19:義弟と義兄の関わり方 - 9/10

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 修矢は再度視界を遮った銀色の壁に大きく舌打ちをする。一瞬見えた姉の顔は―――――――――あの男を、XANXUSを見てひどく安心していた。
 だが、と修矢は刀を握りしめる。今ここで自分がやらねばならぬことは、それに対して苛立ちを募らせることではない。
「哲」
「はい」
「勝算はどれくらいだ」
「現状では五分、悪ければ三分程度でしょう」
 やはり相手の姿が視認できず、さらに飛距離を稼げる武器を使われるのは、こちらにとって最大の不利益である。哲の銃の腕前はいいが、相手の位置が確認できなければどうしようもない。対してこちらは針で作られた檻の中に囚われている。その円形もそう幅広いものではない。狙い撃ちは避けられない。
 ふっと視界に銀色の細いものが入る。地面を蹴ってバク転し、その針を避ける。五六本の針が足元に突き立った。
 しかしそこにある疑問を覚える。
 殺気は、ない?
「…哲、相手は俺たちの急所は避けてるな」
「の、ようですね。先程もおそらくはズボンを地面に縫いつけるためだけの攻撃だと思います」
 修矢の問いに哲は首を縦に振る。殺そうとしない理由を考えるが、「そう命じられているから」との答えしか思い浮かばない。相手を殺さない、足止めをするためだけであれば、他に何らかの目的が考えられる。針に囲われなかったのは、唯一人。
 修矢はぞっと背筋が震えた。
「姉貴」
 冷静さが一瞬欠けかけたが、哲の声で修矢は我に帰る。
「坊ちゃん、XANXUS氏が付いています。お嬢様は心配いりません。悔しいですが、彼の強さは自分たちとは別格です。彼を信じた方がいい。自分たちがすべきことは、相手をどうにかここに引き出すことです」
「…その通りだ、哲」
 何か策はあるか、と修矢は飛んでくる針を紙一重で避けながら問いかける。非常に厚い針の壁を手持ちの武器で破壊することは難しい。XANXUSのあの攻撃は破壊力がケタ違いだった。真似はできない。
 ちら、と哲はその針の高さを見上げた。
「―――――坊ちゃん、どれくらいまで飛べますか」
「不幸なことにこの壁は針の先が突き出してて、狙ってるのかどうなのか足場を作らせない組み方してるよ」
「いえ、そうではなく。自分を足場に」
 その言葉に修矢ははっとする。哲の背丈はXANXUSやスクアーロ程ではないにせよ、高い部類に入る。哲の身長に筋力と修矢自身の足の力を加えれば、結構な位置まで飛べる。
「行ける」
「東の木が見えますね、針が飛んでくる方向からおそらくはその辺りにいるはずです。ここから出たらすぐに向かってください」
「…ここからは、狙えないか」
「角度的に不可能です。申し訳ありません」
 く、と眉をひそめた哲に修矢はいや、と答えた。そして再度飛んできた針を右に避けて、哲に向かって走る。そして、軽く地面を蹴って、哲が組んだ掌の上に足を乗せる。
「――――――――っ、ふ!」
 哲がそのまま手を押し上げ、修矢自身もその手を足場に存分に曲げた膝から跳躍力を生む。斜め上空に飛ぶ。高い針の壁が腹のあたりまでに下がった。もう少し、距離が欲しかったが、それはもう望めない。刀を針の壁ギリギリに引っ掛けて、そこで体を回転させてそのまま乗り越える。
 しかし、その視界に数本の針が狙って飛んできたのを捉えた。だが、刀は使えない上に空中では身動きが取れない。多少の負傷は覚悟の上だったので、ぐっと修矢は歯を食いしばった。
「!」
 ぱん、と音が鳴って視界から銀が消える。ちらりと視線を落とすとこちらにしっかりと銃口を構えていた哲が映った。銃弾で針を撃ち落としたようだった。そしてすぐにその影は落下によって消えた。
 この機会を無駄にするわけには絶対に行かず、修矢は地面に足が着いたその瞬間に踏み切った。一本の木から、進行を遮るように針が飛ぶ。それをかわして、修矢は

 

 だが、XANXUSは銃ではなく、その手の平をすっとかざして、迷うことなく憤怒の炎をまき散らした。それにヴィルヘルムの顔が歪む。
「そんな使い方もありなの?」
 相性悪いなぁ、と首筋をかいた。
 ちりり、と線上に炎が揺らめいていた。それに東眞は、ヴィルヘルムの武器の正体に気付く。
「糸、ですか」
「うーん、やっぱりXANXUSとは正面切って戦うには向いてないな」
「何だろうが関係ねぇ」
 がつ、と地面を鳴らしたXANXUSにヴィルヘルムは予備の腕輪をはめてみるが、いかんせん攻撃力の差があり過ぎる。どんな攻撃もこの力の前では無に等しい。
「見逃してくれる、とかはある?」
「ねぇ―――――――――――消えろ」
 光球の炎がその手中にいくつもの輝きを放ちながらあふれ返った。だが、ヴィルヘルムはやはり穏やかに笑ったままだった。そしてくん、とその手首を動かす。
「!!」
 ぐら、と東眞は足元を強く引っ張られて、どすんとその場に横に倒れた。気付けば足に何かが、ヴィルヘルムの鉄線が巻き付いているようで動きを封じられている。
 動きを見せたXANXUSにヴィルヘルムは制止をかける。
「おっと、待ってくれる。XANXUS。五体満足ってことだったけど、このさい足の一つや二つなくなってもいいかなって思ってる。何て言っても相手は君だもの、XANXUS。多少の損害は大目に見てくれると思うから。東眞が大事なら―――――動かないで」
 XANXUSの東眞への執着はヴィルヘルムもしっかりと目の当たりにしてる。東眞が大事であれば、XANXUSの動きは塞いだも同然。よし、とヴィルヘルムは頷いた。
 だが、それは大きな誤算だった。
 赤い瞳が、激しい怒りを伴ってヴィルヘルムに向いた。ゆっくりと唇が音を形作り、飛んでもない威圧感と殺気を伴って、相手を押しつぶすかのように発される。
「――――――――――ふざけるんじゃ、ねぇ」
 まずい、とヴィルヘルムは直感した。向けられた銃口が光を瞬時に持つ。東眞を捕えている以上、身動きがとれないのはこちらも同じ。
「かっ消す」
 この距離でなくとも、XANXUSの一撃をくらえば間違いなくその言葉通り、かき消される。その破壊力は先程の針の壁を消し飛ばしたことで実証済みだ。
 ぐ、とXANXUSの指に力がこもった。
 今から糸を外して逃げるのも、それも間に合わない。距離がどうにも近すぎる。しくじった、と今更ながらに後悔してももう遅い。東眞がXANXUSの行為を止めないことも、彼女が自分に対して銃を向けた時点で分かっている。駄目か、とヴィルヘルムは目を閉じた。が、
「待ってくれ!!」
 制止の声が、ずざ、と地面にこけた音とともに間抜けに響いた。