38:Capomafia o Padre - 2/8

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 どすん、と背中に感じた重みにルッスーリアはあら、と色の強い眼鏡の奥でくすりと目を細めた。フライパンと手首を器用に使って、その中にあるふわっと甘みの美味しいホットケーキを皿の上へとひっくり返した。厚みのあるホットケーキの上にバターを乗せれば、それはホットケーキ自体の熱で溶けて、より旨そうな演出を果たす。
 ぎゅうとまだ小さな体が自身のしっかりと鍛え上げられた体に抱きついて離れない。ルッスーリアはそんなセオにどうしたのと尋ねた。そして隣でつまみ食いをしようとしたベルフェゴールに席についてねと一言添える。
「どうしたぁ。ルッスーリアに抱きついても気持ちいいことなんざ何もねえぞぉ!」
「そこ、黙んなさい!」
 ベルフェゴールよりも一足先に席についてホットケーキを頬張っていたスクアーロは抱きついたままのセオの背中に、大きな声でそう投げかけた。セオはその声にようやく顔をあげて、どうにも不服そうな、眉間に軽くしわを寄せた不機嫌そうな表情を見せる。小さな手がルッスーリアのワイシャツを掴んでよれを作っていた。
 視線が下に落ちて、いつもならばホットケーキに目をキラキラと輝いているのだが、その目は今日は下に寂しそうに落ちている。流石の落ち込みようにルッスーリアは既にケーキをパクパクと口に放り込んでいるベルフェゴールと、フォークを止めているスクアーロにどうしたものかと目配せをした。しかしながら、それをされても二人に解決案などあるはずもなく、軽く肩をすくめられる。
 セオはルッスーリア、と少し体を離してあのね、と小さな声で言葉を紡ぐ。
「俺じゃどうして駄目なんだろう」
「駄目?」
 要領を得ない質問に、ルッスーリアは質問を聞き返すしかない。セオの質問をその場で聞いていたスクアーロやベルフェゴールもそれは同様であった。
 反応を他所にセオは言葉を続ける。
「どうして、マンマは俺には困ったって言ってくれないの?どうしてバッビーノだけなの?俺だって、マンマのこと大好きだよ?」
 子供の小さな言葉にその場にいた人間はああと軽く肩を揺らした。つまりは小さな小さな、それを嫉妬と名付けるのすら微妙なラインの嫉妬心である。羨ましいだけなのかもしれないが。
 ルッスーリアはセオの質問にそうねぇと笑いつつ、抱きついていたその体をひょいと軽々と持ち上げて、片手でホットケーキを机の上に置くと、その前の椅子にセオをすとんと座らせる。大きくしっかりとした腕はその程度の動きを苦もなくこなす。そして最後に空腹を誘う甘い香りを漂わせているホットケーキの皿の隣に、セオが好きなりんごジャムを添えて、飾り付けた。
 セオは答えを待つようにルッスーリアへと目を向ける。
「マンマが一番疲れた時に、いつだっていつも側にいてくれるのがボスだからじゃないかしら?」
「俺だって!…俺だって、一緒にいたもん」
「でもJr. あなた、何かマンマに言ってあげた?」
「…言ってない、よ。何言ったらいいか、分かんなかったんだ。マンマが悲しそうな顔するのとか、すっごく嫌だけど、俺も悲しくなって泣きたくなるけど、でも、泣かなかったよ」
 それだけじゃ駄目ねぇとルッスーリアは笑いながら、セオの手にフォークを握らせて、椅子を少し押してやる。セオはルッスーリアの言葉に憮然としながら、林檎ジャムをホットケーキの上にどっぷりとかけて、それをナイフで切ってから口に運んだ。もう皿の周りを汚す年でもないので(実質汚したりなどしたら父親の叱責と拳が飛んだ)セオは綺麗にそれを食べて行く。
 珍しく無言でホットケーキを片づけて行くセオに周囲はもう一度目を見合わせる。
 セオは林檎ジャムも勿論好きだが、甘いものも勿論大好きで、と、いうよりもお菓子全般が好きなのでいつもおやつの時間は目をこれ以上ないほどにキラキラと輝かせながら、大層美味しそうに食べて行くので、今日の様子は林檎ジャムと言うことを差し引いても十分におかしい。
 もぐ、とセオは半分ほどホットケーキを口に突っ込んで、やはりしょげたような顔をして、口の中に入れたものを飲み込むと口を動かし声を発する。
「マンマを守ってあげたいな…マンマに笑ってて、欲しいな」
「なーに言ってやがる、Jr. てめぇはまず自分を守れるようになっとけぇ。自分も満足に守れねえやつに女を守ることなんざ、百年早ぇぞぉ」
「スクアーロ、もう」
 スクアーロの言葉にセオはじと、と銀朱の目を下から軽く睨みつけるように向けた。悪いことを言ったつもりもなく、事実を言っただけなのでスクアーロは可愛い子供に睨まれた事実にうっとたじろぐ。
「い、いや、だがなぁ」
「ばーっか。東眞笑わせるなんて簡単じゃねーの」
「?」
 最後のホットケーキの欠片を口に突っ込んだベルフェゴールの言葉にセオは軽く首をかしげて、何?と尋ねる。それにベルフェゴールはむき出しになったフォークの先をすいとセオへと向けた。
「笑ってりゃいーじゃん。Jrが。心配掛けさせたくなかったら、笑ってたらいーんだよ。子供が元気で笑ってれば、東眞だって嬉しいって」
「そうねぇ。子供の仕事は元気でいることよね。ベルも偶にはイイこと言うじゃない。スクアーロも少しは見習いなさいな」
「何だとぉ!!」
「王子あったまいーからトーゼン」
 年配の会話に一度耳を傾けて、セオは視線をもう一度ホットケーキへと落とした。半分しか食べられていないホットケーキはやはり美味しそうな甘い香りを漂わせているが、何故だか今日はあまりおいしいと感じることがセオにはできなかった。ルッスーリアが失敗したわけでもない。はずもない。
 ただ、とセオは思う。ひどく安心しきった顔でマンマがバッビーノの胸に頭を乗せた瞬間に、何とも言いようがない感情が胸に広がったのである。きっと辛いことがあった時、一番近くに居たのは自分であるはずなのに、どうしてか何故か分からないが、マンマは自分に対して笑顔を向けた。大丈夫と自分に気を遣ったのである。バッビーノであれば、とセオは考える。何故自分ではだめなのか、セオにはやはり判らなかった。そして、悔しかった。父親が妬ましいわけではない。単純に悔しいと思った。
 俺、とセオは呟くようにして言葉を紡ぐ。小さな声に側にいて言葉を交わしていた三人は視線をそちらに集中させた。
「もう、子供じゃないもん。もう、年長だもん。来年には小学生だよ!子供じゃないよ」
「…あ゛ー…まぁ、いや、だがなぁ。よくよく考えてみろぉ。東眞から見てもてめぇはまだまだ子供だぞぉ」
「違うよ!俺、子供じゃないもん!」
 そうやって子供じゃないと主張するところが子供だというのだが、それを説明しても伝わらないところもまた、子供である。ぎゅーとセオは唇をかみしめ、むすっとした顔でホットケーキを最後まで頬張った。そして側にあったカップの林檎ジュースを綺麗にきっちりと一息で飲み干す。ごくごくと一気に飲んだせいで、最後はげほげほと咳込む羽目になったが、セオはきっと強い目でそこにいた三人に強い視線を向けた。
 すとんと小さな体が椅子の上から落ちて、俺ともう一度繰り返す。
「子供じゃないもん…スィーリオの散歩、行ってくる」
 そう告げて、セオはその部屋から走って飛び出した。スクアーロは食べた後に激しい運動をすると脇腹が痛むと過保護丸出しの一言を背中に投げたが、無論セオがそれを最後まで聞くことはない。
 走り去ってしまった子供の他、最初の三人が部屋に残った。そしてその中の三人で、最もセオの世話をしている(と思われる)スクアーロが一番最初に口を開いた。
「…ありゃ、どうしたんだぁ?あいつがマンモーネなのは今更な事実だがなぁ。あれか?マンマに恋でもしたかぁ?」
「下世話なことばっかり考えないのよ。ちょっと悔しいんじゃないの?ほら、Jrって東眞のこと大好きじゃない。ボスばっかりずるいって―――まぁ子供特有の独占欲ね」
 ルッスーリアはコーヒーを三つ、机の上にトントンと置きながらセオが立ってしまった椅子に腰かける。それと、と口元から笑みを無くして、楽しさを無くした声を紡いだ。
「それと、今日のことかしらね」
「何かあったのかよ」
「…ちょっとね。ここ最近大きな顔してるアメリカからきた新興ファミリーがあるじゃない。あそこがねぇ」
 東眞は気付いていないようだったが(勿論気付かせるほど自分は甘くはない)あの時の会話は全て耳に届いていた。セオは恐らくその会話は気付いていないだろうが、母親の表情の変化から色々と読み取ったのだろうとルッスーリアは思う。子供は、非常に敏感な生き物であるのは、よくよく知っている。
 ルッスーリアは一度区切った話をそこでさらに続けた。
「喧嘩、売られたみたいなのよ。そこのボスの妻に。子供が産めないことを批難されてもしてたわねぇ」
「何それ、ウッゼー」
「餓鬼が産めねぇことなんざ、ボスはどうこう言わねぇだろぉ。気にすることじゃねぇ」
「…ホント、スクアーロって女心が一欠けらも分からないわねぇ…分かろうとする努力はあるけど、完全に空回りしてるわ」
 しれっと何が問題だとばかりにコーヒーに口をつけたスクアーロにルッスーリアは完全に呆れた表情を向ける。それにスクアーロは何か悪いことを言ったのかと体を僅かに下がらせた。しかし、ルッスーリアもそれ以上スクアーロの言葉に関して追求することはせずに話をゆっくりと前進させていく。
「どうせただの新興ファミリー。コーザノストラの恐ろしさも知らない奴らがどう騒いだところで、問題もないのだけれどね。まぁ、それに乗じて一暴れできるなら、それはそれで楽しいとは思うわよ」
「そりゃそうだぁ!ここ最近、体もなまってたことだしなぁ」
「で?Jrどーすんの?」
「どうするって…どうしようもないわよ。こればっかりは」
 差し出されていたコーヒーの温度を確かめてから口にしたベルフェゴールにルッスーリアは軽く肩をすくめて示す。実際どうしようもない。むしろ成長しているのだから、周囲が無理矢理強制するよりも、自分で何がどうなのかを学んでいった方がよっぽどいい。
 ルッスーリアの言葉にベルフェゴールはふぅんと張り合いのない返事をする。
「何だっけ、そのファミリー。ばっかじゃねーの?よりもよってボンゴレに喧嘩売ってくるとかさ。どんだけ自信あんのかしらねーけど…任務でたら、ぜってーぼこぼこにする」
 にぃいとベルフェゴールの口元が大きく歪む。彼もそれなりに腹が立っているらしいことはスクアーロにも分かった。セオ程ではないが、ベルフェゴールも東眞のことをそれなりに慕っているわけだから、腹が立てばそれなりの行動は示すことだろう。ただ、物事が分かる年であるし、何年もこの仕事をやってきた彼が無意味に人を殺すこともなし、その点は心配はいらない。
 ただし、スクアーロはナイフを取り出してぎちりと音を出したベルフェゴールに一応の釘をさしておく。
「勝手な行動するんじゃねえぞぉ」
「Jrと一緒にするなっての、バーカ」
 手の平に溢れかえったナイフを一瞬でマジックのように視界から消してベルフェゴールはべぇと舌を出した。ルッスーリアも自分が淹れたコーヒーを口にしながら、そう言えばと話を変えた。
「ボスってJrにいつ話すのかしら。随分前からうすうす気づいてそうな感じはしてるんだけれど」
「…今はまだ早すぎやしねえかぁ?そこにいるナイフ馬鹿だって八才だろぉ、っうお、危ねえ!う゛お゛おぉ゛い゛!ナイフ投げんじゃねぇぞぉ!」
 危ないだろうが、とスクアーロは怒鳴ったが、ベルフェゴールは素知らぬ顔で手の中に再度溢れさせたナイフでちゃきちゃきと遊ぶ。
 ルッスーリアはそんな二人を眺めつつ、本当にいつ話すのだろうかと不思議に思う。セオはかなり幼いころから鍛錬を受けさせられて(と言う表現が正しいのかどうかはいささか疑問ではあるが)いるので、それなりに体力は付いている。普通の子供と比較すればそれは雲泥の差であろう。あの年で、もう銃を撃つことができ、なおかつそれを自分の腕のように扱う。勿論まだ技術としては未熟な点が多いのは否めない。
 血の臭いを浴びて帰ってくる自分たちを見ても驚いていないこともあるし、かなり前にはジェロニモの拷問シーンを目撃しているという前例もある。だが、あくまでもうすうす、であり、完全に気付いているとは言いづらいのではないだろうかとルッスーリアは思う。東眞も一度セオに尋ねられているのをルッスーリアは目撃したことがあったが、その時東眞はにこやかに笑って、その内とはぐらかしていた。
 しかしルッスーリアが恐れているのはそれよりももっと根本的なことである。それは、以前東眞からも相談されたことであった。彼女は一言こう言った。セオが命を軽く見るのが恐ろしい、と。
 人の死に動揺しないのは、自分たちの仕事に関しては非常に重要なことではあるが、かといって、自分たちは人の命を軽視しているわけでは断じてない。だが、セオからすればその途中経過を知らずに、人を殺していると言う事実だけを持ち帰ってこられるわけだから、人の命を軽く見るかもしれないという危惧は実現する可能性が高い。幸か不幸か、セオは基本的な気質が優しいだけあって人を対して簡単に暴力を振るうことはまずない。
 だが、とルッスーリアは思うのである。もしも、セオが知らずに暴力をふるった場合、彼にとっての暴力は死と直結している恐れがある。握りしめた拳の強さがどれだけ強いものか、セオはまだ知らない。周囲が彼よりも強い人間であふれているからこそ、それは起こり得る事象である。ただの子供同士の喧嘩であれば、どう頑張っても殴り合って最終的に泣き喚いて終わりだろう。だが、セオは違う。未だ炎を使う術を身につけてはいないが、彼は他の子供と比較して、一対一で拳を向ければ相手を殺すこともあるかもしれない。
 それは、ただの暴力である。おそらく東眞はそれを恐れているとルッスーリアは踏んでいる。それは、いくら言葉で諭したところで理解できるものではない。何故ならば、普通の子供は人を殺すことをしないからである。そういう状況に瀕した子供であれば、話は別であろう。だが、今現在のセオは違う。彼は人を殺す立場にいない。もしも、今の彼が人を殺そうとするのであれば、それは私情に他ならないだろう。命を守るためでもなければ、誇りを持って殺すわけでもない。そう言う殺しは、自分たちの殺しではない。
 命を軽視する殺害は、マフィオーゾがすることではない。
「―――心配事と言えば、それくらいかしら?」
「何がだぁ?」
 軽く眉間に皺を寄せたスクアーロにルッスーリアはいいのよ、と軽く手を振って考えたことを誤魔化した。
 東眞は自分の問題は自分で解決できる女性であるし、XANXUSもついているので一切の問題はない。セオとて、先程の心配だが、暴力を振るう怒り方をする子供でもないので、心配いらないかとルッスーリアは頷く。
 そう考えていたルッスーリアの前に一枚の皿が差し出された。
「おかわり」
「…ベルもまだまだ子供なんじゃなぁい?」
 くすりと口元に手を添えて一つ笑うと、ルッスーリアはベルフェゴールが差し出した皿を受け取った。それに横からもう一枚皿が突きだされて、スクアーロももう一枚とホットケーキを所望した。そしてVARIAの母は笑いながら、卵を割った。

 

 心音が合わさって落ち着いていく。東眞はふっと顔を上げて、耳を擽る黒髪にくすぐったいと少し笑った。それにXANXUSはふんと耳元で笑いながら、うるせぇと口元を歪める。先程の緊迫した空気が嘘みたいに溶けて緩んだ。
 顔をあげてにこやかに頬笑み、東眞はあれとそこで気付く。
「もう大丈夫です。あの」
 XANXUSさん、と東眞は体をしっかりと抱きかかえられている腕を軽く叩いた。だが、叩いたにも関わらず、腕は解けることはなく、むしろ強められた力に東眞はう、と小さく呻いた。内臓が口から溢れそうな感覚が喉元を上がってくる。ぎりぎりとそんなに締め付けることをしなくてもと東眞は呻きつつ、もう一度XANXUSの腕を叩いた。一拍二拍置いてようやくその腕が力を抜く。
 一つ咳込んで体を少し曲げる。流石に痛かったのだが、東眞はやはり笑ってしまった。この人は、心配する時にいつも必要以上に強く抱きしめる。もう一度、大丈夫ですと東眞は繰り返した。
「貴方がいてくれるだけで、私は大丈夫なんです。それに、セオも皆もいますしね。あれくらいの言葉でへこたれるほど、私は弱くはありませんよ。まぁ突然だったので、少しあれでしたが。平気ですよ」
 じとり、と赤い宝石の瞳が黒灰の瞳を覗き込んで、眉間に深い皺を寄せた。東眞は解放されて自由になった腕で、その眉間に皺を指先でぐりぐりと伸ばす。それにXANXUSはさらに眉間に力を入れたのだが、指先が皺を伸ばしきっているのであまり深い皺を刻むことができない。
 一歩、XANXUSと距離をとって東眞は指先を眉間からそっと遠ざけた。そして、ところでと話を変える。
「少し心配なんですが」
「何がだ」
「セオが」
 見上げる形で首がしんどいと思っていると、XANXUSは立っていた体を椅子に預けて座った。そして東眞は持ち上げていた視線を下に下ろして楽な姿勢で話す。
「あまり怒ることがない子なので…杞憂かもしれませんが…力の使い方を間違ったりしないかどうかというのが。セオは今、他の子よりも力が強いでしょう。それが、あの子の身を守るために行使されるのであれば納得もいきますが、私はそうでない時のことを考えるのが怖いです」
 怒ることがない、という単語にXANXUSはそうだったかと始終癇癪を起していた子供を思い返す。尤も、東眞が言うように癇癪を起しても暴力的な手段に出ると言うことは今まで一度もなかったのだが。拗ねるだとか逃亡するだとか、隠れるなどの方法で今までそれらは表現されてきた。
 東眞は考え込んでいるXANXUSにさらに言葉を続けた。
「セオも随分大きくなりました。XANXUSさんたちが一体何をしているのか、おそらくはうすうす感づいているかとは思います。でもそれはあくまでも感じているだけなんです。実際に知識と経験は別物ですし、セオが命を奪うと言う行為を軽んじるかもしれないと考えると…一般論的に命は大事ですと教えてはきましたが…何か嫌な予感がするんですよね」
「餓鬼は餓鬼だろうが」
 杞憂だと言わんばかりに言葉を投げ捨てたXANXUSに東眞は心配そうな色を隠すことはなく言葉を紡いだ。
「率直に言って、今のセオは人を殺せますか。身体能力的に、と言う話です」
 真剣に問われた言葉にXANXUSは言葉を僅かに詰まらせて、現在のセオの身体能力を客観的に見つめる。銃などの基本的な武器は一通りもう扱える。武器を使ってならば、油断しきっている大人あたりまでならば殺せるだろう。しかし、その技術はまだまだ未熟で、自分たちのような本職の人間を相手にすれば、即座に殺される側に回る。だが、女が口にしているのは恐らくそう言う意味ではない。
 XANXUSは一息持たせてから東眞の質問に答えた。
「餓鬼相手なら十分に殺せる。絞め殺すことくらいは容易いはずだ」
 はっきりと伝えられた答えに東眞は難しい顔をする。そして、怖いですねと呟いた。だが、それを払拭するようにXANXUSはさらに言葉を繋ぐ。
「だが、力の使い方は教えてある。不用意に人を殺すようには教えてねぇ」
「―――不用意、ですか。セオは、それをどこまで理解してるんでしょうか」
「どういう意味だ」
 立っていることに疲れたのか、東眞もXANXUSの座っている椅子の向かいに腰かけた。そして尋ねられた言葉に答える。
「セオにとって、どこまでが殺してもいいのかと言うことです。XANXUSさんたちは命を狙われた時、それと任務以外では絶対に人を殺しませんね」
「当然だ。私情や快楽で人を殺すのは、どこぞのチンピラと変わりゃしねぇ」
 赤い瞳に宿った誇りと名誉ははっきりとその言葉を口にした。
「でもセオはどうでしょう。あの子にとって自分を律する法は、自分自身の世界観だけでしかないんです。殺したいと思えば殺せるだけの力が今のセオにはあります。いくら力の使い方を知っていても、不用意でないとセオが感じるのはセオ自身でしかないのが恐ろしいと思います。まぁ、セオは怒っても暴力をふるうことを今までしませんでしたから、そう心配する必要もないとは、思いますけど」
 しかし子供の成長は早いことも、東眞は知っていた。子供は親の預かり知らぬところで様々な知識と影響を受けて、どんどんと成長を遂げて行く。だからこそ、子供は時に全く親には理解できない行動をとる時がある。
 大丈夫だろうかと東眞はやはり不安に思う。
「―――来年の誕生日に、話すつもりだ。それまでは、しっかりと目をつけて置く。問題ねぇ」
 来年、と言う単語に小学生になるのかとセオの成長をあらためて東眞は驚いた。
 口元から自然と笑いがこぼれて、東眞は目を細める。それにXANXUSは怪訝そうに片目を細めて、東眞を凝視した。すみませんと軽く東眞は謝った。
「セオが産まれたのが、ついこの間のような気がします」
「…人騒がせな餓鬼だった」
「そうですね。でも、だから可愛いんです。でしょう?」
 同意を求められ、XANXUSは口先を軽くとがらせて、一つ溜息をついた。東眞はそれに笑いながら、子供の成長を喜んだ。