26:振り回されて三回転 - 5/5

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 XANXUSはその手に持った銃に銃弾をしっかり装填した。そして、少し離れたところで、今にもとろけそうな顔をしてクマのぬいぐるみを持っている老人にそれを向ける。
「――――――――何しに来やがった、老いぼれ」
 XANXUSは突き放すようにティモッテオにそう言葉を投げつけた。勿論引き金に指がかかっている。と、いうよりも既に引き金は一度ひかれた後で、東眞とセオ、それからティモッテオの間の直線上にあった椅子が、その銃弾によって消えている。
 それにティモッテオはそんな、と悲痛じみた声を上げて肩をすくめた。
「可愛い孫に会いに来ただけだよ、XANXUS」
「るせぇ。今すぐその不格好なモン持って帰りやがれ」
「こんなに可愛いのに。そう邪険にしなくても…そう思わないかい、東眞さん」
「こいつに振んじゃねぇ」
 大きく舌打ちをしてXANXUSは顔を歪める。
 ルッスーリアとレヴィは先程台所に昼食を作りに行き、それから暫くもせずにXANXUSが扉を開けたと同時に、向かいの窓が開いてティモッテオがぬいぐるみを持って顔を出した。そして今に至る。
 銃弾は装填したばかりで、まだまだ弾数はある様子。XANXUSは落ちた薬莢を拾うこともなく、今度は間ではなく、ティモッテオに狙いを定める。
「折角持ってきたんだが…」
 至極残念そうな響きに東眞は苦笑して、ティモッテオに話しかける。
「今、ルッスーリアとレヴィさんがお昼ごはん作ってくださってるんです。よかったらご一緒しませんか?」
「東眞さんからの申し出を断るわけにはいかないな」
「…おい。何勝手に決めてやがる」
 銃をしまわないまま、XANXUSは東眞を睨みつける。けれども東眞もそれには慣れたもので、構わないじゃないですかと微笑む。多分、ティモッテオはXANXUS同様、忙しい政務の合間を縫ってわざわざ孫に会いに来てくれたのだから。
「みんなで食べたほうが、美味しいですよ」
「…勝手にしろ」
 と、そう吐き捨ててXANXUSは根負けしたようにソファに腰掛けた。そして銃をホルダーに収める。ティモッテオは有難うと礼を一つ言うと、平然とした様子で窓から中に入る。なんともワイルドである。もうXANXUSも何かを言う気もないらしく、眉間に皺を寄せてむすっと口を一つに結んでしまった。
「抱いてもかまわないかな」
「あ、どうぞ」
 持参したクマのぬいぐるみをわきに置くと、ティモッテオは東眞の腕に抱えられているセオに目を落として細める。東眞はティモッテオの腕にセオを渡す。細い腕に抱え直されて、セオはぱちんと目を開く。
「ああ、可愛い。可愛いなぁ…」
 食べてしまいたいくらいだ、とティモッテオは口元をだらしなく緩ませて笑顔を広げる。目に入れても痛くない、というのは今の彼のような心境を言うのだろうと東眞は頷いた。
 溶けてしまいそうなほどに優しい目つきでティモッテオはセオの頬をつつく。差し出された指にセオはほぼ反射的に食らいついた。食らいつく、というよりも吸いつくという方が正確だろう。ちゅぅと指を吸われてティモッテオはさらに嬉しそうな顔をした。
「東眞さん、セオが指を吸っているよ…かわいいなぁ、連れて帰りたい気分だ」
「流石に」
 それは遠慮してください、と東眞は苦笑を浮かべる。そしてティモッテオは今度はXANXUSに向けてその満面の笑みを向けた。
「XANXUS、セオが、見ておくれ。私にとてもなついてくれていて…いや、かわいい…可愛いなぁ」
 可愛い、という単語を連発してティモッテオはXANXUSに自慢をする。腕の中の子供はまだその指を吸っていた。
「私は時折しか来れないが、こんなになついてくれているとは…嬉しいものだ」
 本当に、とほほ笑んだティモッテオの言葉だったが、次の瞬間激しい音を立ててXANXUSが立ち上がる。そして、ティモッテオの腕の中から奪い取るようにしてセオを自分の腕に抱える。
「…」
 XANXUSはそれからティモッテオがしていたようにセオの頬をぐすぐすと突く。しかしティモッテオのそれとは違い、強い力でつつくので、セオは痛いのかくしゃりとその顔が歪んで、泣きだす兆候を見せる。
 そんなXANXUSとセオの様子に、ティモッテオは苦笑をこぼす。
「XANXUS、そんなに強くしては泣いてしまうよ」
「…るせえ」
 ティモッテオの腕では笑うのに、自分の腕では泣きそうになる我が子にXANXUSは眉間に皺を寄せた。それがなおさら怖い。苛立ちを敏感に察知したのか、セオはその瞳一杯に涙をため始める。
「ぁぅ、あ、」
「ああ、XANXUS」
「…泣いたらかっ消す」
「…」
 ぎろっと睨みつけて、XANXUSは赤子を脅迫した。しかしそんな脅迫がまだ年端もいかぬセオに分かるはずもなく、とうとうしゃくりあげ始める。ひっくひっくと小さく喉が震えて、腕の中の体が泣くための準備をし始める。
「あ、ぁ、ぁ―――――――――!!」
 ああん、と大声をあげて泣き始めたセオにXANXUSはさらに深い皺を寄せる。あやそうにもあやし方も分からず、XANXUSは抱き上げたままそのまま動かなくなる。ただただ、眉間の皺が増えていくばかりである。
 見かねたティモッテオはそんなXANXUSの腕からセオを抱き上げて、ゆるやかにゆする。
「ほらXANXUS、御覧。お前がそんなに怖い顔をしているから泣いているだけだ。もっとこう、笑顔に」
 ぐずぐずとティモッテオの腕でしゃくりあげる我が子をXANXUSは上から見下ろす。だがやはりその表情の硬さは抜けず、くしゃりとその顔がまた歪む。それが腹立たしいのか、さらにXANXUSの顔つきは凶悪になる。
 これでは駄目だろうとティモッテオもとうとう匙を投げた。
 東眞はその様子を少し離れた所から眺めていて、笑いを禁じえない。しかし、その笑いに気づいたのか、XANXUSが責めるような強い目を向けてくる。東眞はすみません、と小さく謝った。
 結局泣きやまなかった我が子を父に預けるとXANXUSは苛立ちをあらわにしてソファにどすんとまた腰を下ろした。ティモッテオも流石に泣きやませることはできずに、東眞にセオが最終的に回ってきた。母の腕は落ち着くのかどうか、胸に耳を押し付けてセオは泣きやんだ。
「まだ言葉は話せないのかな」
「そうですね、まだ」
「一番初めの言葉はやっぱりマンマだろうかなぁ」
 どうだろう、とティモッテオは泣きやんだセオの頬をまた優しくつつく。
 そうしていると、ルッスーリアがサンドイッチを沢山皿に乗せて登場した。レヴィは飲み物が乗ったトレーを両手にしている。二人にはティモッテオが来たことは知らせてあったので、飲み物は人数分ある。机の上に大皿が置かれていく様を眺めながら、ティモッテオは有難うと礼を述べた。
 一つの机を囲みながらの食事が始まる。尤もXANXUSはひどく面倒くさそうに一つとって口に放り込むような、食事を楽しむのではなく、栄養分摂取のような形となっているが。それでも席を立たないあたりは、そこまで腹を立てていないらしい。
 ティモッテオは我が子と孫と共にする食事に頬を緩ませていた。
「正直な話、夢だったんだよ」
 こんな些細なことだが、と小さく笑う。ティモッテオは夢みたいだと目を細めて、しかし嬉しそうに微笑んだ。
「セオはまだこれは食べられないかな」
「そうですね、まだ少し早いです。でも来月あたりから離乳食も与えようかと思ってますし…」
「その時は是非またお呼ばれしたいものだ」
「誰が呼ぶか、くたばれ」
 じじい、とXANXUSは憎々しげにそう言い放って、コーヒーを手にとって口につける。そんなXANXUSにティモッテオはそう言わなくてもと軽く肩を落とす。だがすぐに気を持ち直して、話を変えた。
「しかし孫と言うのはこんなに可愛いものなのだね…何人いても構わないくらいだ」
「ちょうどさっきその話をしてたのよぉ、九代目」
 と、ルッスーリアはくすくすと笑いながら、その話題に乗る。それにそうなのかい、とティモッテオは嬉しげに反応した。
「二人目はやっぱり孫娘かな…男の子でも女の子でも構わないんだが…サッカーチームができるくらい作る予定かい?」
 XANXUS、と話を振ったティモッテオをXANXUSは無言という形で無視をした。ではなく、無言という形で肯定したともとれる。レヴィはボスの御子でしたら、どの子も聡明でしょう!と拳を固く握っている。
 だがただ一人、東眞だけはその会話に入っていけていなかった。
 そこで珍しくXANXUSは東眞が黙っていることに気づいた。が、しかしそれは違う方向へと解釈された。
「…心配いらねぇ」
「は、ぃ?」
 突然声を掛けられて、東眞はびくりと肩を一度震わせてからそちらを向く。XANXUSはそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに言葉を続ける。
「次は、いてやる」
「あらま、ボスったら流石ね!」
 言うことが一味違うわ、とルッスーリアはそれを褒めた。だが、東眞の心は反対に重たく沈んだ。ただ言葉の上だけで、有難うございますと返しておく。口元には、笑顔を。目は細めた。
「東眞さん?」
 僅かな心配を含んだ声に、東眞はぎょっとティモッテオの方を向く。何故だか一瞬心のうちまでも見透かされたような気がして、東眞は笑顔を強張らせた。ほんの一瞬だけ。
 だがティモッテオはなにも言わず、東眞も笑顔を元に戻した。
「美味しいですね、このサンドイッチ」
「あら、そーぉ?そう言ってくれると嬉しいわぁ…作ったかいがあるってものよ!レヴィったらさっきから何も言わずに食べてるだけだし。東眞だけよ、私の料理をおいしいって言って食べてくれるのは…。」
「おやおや、私も君の料理はおいしいと思っているよ、ルッスーリア」
「九代目の御言葉とは、恐縮ね」
 くすりとルッスーリアは楽しむように笑った。そして東眞もそれに笑った。

 

「ヒトは、欲深いイキモノなんデス」
 暗闇の中で、一つの声がそう呟いた。命も何もかもとうに果てた、その静かな暗闇だけの空間で、その声だけがただただ静かに闇に溶けていった。
 ハテサテと月の明かりの下で、シャルカーンは足元に転がった血だまりに波紋を作る。
「ホントウニ」
 欲深イ。
 遠くない未来の出来事が脳裏に浮かんで、シャルカーンは袖の中に手を隠した。まるでそれは、預かった秘密を、袖の中にしまいこむような動作で。
 頭に入れ墨を彫った男は、そして小さく首を傾けた。月の下の影は、それに合わせて、小さく小さく、ただただ揺れただけだった。