13:嫉妬深いカレ - 5/8

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 さて困ったことになったと東眞は机の上に置かれた(何だかんだ言っても持って来てくれた)料理を食べていた。ルッスーリアの手料理らしく、とても美味しい。柔らかめのリゾットだという理由は何処となく予想がついた。気分が悪い等々の体調不良の旨を言ったに違いない。心配をかけさせただろうかと東眞は優しい味のリゾットを食べ切ってごちそうさまと手を合わせてから息をついた。
 それから置いたままだった荷物を開ける。流石にあのままでこちらに来るのは問題だったので、一度家まで寄ってもらって荷物は持って来させて貰った。トランクを開ければ、服など日常品が詰められている。東眞はそれを取り出して、辺りを見回し見つけた洋服棚を開いて中に入れようとした。しかしその動きがぴたりと止まる。そこに入っていたのは、あの時に買って貰ったあのドレス。それとミュール。手に触れて東眞は思わず目を細めた。
 こんなにも嬉しい。桃源郷が桃源郷ではなく現実になった、そんな喜び。
 信じられないなと東眞はぼやいた。色々とあったけれど今のこの現状がどうしようもなく喜ばしいのだ。その喜びに、口元が自然と緩んだ。ドレスから手を離して、持ってきたコートや服を中につるしたり入れたりしていく。トランクがどんどんと内容量を減らしていった。他の日常品も机の中にしまったり、置いたりする。そして東眞はふとトランクの底にあった一つの冊子に気付いた。それはアルバムである。
修矢と幼いころから撮ってきたもの。写真だけだったのだが、その写真の隣に一言などが付け加えられた紙が挟み込まれていた。哲の字である。そして一番最後はXANXUSの写真――――だったはずなのだが、そこにはもう一枚付け加えられていた。組の皆で集まって取った一枚。いってらっしゃい、と今度は修矢の字で書かれていた。
 東眞は目の奥がじんと熱くなるのを感じる。本当に離れてしまったのだとそんなことを今更ながらに実感した。喉の奥が熱くて、湛えた涙がほたりと線をつくって顔のラインを落ちて行く。
「―――――――…」
 幸せで、本当にどうしようもないくらい自分は幸せ者である。大切な人、大切な友人、大切な家族。それらを余すことなくすべて持っている。幸せな。  溢れた涙を手の甲でぐいと拭おうとした時、突然扉がバタンと開いた。その大きな音に東眞は咄嗟に顔を上げる。視線が、赤い瞳とかちあう。
「何を―――――――泣いていやがる」
 その言葉に東眞は自分が泣いていたことをはっと思いだして、慌てて涙をぬぐった。そして代わりに微笑む。
「感極まって」
 東眞の言葉には嘘がないと判断したのか、XANXUSはそれ以上は特に追求せずにごつりと足を鳴らして東眞の方に近づいて来る。座っていたのだが、足をのばして東眞は立ち上がった。向き合って、止まる。
「私、こんなに幸せでいいんでしょうか」
 自分でも戸惑ってしまうくらいに幸せなのだと東眞はXANXUSにそう告げた。XANXUSは見つめていた瞳を一旦閉ざして、それから全くもって別の話を切り出した。
「何故言わねぇ」
「何をですか」
 脈絡のない話に東眞は反対に首をかしげる。XANXUSは何かを言おうとしたが、やはりやめて閉ざした。その行動で東眞はようやっとXANXUSが何を言いたかったのかを理解する。そして笑う。
「言う程のことじゃありませんよ。それに、私の問題でしょう」
 これは、と言って東眞はやはり柔らかく微笑んだ。XANXUSはその笑顔を見て大きな手を伸ばして、頬に触れた。そして優しく撫でる。それから、ならと続けた。
「てめぇでどうにかしろ。食事には来い。俺の声が届く位置に居ろ」
 部屋に分かれた時点でそれは不可能だろうと東眞は思いつつも、苦笑して分かりましたと答えた。その返事に満足したんか、XANXUSは目をゆっくりと細めて満足気な色を瞳に宿す。そして何かを思い出したのか、ズボンのポケットを探った。しかし、その動きがいったん止まり、何も取りださないまま手が出る。よく分からない行動をしてからXANXUSは東眞のベッドに腰かけて上半身を倒した。
「胸糞悪ぃ趣味だ」
「目が慣れると可愛いですよ」
 始めはどぎついですけれど、と続けた東眞の返答に理解でないと言った様子でXANXUSは天井に垂れている白いレースの塊を睨みつけた。そして、短く言葉を贈る。来い、と。東眞はそれに二つ返事をする。
 片付けをしていた手を止めて、ベッドの端に腰掛ける。こんなことが以前にあったと思いながら、東眞は柔らかなベッドの感触を味わった。しかし、東眞は今度はそっとXANXUSの目の上に掌を乗せる。
「XANXUSさんも、疲れてるんじゃないですか」
 視界が遮られたXANXUSは答えないまま、手の平で作られた影の下で目を閉じる。腹の上で適当に組んだ手を目の上に乗る手の上に重ねる。
「寝る」
「はい」
「そこに居ろ」
「はい」
 分かりました、との返事にXANXUSは体の力を抜いた。

 

 ルッスーリアはふとレヴィに尋ねる。
「東眞、体調が悪いって言ってたけど大丈夫なの?」
 お見舞いに行こうかしら、とルッスーリアは頬に手を添えて悩む。不思議に立った小指がチャームポイントなのは仕方ない。しかし尋ねられたレヴィはそれどころな状態ではない。顔をゆでダコのように彷彿させてわなわなと小刻みに震えている始末である。ボスがボスがと呟いている姿は一種異常にすら見える。否、異常だ。そんな状態に気付いたルッスーリアは今度はレヴィに大丈夫かどうかを尋ねる。それにベルフェゴールが口を挟む。
「そんなやつ心配する必要ねーし」
「あら、ご機嫌斜めね。何かあったのかしら、ベル」
「あったもなにも、そいつがいらねーこと言ったせいで東眞は料理作らねーし、ここにもいねーんだから」
 サイテーとむすくれたベルフェゴールはそれ以上何かを言うのをやめた。代わりにレヴィに先の鋭いフォークを投げつける。機嫌は斜め三十八度。それに代わってスクアーロが先程の出来事をかいつまんで説明した。それにルッスーリアとマーモンの冷たい視線がレヴィに突き刺さる。
「それはレヴィが悪いわね。男の嫉妬は醜いわよぉ」
「それを言うなら女の嫉妬は、だよ。ルッスーリア」
 的確な突っ込みにもめげず、ルッスーリアはいいのよう、とくねりと体をくねらせる。そして、びしりとレヴィに指を突きつけた。
「どっちにしても、もうそんなことはしちゃダメよ?」
「うううううるさい!俺は断じて認めん!反対だ!!」
「何がそんなに気に喰わないの」
 顔を赤くして反論するレヴィに今度はルッスーリアが疑問を持つ。レヴィのボス信仰は異常ではあるけれども、このように周囲を見ていない行動も珍しい。そこにマーモンが冷静に分析をいれる。
「ボスが取られるのが嫌なだけさ。スクアーロと違って東眞は女だからね」
「あ゛ぁ゛?」
 突然名前を出されて今度はスクアーロが目を瞬かせる。マーモンはさらに静かに続ける。
「寝とられるのが嫌なんだろ。幸いなことに僕らはコーザ・ノストラの一員でボスが男にうつつを抜かすなんてことありえないからね。凶暴で攻撃的、勿論ホモセクシュアルなんて論外。でも東眞はボスが認めてわざわざ連れ帰った女」
 この先は言わなくても分かるだろうとマーモンはそこで説明を一度止めた。そしてやんわりと続ける。
「でもボスに女ができて僕らの何が変わるんだいレヴィ」
「…」
 マーモンの静かな言葉にレヴィはただ口を噤む。
「僕らは常に性的な事は二の次だ。優先すべきは金、ファミリー、権力、出世。レヴィが杞憂しているような、東眞がいるからボスが変わる何てことは考えられない。君はボスを疑うのかい」
 最後の言葉にレヴィの顔が跳ねあがる。勿論、レヴィがXANXUSのことを疑うなどあり得ないことだ。
「後、嫉妬は規律を乱す。今まではそれが許容範囲だったから良いものの、今回は出過ぎだと――――僕は思うけれど」
 マーモンの言葉にレヴィはぎりぎりと歯軋りをする。言うことが全て正論な上に、レヴィが答えを言う前に矢継ぎ早に言葉が作られていくものだから反論ができない。そしてレヴィがどうにか言った一言がこれだった。
「だ、だが俺はまだ認めん!俺はあの女はボスにふさわしくないと考える!」
 そんな頑なな答えに、マーモンはしぶといね、と肩をすくめた。