25:新しい命 - 4/6

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 青いネコ型ロボットのどこでもド○があればいいのに、と本気でそう思ってしまうほど、長い時間の中、ようやくとまったチャーターに修矢は早く早くと扉をせかす。そんなことをしても、扉が開くことはないのだが、かつかつと足を鳴らす。
 扉が自動でゆっくりと開いていく。完全に開いてはいないが、それが人一人分になった時、修矢は無理矢理そこから飛び出た。 勿論、階段は最初の一段を大きく踏んで、そのまま放物線上に体を投げ飛ばすようにしてから地面に着地する。
 姉貴はどこにいると、空港にいるはずもないのに修矢はきょろきょろとその姿を探した。パイロットが慌てて出てきて修矢に声をかけようとしたが、その前に空気、どころではなく、地面すら震わせる大声が響き渡った。
「う゛お゛お゛お゛おおお゛ぉ゛おい!!!こっちだぁ!クソ餓鬼ぃい!!!」
 修矢の視線はほぼ自動的にそちらの声がした方を向き、その姿を視認すると、即座に足が反応して駆け出す。視線の先には銀色の髪をばらりと風に揺らした男が、どっどと低いエンジン音を奏でているバイクの上に座っていた。
「乗れぇ!!」
 その掛け声に修矢は逆らうことをせずに、バイクの後部座席に乗った。
 本来はヘルメットをすべきなのだろうが、相手はそれを投げ渡してこなかったし、こちらがそれを用意しているというわけでもない。そして、スクアーロは修矢の重みが後部に乗り、腰に腕が回されたのを感じると、バイクを発進させた。ぐぃん、と体に一気に重力がかかる。
 だが、風が頬を靡いた瞬間、修矢は大きく咳こんだ。銀色の髪が視界をふさぎ、その上息を詰まらせる。
「げ、ぇ、ごほっ、ご…、スクア、ロ!アンタ…っ、何、で、髪、服に入れてねぇ、んだ、よ!」
 口の中に風で髪が侵入するという不快感この上ない状況で修矢はスクアーロを非難した。だが、スクアーロはそれをうるせぇぞぉ!と怒鳴りつけることで一蹴する。
「そんな余裕があるかぁ!」
 その言葉に修矢はぎりっと歯を食いしばりながら、どうにかその銀色のカーテンの間をすり抜けて、靡く銀の中、黒い背中に密着する。こうすればこのとんでもなく殺傷能力のある銀の髪に悩まされることはない。しかし、視界は黒と、両脇は全くの銀色に変化するが。この男はバイクでツーリングできる男じゃない、と修矢はそうしっかりと認識した。
 楽になった喉で、修矢は東眞のことを尋ねる。
「姉貴は!」
「―――――…まだ、産まれてねぇ!」
「違…っ、いや、それも気になるけど…、姉貴は、どうなん、
「黙ってろぉ!舌噛むぜぇ!!」
 一気に上がった速度に修矢の体は慣性の法則と爆風に従い、後ろに取り残されそうになる。のけぞりかけた体を腕と足をしっかりと締めることによって、元の位置に戻す。これ以上話すと舌を噛む、それは間違いないだろうと修矢は口を閉ざした。
 何故姉の容体を知らせないスクアーロに一抹の不安を覚えながら。

 

 連続する痛みに東眞は歯を食いしばった。感覚がなくなるのではないかというほどの激痛である。ベッドの布を握りしめて、呻き声にもならない呻き声をこぼす。陣痛の間隔が短いのではなく、間隔自体がない。本当はこの痛みに身をよじり悲鳴を上げたいが、それをどうにか、ぎりぎりの地点でこらえる。高さは多少なりとも低くなっているとはいえ、やはりここの位置は高く、落ちればただで済むとは思えない。
 シャルカーンの一番初めの言葉を思い出す。奇跡は二度も起こらない、と。
「―――――――――…っ、…!」
「胎児の頭が出ましたが…っ、出血の量が…っ」
 痛みの中で、意識がゆるゆると蠢いていく。楽な方へと逃げようとしているそれを、東眞は必死で捕まえる。そんな東眞の様子を見ながら、シャルカーンは難しい顔をして口元を軽く引き絞った。
 胎児の頭はもう出てきている。だが、母体の方が持つかどうか分からない状態である。
「シャルカーン様…このままでは…っ、薬品投与をした方がよろしいので
「イケまセン!」
 医療班の男に向かってシャルカーンは強く叫ぶ。
 東眞の今の体がそれを受け付ける状態でないのをシャルカーンは誰よりもよく知っている。この状態でそんなことをしでもしたら、間違いなく子宮破裂は免れない。かといって帝王切開するにも、体力が持たないだろう。
 シャルカーンは隣にいた男に赤子の頭の固定をまかせて、懐から小さな黒い箱を取り出す。素早い動きでそれを開いて、数本の針を一気に持ってそれを手際よく東眞の肌に乗せていく。痛みで苦しむので、うっかりすれば東眞自身がそれを抜きかねない。
「東眞サン、堪えてクダサイ。今、血の流れの循環をスコシ変えテ、体外に出る量を抑えマシタカラネ」
 聞こえているかどうかわからない言葉だったが、東眞は小さく、本当にそれくらいに小さく頷いた。それにシャルカーンはもう一度だけ、東眞の体に指を乗せていく。
気の流れをうまくコントロールして、過強陣痛に間隔を持たせ、少しでも体を楽にさせる。しかし、これはそう長く持たない。
 シャルカーンはやむなしと決断した。
「―――――――――――東眞サン。次、りきんでクダサイ」
「シャ、シャルカーン様!?」
 その言葉に驚きの声が上がる。しかし、シャルカーンはそれを完全に無視して、東眞に告げる。
 これ以上は、母体が持たない。
「気の流れを一時的に上げマス。それで押し出します。荒業デスガ、これがベストです」
「…っ、」
「デキマスカ」
 その言葉に含まれている真意を東眞は知っていた。
 生にしがみ付いていられるか、と。死ぬことを容易に選択しないかと。
 東眞はそれに、ほんの少し和らいだ痛みのなかで、弱弱しくはあったが、それでもしっかりと頷いた。それを確認して、シャルカーンは頭の固定をしっかりと命じる。
 そしてシャルカーンは、その指先をしっかりと服の上から東眞の服の上に乗せた。東眞は合図の声に従って、力を加えれば死ぬほどに痛む感覚に意識を吹き飛ばされないようにしながら、最後の力を振り絞った。

 バイクが完全に止まる前に、修矢はその座席から飛び降りて、走り出す。どこかも知らねぇだろうがぁ、とスクアーロは慌ててそのあとを追いかけ、て方向の指示を出す。
 そして一枚の扉の前に修矢は両手を押しだした。
「姉貴!!」
 修矢は乱暴に扉を押し開けて、その部屋に押し入る。するとそれにベルフェゴールやルッスーリアたちなどの視線が一斉に向いた。
 姉貴は、と修矢はその中で唯一話が通じそうなルッスーリアに向かって叫ぶ。それにルッスーリアは今頑張ってるわ、と答えて、修矢に椅子に座るように促す。修矢は座っていたティモッテオの隣に一礼してから腰を落ち着けた。ベルフェゴールは修矢が来たことにむっと顔をしかめながら、それでも閉ざされた扉の向こうに視線をやっていた。
 XANXUSとも言葉を交わす余裕もなく、修矢はすぐさま立ち上がって、うろうろと縁を描くようにして歩き始める。座ってなどいられないという気持ちが如実に表れていた。ただ座っていることなどできはしない。
 スニーカーと床が触れ合う音にXANXUSの眉間にさらに深い皺が寄った。
「るせぇ!てめぇ、ちったぁ大人しく座ってらんねぇのか!!」
「…っうるさいな!姉貴が心配なんだよ!」
 睨みつけられたが、それに修矢はひるむことなく言い返す。XANXUSもそれに言い返そうとしたが、大きく一つ舌打ちをしてそれを飲み込んで、視線をそらす。
 また無言になったが、数秒と立たないうちに、今度は修矢の方がXANXUSに喧嘩を売る。
「アンタもその足音どうにかしろよ!がつがつがつがつ、ブーツだから余計に音たってんだよ!」
「あぁ!?てめぇ、かっ消されてぇのか…っ!!」
「まぁ、落ち着きなさい、二人とも」
 戦闘を始めそうになった二人にティモッテオは優しく声をかけるが、すぐさま赤い瞳が音を立てそうなほどの勢いで動き、声が空気を震わせる。
「てめぇもさっきから貧乏ゆすりしてんじゃねぇ!目障りなんだよ!」
「…いや、それは私も心配だし…」
「るせぇ!動くと同時に杖がかちかちなって耳障りなんだってのがわかんねぇのか!」
「おいアンタ!老人にそんなに辛く当たんじゃねぇ!」
「ろ、ろうじ…っ!」
 修矢の何気ない一言にティモッテオはそこはかとなくショックを受けながら、胸のあたりを押さえる。確かにもう老人と呼ばれる年であることは自覚しているが、こうまではっきり言われるとどことなくショックである。
「てめぇに指図されるいわれはねぇ!頭吹き飛ばすぞ!」
「やれるもんならやってみろ!その前にアンタの手をたたっ切ってやる!!老人は大切には全世界共通事項だろうが!」
 噛みついた修矢にXANXUSは今までの苛立ちも含めて、その手に憤怒の炎を光らす。それを見て、ぎょっとしたのはVARIA幹部である。こんなところでドンパチを始めれば、無事で済まないのは彼らだけではない。
 頼みの綱の九代目は修矢の鋭い一言にショックを受けたまま、項垂れている。
「お、落ち着けぇ、ボス!も、もうちょっとだからなぁ!」
「そうよ!修矢も落ち着きなさい!ここで喧嘩して東眞に何かあったらどうするの?」
 スクアーロとルッスーリアが慌てて止めに入るが、二人はその二人をはさんで睨みあっている。
 修矢の姉であり、XANXUSの妻である東眞は一人頑張っているというのに、情けない話であるが、男というものはこういう生き物か、とスクアーロもルッスーリアも、胸の内で小さく溜息をついた。
 その時、閉ざされていた扉から音がした。