39:嘘吐きと友達と失態 - 5/10

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 友達ですか、と東眞は目をキラキラと輝かせているセオの頭を撫でた。それにセオはうん!と元気よく返事をして、キッチンに立つ母を見上げた。手元には洗剤とスポンジ、それから泡立った皿がに持たれていおり、湯に浸っている皿はまだ洗えていない様子でその中でたぷたぷと湯を揺らした。そして東眞はセオの隣でどこか違和感のある、困ったような切羽詰まったような表情で立っている少年へを目をずらした。
 何だろうかと東眞は多少不安をそこに感じたが問い詰めることはせずに、はじめましてと声をかけた。それにロニーは顔をはっと持ち上げて、はじめましてと返した。
「ロニー・テスです。セオ…にはお世話になってます」
「初めまして、ロニー。私は東眞です。セオと仲良くしてあげて下さい。セオ、これが終わったらアップルパイを作りますから、そうですね…一時間くらいしたら持っていきましょう。でも、今日はロニーもいるから、そんなにたくさん食べてはいけませんよ」
「アップルパイ!Che bello(わーい)!ロニー、楽しみだな!」
「…」
「ロニー?」
 反応が薄く、きょろきょろと周囲を見渡していたロニーにセオは不思議そうに声をかけた。それにロニーははっと肩を震わせて首を縦に大きく振った。
「うん。すごく楽しみ!セオがいつもマンマのアップルパイは美味しいって言ってるから、楽しみにしてました」
「大したものではないですが、美味しいと言っていただけると嬉しいです。さあ、二人で遊んできなさい。私も洗い物をさっさと済ませてしまいますから」
 うん、とセオはそれに大きく頷いて、ロニーの手を引っ張った。どくんと大きな鼓動が心臓のあたりで大きく響いたのをロニーは知った。怖い。頑張るんだとロニーは誰にも聞こえない胸の内で小さく声を上げた。
 セオはロニーを部屋に案内すると、戸棚に収めてある本やら何やらを引っ張りだして、それを二人で読んだり、扉を押し開いたスィーリオをロニーに紹介した。スィーリオの大きさにロニーは目を大きく丸くして、そしてのしかかられて動けなくなったロニーにセオは腹を抱えて笑った。勿論スィーリオはじゃれつきたくて乗っかっただけなのだが、その大きな巨体から必然的に生み出される体重はロニーには多少重すぎたようであった。ばったばったとふさふさした尻尾が振られて、セオの顔面に直撃する。それにロニーは、一瞬全てを忘れて笑った。
「ロ、ニー!笑うことないだろ…!」
「だって、セオ。君の髪の毛すごいことになってる!」
「え、嘘」
 ぼさぼさになった髪に手を触れて、セオは困ったように眉尻を落とし、そして恥ずかしそうに、しかし楽しげにはにかんだ。笑いがまた二人の間にこぼれる。その時、スィーリオはふっと顔をあげて扉の方へと尻尾を大きく振った。それはまるでビンタのようにセオの頬を叩く。マンマだとセオはその尻尾の嵐から体を少し倒して逃れ、自分から扉の方へ走るとドアを内側に開いて、外に立っていた人を迎え入れた。
 東眞は何かを言う前に相変わらず扉を開いてしまうセオに苦笑しつつ、足元をぐるぐる回りながら餌をねだるスィーリオに苦笑をこぼす。手に持ったワンカットずつのアップルパイとジュースを二人の前に小さな机を持ってくるようにセオに頼み、その上に乗せる。そしてもう一つ、東眞はビスケットをさらにザらりとならべた。あ、とそれにロニーは声をこぼす。その反応に、東眞は笑った。
「あなたがビスケットが好きなんだとセオから聞いてましたよ」
「…あ、」
「このビスケットは嫌いでしたか?」
 少し顔色が悪くなったロニーに東眞はどうしたのだろうかと尋ねる。しかしロニーは慌てて首を横に振って否定した。それは大好きなメーカーのビスケットであった。そして、それは。
「後は二人で楽しみなさい。食べ終わった食器はロニーが帰ってから持って来なさい、セオ」
「はーい!ロニー食べよう!」
 東眞は楽しげな子供二人の姿を見て、つられるように微笑んでから部屋を退出した。
 母が去った後の部屋で、セオはロニーにフォークを渡すや否や自分のアップルパイをひょいと半分を度口に消してしまった。その見事な食べっぷりにロニーは空いた口がふさがらなかったが、それ以上にロニーは喉元をアップルパイが通らない気がした。セオはそんなロニーに首をかしげる。
「…ひょっとして、アップルパイ嫌い?」
 ううん好きだよ、と言おうとしたが、ロニーの喉はお互いにへばりついており、上手く言葉が出てこない。咄嗟にロニーはいつものように首を縦に振った。それにセオはそうなのかーととても残念そうにして、じゃあ俺がもらう!とロニーの分のアップルパイを一瞬で平らげた。目にもとまらぬ早業である。
 それが、普段であればロニーも笑えたであろう。しかし、笑えなかった。口元に乗せられた引き攣った笑いしかこぼれない。は、とロニーは短い呼吸をする。高く響き続ける心音を片腕で押さえこんで、そして震える声で聞いた。
「セオ」
「んー?」
 ビスケットをロニーは一つ食べた。それはいつもの味だった。そして思い起こされる声も、いつもと同じ声だった。喉が震える。頑張れ、とロニーは自分を叱咤した。もう何故自分がこんなに必死になっているのかロニーには分からなかった。何かに突き動かされるように、ロニーは続きの言葉を口にした。
 喉が、乾く。
「セオの、周りって、どんな人が、いる、の?」
 上手くやるんだとロニーは舌で軽く唇を湿らせた。大切な人も、大切な友人も、ロニーにとっては大切なものであり、手放したくないものであった。
 ロニーの問いかけにセオはにこやかに笑う。
「周り?バッビーノとか?」
「う、うん。それも、とか、セオ、はその、どんな人たちと、一緒に生活してるのかなって。ほら、ルッスーリア、とかスクアーロとか。お兄ちゃん?違うよね」
 話によく登る名前を唇に乗せてローガンはセオに次なる言葉を求める。セオはお兄ちゃん、と言う言葉に笑った。
「違うよ!そうだなー…仲間、かな。俺の大切な人たち」
「セオの、大切な人」
「うん。すごく大切な人。皆強くて、バッビーノを追い越すのが俺の目標だけど、でも皆も俺の目標」
「そ、そっかー、セオって本当にすごいな…」
 そんなことないけど、とセオは少しばかり照れる。ロニーは大きく息を吸った。ここまで流れを持ってきたならば、後一言でそれを実行することができる。ロニーでさえも、流石に彼らの情報が何のセキュリティもかからずに置いてあるとは思っていなかった。しかしながら、セオの言葉から察するに、それは決して見れないということはなく、むしろセオはその開ける権利を持っている人間と見ていい。
 胸元のシャツに、ロニーは小さな手で皺を作った。脂汗がじっとりと肌に浮かぶ。
「『俺も、その人たちの事が、もっと知りたいな。どんなことができるんだろ』」
 言ってしまった、とロニーは視線をセオがアップルパイを食べ終わった皿へと落とした。出た言葉は、もう口に戻ることはない。ロニーは大人しくセオの返答を待った。
 セオはそして考える。口で説明することもできるが、文字で見たほうが多分もっと分かりやすい。プロフィール程度の資料ならば、見せても問題ないのではないかとセオは考えた。セオも一度自分の資料を見たことがあるが、生年月日と出身地、スクアーロたちのものは炎属性、それと使用している匣兵器が明記されていただけであった。
 ロニーに見せることに問題があるだろうかとセオは考える。カメラなどの機器を持っているようには見えないし、一瞬で覚えられるような内容でもない。知ったところでロニーの役に立つとも思えない。うん、とセオは少し考えた。
「見るだけで、いいんだ。俺、友達って初めてだから…だから、その、セオのことも、セオの周りの人たちのことも、もっともっと知りたい」
「友達…」
「友達、だよ。セオ。だから、駄目かな?」
 嫌気がさす。ロニーは心の内側で盛大に吐き気を覚えた。初めてできた友達に、「友達」という立場を利用して、今からセオを騙そうとしている。ごめんごめんと何度も心の中で謝るが、だが止まるわけにもいかない。
 セオはもう少し考えて、結果的に構わないという結論をはじき出した。自分が側にいればいいのだし、そもそもロニーを、友達を疑うのは悪いことである。友は疑うべきものではない。友は信用すべきものである。それを友と呼ぶ。セオは笑った。
「いいよ。じゃ、今から行こう。こっちこっち」
 ほら、とセオはロニーの手を取った。そしてロニーはその手を微かに震える手で握り返してその後をついて行った。はっは、と呼吸が荒くなる。心臓の鼓動がどんどんと早まり、いつか弾けてしまうのではないかとすら思えてしまうほどに、早鐘が響きわたる。繋いだ手からそれが伝わらなければいいとロニーは思った。そして、幸いにもセオがそれに気づくことはなかった。
 長い長い廊下はやたら長いものに感じた。つかなければいいと思いつつも、ついて欲しいともロニーは思う。セオの背中が遠い。握りしめられている手が冷たい。足が重い。立ち止まってしまいたい。謝罪の言葉など喉が詰まってしまうほどに繰り返した。だが、頭の中で思い浮かぶのは、いつだってビスケットをくれたピエトロのことばかりである。二人分の足音が長い廊下に響き渡る。学校が終わった時は上に在った太陽が、ほんの少し傾いて、廊下に並ぶ窓に入る日差しを大きくしている。伸びた影は反対側の壁に映っている。
 ロニーはセオがここだよ、と言って立ち止まった扉の前で同様に止まった。大きめの扉は認証式で厳重な様がよくよく分かる。セオが何かを言えば、扉は自動的に両脇に向かって開いた。少しばかり中は薄暗く、しかし湿度や照明は紙質に最も適したものとなっている。書物を保存するのには最高の空間にロニーはセオと同時に足を踏み入れた。
 えぇと、とセオは書類を探そうと奥に足を踏み入れたが、向こう側の窓の外を見て、あ!と声を上げた。びくりとロニーは大きく震える。セオは満面の笑みでくるりと踵を返して一気に扉に走る。ロニーはセオの動向についていけずに、狼狽しきった声を上げる。セオはそこでようやくロニーの存在を一瞬忘れていたことに気付いてごめんと振り返った。
「ラジュが帰ってきてるんだ。この時間に帰ってくるの珍しくて…ロニー、俺ちょっとラジュに会いに行ってくるから、ここでちょっと待っててくれる?」
「あ、うん」
 ごめん、とセオはもう一度謝って部屋から飛び出した。そして、ただ一人取り残されたロニーは思いのほかあっさりときた絶好の機会に呆然としていた。セオが出て行ったことで、扉はまた閉まる。どくん、と鼓動が一つ高なった。目の前にはピエトロが言っていた書類が山ほどある。度の書類が一体どういう意味を持つのか、ロニーは知らない。けれども、どれか一つ持って帰らねばならない。ばれそうにないところ、とロニーは視線をうろうろと彷徨わせる。
 全ての書類はファイルごとに納められており、考えてみれば、ファイルごと持って帰る必要などどこにもない。セオがいつ戻ってくるかもしれず、早くしなければとロニーは急いた。早く早くとうろたえて、少し高い位置にある一冊の赤のファイルを手に取った。そしてそれを開くと、中を確かめることもせずに真ん中あたりから二三枚引きちぎる。そしてそれをぐしゃりと丸めてポケットに突っ込んだ。手ががたがたと震え、ごくんとロニーは唾を飲む。急きたてる心をどうにか押さえながら、震える腕でファイルを戻そうとする。隣にある椅子の存在など、今はロニーの頭から吹き飛んでいた。
 がたがたと急げば急ぐほどにファイルは上手く元に戻らない。
「…早く…!」
 早く、とロニーはは、吐息を荒くしながら、ファイルを押し込んだ。だが、それは自分の力で押し込んだのではなく、大きな傷だらけの手がファイルを元に戻すのを手伝っただけだった。
「あ、Grazie――――…」
 milleと言いかけて、ロニーは戦慄した。今、誰が元に戻したと。誰か居たのだ。この部屋に。そして自分のしたことを一部始終見ていたのだ。ぞくん、とロニーは全身を強張らせた。よくよく見れば、足元には先程までなかった大きな影が自分の小さな影を覆ってしまっている。
 背中を、酷く冷たいものが通った。上から落ちてくる声は、低い男のものである。
「なーぁ、バンビーノ。取り敢えず、今ポケットに突っこんだもん、返してくんねぇかい?」
 カタカタと震える手でロニーは呼吸を不規則にしながら言われたとおりにポケットから丸めた紙を取り出した。しかし手の平の力がうまく調節できずにクシャンとそれは下に落ちた。それを拾い上げたのは、男の傷だらけの手の平である。
 それで、と男は続けた。ロニーは目の前が真っ暗になったような絶望を感じた。
「ちーぃっと、話、聞かせてもらうぜぇ。それと、お前さんがしたことの意味、分かってんのかい…?」
「…お、俺…!」
「出来心にしちゃ、時と場所と相手が、悪かったねい」
 そしてロニーは振り返り、感情を一つも映してこないガラスの瞳を直視した。

 

 ラジュ!とセオは手を大きく振ってそちらにかける。そして、久しぶりに会ったその姿が随分と大きくなっていることに気付く。もう首を軽く傾けないと目を合わせることができない。
 笑顔のセオに、ラジュは目を細めて、その黒髪をくしゃくしゃと撫でた。
「久しぶり」
「…っ久しぶり!元気にしてた?えーとそれから、その服」
「ん、仮入隊。今、言葉沢山学んでる。それが終わったら正規隊員。難しいけど頑張る。チャノが教えてくれる」
 黒い隊服に身を包んだラジュの姿にセオは思いっきり飛びついた。触っただけでも分かる、鍛えている成長途中の体。ラジュは頑張っているんだなぁとセオはふふと笑った。そして青い瞳を見上げる。
「俺も!今、俺も仮入隊。日本語とイタリア語と英語が話せるだけだから、後、五カ国語」
「私も。セオ、頑張ってる?」
「うんうん、すっごく頑張ってる。俺はまだ二人一組で組んで、一人行動は絶対なしなしなんだけど」
「この間、一人」
 すごいなぁとセオはきらきらと目を輝かせて、ラジュに尊敬の眼差しを向けた。眩しいまでのそれにラジュは少し恥ずかしそうにはにかんだ。 セオは今日はどうしたのとラジュの来訪の理由を尋ねる。それにラジュはこれ、と身に纏う真新しい隊服を指差した。
「できたから、合わせに」
「似合ってる。格好良い!」
「ありがとう」
 セオのまっすぐな褒め言葉に、ラジュはやはり嬉しげな表情を顔に浮かべる。そして、セオの隊服はと尋ねた。それにセオは少し残念そうな顔をしてまだ、としょげた。
「仮入隊初期で使えないから、正規の隊服はまだ貰ってないんだ。…ん?でもラジュも仮入隊?」
 だとすれば何故正規隊員の隊服を来ているのかと言うことにセオは軽く首を傾げた。ラジュはセオの疑問を解消すべく、その質問にゆっくりと単語を並べて答える。
「試験、合格した。言語テストは、そのうち。仮入隊だけど、正規隊員扱い」
「…すごい…」
「ん、頑張った」
 セオは再度称賛の言葉を用いて呆然とした。ラジュの正確な年は分からないが(恐らく誰も知らないのだろう)この年で正規隊員扱いは凄い。素直にセオはそう思った。そして、はっと気付いてそう言えばと続ける。
「どこに配属されるの?やっぱりシャルカーンと一緒?」
「ん、特殊医療班。チャノと一緒。二人。行動時々バラバラ、でも仕方ない。でも、チャノと一緒。精霊がついてる」
 精霊だのなんだの全く理解できない範疇ではあったが、ラジュがそう言えばそうなのだろうとセオは思い朗らかに笑った。ラジュと会話をしているといつも胸がほっこりして温かくなってくる。
 ロニーとは違う、友達。ロニーはきっと友達なのだろうけれども、こういった意味の会話はできない友達だろうとセオは思う。「普通」の友達との接し方はまだ手探りで難しいけれど、きっとそのうちこうやってラジュのような、話すだけで嬉しくなれるような関係になれる。友達って素敵だとセオは、そう、思った。
「…そっか!でも、俺は正規入隊になったらどこに配属されるんだろうなー」
「ボス?」
「どうかなー…スクアーロかルッスーリアの部隊がいいな」
「セオ、ナイフ苦手」
「うん。こう、」
 と、セオは手首のスナップを利かせて、肘からナイフを投げる動作をする。
「銃と違うから、なんだかわけのわからない方向に行っちゃうんだよなー…最近は少し当たるようになったけど、十回投げたら一回的枠ぎりぎりに当たる程度。なんだかなー…」
「適材適所、仕方ない。持って使えるから、大丈夫」
 そっちは平気とセオは頷いた。投げる行為は苦手なのだが、手に持つ方ならばそれなりに使える。勿論、あくまでもそれなりに、と言うことであり、ナイフを主体として使う人間にはぼろ負けする。それに、体がまだ完全にできていないので、ルッスーリアから教わっているムエタイも今一効果が少ない。スクアーロには遠くからの射撃だなと言われている。
 まだまだだなぁ、とセオは軽く溜息をついた。それにラジュはぽすんとセオの頭に手を置いてくしゃりとまた髪の毛をかき混ぜる。
「大丈夫。セオ、強くなる。まだ子供、体小さいのは仕方ない。大丈夫」
「…大きくなるかなぁ…取り敢えず、バッビーノと同じくらいにはなりたい」
「好き嫌いせずに、東眞さんの作るもの、バランス良く食べること大事。食べすぎは、駄目」
 食べ過ぎ、が何を意味するのかはうすうす感づいていたセオは、ちらりとラジュから目をそらした。するとまた、駄目、と声が降ってくる。それにセオは分かったよと首をすくめて同意を示す。それにラジュはいいこと、と目を細めて嬉しげに微笑んだ。
「勉強も、頑張る」
「ラジュも」
「私も」
 ん、と頷いてラジュはセオの頭から手を離した。その視線はセオの後ろへと向かっている。セオも誰か来たのを察して、そちらに視線を向けた。黒い髪、大きな背丈、傷のついた頬、赤い瞳。バッビーノ、とセオは言いかけて、その瞳が凍えるように冷たいのを見た。ぞくりと冷える。
「バッビぃ、」
「来い。ラジュ、てめぇはシャルカーンの野郎のところに戻れ。新しい任務だ」
「…Si. セオ、後で」
「う、ん。後で」
 セオは頷いたが、目の前の父の冷たい赤に何か一抹の不安を覚えていた。何も言わないのが、また恐ろしい。
「ボス、だ」
 ぞくんと、体が凍える。俺、とセオはふっとそこでロニーを置いてきたことを思い出した。それをセオの態度から組んだのか、しかしXANXUSは冷たい目とその態度を崩すことはなかった。
「来い」
「でも」
「来い。三度言わせるな」
「…Si, capo(ボス)」
 そしてセオは、XANXUSの後ろを歩く。大きな背中、低い声、大きな手、長い脚、鍛え上げられた体。その全てが震えるほどの威圧感を放っていた。
 どこに行くのか分からないまま、しかしセオはXANXUSが歩いている道のりに続く先に何があるのか、唐突に理解した。あ、と声が震える。自分が小さいころに見た光景が、まるでフラッシュバックのように脳裏を一気に流れた。ごつん、と冷たい音が壁に反響する。そこから先は地下の世界。冷まされた空気が露出している肌に触れる。嫌な予感しか、しなかった。
 響く足音、振動する空気。
 そして、XANXUSは奥まった場所にある扉の前で立ち止まった。セオは、その扉を幾度か見たことがあった。初めては、蟻と食べられて行く人。それ以降は滅多に寄り付かなくなったが、それでも時折この場に任務のためにこもっている男が空腹に困らないように差し入れに行く母に同伴して幾度か。何故ここに呼び出されたのだろうか、とセオは震えた。だがしかし、しかしセオはほんのわずかな可能性に気付いていた。それは在ってはならない、ありえない、しかし考えたくないことでもあった。
 XANXUSは扉の認証を済ませる。すると扉は自動で左右に開かれた。
 セオは、見た。
「…ロニー」
 そこに座る、友の姿を。