19:義弟と義兄の関わり方 - 7/10

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 出来ることならば、と哲は思う。出来ることならばこの自分の隣に立つ不機嫌を通り越して殺気すらあふれさせている男の隣から逃れたい、と。
 ひしひしと肌を通して伝わってくる殺気にどこか遠い目をしながら哲は、先方を歩く二人に目をやった。
 修矢はぐいぐいと東眞の手を引っ張って、あれはあれは?と尋ねる。東眞はそんな修矢に引っ張られつつも、笑って、あれは、と説明をする。そして自分の隣には、盛大に舌打ちをする男が一人。隣に並ぶとその背の高さがよくよく分かる。哲は少しばかり上から聞こえた舌打ちにうん、と小さく呻いた。
 東眞はくるりと振り返って二人に手を振る。
「XANXUSさん、哲さん、ジェラード食べましょう!」
 少し手前にあるジェラード店のウィンドウを修矢は覗き込みながら楽しげに目を輝かせている。そして、姉を呼んで、笑顔でそのウィンドウを叩いた。
「姉貴、何にする?な、これ何?」
「それはね、」
 そんな説明をする東眞たちにXANXUSと哲はようやく追いつく。哲は二人と同様にウィンドウを覗き見て、一方XANXUSと言えば、備え付けの椅子にどっかりと不機嫌そうに腰をおろした。先程から一言も口にしていない。気まずさを哲だけが覚えつつ(東眞はもう慣れているし、修矢はXANXUSのことなど気にも留めない)それぞれジェラードを注文した。
 修矢は東眞の手に二つ持たれたジェラードを見て、む、と顔を顰める。むすっとしながら修矢は自分で買ったジェラードをぺろりと舌で舐め上げた。
「XANXUSさん、どうぞ」
「…」
 差し出されたジェラードを一瞥してからXANXUSはそれを受取って舌を出す。冷たい食べ物を舌ですくい上げた。美味しいですか、と東眞が尋ねたが、XANXUSは何も言わない。しかし東眞がそれを気にすることなど一切なく、手前の椅子を引いてそこに腰かけ、手のうちのジェラードを食べ始める。半分ほど食べ終わると、目の前に手渡したはずのジェラードが突き付けられる。
「?」
「よこせ」
 首をかしげた東眞にXANXUSは手短に用件を告げる。交換しろ、と言いたいであろうことを理解して、東眞ははい、と自分のジェラードとXANXUSのものを交換する。XANXUSさんのも美味しいですね、と交換したジェラードを食べながら、東眞は朗らかに微笑む。
 と、そんな光景を見ながら、一つ隣のテーブルで修矢はがりがりとジェラードを噛んでいた。
「…坊ちゃん、それは舐めるものだと思いますが」
「うっさい」
「交換したいのならば、自分のと交換しますか?」
「何が嬉しくてお前のと交換するか!」
 少しずれた発言に修矢はばんっと音をたてて机を叩く。そして姉貴、と東眞に呼びかける。視線がこちらに向いて、ぱっと修矢は表情を明るくして、そして反対にXANXUSの顔に不機嫌の影が落ちる。
 何とも分かりやすい二人だと哲はははぁ、とジェラードを食みながら頷くしかなかった。
「何?」
「あのさ、姉貴のやつ俺も食べたい」
「これ?」
「う
 ん、と言いかけたところに哲が的確なアドバイスをする。
「お嬢様も食べてらっしゃいますが…そちらもとはXANXUS氏のものですよ、坊ちゃん」
「…やっぱいい」
 笑顔で修矢はそのまま断った。ここで断る辺りがもう何とも言えない。東眞はいいの、ともう一度尋ねたが修矢は首を横に振った。あんな男が口にした食べ物を食べるなぞ御免である。
 さて、と哲は時計に視線を落して、お嬢様と声をかける。
「次はどちらに行かれるのですか?」
「この先に広場がありますから、そこでお昼でもどうですか?」
 ほら、と東眞は手にしていたバスケットを見せる。どうやらその中には昼食が入っているようだった。天気も悪くないし、哲もいいですね、とそれに賛同した。
 がりご、とXANXUSの口の中にコーンが砕けて消える。食べ終わるとXANXUSはまたも無言で立ち上がって、ごつごつと足を鳴らしながら先へと歩みを進める。東眞はそれを追いかける。少しだけ、ほんの少しだけ速度が落ちて東眞は僅かな駆足から早歩き、それから普通の歩く速度に変わる。
 修矢はその背中を眺めながら、まるでXANXUSの不機嫌さが感染したかのように顔を顰めている。それに哲は苦笑しながら、そんな顔をされなくとも、と言った。
「いいではありませんか。お嬢様が大切にされているということです」
「…そーなんだけどな」
「けれど?」
 何ですか、と哲は笑いながら尋ねてみる。勿論答えなど聞かずとも知れているが。
 修矢は深く長く重たく息を吐いてから、何でもないと口先を尖らせて、少しばかり走って姉の横に並び、その手を繋ぐ。そして先を急くように、東眞の手を引いて歩き出す。当然残されたXANXUSが今度は不機嫌になる。
 ルッスーリアのあちらを立てればこちらが立たずとはよく言ったものだ、と哲はある意味感心した。

 

 きゅ、と剣の手入れを窓際に腰かけてスクアーロはする。本日は任務もないし、我儘な上司もいない。つまりは飛んでくる酒瓶もグラスもない、平和な日。思わず鼻歌を口ずさみながらスクアーロは、美しくなっていく剣をほれぼれと眺めた。そこに幼くて、少しばかり生意気な声がかかる。
「なー、東眞は?」
 眩しい金色がひょこりと姿を現したが、スクアーロは手元の剣から目を離すことをせずにそれに答えた。
「東眞ならボスと家族と出かけたぞぉ」
「はぁ?何で王子誘ってないわけ?」
 信じらんねー、と頬を膨らませてベルフェゴールは白い壁に凭れかかった。スクアーロはいいじゃねぇか、と剣の手入れをようやく終えてそう告げた。
「家族水入らずだろうがぁ。それにあの小僧とボスが一緒にいるところにいてぇのかぁ?」
 どうせ気まずい雰囲気になることは間違いないだろう、とスクアーロは確信している。もしも自分がその場にいたら、包帯一つでは到底足りないに違いない。呼ばれなくてよかった、とスクアーロは心底感謝している。そんな不穏な空気の中に飛び込みたいという自殺志願者がいるならば是非ともその顔を拝んでみたいものだ。
 げー、とベルフェゴールは口を歪めて嫌そうな顔をする。
「あいついつ帰んの?」
「なんだぁ、あの小僧が気にくわねぇのかぁ?」
 酷く不機嫌をあらわにしたベルフェゴールにスクアーロは少し笑った。
「ひょっとしてテメェも東眞が取られるとかどうとか思ってんのかぁ」
「つーかさ、東眞はボスのだろ。なんであいつが我が物顔で東眞の隣に立ってんの?気に喰わねーって」
「…」
 吐き捨てたベルフェゴールにスクアーロは目を丸くする。まさかこんな意見を聞くことになるとは思わなかった。
 不機嫌を隠そうともせずにベルフェゴールはさらに続ける。
「東眞があいつと仲良くするとボス機嫌最悪じゃん」
「…ま、そりゃそうだなぁ」
 もともと独占欲が強い男であるし、仕方がないとも言える。尤も血のつながった―――否、繋がってはいないが姉弟に不機嫌になるのも考えものではあるが。東眞も苦労をする、とスクアーロは頷いた。
「あーもー、早く帰んねーかなー」
「帰っても東眞はてめぇに付き合わねぇぞぉ」
「そんなの知ってるっての。馬鹿と一緒にすんなよ」
「な゛…っだ、誰が馬鹿だぁ!!」
「誰もスクアーロだなんて言ってねーし。自覚あんじゃねーの?」
 馬鹿だって、とベルフェゴールはうしし、と笑った。スクアーロは当然それにいきり立って、手入れをしたばかりの刃を振り上げた。

 

「Ja」
 きり、とヴィルヘルムは鉄線を引き伸ばした。耳にあてた電話から聞こえてきた声はぴたりと止んでしまった。
「Wer?(誰)」
 ヴォルフガングの問いかけにヴィルヘルムは、電話をかけてきた人物の名前を告げる。それにヴォルフガングは一度だけ視線を向けて、また逸らした。そして手元の双眼鏡にまた目を押しあてる。
「Wie sind sie?(彼ら、どうしてる)」
「Nicht besonders(特には)」
 そしてヴォルフガングは手元の双眼鏡をヴィルヘルムに手渡した。ヴィルヘルムはDanke、と一言礼を述べてからそれを受け取る。そして、双眼鏡を覗きこんだ。その先には、
「Sie gehen zur Park(広場に行くみたいだな)」
 四つの人影が映し出されていた。