38:Capomafia o Padre - 8/8

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 すや、と白いシーツに埋もれた短い黒髪を東眞は指先でそっと撫でると、ベッドの端から腰を上げた。大人の重さはすぐにベッドに伝わった。それに小さな腕が嫌だと言うようにその手を伸ばして東眞の服の裾を無意識につかんだ。疲れ果てて眠っているはずなのに、温もりを求めようとする。東眞はその手をそっとはずして、シーツの中へと優しい手つきで戻した。ほんのりとついていた明かりをぱちんと消して、暗闇をささげる。おやすみなさい、と柔らかな肌に口づけを落とし、東眞はその部屋を出た。
 上をしっかりと羽織っても、なかなかに寒い廊下を歩き、東眞は目的の扉の前で立ち止まる。扉の隙間からこぼれている光は、まだ部屋の中の人物が起きていることを示していた。ノックを三度、失礼しますと声をかけた。すると入れと短い返事がなされ、それから東眞は扉を開けて中へと踏み入った。
 部屋の主は残り数枚の書類に万年筆を落とし、その内容を確認してからペン先を滑らせて印を押す。東眞は途中で寄ってきたキッチンで軽く入れた紅茶を一つXANXUSの机の端、邪魔にならぬところに置いて、自分もそれを膝の上に乗せてから側にあった椅子に腰かけた。
「寝ましたよ、セオ」
「ああ」
 そこで会話が途切れ、東眞は紅茶のカップに口をつけてそれを軽く傾け、中のお茶を飲む。ホットミルクにした方がよかっただろうかと少しばかり自分の失敗を思いながら、半分ほどそれを飲み干した。対してXANXUSは最後の一枚までペンを走らせ終えてから、東眞が飲んだものよりももう少し温度が下がった紅茶を口にする。猫舌、と言うわけではない。
 静かな空気の中で、XANXUSが手にしていたカップがソーサの上に置かれ陶器がぶつかる音を奏でた。
「今日のことだが」
「仰らなくて、結構です」
 突き放すような言い方にXANXUSはむっとしたのか軽く眉間に皺を寄せる。東眞はそれから先を続けた。
「構いませんよ、仰らなくて。この件に関しては、私はXANXUSさんに全てをお任せしました。選ぶのはセオであって、いつそれを選ばせるのかは、XANXUSさん、貴方が判断してくださると。ローガンのこともありましたし、セオがどうせ無断でついて行ったんでしょう。あの子は、少し背伸びをしたがる傾向が強いですから」
「…どこから見ていたんだ」
「母親ですから」
 全く、全てを見ていたと言わんばかりの言葉にXANXUSは顔に僅かの呆れを含ませ、座っていた背もたれにずっと体重をかけた。リラックス椅子のように男の重さを受け止めたそれは、事務仕事で疲れた体を僅かながらに休ませる。母親ですから、と笑った東眞を赤い双眸で見つめたが、悲しげな様子は見られない。怒っている様子もまた、見られなかった。
 ぼつ、とXANXUSは視線をそらして呟く。
「怒ってねぇのか」
 呟かれた言葉に東眞は紅茶のカップをソーサーの上でくるりと回してどうしてですかと笑った。
「ひょっとして庇わなかったことですか?」
「それもある」
 それもあると言ったXANXUSは視線を机の上に落とした。
 実際のところ、一番大きなところはそこではない。庇う庇わないの問題ではなくて、道の選ばせ方である。もっと安全で深い傷を残さない方法はいくつか考えていた。けれども、命を失う瞬間、奪う瞬間(実際に奪ったのは自分だが)を目の当たりにしてこそ、それを深く人は感じることができる。自分たちの世界に来るか、それとも安穏の世界へと足を踏み入れるか、まさに天秤の分銅一つで簡単に傾くように仕向けた。最善であり、最低の方法である。
 黙ったXANXUSの空になったカップに東眞は紅茶を注ぎ足した。
「セオが、選ぶことです。どちらに進んでも、貴方はセオの父親でいて下さるんでしょう?」
 それにと東眞は続けた。
「VARIAのボスとして、そしてセオの父親として。やれることは、全てやられてるじゃないですか。決断を迫るのは貴方の仕事ですが、セオがどちらの道をあの子にとって正しく自分に正直に選べるように支えるのは私の仕事です。どうか、抱え込まないで下さい。私にもきちんとセオの母親でいさせてください」
「…母親ってのは、餓鬼産んだ時点で問題なく母親だろうが」
「父親は母親が認知するか、DNA鑑定しないと分かりませんからね」
「おい」
「してませんよ」
 ぎょっとしたXANXUSに東眞は苦笑しながら、肩を揺らしてまた椅子に腰かける。そして自分のカップにも紅茶を注ぎつつ、その流れを見詰めつつ穏やかに微笑んだ。
「セオは貴方を嫌ったり怖がったりしませんよ。貴方はいつだってセオを見てきたじゃないですか。セオも、ずっとあなたのそんな背中をずっと見て育ってきたんです。私が貴方を知っているから貴方を怖くないように、セオにとってもそれは一緒ですよ」
 ふっとカップの上に立った湯気を吹き飛ばす。
「貴方は、セオの父親です」
「…ああ」
 知っている、とXANXUSはゆっくりとその瞳を閉じた。

 

 ごろ、とセオは白いベッドの上で転がった。見上げた天井はいつもと何も変わりない。窓の外は相変わらずのいい天気で、自分の気持ちなどあからさまに無視をしてくれている。
 三日、三日経った。ローガンのことで一週間の謹慎を申し渡されているから、その間のことと言えばそうである。食事をしていても、誰も先日のことには触れないし、全く何も聞いてこない。誰も何も言ってくれない。そして普段のように血の臭いをさせて帰ってくる。何一つ、何も変わらなかった。ただ一つ違うことと言えば、バッビーノとここ三日は会っていないことだとセオは思った。スクアーロたちに聞いても、一寸考え込んで、あいつも忙しい身だからなぁと誤魔化される。つまり、自分から父の執務室に足を運ばなくてはならないのだろう、会うとなると。
 そして、会う時は。
 ああとセオは枕に顔を押し付けた。投げ出した手を横目で見、掌を見せる。小さかった。体を起こして机に歩み寄ると、一番大きめの引き出しを引っ張ればそこには拳銃が一丁、収められていた。それには常に弾も装備されており、毎日の手入れも欠かさない。そう言えばここ三日サボっていた、と思いだしたようにセオは日常に帰化すべく、銃を解体し始めた。
 身に染みついた行動は目を瞑っていても、指先の感覚だけでそれを最後までこなすことができる。ただ、その鉄の色を目に映すことで、その重みをさらに実感する。これは、玩具ではない。人の命を奪う道具である。そして、自分もまた一つの命を奪った。そのことに対して喜びはない。ただ、悲しみも同様になかった。動揺はあったが。
 そのように考えれば、自分は死に慣れていたのだとセオは思った。人を殺しても、三日も経てばこうやって平然と命を奪った武器を手入れできる。あの時は苦く残ったしこりも胸には存在していない。ただし、人を殺すことについての重みは、身を持って理解した。一瞬の喪失感。生きていた人間を死に至らしめると言う行為。誇りも信念もなく理由もなくそれができるのは、人間ではないものだろう。
 会いに行こうとセオは手入れを終えた銃を引き出しに戻そうとして、一度止まった。そして思い直して、それをズボンと背中のベルトの間に挟む。思えば、マンマもいつも銃を持っている。人を殺すと言ってのけたその姿は、誇り高かった。殺人の正当化はしなかったが、しかし、それが母の生き方なのだと言った。ならば俺は、とセオは重たい扉を、振りあげた拳を止めて、しかし思いきってノックをした。
 低い言葉が、入れとセオを招き入れた。セオは扉を押して中に入る。
 ガラス張りの窓が外の眩しいほどの青空を映しだしていた。その前にある机に座り書類を片付けている人、ルビーのような宝石の瞳を持った、自分の父親。XANXUSの方へと、セオは近づいた。XANXUSは手を止めて、セオを見た。
「決めたのか。後戻りは、できねぇぞ」
 決断を迫る父の声に、セオはごくんと大きく唾を飲み込む。その前に、とセオは父へと目を合わせた。
「どうして、バッビーノは人を殺すの」
「聞いて、どうする」
「教えて」
 唇をかみしめて、まっすぐにこちらを見てくる我が子の姿にXANXUSは一言、それは自分の絶対の信念と矜持を示した言葉をセオへと放った。
「最強のボンゴレのために」
「最強って、そんなに大事?それが、バッビーノの生き方?」
「そうだ」
 そうやって生きてきた。それに矜持を抱いて生きてきた。ボンゴレが最強でなくなれば、間違いなく混乱が巻き起こる。それを防ぎたいなどと言う義務感や使命感はないが、最強の座に座り続けることで必然的にそうなるのであれば、そしてボンゴレがそれを求めるならば、そうしよう。
 XANXUSは見つめてくる銀朱に真摯を持って答えた。使命感などという胸糞悪くなる様な言葉で誤魔化したりはしない。
「最強であることこそが、ボンゴレだ。俺たちはそのボンゴレの武器だ。だから、殺す。そのために殺す。邪魔になるものを排除する。掃討する。薙ぎ払う。殲滅する。それが、俺たちの生き方だ」
「誇りを持って」
「ああ」
 椅子に座る王者の姿をセオは銀朱に焼けつくほどに見つめた。そして、言葉を選びながら紡ぐ。
「俺、バッビーノの背中を見てきたよ。ずっと、見てきて育ってきた。バッビーノは、強くて逞しくて、俺の誇りだった。ううん、誇りだ。俺は、」
 俺は、と続けられた言葉をXANXUSは待つ。セオは一度下げた瞳を持ち上げ、赤の双眸を見据えた。
「バッビーノと、同じ世界に行きたい。守りたいものがあるんだ。強くなりたい。守りたいものが守れるくらいに、強くなりたい。バッビーノが、誇りを持って守り続けるボンゴレを、俺も守りたい」
 セオの言葉にXANXUSの眉がピクリと不機嫌そうに動いた。勘違いするんじゃねぇ、と低く唸られる。
「俺たちが守るものはボンゴレであって、てめぇ個人のものを守るような組織じゃねぇ。俺は、ボンゴレの邪魔となればあいつでも、てめぇでも―――殺す。てめぇにその覚悟はあるか」
 あいつ、というのが自身の母を指し示すことをセオは悟った。強い瞳は、迷うことなくそれを実行することを告げていた。最愛の人を殺さねばらなない時、とセオは考える。しかし首を横に振った。セオの対応にXANXUSは目を眇める。
「それがねぇなら、こっちに来くれば俺はいつかてめぇを殺すぞ」
「バッビーノ。それでも、守りたい時に守れる力が欲しい。バッビーノやマンマ、それにスクアーロやレヴィたちも、俺は誇りに思ってるから、馬鹿にされたくないし、馬鹿にされてもそれが俺の行動で貶められるようなことしたくない。教えて。俺に、行かせて。俺は、一歩も引かない」
 強い瞳を受けて、XANXUSはマリアが描かれた一枚の紙を立ち上がってセオに手渡す。そしてその小さな手を取ると、ナイフをポケットから取り出して指先に浅い傷をつけた。真赤な血球が傷口に溢れ、それを紙につけさせた。
 セオはその光景を眺めながら、まっすぐに視線を落ち着けている。揺らぐことはない。最後にもう一度だけXANXUSは確認した。
「てめぇが抜ける時は、流した以上の血を流す時だ。分かるな、この意味は」
「Si」
 はっきりと返ってきた言葉に、XANXUSは手の平に僅かな炎をともすと、セオに持たせていたマリアの紙に火をつけた。そして、繰り返せと言葉を紡ぐ。
「私は紙のあなたを燃やし、聖人のあなたを敬慕する。私がコーザ・ノストラを裏切ることがあれば、この紙の焼かれるが如く我が肉体を焼きたまえ」
「私は、紙のあなたを燃やし、聖人のあなたを敬慕する。私がコーザ・ノストラを裏切ることがあれば、この紙の焼かれるが如く。我が肉体を焼きたまえ…あっち」
「おい」
 火の熱さに思わず声を上げたセオにXANXUSは凄む。セオは慌ててごめんなさいと謝った。
 本来はもっと大勢に囲まれてこの儀式を行うのだが、この場で行った方がよいだろうと考えた末の判断だった。燃えきった紙はセオの指先で灰になり下へと落ちる。これで、とXANXUSはセオを見下ろした。大きな影がセオを隠す。
「てめぇはもうどこへも行けねぇ。誇り高きマフィオーゾ、名誉ある男の一員だ。そして決して忘れるな、コーザ・ノストラの掟を」
「掟?」
 そんなものがあるのかと丸くなった瞳にXANXUSは言葉を紡いだ。いつだったか、恥知らずのインファーメにこの言葉を紡いで以来、になるのだろう。
「盗むな、売春に関係するな。やむを得ない場合を除き、他の名誉ある男を殺すな。必要ならば手を差し伸べろ。弱者は守れ。部外者の前でコーザ・ノストラの話をするな。他の名誉ある男の前で自分から名乗り出るな。警察のスパイとなるな、名誉ある男同士で争うな。常に態度は誠実で礼儀正しくあれ。他の名誉ある男の女に手を出すな。復唱しろ」
「盗むな。売春に関係するな…売春って何?」
 そう言えばそれは知らないか、とXANXUSは手短に、女が体を売ることだと述べた。セオはふぅんと頷いて続ける。
「やむを得ない場合を除き、他の名誉ある男を殺すな。必要ならば手を差し伸べろ。弱者は守れ。部外者の前でコーザ・ノストラの話をするな。他の名誉ある男の前で自分から名乗り出るな。警察のスパイとなるな。名誉ある男同士で争うな。常に態度は誠実で礼儀正しくあれ。他の名誉ある男の女に手を出すな。復唱し、ぃっ!」
「誰がそこまで復唱しろと言った。糞餓鬼が!」
 頭を拳でたたかれ、セオは痛みでうめきながら、しかしへらっと笑った。久々に見た笑顔のような気がする。XANXUSは僅かに目を細めた。それにセオはあ、と声を上げる。
「バッビーノ、笑った!」
「…下らねぇこと言うんじゃねえ」
「笑ったでしょ?」
「うるせえ!」
「あだ!」
 また殴られてセオはくぅうと呻きながらしゃがみこんで頭を押さえた。ぐすっと鼻をすすっていたが、いつの間にかXANXUSは初めに座っていた位置に戻っている。
 父の姿にセオはもう一度声をかけた。それにXANXUSは何だと答える。セオは満面の笑みをそこに乗せた。
「後悔、しないよ。俺、立派なマフィオーゾになる」
「…勝手にしろ」
 うん、とセオは元気よくそれに返事をした。

 

 ごめんなローガン、とセオは完全に怯えきっている少年に笑顔で謝った。
「あ、謝っても、許してやらねーんだからな!ダディがお前ら皆とっちめてやる!」
 睨みつけてきたローガンだったが、セオは大して気にしていない様子でうんと笑った。
「いいよ、別に。ローガンに許してもらわなくても。でも、謝っとかないと。俺、悪いことしたから。だから、ごめん」
 頭をきちんと下げたセオにローガンは口先をとがらせて、べぇと舌を出した。でもとセオはゆっくりと顔をあげて、その銀朱を鋭くした。また殴るのかよ!とローガンはばっと前を庇う。しかしセオは手も足も出さなかった。代わりに、言葉を続ける。
「俺も、怒ったんだ。もう怒ってないけど。殺さない。でも、悪いこと言った分は、俺も容赦しないから。次、マンマやバッビーノ馬鹿にしたら、殴る。遠慮なく殴る。強く殴る。でも殺さない。だから、悪く言わないで」
 にこぉと笑ったセオにローガンは、ママ!と悲鳴をあげて後ろに立っていたエマの体にしがみついた。怯えたローガンとセオの言葉に、エマはぎろっとセオの母である東眞を強く睨みつける。しかし東眞もその目を大して気にした様子はない。それがエマの神経を逆なでした。
「どういうつもり!謝るって言ったからこうやって…!謝ってないじゃないの!ちゃんと謝らせなさい!」
 ヒステリックな声に東眞は冷たい目を向ける。
「謝りましたよ、セオは。殺そうとしたことは、謝りました。暴力分に関しては、そちらの教育不行き届きではないですか?人の尊厳を損なう一言に対する代償は、特に私たちに対するそれは重いでしょう」
「何ですって…いえ、そう。そっちがそう言うなら、あなたは今、私の尊厳を傷つけたわ。そしてローガンのも、よ。死ぬ覚悟はあるんでしょうね。あなたたちのような旧体制マフィアなんてすぐにぶち壊してあげる。前哨戦程度にはいいかしら?」
 黒光りする拳銃がエマの鞄から取り出され、東眞に向けられた。セオはそれにマンマ、と前に出たが、東眞はセオを脇にどけて大丈夫ですよと微笑んだ。目の前の自分をあからさまに無視する様な行動にエマはぎりっと奥歯を噛む。
 さてと東眞はエマを見返した。
「それを私に向けると言うことはどういうことか分かっていますか?」
「ええ、勿論。私たちを侮辱したことを悔いなさい。無様に命乞いでもしたら、助けてあげないでもないわ」
「そんなことをする義理はありません、よ」
 だむ、と東眞は地面を強く踏んだ。会話中のために産まれた一瞬の油断がエマが引き金を引く邪魔をする。足捌きの邪魔をしないジーンズで東眞は大きく踏み込み、エマの目前へと潜り込んだ。そう離れていなかった距離はいとも簡単に詰められる。それによって、向けられていた銃口は簡単に東眞から外れた。そのまま、東眞は非常に手慣れた様子で脇に吊るしてあるホルダーに納めてある自分専用の銃のグリップを握り、即座に安全装置をはね上げ、遊底を引くと引き金に力を加えるだけで銃弾を発射する状態に持っていき、冷たい銃口をエマの顎下に押し付けた。
 ひっと引き攣った悲鳴が上がる。背後のボディーガードが動いたが、東眞は動かないで下さい、と冷たく命令した。
「ボスの妻を守れないボディーガードがどういう扱いを受けるか、お分かりですね。その位置から一歩でも動けば、引き金を引きます」
 ぐり、と東眞は押しつけていた銃口をさらに押し上げる。助けて、とエマの喉が震えた。その震える手から銃が地面へと落とされる。暴発しないことを東眞は知っていた。それに冷たい目をして、押しつけた銃口に力を込める。
「殺される覚悟もないくせに、殺すと喚かないことです。私はあの人の妻です。それを貶されたことを、とても怒っています」
「NO!I, I’m so sorry…!Please forgive my infelicity. I withdraw what I said!(ごめんなさい、許して。撤回するから!)」
「But you level a gun at me. I have a right to gun you down(でも貴女は私に銃を向けた。私には、貴方を殺す権利があります)」
「Please…!」
 凍えた懇願に東眞は銃口を外し、安全装置を元に戻してホルダーに銃をおさめた。そして、エマが落とした銃を拾い上げて、恐怖から腰が抜けたのか、その場にすばり込んだエマに差し出す。しかし腕を上げる気力もないのか、東眞はそれをエマの膝の上に落とした。
「それと、そのタイプの銃は安全装置を外さないと弾丸は出ませんよ。Ms.エマ。失礼します。セオ、帰りましょう」
「…Si、マンマ…」
 母の恐ろしい一面を垣間見た少年は差し出された手を恐る恐る取った。そして、引きつられながら、遠ざかっていく子と母を背中越しに見て、そして前を歩き、待たせている車に乗り込んだ。運転席に座っていたルッスーリアは一部始終を車から見ていたようで、声を高くして笑う。
「あらあら、東眞ったら派手に怒ったわねぇ」
「私だって怒る時は怒りますよ。腹も立ちましたし、向こうが銃を出してくれたおかげで色々とこちらに有利な状況も揃いましたから、折角なので怒らせてもらいました。一矢報いた、と言ったところでしょうか」
 くすと笑った東眞にルッスーリアはそれは随分大きな一矢ねと、笑いながら返す。セオは呆然としながら、車の窓に向かっている母に向かって呆然と言った。
「マンマ、強かったんだ…」
「セオの自慢のバッビーノの妻ですからね」
 にこやかに微笑んだ母にセオはぱちぱちと瞬きをして、成程と頷いた。