38:Capomafia o Padre - 6/8

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 赤い瞳のその先をスクアーロは見た。
 小さい子供と先程落ちた血まみれの男。男はふらつきながらも生きているようで、懐にその手を突っ込むと月明かりで反射するナイフを取り出した。そして子供の手にはゴドフレートが落とした拳銃が既に握りしめられていた。来ないで、と叫び声がスクアーロの耳に届く。明らかに怯えきり平常心を失っている子供の腕は震え、銃口が定まっていない。
 殺される、とスクアーロは即座にその判断をした。助けなければと体を窓から外に投げ出そうとしたが、その前に待てと低い声が唸るようにして発される。それにスクアーロは即座に噛みついた。
「何言ってやがる!!あんな状態で銃がまともに撃てるわけがねえだろぉ!!実戦経験もねえ餓鬼だ、ゴドフレートの野郎は弱ぇがそれなりの場数を踏んでやがる。どう転んでもJrが殺されるのは明白だろうが!今助けねえと
「黙れ、っつてんのが聞こえねぇのか、ドカスが」
 こちらを見ようともせずXANXUSの口から発された言葉にスクアーロはぞぁりと肌を震わせた。自分の息子を品定めするかのように、赤い目の男は月明かりの下で対峙している一人の男と一人の子供を見下ろしている。
「ナイフと銃、あの距離なら銃弾が届く方が速ぇ」
「そう言う問題じゃねぇ。あいつは―――人を殺したことがねぇだろぉ」
「殺し方は、教えた。弾倉の詰め方から、引き金を引くまで。全部だ。引き金の引き方は―――教えるまでもねぇ」
「ボス」
 黙ってろ、と黒髪が闇にまぎれてゆらりと揺れた。スクアーロは一つ舌打ちをして、その光景への傍観者に回る。
 来ないでと恐怖にあふれた声が銀のカーテンを通り越して耳に届けば、今すぐこの体を宙に投げ出して助けてやりたいと、スクアーロは切に願う。しかし、自分の足は絶対服従すべき男の命令で地面へと釘を打たれている。バッビーノ、と震える声が風に乗る。助けを求める子供を隣では父親が静かな目をして見下ろしていた。動きは、一切ない。
 頼むボス、とスクアーロは声を絞り出すようにして懇願した。
「助けに、行かせてくれぇ…!」
「動くな。脳味噌ぶちまけられてぇか」
「ボス!」
「黙って、見ていろ」
 ゴドフリートの掌に握られている人を殺す道具が振りかざされた。月光がそれに美しく冷たい色を反射する。セオが持つ銃はまだ震えて標準が定まっていない。しかも、ゴドフリートが所有していた拳銃はシングルアクション。自分で撃鉄を起こさなければ銃弾が発射されることはない。だがしかし、目を眇めてそれを見ても、セオが握っている銃の撃鉄は上がっていなかった。これでは意味がない。
 セオには振りかざされたナイフをかわすだけの余裕も今はないだろう。そしてまた、命を守るための銃も恐怖のためにまともに扱えていない。だが、助けに行くことも許されず、スクアーロは振りかざされたナイフが肉に食い込むその瞬間から目を背けた。だがしかし。
 一発の銃声が、響いた。

 

 引き金に力を込めれば、激しい銃声が耳を震わせた。反動は一切ない。しかし、セオの顔をはじめとした前面に真赤な、いつも皆が漂わせて帰ってくる鉄錆の臭いがセオの嗅覚を刺激した。べしゃ、とその音と同時にはじけ飛んだ男の頭からこぼれた脳漿が顔に降りかかる。男の額には大きな穴が一つ空いており、銃弾で頭蓋を割られたために内容物と血がセオの小さな体へと降り注ぐ。どぷん、とセオは体を真っ赤に染めた。
 かちかちと恐怖で全身が震えあがり、歯の根がかみ合わない。セオは持っていた銃を取り落とした。指の隅から隅まで雨のように降り注いだ血にぬめっており、滑るようにして簡単に、重たい音と一つ共に地面に落ちる。落ちた銃はできていた血だまりで飛沫を上げる。
 ぐらりとセオの前面でナイフを握っていた男が、脳の統率を失った体を自身が溢れさせた血の海へと倒した。倒れた体はセオの横へと転がり、ピクリとも動かない。
「あ、」
 死体を、自分が殺してしまった死体を見るのはセオにとっては初めての感覚だった。
 衝動的に殺したのではなく、殺さなければ自分が殺されてしまうと言う合理的な考えの下で込められた力が引き金を引いた。結果、男は倒れ、死んだ。
 服に血が浸透していき、布が肌にべったりとへばりついていく。せり上がってきた吐き気に、セオは口元を押さえたが少しばかり遅く、屈んでその場に胃の内容物を全て外へと吐き出した。吐瀉物は赤い液体へと混ざって行く。おえぇ、と喉に焼けつくような痛みを味わわせながら、セオは吐いた。酸っぱい感覚が口の中に広がるが、それと同時に、浴びた血までが口の中へとその味を潜り込ませ、さらに吐いた。
「え゛、っ、げぇ、おぉ、ぇ…っ、えほ、げぇ、ほっ」
 人の死を、セオはうっすらと覚えてはいた。ジェロニモの部屋で蟻に食われていく男の姿。鮮明にではないが、それはうっすらと、記憶の底辺にこびりついている。だがしかし、それは自身が殺したわけではなかった。物事を正確に理解できるようになり、様々な知識がある中で怯えると言う行為と殺人の行為は、セオに重たくのしかかる。
 拒絶反応を示すかのように、胃液までがせり上がり、地面に落ちた。
 人を殺すということ。それは先程まで生きていた、一人の生を持った人間を強制的に静止させてしまうこと。真赤な血の海の中に沈めて、窒息死させてしまうこと。
 殺さなくてよかった、とセオはローガンを思い出す。そして父親の言葉と母親の言葉の意味をようやく、鉄錆の臭いが充満した血と脳漿の海の中で、セオは理解した。重たいのだ、人の命は。そして同時に、単純に奪ってしまえる。引き金を引くだけで、喉元を切り裂くだけで、血が流れすぎただけで、簡単に、死ぬ。だからこそ、殺す覚悟をした上で、相手の命を奪わなくてはならない。誇りと尊厳を持った一人の人間の命を奪うのだから、自分もそれ相応の覚悟を持って向かいあわねば、反対に食い殺される。単純な思考回路で、「殺したいから殺した。腹が立ったから殺した」などという理由も根拠もなく血の海に落ちて笑えるのは、誇りも尊厳もない人間である。
 セオの前に黒い靴が落ちた。それは血の海の中を泳いで渡ってくる。もう吐き出せるものは何も残っておらず、セオはだらしなく空いた口と、血で寸分の隙間もなく真赤に染め上げられた顔にぼろぼろと零れて血と混じり合った涙で、赤い海を渡ってきた男を見上げた。
 濁った血の色とは全く違う、透き通った赤い瞳をセオは覚えている。
「――――バッ、ビーノ」
 黒とシャツの白のモノトーンの中、石畳を流れるどす黒い血と、XANXUSの赤とセオの銀朱は鮮烈なまでな印象をその場に残していた。息子を見下ろして、しゃがみ視線を合わすことはせず、はたまた慰めることもせずにXANXUSは口からゆるりと言葉を紡いだ。
「これが、俺たちの世界だ。てめぇで選べ。そっちの世界がいいなら止めはしねぇ。ただし、」
 赤が黒の中で細められる。
「一度俺たちの世界に足を踏み入れれば―――――二度と、そっちに戻れることは、ねぇ」
 ざらりと風が吹いて、黒の服が風を孕み大きく揺れる。はためく隊服と赤い瞳と黒い髪と、そして周囲に溢れかえっている「死」という色どりは、まるで別世界であった。傍観するだけの、ガラス越しの世界が、今、セオの目の前に晒された。
 血だまりの中で座り込み、セオは呆然と父親の言葉を反芻する。たった一度の選択の機会。はくん、とセオは口を動かそうとしたが、体の震えが収まっておらず歯の根がかちかちと音を立てるだけに終わる。XANXUSは頭から足先まで真っ赤に染まったセオを見下ろすと、一度瞼を落とし、そして自分が来ていた隊服を脱いで座りこんでいるセオを持ち上げた。ぼたぼたと滴り落ちる血は、人の死を示していた。XANXUSは脱いだ隊服でその血まみれの子供を包み込み、横たわる骸を通り過ぎ、止めていた車のドアを開けるとその中にくるまったセオを押し込んだ。
「汚すな。…暫く、時間をくれてやる。決心が固まったら、言え。いいか、二度は――――ねぇ」
 ばたん、とそしてXANXUSはセオとの会話を遮断するために扉を閉じた。
 振り返った先に居る銀色の男へと目を走らせた。スクアーロは少しかがみこみ、セオが先程まで握っていた血で塗りたくられた拳銃を拾い上げる。やはり撃鉄は上がっておらず、血の臭いはするものの銃を撃った後に香る独特の硝煙の臭いはその銃口からスクアーロの鼻腔へと伝わることはなかった。そもそも、もしもセオが撃ったのであれば、セオの体がああまで血や相手の脳漿でずぶぬれになること自体がおかしい。セオの方向から相手の脳天を撃ち抜けば、多少の血はともかく、脳漿脳髄は反対側に飛びちりセオの体をそこまで濡らすことはない。血だまりの中にブーツを探るように滑らせれば、銃痕が一つ、ブーツ底に感じた。
 スクアーロは車の扉の外に立つ男へと目をやった。
「ボス」
「…始めから、殺せるなんざ思っちゃいねぇよ。あんな状態で撃てるわけもねぇだろうが。的がいくら大きくても、餓鬼の手でその銃の反動は大きすぎる。外れるのが関の山だ」
 だから自分で撃ったのか、とスクアーロは思う。恐らくセオは自分が撃ったと、自分が殺したと勘違いしていることだろう。それはきっとフェアではない。
 スクアーロは、ボスともう一度自分の上司を呼んだ。
「今、選ばせるのかぁ?流されるようにして入って死ぬのは―――いや、殺すことになるは、ボスだぜぇ?」
 中途半端な覚悟でこちらの道に足を踏み入れば、やがてその窒息しそうな血の海から逃げ出したくなる。逃げ出しは裏切りと同義。そうなった時に、セオを殺すのは彼の最も近しい者、母である東眞か―――――父であるXANXUSで、ある。そして彼の性格から考えれば、彼がセオを殺すのは目に見えている。
 肉親であろうとも、命令一つあれば殺す。躊躇わなければ殺されるのは殺す側になる。XANXUSの場合は常に命令する側ではあるが、彼とて自分たちと同等の責任を求められ、そしてVARIAのボスたる資質を常に求められる。我が子可愛さに許すことは、彼にはできない。
 スクアーロの思いを知ってか知らずか、XANXUSは赤い目を動かして、車に背中を押しつけた。防音も果たしているこの車は多少の会話など内側に届きはしない。寒空に隊服を脱いでいるものだから、白いシャツが余計に寒く映り、そしてもう赤色も薄れてきた黒と暗闇の中ではその白は嫌味なくらいによく映えた。
「いい機会だ。あいつは、今、殺すことの重さと殺されることの恐怖を知った。名誉や誇りよりも人道的な面を取るのであれば―――こちらには来ねぇ。それは、あいつが教えている。もしも、俺たちと同じ場所に立ちたいとそれでも願うのならば、それは」
「それは、何だぁ?」
 スクアーロの問いかけに、XANXUSは饒舌になりすぎていたことに気付いてふつと口を継ぐんだ。血の香りが強く鼻をつく。車内も血まみれで放り込んだ子供が一人いるので、暖房などつければ凄まじい臭いになることだろう。寒いのは面倒だが、今日は暖房をつけずに帰るしかない。10kmそこそこ、耐えられない距離ではないが、寒いものは寒い。そして、これ以上この寒さの中に立っている必要もない。
 XANXUSはくるりと踵を返して助手席の取っ手を握り、外側に開いた。スクアーロは後頭部から前頭部にかけて銃弾に貫かれた男を見下ろし、そして彼の銃、セオが先程まで握っていた銃を血だまりの中へと返した。捧げる言葉など、ありはしない。そしてスクアーロ自身も運転席へと乗り込む。後部座席で父親の大きな隊服に包まれている子供は、泣いているように見えた。泣き声は聞こえないのだが、泣いているように、スクアーロには思えた。母子そろって似たような泣き方をしている。尤もセオは、感情表現豊かなので、大声で泣きわめく時も勿論あるのだが、本当につらい時は、こうやって声を押し殺して泣く。母を詰り、あわや殺しかけたセオは同じようにしていたことをスクアーロは思い出す。
 出せ、と短い声がかけられ、スクアーロは車のアクセルを踏んだ。暖房は、入れなかった。

 

 東眞は皿の上にアップルパイを一切れ乗せて、深く考え込んでいた。それを見たレヴィがどうしたと声を珍しくかける。東眞はレヴィの呼びかけに、すっと顔をあげると、ええと小さく頷いた。
「セオに買ってきたんですけど…きっと今、泣いてますよねぇ。それに、持っていくタイミングでもないような」
「持っていきたければ持っていけばいいだろう。貴様はいちいち考えすぎなのではないか」
 淡白な返答に東眞はそうなんですけれど、と頭をごとんと机の上に落とした。まとめられた黒髪が机の上に散らばる。珍しく行動に出ることをためらっている東眞にレヴィは眉間に軽くしわを寄せる。
「貴様らしくもない」
「…やっぱり、こういうことはお父さんの仕事なのかなと思うんですよ」
「ボスの」
「男同士にしかできない話って、女は首を突っ込むべきじゃないんですよね。セオが、私よりもXANXUSさんを頼って―――少し、なんだか悲しいかと思いましたけれど、母離れの時期なんでしょうかね…」
 母離れ、と言う単語をレヴィは頭の中に思い浮かべた。
 セオは普段からマンママンマと母親にべったりであるから、レヴィにそれを完璧に想像することは難しい。勿論父親も大好きなようで、いつもバッビーノ!と駆け寄ってくるものの、最終的には殴られて母の助けを求める構造となっている。レヴィ!と駆け寄ってくる姿も可愛らしいのだが、とレヴィは頭の片隅でそんなことを考えた。
 こつんと東眞は指先でアップルパイが乗った皿の端を叩く。
「こうやって男の子は男になって行くんだなぁと…息子は息子ですけど…世の息子を持つ母親は皆こんな思いを味わってるんですか…」
「娘を持つ父親も同じ気持ちではないのか?むしろそちらの方が酷いと聞くが」
「例えば、下着を一緒に洗わないで!とかですか?」
「風呂に入ってくれなくなるとか」
「…そう言えば、セオも私とお風呂入らなくなるんでしょうか…」
「おい」
 話がどんどんずれて行っている事実に気付いて、レヴィは静かに突っ込みを入れる。分かってます、と東眞はそれに返事をした。
「冗談です。セオが大きくなるのは嬉しいですよ、とても。私にとってこれ以上ない喜びです。子供が成長していくのは、可愛いんです。でも同時に寂しくなる。大きくなる速度が速すぎて、分かってはいても、いつか自分の手元を離れて行くことばかり考えてしまう」
「子というものは、そう言うものだろう」
 まともな切り返しに東眞はそうなんですよと笑って顔を上げた。指先で今度は皿の縁をなぞる。
 自分にだけは絶対に伝えてくれない言葉をセオは抱えていた。だからこそ、XANXUSへとその口を開く先を求めた。母として頼りないのだろうかと一瞬心配にも思った。だが、それが子供の成長ならば、甘んじて受け入れるしかない。
 少なくとも、とレヴィは立ったままでそのアップルパイが乗せられた皿を見下ろす。
「セオ様は、貴様を軽んじたり頼りないとは思っていないだろう。男として譲れぬ何かがあったのではないのか。セオ様も、男だ」
「男、ですか」
 繰り返した東眞にレヴィはそうだと頷く。
「…大切にしたい者を守りたいと思うのは、男としては当然だろう。言葉であれ暴力であれ、大切な者が泣いたり悲しい顔をするのは、嫌なものだ。俺は、ボスがそのような顔をされるのは、好かん」
「逞しく育ってくれて…でも、女も、大切な人が悲しい顔をするのは、同じように嫌なんですよ?XANXUSさんがそんな顔をされれば、私は慰めたいと思いますし、セオも、あんなつらそうな顔をするくらいなら、話してほしいものです。エゴってやつですか、結局のところ」
 でも、と東眞は続けた。
「腕を広げて待っていてくれるから、私は、悲しい思いをする必要もないんですけれど」
「…ボスは、立派な、名誉ある男だ」
「知っています、勿論。―――愚痴を聞いてくださって、有難う御座います。これ、セオのところに持っていきます。お腹も減っていることでしょうし。昼ご飯食べてくれなかったんですよ」
「何!貴様食べさせなかったのか…」
「食べてくれなかったんです。お腹すいてないとか言って。他のことで、お腹が一杯だったんでしょうが、そろそろ頭も冷えて空腹を感じてるでしょう」
 ゆっくりと立ち上がった東眞にレヴィはむぅと一つ言葉を漏らして、ついて行ってやるとそわと体を動かした。セオが心配なのが見え見えな辺り、彼も可愛らしいなと東眞はこっそりと思った。言うまでもなく、そんな言葉を口にすれば彼の自尊心を傷つけるのは目に見えているので、黙って思ったことは腹の底に納めてしまう。
 セオの部屋の前について、東眞はこんこんと扉をノックした。しかし返事がない。
「セオ?」
 呼びかけたがやはり返事はなかった。部屋でムスくれているのだろうかと思いつつ、ならば無理矢理入っても問題であろうし、と東眞は持ってきたアップルパイとサンドイッチを乗せたトレーの上に布巾をかけると、XANXUSが一度閉めた鍵を開けてから、部屋の前にそっと置いた。この部屋は内側からも外側からも鍵を掛けられる仕組みになっているが、外から閉めた鍵は外からしか開けられない。
 そして、扉の中に居るであろうセオにもう一度声をかける。
「セオ、ここにご飯と食べ損ねたおやつ、置いておきますよ」
「待て」
「どうかされました?」
 怪訝そうに、隣に立っていたレヴィが鋭い視線を扉へと向ける。そして一拍考えた後、失礼しますセオ様と断ってから、レヴィはドアノブを内側に押した。既に開けられていた鍵は、扉をあっさりと内側に開いた。だが、東眞もレヴィもその先に見えた光景に目を丸くした。
 この寒い中、窓が開かれ、ベッドの端には縄が括りつけられてそれは窓の外に放られている。
 セオ、と東眞は中に慌てて足を踏み入れて、部屋の中へと視線を転がしたが、その小さな我が子の姿はそこにはない。窓へと駆けて外を見渡したが、もう暗くなってしまっている外は月明かりしかなく、小さな子供の姿など一欠けらも見当たらない。
「セオ!」
 セオ、と東眞は窓を乗り越えようと、両掌を窓の桟にかけた。しかし、その腕は大きな腕で掴まれて、待てと制止される。
「俺が、セオ様を探す。貴様は室内を探せ」
「でも、外には」
「心配はいらん。ジャンのセキュリティが働いている以上敷地内に居るはずだ。外は冷える、貴様は室内だけを探していろ」
「お願い
 します、と言いかけた東眞だったが、その前に玄関前に車が止まったのに気づいた。ボスとレヴィは口を開き、そしてセオを探すか、それともXANXUSを出迎えに行くかで多少の迷いを見せたが、助手席の扉が開き、XANXUSの姿が見え、そしてその体が後部座席へと向かったのに気づいて不思議そうな顔をする。
 XANXUSは基本助手席に座ることはなく、後部座席に席を陣取る。さらに言えば、何故防寒の役目をも果たす隊服を身に纏っていないのか。そのボスが何故とレヴィが不思議に思っていると、後部座席から黒い塊を取り出した。丁度、子供くらいの大きさで、それはVARIAの上の隊服でしっかりとくるまれていた。ここにいても分かるほどの血の臭いが冷たい風に乗って届いた。
 だが、それよりもレヴィの耳に届いた女の声は驚くものであった。
「セオ――――…」
「何?お、おい、待て!」
 あの黒い塊を彼女の子供と判断できるほどのものはない。しかし、彼女は母親として何かを感じ取ったのであろう。東眞は踵を返して部屋から飛び出した。
 開けられた扉の下に置いておかれたアップルパイとサンドイッチは女の足で蹴り飛ばされ、その背中は角に消えた。そしてレヴィは、窓からその身を放り投げて、黒塗りの車へと駆けた。