだろうと思う。
 最後まで、ではなく、最期まで。
 上手な諦め方をもう知ってしまったから。
「フラミンゴ野郎。もう一度言うぞ。今度はその鳥頭に刻み込め」
 あいつの邪魔を、するんじゃねェよ。
 ぶつりと鉤爪の先がドフラミンゴの肌をかすり、クロコダイルの肩にドフラミンゴの足がめり込んだ。尤も砂であるその体には何の意味も持たなかった。水を吸い尽してやろうとしたが、即座に足を引かれ、あー怖ぇ怖ぇとからかうようにドフラミンゴは肩を揺らした。
 しかし、途端、凄まじい衝撃と壁が倒れる音がした。両者の意識は一瞬でそちらへと持っていかれる。包囲壁内へとコーティング船が乗り込み、海賊が雪崩込んできた。ぞくぞくとドフラミンゴの口元が愉しげに歪む。この戦場を、心底楽しんでいるかのごとき口元だった。気分が悪くなる様な笑みを横目で眺め、クロコダイルは砂嵐を圧縮させ、ドフラミンゴにぶつける。
 これ以上馬鹿の相手をしてやる必要はない。
 クロコダイルは体を砂に変え、周囲の敵を一掃しながら白ひげを見やる。どうしてそこまでするのか、どうしてそんなにまでなって誰かを救おうとするのか、そんな無様な姿になってまで、凛々しく強く雄々しくあれるのか、分からない。忌々しささえ覚える程に、その姿は立派である。最強の男がそんな傷だらけになるんじゃねェよ、と舌打ちをこぼす。
 あの女もそうだ。傷だらけになって、無様な姿を晒して、それでもなお刃を握り、仇を取るのだと血を吐きながら血の涙を流した。
 自分は、守れるものが無い。守りたいものは、守れない。
 白ひげが叫ぶ。麦わらのルフィを援護しろ、と。
 馬鹿ばかりだ。この戦場には。馬鹿しかいない。
 兄を助けるために、敗北必至の力足らずのルーキー。
 死に掛けの体を叱咤して、息子を救うために戦場に立つ世界最強の男。
 それを守ろうとして同じように死んでいく海賊たち。
 そして、死にたがりの馬鹿な女が、一人。
 クロコダイルは鉤爪で鷹の目の黒刀をはじいた。クロコダイル、と静かな目がこちらを見据える。
「今…!!虫の居所が悪ィんだ。気ィつけな、鷹の目」
 おれも、そんな馬鹿の一人になれたら、それは一体どんなに楽なことだろうか。
 どこか羨ましさを感じながら、クロコダイルは砂を刃へと変えた。