19:義弟と義兄の関わり方 - 2/10

2

 ぉぉん、と静かに走る車の中には、銀髪頭が一つと、金髪頭が二つと、それから黒髪頭が二つ。覆われた窓から外は一切見ることが出来ない。観光用には随分と不適な車である。しかし、車自体の性能と内装は大層高価なもので、文句のつけようがない。
 修矢は眉間に一つも二つも三つも皺をよせ、鬼のような形相でどどん、と椅子に座り、何かブツブツと呟いている。いささかその様子は不気味にも感じられるが、幸いなことにそれに対して突っ込もうとする人間はいない。
 スクアーロは二つの金髪の方に視線をよこす。だがその二人はスクアーロの視線を対して気にする様子もなく、車内の机の上にある菓子をぱりぼりと口に放り込んでいた。どうにも緊迫感が続かない。
 この二人を連れて行く予定はなかったが、修矢の一言、「姉貴に会って行かないのか?」の言葉で結局全員が車に乗り込むことになった。防音がしっかりとしており、窓からの景色すらも遮断しているため、本部への道のりは分からないので問題はないのだが。
 心配と言えば、今頃上司に付き合わされている女の弟である。今からこの調子であれば、顔を突き合わせた時のことは想像に難くない。溜息をついた。
「スクアーロ氏と昵懇なのですか?」
 はた、と空気を震わせた聞きなれない言葉にスクアーロもハウプトマン兄弟も首を傾げた。ヴィルヘルムはかり、と頭をかいて、ヘラと笑う。
「ジッコン?ジッコンで何だい、榊」
 反対に問われて、哲は一瞬きょとんとするが、ああ、と思って、親しいことですよと言い直す。哲の言葉にハウプトマン兄弟とスクアーロは視線をかわし、スクアーロはいかにもと言った嫌そうな顔で、ヴィルヘルムは肩をすくめて、ヴォルフガングは視線を逸らした。
 仲が良い、という反応ではどう考えてもない。仲間ではないのか、と哲は判断する。尤もそれは、スクアーロの空港での一言でも想像できたことだが。ようやく修矢も落ち着いて来たのか、会話に加わった。
「ヴィルもヴォルフもこの男と知り合いだったのか―――――所謂、」
 すぅ、と瞳が鋭く細められる。空気が緊迫し、五つの視線が絡みあう。修矢の口がゆっくり、とその秘密の、語るべきではない言葉が発される。
「マフィア、の」
 スクアーロは何も言わない。言えないのか言わないのか、それは修矢には分からない。だが、ヴィルヘルムの方が返事をした。
「俺たちは偶然仕事でスクアーロと会っただけさ、修矢。時々仕事で鉢合わせになるときもあるしね」
「…仕事、ね」
 初めて自分たちに警戒心を見せた修矢にヴィルヘルムは口をへの字に曲げて、肩を小さくすくめて笑う。そして、はしとヴォルフガングの肩を引き寄せて、にかーっと笑った。尤も笑ったのはヴィルヘルムだけだったが。
 どちらにしろ、修矢にはそこで二人が「そちら」の仕事をしていることを悟った。哲を見れば、そう驚いていないことから、すでに気付いていたようなことにも気付く。まだまだだな、と少しだけ落ちこんだ。
 目線を落とした修矢にヴィルヘルムは慌ててフォローを入れる。
「あーでもさ、俺は修矢と普通の友達として付き合ってきたし!これからもそういう関係でありたいな」
「友達、ふつう。nicht 同業者」
「…フォローにもなって無いぞ。ヴィル、ヴォルフ」
 流暢な日本語と、片言の日本語で励ましを添えられて修矢は小さく笑う。そして怒ってないよ、と軽く手を振った。
「気付かなかった俺が悪いんだ。哲は気付いていた」
「でもなぁ、それで気付かれたら気付かれたらそれもショックだけどな。なぁ、ヴォル」
「Ja(ああ)」
 そこでようやくスクアーロが口を開いた。
「ハウプトマン兄弟っていやぁ、ドイツじゃ名の知れた殺し屋一族だぜぇ。まさかそんなやつらと東眞が知りだなんざ思ってもいなかったぞぉ」
「いやー世間って狭いな!」
 そういう問題か、とスクアーロははぁ、と息を吐く。そんな一言で片づけられるような問題ではないような、感じも無きにしも非ずである。
 自分たちといい、XANXUSといい、目の前の兄弟といい、そしてその隣の義兄弟とその側近といいなんといい、彼女の周囲にはどうにもそちらの面々ばかりが集まるようである。惹き付ける、とは違うが、引き寄せてはいるのだろう。魅力云々ではなく、表現は悪いが、ホウ酸団子のような。良くも悪くも集めている。特定一部の人間に好かれやすい、集まられやすい人間が存在するのは知っているが、まさに彼女のことだろう、とスクアーロは内心苦笑した。
 しかし問題はXANXUSに何と言うかである。ついてきました、なんてそんな一言で片づけるには聊か問題もある。頭が物理的に痛くなることは間違いない。
 呻いたスクアーロにヴィルヘルムが声をかけた。
「東眞の顔見たらすぐに仕事に向かうから問題ないさ。ちょっと今日は詰まっててね」
「…どこのどいつだぁ?」
 答えを求めずに聞いてみる。案の定ヴィルヘルムはにこにこと微笑んだまま、小さく肩をすくめただけだった。
 こちらの方に気になる任務は一切入ってきていない。ハウプトマン家は依頼された任務であれば、どんな任務でも請け負うという利点がある。こちらは成功率90%以下の場合は作戦を取り下げることもあるし、とりあえず殺しておきたい場合はこういった殺し屋に依頼するのが常である。それになにより、VARIAが担当する任務というのは、ボンゴレに関与するものだけである。それ以外は一切請け負わない。
 ヴィルヘルムはいつものようにへら、となんとも暗殺者としては不向きな笑みを浮かべて笑った。
「ま、そっちには関係無いから」
 安心してよ、と朗らかに笑い、ヴィルヘルムはヴォルフガングが差し出したココアを礼を言って受け取った。相変わらず良く分からない兄弟である。しかしその戦闘の腕は一流と言って間違いない。
 兄は鉄線を、弟は細い針を用いて戦う。兄弟ならではの連係プレーというのもあるが、個々の戦闘能力も目を見張るものがある。 ヴァリアーに一度入隊させるか否かの話もあったが、ハウプトマン家、ということもあって取りやめになった。
 その一家は請負暗殺稼業を生業としており、どこのファミリーにも与さない。裏切りも日常茶飯事、上っ面だけで入って、笑顔で翌日敵に回ることもある。流石にそんな人間を味方にするわけにはいかない。悪く言えば蝙蝠のようなものである。完全中立のシルヴィオとはまた違う。
「Wol, noch eins(ヴォル、もう一つくれる)」
「Ja, bitte(ああ、はい)」
 仲良く戯れている姿からは、仕事時の彼らは一切想像が出来ない。だからこその、「暗殺者」なのだろう。傍から見て、すぐに分かるような暗殺者は暗殺者などとは到底呼べない。
 自分たちは影に完全に徹しているので、ある程度ならばそれらしい行動をしているし、それに、自分たちの正体に勘付いた人間は容赦なく殺す。だから後には何も残らない。残るものと言えば、物言わぬ死体だけ。死体に口なしとは上手いものである。
 そして、とスクアーロは修矢と哲にも目を向けた。自分たちとは確実に一線を引く対照的な存在。陰に徹さず、表にもそちらの顔を持っている。殺し、という面は流石に水面下だろうが。だが彼らは一目見てそういった風体をしているし、まぁそれはこちらも同様だが、彼らはその名前を表に出してしまっている。
 それは大きな差であり、違いである。
「おい、アンタ」
「俺は、アンタ、じゃねぇぞぉ」
「…あー…と、ならなんて呼べばいい?外国人は名前呼びが普通なのか?スクアーロが名前?」
 修矢はがりと頭をかいてスクアーロに答えを求める。そして、スクアーロはもう一度改めて自己紹介をした。
「スペルビ・スクアーロだぁ。スペルビが名前だが、スクアーロでいいぜぇ。坊主」
「あのな、俺だって坊主は名前じゃないんだよ。修矢だ」
「…修矢、ねぇ。ま、俺より強くなったら呼んでやらないでもないぜぇ?」
 その一言に修矢が憮然とした顔になる。矜持だけは一人前にあるようで、スクアーロはそれが少し気に入った。もしも暇だったら、剣の相手でも付き合ってやろう、とそんなことを思った。
 そうこうしていると、車がようやく停止する。ドアは外側から開かれ、修矢たちはそれぞれ勝手に外にでる。と、扉の所に人が立っている。それが誰かを視認して、修矢はぱぁ!と満面の笑みになった。哲は運転手から荷物を受け取りながら、一人で走って行く修矢に、坊ちゃんと声をかけたが、当然届いていない。
 修矢は両手を広げて立っている東眞に向かって一直線、迷うことなく駆けた。
「―――――――っ姉貴!!」
 久し振り、と抱きつこうとしたが、東眞の向こうに見えた銃口に動きを止めた。東眞の体は扉の一歩内側に隠れていた陰に、XANXUSに片腕で抱きこまれた。さも見せつけるかのように。広げていた腕ごと抱きしめられて、東眞は困ったように眉尻を下げる。
「XANXUSさん」
 しかしその言葉にXANXUSは耳を貸す様子は一切ない。だが東眞は今回ばかりは少々語気を強めて再度名前を呼ぼうとした、が、その前に腕外され、背中を押しだされる。
 修矢は押し出された東眞をXANXUSから守るかのように、ぎゅっと抱き締める。東眞を通して、修矢はXANXUSを鋭い瞳で睨みつけた。刀がここにあれば今すぐにでも斬りかかりそうである。一方、XANXUSは先程まで構えていた銃を下ろし、すでに背のホルダーにしまっていた。ぱちん、と二人の間に火花が散る。
 東眞はやれやれと溜息をつきながら、修矢の頭をなでる。
「久しぶり、元気にしてた?」
「…うん、元気。姉貴は?酷いこととかされてない?」
 済んだことは置いておいて、東眞は頷いた。とても大事にしてもらっている旨を告げる。修矢はそれに頷いてようやく抱きしめていた腕を離した。東眞はそのまま、車の所にまだいた哲、それにヴィルヘルム達に気付いてそちらに駆けて行く。
 修矢はXANXUSと向かい合う。そこだけ緊迫した空気が流れていた。先にその沈黙を崩したのはXANXUSだった。鼻を馬鹿にするように一つ鳴らしてから、挨拶を述べる。尤も挨拶というには少しばかり礼儀をかいていたが。
「―――――――――――義兄に挨拶もしねぇのか?この、カスが」
 その言葉に修矢は視線を強めて、さらに睨みつけて、返事をする。
「誰が義兄だ…ぁ?俺はアンタを認めたわけじゃねぇって言ってんだろうが…」
「ほざけ」
 勝ち誇った表情に修矢はぎりっと歯を食いしばった。  休暇中の戦いは―――――――――始まったばかりである。