лавина - 2/2

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 それで?と比較的小柄な、大柄の男性二人がそこにいれば、随分と小さく感じられる男はそう続けた。隣に座る巨躯が椅子に預けられる。
「ラーダが勧誘を断ったわけだ」
 ドンの言葉を片耳で聞きながら、セオは机に並べられた、銃の残骸、解体し、整備している銃の手入れを続けながら、まあなと何でもない事のように返事をした。かち、と金属がぶつかる音が、天井の高い部屋にこだまして落ちる。
「持って行った銃が火を噴くことなく、大衆が悲鳴を上げることなく、まあ無事に終わってよかったよねえ」
 せせら笑いに、ジーモは眉尻を下げ、不謹慎だよと言葉を潜めた。それに諌められた男は、何がと両肩を揺らす。
「連中がどういうつもりかしらないけどさァ。俺、ラーダが化物以外の何物にも見えたことないよ。見ただけで相手の心を壊して、声だけで人間を殺せる。化物だよ。どー足掻いても。あるいは脅威だね、ヒトにとっての」
「ドン」
「化物を人間扱いするなんて到底無理な相談じゃない。だから、ラーダはココにいるんだし、ココ以外にはいられない。目も喉も潰しちゃうなら、まあ、他のどこかなら生きられるかもしれないけど。そうは言っても今更無理な相談だよ」
 男はストローからジュースを吸い上げた。その場にいる二人の男が、彼の最低な侮辱にもとれる言葉を否定しないのは、それが事実であるが故であった。
 ラヴィーナという生物が兵器であり化物であることは揺るがぬ真実であり、覆せぬ事柄である。
 半分ほどドンがジュースを飲み終えた時点で、セオは手元の銃の整備を終え、元の形へと戻ったそれに弾丸を手早く込めるとホルスターに差し立ち上がる。妹を愚弄されればそれこそ烈火の如く怒り狂う兄が今回の件に関しては恐ろしいほどに静かで、それがいっそ不気味さを引き立たせている。
「セオ。怒らないんだな」
 ジーモの言葉にセオはまあな、と短く返答する。変化の乏しい表情から、その男の感情を読み取るのはひどく難しい。
「怒るかと思った」
「別に。全部が、事実だ。俺は」
 す、とセオはそこで一度言葉を止め、息を吸い込む。そして、再度口を開いた。
「ラヴィーナを妹だと思ってる。だが、あいつを兵器だと、同時にそう思っている。よく知らない連中が、ラヴィーナのことを化物扱いする気持ちも分かる。半分、それは事実だ。化物と思ったことはないが、少なくとも俺は、ラヴィーナを普通の人間だと思うことは、これからもない。そう扱うことも、ない」
 訥々と語った男は、行く、と一言のみ残しその場を後にする。
 残された二名は、上官である友人が消えた先の扉へとただ視線を注いでいた。沈黙が僅かに落ちたが、しかしそれはすぐに皮肉るような声の響きで破られる。
「化物って、でもあれだ。セオの方がよっぽどそれだよ」
 そうでしょ?とドンは巨漢に問うた。口元にうっすらと刷いている笑みは、その答えを予め知っているかのようであった。
 グラスの中のストローが氷をかきまぜ音を立てる。一本でドンの二本分もありそうな指をジーモは組み合わせ、うーんと唸った。
「そう…かなあ」
「そういう風に育てられてきてるのは知ってるけどさ。だってね、ジーモ。セオ、ラーダとウラドがカフェテラスに座ってる間、ずっと照準合わせてたんだよ」
「それ、いつもだろー?」
 太い首を傾げた友人に、ドンは違う違うと手をひらりと振る。前髪が揺れ、グリーンの瞳の上に灰色が格子を作る。
「ラーダに、だよ。ウラドじゃなくて」
 一言でも間違えれば、即座に殺せるように。
 ドンは息を吸い、ストローを通してジュースを飲む。ずず、と音が響く。
「宝物みたいにしてる妹をさ、ムシケラみたいに殺せるんだ。表情一つ変えずに。どっちがバケモノって、そりゃセオの方が十分に素質ある。それを責めるつもりは毛頭ないけど、ラーダを恐れてる連中は、セオの方こそ恐れるべきだって思うよ。なにせ、ラーダは多少の感情を持ってくれる可能性はあるけれど、セオに至っちゃ皆無だ。俺さァ、セオには友人として殺して欲しいね」
「…えーぇと、それは」
「友人としてのセオは、感情あるじゃない。人だよ。でもVARIAのセオって、感情がないよね。あれが本当の殺人マシーンとでも言うのかな。ヒトじゃないよねえ、あれは」
「でも、それが俺達だよ、ドン」
 あっさりと短く、簡潔かつ端的な答えは的を射ていた。はは。ドンは笑い、空になっていたグラスをテーブルに戻す。
「その通りだよ、ジーモ。他所から見れば、俺も君もセオも、怖いものには変わらないもんね」
 もう一度高く笑い、男は足を机の上に放り投げた。
 ひとしきり友人が笑ったところで、ジーモはあーと言葉を伸ばす。言いたいことを頭の中で一生懸命に整理しているのは十分に見て取れるので、ドンは何、と問うた。それにジーモは言葉を選び、ある程度詰まらせながら、考えを述べた。
「結局、ウラドは何がしたかったのかなーって、うん。思って」
「何って、そりゃ」
「うんうん、ドンの言いたいことよく分かるんだ。でも、それだけかなーって。思ったんだ」
 八割本能で生きているような友人の勘はよく当たる。ドンは、頭の中でこれまでの経緯をずらりと並べ、そして考察した。最終的にたどり着いたのは、あまりにくだらなく、しかし納得がいくような答えでもあった。
「力の誇示。それから、あー…多分、詰まらなかったからじゃないかな。憶測だけどね」
「詰まらなかった?」
 答えが理解できずにオウム返しされた言葉に、ドンはそうと頷く。
「ラーダの名前って、ロシア語に直すと、雪崩って意味になるんだけどね。ココは、連中にとってひどく詰まらなかったんじゃない?ある程度の抗争はあるけど、大体がボンゴレ上位で解決するじゃない。ロシアはそうじゃない。あっちは、ひどいね。食って食われて。こっちに来れば、そりゃ退屈を持て余すだろうさ」
「本当は、殺し合いがしたかった」
「多分。本当は、ね」
 本当は。

 

 退屈だ。
 ウラディスラフはヴォトカを一本飲み干してベッドの上に放り投げた。
 この国はひどく退屈である。退屈は人を殺す。
「退屈ですか、ウラド」
「そりゃ、退屈だろうよ。コーリャ。俺もそろそろくたばりそうだ。暑さと生ぬるさで内臓まで腐敗する」
 質問された人間とは別の人間が答える。腹心二名の顔を眺め、ウラディスラフは意地悪く笑った。口角が、吊り上る。
「退屈だ、ひどく。ああいっそ、」
 雪崩でも起きて、この堅苦しい体制を一切合財流し、生死をかけた略奪でも始まれば。
 はは。
 ロシア人は、氷の粒が吐かれるような、冷たい笑いをこだまさせた。