39:嘘吐きと友達と失態 - 9/10

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 XANXUS、とかけられた声に赤い瞳が動く。XANXUSはその瞳を部下がいなければおっちょこちょいの極みを体現できる男へと動かした。赤いルビーの瞳が動いて、鳶色の瞳へとずらされる。後ろにはロマーリオがついており、彼がその特徴的なおっちょこちょいを発揮することはないだろう。
 コーヒーのマグカップが持ち上げられる。
「それで?セオの様子はどうなんだ?」
「うるせぇ」
 一刀両断された解答に、ディーノは苦笑を浮かべながら、コーヒーを口につける。とはいっても、彼が普段からこの調子なのは目に見えているし、既に慣れっこ(慣れても嬉しいことは何一つないのだが)なので、ディーノ自身そこまで気にすることもせずに会話を続けた。
「いやー。今から思っても本当に、お前たちって波乱万丈な結婚生活送ってるよな。色々遭ったけど」
 それには見事に自分も巻き込まれていたことを思いだして、ディーノはふっと遠い目をした。マフィアランドでの一件も本人たちでどうにか解決したようだし、何だかんだでXANXUSと東眞の二人は問題を全部解決していく。それより何より、一番驚いたのは、眼前の男が子供をもうけたと言う事実だったが。
 勿論祝いに行ったし、子供を見たときには驚きもした。何しろ顔がそっくりで、本人が十年後バズーカーか何かで(ありえないことだが)逆転してしまったのかと思ったほどだ。笑ってしまっては、暴力をふるわれるのが落ちなので、そこは堪えて耐え忍んだが。成長するにつれて、セオと名付けられた子供はよくよくXANXUSに似てくる。綺麗な銀朱の瞳と、表情変化が多彩なその顔。笑ったり泣いたり、子供と言うのはやはり面白いものである。そして、とても可愛い。
「てめぇに祝われる筋合いはねぇ」
「いや、でもおめでとう、だろ?おめでたいんだから」
 相も変わらずにこやかに微笑まれて、XANXUSは軽く溜息をついた。どこか自身の養父に似ている笑い方は、怒る気を無くさせる。黙っていたとしても、聞いてくることは目に見えていたので、XANXUSはさきに白旗を上げて口を開いた。
「元気にしている。あいつがきちんと躾けている」
「お前は?やっぱり可愛いんだろ?子供はいいよなー可愛くて」
「…可愛がるだけで、成長なんざするか。カスが」
 吐き捨てるような言葉で睨んだXANXUSにディーノは軽く肩をすくめて笑う。
「いいや、意外と子供ってのは成長するぜ?周囲からいろんなものを吸収して育つんだ。なぁ、ロマーリオ」
「べネデットのことかよ、ボス。またかくれんぼして、ボノたちを困らせてるぜ。やんちゃ盛りだ」
 からからと楽しげに笑うロマーリオとディーノにXANXUSは白けた目を向けて、そして溜息をついた。
「てめぇの餓鬼なんざどうでもいい。用がねぇなら帰るぞ」
「おおっと、まあ、そう慌てるなよ。別に俺も親馬鹿やりたくてお前を呼んだわけじゃない」
 鳶色の瞳が細められ真剣な色を帯び、XANXUSは立ち上がろうとしていた行動を止めると、椅子に再度腰を下ろした。ずしり、とその重みでソファは沈み、伸びた黒髪がするりと顔に触れ揺れる。ロマーリオはそんな二人の光景を静かに眼鏡の奥から見ていた。
「ここ最近、不穏な動きのファミリーがある」
 戯れの気配が全て排除されたディーノの瞳は鋭い。
「そのファミリーは本拠地が分からない。実を言うと、俺たちの民の子供が何人か人攫いに遭って帰ってこない。数年程前から起こってるんだが…始めはただの誘拐事件かと思って俺たちも捜索に協力したが、足取りが一向に掴めない。一年に一人か二人、その程度だ。だが、今年に入ってから、もう五人だ。これは、多すぎる。誘拐事件自体は、こういうのもあれだが、一年に数件あっても珍しいものじゃない。子供が親元から離れて水場に落ちた、そう言う事故も含まれているだろう。死体が上がらないっていうのも、そう言う意味では納得できる」
 だがおかしい、とディーノは指を組んで深く考える。コーヒーが、少し冷めていた。
「まだ十代目に、ツナに代替わりする前からの話だ。九代目も目をつけていたと思うんだが…何か、お前も知らないか」
「コモ、か」
「…知ってるんだな」
「知ってるもカスもねぇ。あの老いぼれが泳がせておけと言っているから、大人しくしているだけだ」
「場所の特定は」
「ころころ変わりやがる。今は、確かフランスの方だ」
 一度コモの情報収集がやけに上から回ってくることがあった。無論、それは情報を聞き出した後に殺すという流れであったから、ほぼシャルカーンにそれは回ったわけであったから、結局自分たちの任務に他ならない。恐らくは、四五年前。セオがまだ二歳にもなっていないころだ。そして、コモファミリー自体の名前は、セオが産まれる前、ハウプトマン兄弟が関わったある惨殺の後に出向いた時に一番初めにとっかかりを覚えたようにXANXUSは記憶していた。
 自分に武器を向けた時点で、今回のポルタファミリーのように根絶やしにする予定だった。だが、それを九代目が止めた。襲われたと言う時点で十分に確たる証拠になり得る。そうだと言うのに、答えはNOであった。無視しても良かったが、あの時はボンゴレ側の内通者も存在したために、襲撃してきたコモファミリーを根絶やしにすることは、それすなわちボンゴレ内情の失態を周囲に知らしめることともなる。盤石をきすならば、内通者を殺すだけに終わらせた方が余程良い。気に食わないが、XANXUSはそれに渋々従った。
 こちらの調べにもよって、コモファミリーは確かに存在はするが、その実態は受注業者に近いものらしい。それも特殊な。生体実験、他、薬剤実験。シャルカーンが引き取ったラジュがその良い例である。何かが、引っ掛かる。調べれば調べるほど、ボンゴレ九代目が殲滅を承認しなかった理由が理解できない。あの穏健派と名高い生ぬるい老いぼれが、一般人に害悪をなすようなファミリーを野放しにしておくだろうか。否、性格的に考えてあり得ない。
 現ドンボンゴレ、沢田綱吉に関しては、未だコモファミリーの名すら上がっていないので、その事実を知らない可能性が高い。尤も、十代目就任後はコモファミリーは影を潜めているのが事実だ。が、まさかこんなところで名前を聞くことになるとは思わなかったとXANXUSはディーノへと視線をやる。それに応えるようにディーノは頷いた。
「ツナはまだ十代目になって日も浅い。思うに、コモのような水面下で活動するファミリーのことはあまり知らないだろうし、それになにより、今は慣れないことで手一杯だろう。俺たちもこの件は自分たちでカタをつけるつもりだったんだが、如何せん情報が少なすぎる。恥を忍んでお前に頼む」
「構いやしねぇ。どちらにしろ、近々ぶっ潰す予定だった」
 老いぼれも隠居したことだしな、とXANXUSは続ける。今、非常にボンゴレファミリーは隙が多い。少しでも妨害となるものがあれば、即刻排除すべきである状況なのは、XANXUSが最もよく知っていた。代替わりの時期が一番危ういのはどこでも変わらない。今攻め込まれれば、倒れることはないとしても、損害は免れないだろう。そうなる前に手を打つ。
 意外だな、と驚きを隠せないディーノからXANXUSは視線をそらして、コーヒーを最後まで飲みほした。いるかとばかりに差し出されたコーヒーをXANXUSは眉間に皺を寄せて断った。
「もう帰るのか?」
「まだ用があるのか?」
 問いかけられたそれにディーノはにまっと笑って、それなんだが、と明るい笑みをそこに乗せた。
「ベネデットの写真とかビデオとか…沢山あるんだが。後話も」
「…てめぇの金魚のフンにしてろ、カスが」
 立ち上がったXANXUSにディーノは、えぇと声をあげて、そう言うなってとその背中を引きとめたが、XANXUSはぎろりとそれを睨みつけ、ディーノは苦笑を浮かべて、引きとめた手をひっこめた。そして、ああ、と遊んでいた表情を真剣なものに戻す。
「その件は、任せていいんだな」
「もとより、この件はボンゴレの問題だ。てめぇらのとこまで問題吹っ掛けたのはこっちの不手際だろうが」
「…お前が自分の非を認めるなんてあるんだな…子供の教育して変わったか?」
「抜かせ。事実を言ったまでだ」
 XANXUSはふんと鼻を鳴らし、革靴を鳴らす。完全に背中が向けられ、引きとめることは不可能な背中に、ディーノは声をかけた。XANXUSは取っ手に手をかけ、振り返ることはなく立ち止まる。
「ベネデット、今度連れてくよ。セオにはまだ会わせてないからな」
「…勝手にしろ」
 がつん、とXANXUSは扉の向こうへと体を運んだ。そして、ディーノは椅子に沈み、深い表情をしてコーヒーを飲んだ。

 

 弾けた炎。スクアーロはちぃ、と舌打ちをした。足を撃ち抜かれたピエトロはまともに動ける状態ではない。だが、このままセオに手を下させるわけにはいかなかった。ゆらり、とセオの頭上にレヴィの匣兵器が姿を現す。揺らめく炎が、セオの指輪に灯っている。
「退いて、スクアーロ」
「…できねぇ、相談だぁ」
 Jr、とスクアーロは自身の匣兵器に指輪の炎を押し付けた。そのまま匣兵器は開匣され、セオと同じように背後に鮫をかたどった兵器が姿を現す。雨の鎮静と雷の硬化。スクアーロは冷静になって考えた。
 セオが匣兵器を使用するのは初めてのことであると仮定して(実際使ったことは初めてなのだろうが)その行動を止めるのはたやすい。ならば、その前に標的を自分で仕留めてしまうのが最も確実かつ安全の方法であるとスクアーロは決断した。その間、一瞬。瞬きをする暇もない。スクアーロは己の兵器にセオからの攻撃を鎮静するように命じ、背後に座りこむピエトロへと刃を振りかざす。だが、それは放たれた電撃で弾かれた。
 くそ、とスクアーロは舌打ちをする。想像していたよりも、セオが匣兵器を使いこなしている。そう言ったところのセンスの良さは父親譲りかと苦々しい思いをせずにはいられない。スクアーロ、と幼いが、怒りに震えた声が耳に届く。
「俺が、殺す」
「駄目だ。何度も言わせるんじゃねぇ。一回鏡でも見てきやがれ。Jr、てめぇは今自分がどんな顔してるか、な」
 電撃で震えた腕にスクアーロは顔を歪めて、セオを睨みつける。セオ自身の身体能力はスクアーロにはるか遠く及ばないものの、匣兵器を使えばそれを多少は補うことができる。厄介なことだと思わざるを得ない。
 セオは肩を震わせた。
「許せないんだ、スクアーロ。俺は、そいつを許せないんだ…!」
 子供の器からどんどんと抑えきれない感情があふれ出す。スクアーロは冷めた目でそれを見た。だから来たのか、と溜息をつく。
「…なら、尚更てめぇにこいつは殺させられねぇ。Jr、帰れ」
「駄目だ!」
「駄々をこねるんじゃねぇ!!!てめぇは、餓鬼か!!」
 ほぼ初めてと言っていいほどの勢いでスクアーロに怒鳴りつけられ、セオははっと目を見開いて全身を震わせる。一瞬消し飛ばした怒りの隙間に、スクアーロは言葉を続ける。
「私情に流されんじゃねぇ!こっちに来ると決めたその時から、てめぇは俺たちの仲間になった。てめぇの行動は、全て俺たちの評価につながる。そして、一存で行動していい立場じゃねぇことを、覚えろ!いいか、Jr。もう一度思い出せ、そして心に刻め。てめぇは何のために武器を取る。何のためにそこにある。てめぇのために武器を取ってんじゃねぇだろうが!!」
 頭が悪いわけではない。理解できるはずだろう、とスクアーロは言葉を切って、俯いたセオへと目をやる。その小さな手から匣兵器がこぼれ落ちた。う、と泣き声がスクアーロの耳に届く。しゃがみこみ、セオは泣いていた。
 スクアーロは息を一つ吐いて、ピエトロへと目をやるとそのまま何を言うでもなく、その頭を跳ね飛ばした。ばしゅ、と鮮血が噴水のように溢れだし、統率を失った体は倒れて、床一面に血の模様を描き出した。どっばどばと心臓というポンプの動きに合わせて血液は撒き散らされ、次第にその勢いは弱くなっていく。
 うずくまって泣いているセオの側に落とされたレヴィの匣兵器をスクアーロは体を折り曲げて手に取った。
「Jr」
 諭すようなスクアーロの声音にセオは肩を震わせていた。嗚咽が空気を微振動させる。
「…分かって、た…んだ」
「そうだな」
 ああ、と頷いたその言葉に、セオは言葉をあふれさせる。
「でも、分かってても、許せなかったんだ…!ロニーが、死んで、ううん、俺が、殺して、俺のせいで死んで…!色んな人に振り回されて、死んで!でも、どうして、ロニーは誰にも泣いてもらえないのかって…!ロニーは、ビスケットが好きで、どうしてって、それは、ロニーが大好きな人が、ビスケットを好きだって、言ってて。なのに、その大好きな人は、ロニーの事を何とも、思っちゃいなくて、それどころか、ロニーが…!ロニーが…!」
 スクアーロは膝を折り、セオの傍らにつけた。屈んで嗚咽する子供の頭を優しく撫でる。黒髪をくしゃりと義手でない方の手で撫でれば、やはりその体は小刻みに震えていた。頭で理解しても、全てを納得しても、覚悟しても、辛いものは、辛いのだ。自分たちと何が違うのかと言えば、セオはまだそれら全てを受け止めるだけの器が完成されていない。経験と共にかたどって行くそれだから、セオはやはりそれを有していないのである。結果、大きすぎる感情をあふれさせてしまうこととなる。
 セオ、とスクアーロはその名前を呼んだ。
「てめぇの気持ちは、分からねえでもねぇ。友人がそう言う扱いを受ければ怒ったり憤るのは当然だぁ。だがなぁ、任務にそれを持ち込むんじゃねぇ。俺たちはVARIAだ。私怨や私情で動く生き物であってはならねぇ。俺たちの誇りをそれで汚すんじゃねぇ。私怨や私情の類は、俺たちの矜持や信念を錆びさせる。駄目にさせる。常に、冷静であれ。常に、冷酷であれ、常に、自分がVARIAの一員であることを忘れるな。俺たちの力や武器は、信念と誇りの下だけに、振るえ」
 ぽす、とスクアーロの手がセオの頭を優しく叩く。そして、セオはどんとスクアーロの胸に飛び込んだ。あまりに勢いよく飛びこまれたので、スクアーロは思わずその姿勢から尻餅をつく。声を殺して泣く子供を胸に、背中を落ち着かせるように叩く。ロニーと友の名を泣き叫ぶ子供は色々なものをため込んでいたのだろうとスクアーロは思う。そして、泣いてしまえと思う。
「今は、誰もいねぇ。少しくらい報告書が遅れても、俺が怒られる程度で済む。泣いて泣いて、胸に刻み込めぇ、セオ」
 泣き叫ぶ子供の震える方をスクアーロは剣の付いていない手でしっかりと抱え込んだ。
 子供の成長は早い。そして、子供はすぐに様々なものを吸収し、感受する。だからこそ、大人はそれらを全て受け止めてやるべきなのである。母である東眞にはきっと相談できなかったのだろう。彼女は帰る場所であるから。そしてセオにとって守りたい場所であるのだから。父であるXANXUSは目標であるが故に、相談事はしづらい。一生懸命に背伸びをしたい年頃であるならばなおさらに。
 スクアーロはセオの体をしっかりと抱きしめて、大丈夫だ、と囁く。
「泣いてやれ、Jr。てめぇがしっかり、そいつのために泣いてやれ。死んだ人間を悼むのは、生きてる人間にしかできねぇ。友と思い続けるならば、てめぇはしっかり、泣いてやれ。許す許さねぇ、じゃねえんだ。分かってくれるくれねえでもねぇ。死んだ人間には何も出来ねえ。だから、生きてるてめぇがどう考えて、どうやって向き合っていくかが一番大事なんだ」
 こくんと胸の中で頷いたセオにスクアーロは目元を多少緩めて、よし、と頷いた。そして、すっくと立ち上がると、セオの両肩を持ってしっかりと両足で立たせ、涙がこぼれ落ちる眦をそっと指先で拭った。少し、赤くなっている。
「Jr、きちんと生きろ。恥ねえように生きろ。ボスのように、てめぇのマンマのように。てめぇが、VARIAの人間であると言うことを忘れるな。自分がまだ子供であると言うことも忘れるな。だが、子供であることに甘んじるな。てめぇが子供であっても、俺たちがてめぇに求めるものは、俺たちと一切変わりねぇ。いいな」
「…Ho capito. レヴィに、匣…返さないと」
「ああ、返さねぇとな。取り敢えず今日のことはボスにも報告する」
「うん…怒られる、けど、俺が悪いこと…したんだ」
「殴られそうになったら庇ってやる。安心しろぉ」
 スクアーロが殴られるよ、とセオはようやく笑った。子供はやはり笑顔がよく似合うとスクアーロは、そう、思った。