19:義弟と義兄の関わり方 - 10/10

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 XANXUSは銃を構えたままそちらを見やる。東眞も音につられる様にして視線を向けた。その指の動きを注視していたヴィルヘルムでさえもその見事にずっこけた男に視線を向けた。鮮やかな金色と柔らかな髪質が砂にまみれてしまっている。あまりの格好に東眞は開いた口が塞がらない。そんな東眞をよそにXANXUSはその倒れた男を強い苛立ちのこもった瞳で睨みつける。
「カスが…てめぇもかっ消すぞ」
「いや、話を聞いてくれ」
 まずは、と柔らかな髪から砂を落して、男はようやく立ち上がった。一体どこで付けたのか、ズボンは砂だらけで、手や頬には擦り傷がたくさん付いている。眉根を寄せた後、XANXUSは続けた。
「金魚の糞はどうした」
「糞…?」
「ロマーリオだとかいうカスだ」
「いやーそれが途中ではぐれちまってさ。そしたら、こいつら追いかけてたのに見失って」
 いや、と男は人の良さそうな笑みを浮かべてXANXUSに銃を下ろすように頼みこむ。だが、XANXUSはヴィルヘルムに向けた銃を納めようとはしない。殺気もそのままである。
 悪かったって、と男は謝罪の意を述べる。
「スクアーロから、お前の婚約者の話聞いてさ。で、どんな人かと思って。ロマーリオたちじゃばれるだろ?だから、彼らに協力してもらったんだ」
 後でぶっ殺す、とXANXUSはスクアーロの顔を思い浮かべた。
「そういうわけなんで…銃、おろしてくれる?」
 ヴィルヘルムもへら、とXANXUSに困ったような笑みを浮かべた。東眞も大体の話の概要は分かったので、それならば、とXANXUSに頼んだ。
「XANXUSさん。そういう話なら、私は構いません」
 しかし、XANXUSは引き金を引き絞った。ぎょっとヴィルヘルムは顔を引き攣らせる。轟音とともに、憤怒の炎がともされていない銃弾が小さく頬を掠めて地面にめりこんだ。次はねぇ、と一つ言ってXANXUSはようやく銃をしまった。
 そして振り返って倒れている東眞の手をとって立つのを手伝う。足に絡まっていた鉄線はすでに解かれている。XANXUSに礼を述べてから、ところでと東眞は問いかけた。
「お知り合いの方ですか」
「こんなカスの知り合いはいねぇ」
「おいおい、XANXUS…いくらなんでも学友をそこまで言うことはないだろう…。あ、えーと…」
 東眞に視線を向けて、男は困ったように口をあけた状態で止める。それに東眞は、桧東眞です、と自己紹介をした。
「俺はディーノ、よろしくな。さっきは悪かった。シルヴィオの紹介で頼んだんだが…」
 ディーノは握手を求めようとしたが、XANXUSに睨まれてその手をすっと下におろした。先程のことと言い流石に多少の後ろめたさは覚えているようだった。
「なんて頼んだんだ?」
 ヴィルヘルムも追っていた膝をのばして会話に加わる。その質問にディーノは、XANXUSの婚約者と話してみたい、というのを返した。
「そしたらハウプトマン兄弟が知り合いだって答えた」
「間違ってないけど、俺たちは時と場合によっては依頼重視するから。それに兄さん俺たちに東眞を連れてきてほしいって頼んだだろ」
「五体満足って言ったぜ?」
「そういう場合は連れてくるのを最優先する。五体満足はできれば心がけるけど、俺たちは運び屋じゃないし…」
 と、とヴィルヘルムは向こう側を遮ってる針の壁に向かってヴォル!と声をかけた。すると、すとんと針がその壁の間、かつんと一本突き立つ。すると、その針の壁が一瞬で崩れ落ちた。
 修矢は木の根元で足を止めていた。が、針の壁が崩れたことでそちらに目を向ける。
「姉貴!」
「修矢」
 姉弟の再会をよそに、すとんと木の蔭からヴォルフガングが姿を現す。哲は東眞たちの様子と、襲撃者たちの姿を確認して、成程とある程度の形を読み取った。修矢は駆け足で東眞の傍に駆けよって、怪我がないかを確認する。
「大丈夫だよ、修矢。あ、こちらディーノさん」
「…ヴィル達を雇った奴か」
「あー、とその件は悪か
 った、と最後まで言うことはできなかった。修矢の刀を握ったままの拳がディーノの頬に直撃する。流石に吹っ飛ばすことなどできはしなかったが、それでもディーノの足はたたらを踏むこととなった。肩で数回息をして修矢は憎々しげにディーノを睨みつけた。
「ふざ…、けんな…っ。姉貴に、何かあったら――――――――――悪かったですむか!」
「…いや、その…」
 修矢の剣幕にディーノも言葉を失う。そこにボス!と声がかかって黒いスーツに身を固めた男がこちらに駆け寄ってくる。ディーノはその男をロマーリオ、と呼んだ。
「ボス、頼むから俺を置いて行かないでくれ…。…っ、とその頬の傷は…!」
「あ、これは…い、いいんだ。うん」
 ディーノは慌てて手を振って頬に手を添える。勿論、XANXUSも修矢も、その場にいる人間は仕方ないことと思っているので何も言わない。
 ロマーリオはふっと東眞に目を向けて、そちらの方が、とディーノに尋ねた。
「あぁ、そうだ。まさかこんな優しそうな人だなんて驚きだったぜ。…東眞、今回のことは俺のミスだ。本当に悪かった。ちょっとした好奇心だったんだが…すまないとしか言いようがない」
「いいえ、一度謝って頂いたので構いません」
 そんな東眞の返答にディーノはくしゃ、と顔を笑わせる。そしてXANXUS、と東眞の斜め前に立っているXANXUSに声をかけた。
「九代目にはもう言ったのか?」
「てめぇにゃ関係ねぇ」
 口出しすんな、とXANXUSは威嚇を含めた視線でディーノを睨みつけた。その視線にディーノは怖いな、と苦笑して半歩下がる。帰りかけたディーノにヴィルヘルムが声をかける。
「報酬は?」
「口座に振り込んどく。迷惑かけたな」
「Kein Problem.(気にしないでくれ)じゃ、俺たちも仕事終わったことだしこの辺で。ヴォル」
 帰ろう、と告げたヴィルヘルムにヴォルフガングは首を縦に振った。じゃ、と東眞達に手を振って、二人はあっという間に視界から消えた。仕事が終わればすぐに消えてしまって概要は聞けないままだったが、それが彼らの仕事である以上仕方ない。
 ディーノは先程のようにこける様子は一切なく、しっかりと立って東眞に話しかけた。
「また会うことがあると思うが…その時は、宜しく」
「はい、宜しくお願いします」
 ぺこりと東眞は頭を下げた。
 ディーノはこれ以上ここにいるのは居心地が悪いのか、それとも空気が悪いのを感じたのか、背中を向けてその場を後にした。あっという間に過ぎ去った嵐に、ふぅと東眞は息をつく。
「…帰るぞ」
 興が削がれたのか、XANXUSは一つ舌打ちをして踵を返した。東眞は慌ててその背中を追いかける。それに修矢が初めて待ったをかけた。東眞ではなく、XANXUSに向けての言葉。足が止まって、XANXUSは酷く億劫そうにそちらに視線を向けた。修矢は一度口を開いてまた閉じて、そして顔をあげた。
「姉貴を、守ってくれたこと…感謝する。有難う」
 それにXANXUSはまた視線を前に向けて、歩くという行為を再開する。
「自分の女を守るのは当然だろうが」
 くだらねぇ、と吐き捨てる。がつがつと遠ざかって行く足音に修矢はさらに声を響かせた。
「だがな、俺はアンタを認めたわけじゃないからな!!」
 ぐっと唇をかみしめて修矢は東眞とXANXUSの後ろを追いかける。もう東眞の横に立つことはしない。
 姉の隣に立つのは――――――――もう、自分ではない。悔しいがそれはもう認めるしかない。それだけは、ただそれだけは認めてやる、と修矢は小さく聞き取れない程度に鼻を鳴らした。
 哲は修矢の、気の所為か少しばかり大きくなったその背中を見てゆっくりと微笑んだ。

 

 はくしょん!とスクアーロは大きくくしゃみをする。風邪かぁ?と首を傾げたが、体の不調は一切見られない。そんなスクアーロにルッスーリアはファッション雑誌をめくりながら、誰かが噂してるんじゃないのぉ?と告げた。スクアーロはそれに、俺の腕の凄さをかぁ!と笑った。