26:振り回されて三回転 - 2/5

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 こつん、と響いた足音と、それから思い扉の開く音に東眞はすいと顔を上げた。その視線の先にいた二つの人影に、うろつかせていた視線を固定して、目元に優しい色を浮かべた。
「お帰りなさい」
 怪我はありませんか、と東眞は入ってきた二人、ルッスーリアとスクアーロにそう尋ねた。
 扉を開けた二人は軽く肩をすくめて、怪我などないとそれを態度で示す。怪我をするようなへまなどそうそうしない。それでも東眞は帰ってきたときには大概いつもきまって、お帰りなさいと怪我がないかを尋ねる。それも既に日課となりつつある光景にスクアーロはどこか安堵と不安を同時に覚えながら、口元を笑わせた。
「帰ったぜぇ。怪我はねぇから、心配すんなぁ」
 からりと笑ったスクアーロに隣に立っていたルッスーリアは、一つ間違えば夫婦の会話よね、と茶々を入れる。だが、スクアーロはその冗談に顔の筋肉を全開に引きつらせて、ぱっと周囲を見渡して、XANXUSの姿がないことを確認する。
「う゛お゛ぉ゛おい…危うく俺の命が散りそうになるコト言うんじゃねぇ…」
「あらそう?ボスだってこれくらいの冗談分かってくれるわよ」
「分かってくれるなら、俺の抜け毛はもっと減ってんだぁ…」
 スクアーロの盛大な溜息にルッスーリアはそれもそうね、とあっさり同意を示す。そんな二人のやりとりに東眞は微笑して、目を細めた。そこでスクアーロは東眞がなぜそこにいるのかを問う。
「もう動いていいのかぁ」
「はい。チャノ先生も大丈夫だと」
 先生、という単語にスクアーロはどうにも皮肉った笑みを浮かべる。
 あの男が先生などと、全くこれほど不思議なことはない。奇妙なことこの上ない単語である。何しろ命を奪うことを生業としている男が、命を救う意味での「先生」という呼称で呼ばれているのだから。
 スクアーロはふと東眞の薄着に気づいて、何やってんだぁ、と自分の隊服を脱いでその肩にかける。
「ちと血生臭ぇが我慢しろぉ」
「有難うございます」
 XANXUSが見れば、スクアーロの後頭部が陥没しそうな光景をルッスーリアは度の入ったサングラスに映しつつ、話を元に戻す。
 確かにXANXUSが任務に出ていたりする時、東眞はこうやって起きて待っているが、歩きまわっているのは珍しい。それに、産後の肥立がかんばしくなく、一月はほとんど部屋の中で過ごしていたし、二月目に入ってようやく行動範囲が広がったくらいである。「あの」シャルカーンに未だ遠距離任務が回されていないということも驚きではあるが。
 彼は忙しい時は忙しく、暇なときは非常に暇である。とはいっても、その暇の期間も一週間かそのあたりで、一月も暇にすることなどない。そのシャルカーンがイタリア国内、しかも近場においてだけの任務しか受け負わず、東眞の治療に専念している。
 だが、ルッスーリアが知る限り、幾ら産後の肥立ちが悪くても「治療」を二ヶ月以上続けるなどと言う話は聞いたことがない。確かに出産時の様子は非常に顔色も悪く、死んでしまうのではないかというほどの体調であったし、すぐに食事も受け付けない状態であった。
 ルッスーリアの問いに東眞は、心配そうな色をその表情に滲ませた。
「それが、セオがいないんです」
「Jrが?でも任務前に見たって言ってたわよね、スクアーロ」
 アナタ、と問いかけられて、スクアーロは話を突然振られたことに驚きつつも、ああと返した。
「見たぜぇ、ボスが抱えてやがった。執務室にいなかったのかぁ?」
「それがいなくて。一度授乳の時間になって、XANXUSさんが部屋に来てくれたんですけど、その後部屋を少し出た時にいなくなってしまって」
「…誘拐かぁ?」
「ここで?まさか」
 無理な話ね、とルッスーリアはスクアーロのひらめきを一蹴する。この場で、ボスの息子を誘拐しようなどという勇気のある無謀で愚かな人間がいたら是非とも目にしてみたいものである。
「XANXUSさんの部屋にもさっき行ってみたんですが、いなくて」
「それでその薄着で歩きまわってたわけかぁ」
「…まぁ、慌てて」
 すみませんと謝った東眞にスクアーロは溜息を一つこぼした。しかしながら、心配する気持ちも分からないではない。
「ルッスーリア」
「分かってるわよ、一緒に探すわ。東眞、どこを探したの?」
「でも、二人とも任務の後で疲れてますし」
 躊躇いの色を示した東眞にスクアーロはむっと顔をしかめて、ただでさえ大きな声を張り上げて、怒鳴るようにして言葉をなす。
「何言ってやがる!てめぇが青白い顔で歩きまわるの見て、心配する奴がいるだろうがぁ!それにだなぁ、別に大した任務こなしてきたわけでもねぇ。遠慮すんなぁ」
「そ、スクアーロの言う通りよ。取り敢えず東眞は部屋に戻ってなさいな」
「…いえ、私も探します」
 首を強情に横に振った東眞に、スクアーロとルッスーリアは顔を見合わせた。こうなったら梃子でも引かないだろう。そうなれば、一人で行動して倒れさせるよりも、共に行動した方がいい。
「でも、まずは広間の方に行ってみましょうか。東眞も体を少し温めなくちゃね」
「でも」
 渋った東眞にスクアーロは先に痺れを切らして、乱暴にその体を持ち上げる。
「てめぇが倒れたらことだって言ってんだぁ!我儘言わずにルッスーリアの言うこと聞いてろぉ!」
 所謂御姫様だっこの状態で東眞は目をぱちくりとさせた。がつがつと歩いていくスクアーロの背中をぽかんとルッスーリアは見つめて、言葉を無くす。そしてふっと我に返ってそのあとを追った。しかし、追いかけながら、スクアーロの東眞への小言を耳にしながら苦笑を浮かべる。アンタもボスのこと言えないわよ、と。
 めんどくせぇ、とスクアーロはぼやきつつ、目の前にあった扉を蹴り開けて、そして硬直した。危うく腕の中の東眞を落としかけるが、そこはどうにか耐えた。
 赤い二つの瞳が、柔和な色から一瞬で硬質の色を宿して、がちんと今まで幾度も聞いたことのある音が鼓膜に触れた。低く、唸るような声が苛立ちをはっきりとその声の中に含ませて、響かせる。
「―――――――てめぇ、この、カスが」
 ぞわり、と泡立った肌にスクアーロは背中を向けかけたが、考えてみれば、東眞が腕の中にいる以上攻撃されることはない。ただしその銃弾の装填が済まされ、ゆっくりと引き金にかかった指だけはしっかりと見えたが。
「下ろせ。下りろ」
 きつい言葉で命令を下せば、東眞はスクアーロにすみませんと一言断ってから、地面に両足をつける。ただしスクアーロの前から退かないあたり、状況を分かっているようではあった。
 二人に追いついたルッスーリアも扉をくぐり、その光景にやっぱりねと、苦笑いを浮かべる。
「だからおやめなさいって言ったのに。もう、スクアーロったら」
「てめぇえ!んなことは一言も言ってねぇだろうがぁ!」
 がなりたてたスクアーロだったが、一発の銃声とともに、はらりと落ちた前髪に動きを止めて、ごくりと喉を鳴らす。考えてみれば、自分は東眞よりも背が高いので、高い部分は、つまり頭部などは一切守られていないということになる。
 喉を引きつらせたスクアーロだったが、そこに東眞の声が割って入る。
「あの、セオを知りませんか」
「…」
 XANXUSは一度だけ不愉快そうに顔をしかめたが、ちらりとその視線を後ろのソファに移す。その視線に従って、東眞はスクアーロの前を離れて、ソファの後ろに回って、そして見つけた。しかし、それと同時に鮮やかな金色の髪が散らばっているのも視界に入る。
「…ベル」
「あ、東眞じゃん」
 何してんの、と絨毯の上に寝っ転がったベルフェゴールは何事もなかったかのようににぃと歯を見せて笑う。拍子を抜かれ、東眞はぱちりと瞬きを一度する。そしてさらにその隣ではいつもとは違う、何かが足りないマーモンがちょこんと座っている。背格好が並ぶとセオとよく似ていた。
「…ボス、いい加減に彼からとってもいいだろう。彼女も来たしもう必要ないと思うんだけど」
「勝手にしろ」
「…Grazie.」
 マーモンはかなり疲れた様子で、東眞には背を向けて、ペッたりとベルフェゴール同様に絨毯にうつぶせに寝ているセオに近づいた。そしてその口元に手を伸ばそうとしたが、待てよ、とベルフェゴールがそれを制止する。
「なんだい。大体それはおしゃぶりじゃないんだ」
「…おしゃぶりって、いつもぶら下げているあれですか」
「そうだよ。君の旦那様が泣きやまないからって僕から取ったんだ…」
「…そ、それは…」
 すみません、と東眞は謝る以外の方策も分からず、取り敢えず謝ると、マーモンはもういいよ、と少しばかり拗ねた様子でそう言い返した。ベルフェゴールはそんな会話を右から左へと聞き流して、手に持ったがらがらとなる玩具をセオの前で揺らしている。
「だってこいつ、それがないと泣きやまねーんだもん」
「ベルが連れてきたんですか」
「だって東眞、最近部屋からでてこねーじゃん。こいつの顔も見れねーし」
 なぁ、とベルフェゴールはもう片方側に置いてあったクマのぬいぐるみを手にとってセオに押し付ける。おしゃぶりを口にしたままで、ぷし、と小さな声が漏れる。マーモンはやめてくれよ、と悲鳴を上げる。
 流石に見ていられなくなり、東眞は膝を下ろしてセオのまだ小さな体を抱き上げる。すると、その小さな体の赤子は東眞を視認した途端、あぁ、と声を上げた。開いた口からぽろりとおしゃぶり(もどき)が落ちて、東眞はそれを拾うと、肩にかけていた隊服でそれを拭くとマーモンに差し出した。
「有難うございます」
「…綺麗に洗って返してくれよ…もういいけど」
「う゛お゛ぉ゛お゛おい!!待てぇ!何俺の隊服で涎拭いてんだぁ!!」
「あ。す、すみません、つい」
 スクアーロに借りていた服だったことをふと思い出し、東眞は慌てて謝る。素直に謝られて、スクアーロは結局それ以上怒ることができない。
 溜息を代わりに一つついたが、ふと殺気を感じて咄嗟にその場にしゃがむ。その瞬時の判断は正解だったようで、頭上を綺麗に足が舞った。しかしながら、のばされた足はそのまま容赦なく下に振りおろされて、踏みつけられるような体勢となる。ぎりぐりと踏みつけられて、スクアーロは絨毯に顔をこすりつけながら、踏みつけている人間を睨みつける。
「て、め…っぇ、ふ、踏むんじゃねぇ…っ!!」
「――――――――何であいつがてめぇの隊服着てんだ…あぁ?」
「あ、あれはあいつが風邪ひくとおぶ!や、やめろぉ!このクソボス!大体てめぇが餓鬼連れだしたせいで、あの薄着で探し回ってたんだぞぉ!もうちった気の使い方覚えごぼ!」
「るせぇ。死ね」
 傍観に徹していたルッスーリアだったが(無論いらぬ八つ当たりを受けないように、だが)流石に気の毒に思えて、まあまあと仲裁に入る。凄まじい眼光で睨まれて、口元をかすかに引き攣らせたものの、笑顔は崩さない。
「スクアーロも東眞のことを思ってのことよ。それにあれがなかったら東眞も風邪ひいちゃうわ」
「…脱げ」
 赤い瞳はぐるりと方向を変えて、赤子を抱き抱えている東眞に向けられる。強い視線を背中に受けて、東眞はゆっくりと振り返る。深い灰色の瞳と赤の瞳が重なって、XANXUSは不機嫌さを全くこれっぽちも隠そうとはせずに、もう一度はっきりと言い放った。
「脱げ」
「…いえ、で
「脱げ。脱がされてぇか」
 でも、と最後まで言わさずにXANXUSは眉間に大量の皺と額に青筋を浮かべながら命令を下す。
 東眞はちらりとXANXUSのブーツの下にされているスクアーロに申し訳なさそうな目を向けて、言われたとおりに、借りた隊服を脱いで畳む。それを隣に置くと、頭の上から黒い影が重なって、頭にかぶさって視界を遮断する。
「着ろ」
 ふわ、と香ったその香りが誰のものかはよく知っているので、東眞は有難うございますと言ってから、投げられたそれを代わりに羽織った。スクアーロに借りた隊服はあとで洗って返そうと、そっと心の中で謝った(面で謝れば、彼の身がどうなることやら)スクアーロのものと同様、随分大きな隊服は袖が余って、その部分を折り曲げると、東眞はもう一度愛し子を抱き上げる。
「なー、抱かせて」
「いいですよ」
 やり!とベルフェゴールは楽しげな笑みを口端に浮かべて、東眞からまだ小さな赤子を受け取る。首がまた座っていないので、くったりと倒れかけたそれをベルフェゴールはもう一度抱え直して、その顔を覗き込む。
「こいつの目、薄くね?」
「薄い?」
「何がだぁ?」
 ようやく踏みつけられることから解放されたスクアーロはひょいとそこを覗き込む。尤もすぐさまXANXUSに尻を蹴りつけられて、前のめりに倒れることとはなったが。
 倒れたスクアーロの場所にXAXNUSが落ち着いて我が子の顔をのぞき見る。
 ぱっちりと開かれた、よく見なくてもそれは父親似のその瞳。その色はXANXUSの赤をもっと薄めて、濁らせたような色だった。くるりとその目が動いて、ぱちぱちと数回瞬きしたが、もう眠くなっているのか、とことこと瞼が下りてきている。だが、何か居心地が悪いのか安心できないのか、ベルフェゴールの腕の中で完全に瞼が下りることはなかった。
 ルッスーリアもベルフェゴールの方からのぞきこんで、そうねぇと呟く。
「ボスの色と東眞の色が混じった感じね。ほら、東眞の目って少し灰色がかってるじゃないの」
「遺伝の授業はあんまり覚えてなくて」
 苦笑をこぼした東眞に、ルッスーアは、どうでもいいわよと肩を揺らして返した。
 東眞はいい加減眠たそうなベルフェゴールの腕の中のセオに手を伸ばして、そのほほと額を柔らかくなでる。すると、それに反応したように、紅葉のような手が伸びて、東眞の指先に触れて口に含む。
「あら、可愛い。ほら、ベル。いい加減にマンマに返してあげなさいよ。マンマの腕がいいって言ってるわ」
 ルッスーリアにせっつかれて、ベルフェゴールは少し手放し難そうにしていたが、最終的には東眞の腕に帰ってくる。
「あーぁ…ぁぅ、ぁーんぁー」
 かぷ、と大きく欠伸をしてその瞳はぱっちりと閉じてしまった。心音に耳を傾けるかのようにして、耳が胸元に添えられる。寝てしまったセオにベルフェゴールはむすーと口先をとがらせる。自分の腕では眠らなかったのが気に障ったらしい。
「ちぇー」
「腕で眠ってほしいならマーモンでも抱えてろぉ」
「るせ」
「僕を赤ん坊扱いしないでほしいね」
 さしものマーモンも赤ん坊扱いには言葉にとげを乗せてスクアーロに放つ。頭を踏みつけられたり、尻をけられたりで踏んだり蹴ったりのスクアーロだったが、もう慣れた様子で、は、と笑い飛ばす。
 XANXUSは上からそっと手を伸ばして、腕の中にいたその桃のような頬に指先を乗せる。弾力のある頬に指先が触れて、ふくんとへこんだ。
「寝かせてあげましょうか」
「…そうしろ」
 東眞が立ち上がるのをXANXUSはたちあがって、扉を先に開ける。そんな二人が部屋から立ち去って、ふとスクアーロは思い出したようにベルフェゴールに尋ねる。
「そういや、あの餓鬼連れてきたのは結局てめぇかぁ?」
「は?東眞の部屋に今勝手に出入りなんかできるわけねーじゃん。少しは考えろっての」
「…なら、やっぱりボスか?後、一言余計だぜぇ」
 そー、とベルフェゴールは大きな欠伸を一つして伸びをする。
「俺とマーモンが来た時すっげー泣いててさ、んでボスが泣きやませろって押し付けてきた」
 自分の状況と酷似している部分にスクアーロは頬を引き攣らせる。思い出したくもない。マーモンはそれに、そしたら僕のおしゃぶりを、と口調をとがらせる。
「ところで私たちももう寝ない?いい加減疲れたわぁ。疲労と睡眠不足はお肌の敵だし」
 報告書は明日でもいいでしょ、とルッスーリアは口元に手を添えて欠伸を隠す。その場に居合わせた人間は、時計を眺めて、短針と長針の位置を確認すると、それに頷いた。

 

 東眞はゆっくりとセオをその柔らかなベビーベットの中に埋もれさせる。上の隅にはティモッテオが持ってきていた小さめのクマのぬいぐるみがちょこんと置かれている。
「可愛いですね」
「…体はいいのか」
 こぼされた呟きに東眞はぱちんと目を一度またたかせて、そして穏やかに微笑んだ。
「もう。平気ですよ」
 真実紛れ込んだ小さな曖昧さに、少し胸が痛んだ。平気ではある。だが、平気ではない。
 シャルカーンは東眞に言っていた。もう体はよくならないと。既にガタがきていると。はっきりと、覚えている。その会話を。
『東眞サン。ハジメニ言ったトオリ、体にガタがきてマス。』
 冷静で、しかしながらはっきりと言われた言葉に、喉が詰まりかけた。分かっていたことだったが、知っていたことだったが、それらすべてを承知して産んだのだから、覚悟はできていた。
『一月に一度、歪んだ気の流れを直す処方をしマス。固定した日、その翌日は必ず安静にしていてクダサイ。モウ、東眞サンの体は、ワタシが直した気の流れをそのまま維持できるだけの力がありまセン。この治療で普通の日常生活は送れマスガ。デモ妊娠での体調不良の方は体が落ち着いてきてマスカラ、そっちの方はもう心配いりマセンヨ。コレカラハ、自分の体と上手に付き合っていってクダサイネ。』
 XANXUSにシャルカーンは東眞とのあの事は言わなかった。ただ、難産によって生じたという風には説明していたようだった。
 これを、騙しているというのだろうか、と東眞は赤子の頬をなでるXANXUSをちらりと見上げて、一瞬の底冷えを味わった。だが、知らなくていいこともある。知らないほうがいいこともある。黙っているほうがいいということだってある。
「どうした」
「あ、いえ」
 なんでもありません、と東眞は笑みを取りつくろう。XANXUSはその笑みに怪訝そうに眉間に皺を寄せたものの、それ以上追及することはなかった。代わりに東眞の手首をつかみ取り、かなり乱暴な動作でベッドに押し倒すようにして寝かせた。そのまま、XANXUSは上の布団を引きずるようにして、二人の体に掛ける。柔らかくあたたかな感触が体を包み込む。
「寝る」
「そのままの、恰好で、」
 ですかと、大きな腕に埋もれて東眞は尋ねたが、もう返事は返ってこなかった。燻ぶるような蟠りに目をそむけ、心奥底にひた隠しにして、東眞は無理矢理目を閉じた。
 ただ、この幸せに全てが薄らいでいくようにと、そう、ただ願って。